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第五話、幸せの子。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、その他とは一切関係ありません。また物語を進めるにあたって、史実とは異なった描写を用いてる部分があります。ご了承ください。

この物語はアルファポリスにも投稿しています。

暫くすると社長室の扉が開いた。中からげんなりした様子の幸助が出てきた。

 「やあお帰り。どうだった?」

 折田が訊いた。

 その折田の問いに、当の本人は自身のパーカーの紐を弄りながら「あー、うん」と言葉に聞こえない声を発し「話の最中なのに涙ぐみ始めて吃驚びっくりした」と返した。

 「……ったく、『局長』も仕方ねえ人だな」

 そう答えたのは山口だ。折田も「『局長』らしいや」と微笑する。

 「ところで、此奴の教育役はどうすんだ。俺は別に暇じゃねえんだぞ」

 「嫌だなあ、僕が責任持って――」

 「お前にも暇なんてあるわけねえからな」

 山口が言う。

 掃討屋の社員数は多いわけではないのだ。少数精鋭と言えば聴こえは良いが、問題は依頼の数である。

 異形掃討屋は政府や警察で扱うことが不可能な事件を専門として請け負っている「個人企業」だ。が、堂々と「妖怪退治をしています」なんておおやけで言うと、世間体的に色々とまずい部分がある。従って、一般市民向けには「私立探偵」として機能しているのであった。

 「異形掃討屋」と「探偵」。

 普通に考えれば無理である。しかも探偵と言いつつやっているのは唯の雑務だ。何でも屋と変わらない。

 だがしかし、これが局長の一存で始まった仕事と言えば話は別だ。仕事に対する愚痴を言える者などこの社には居ない。間違いなく「鬼の副長」の鉄槌が下されるからだ。

 兎に角、忙しい。

 猫の手を借りても足りないくらいに忙しい。

 「それじゃあ、こうしよう」折田が言った。

 「今は僕と山口さんがコンビでしょう。其れを僕から幸助くんに変えるんです。大体の仕事なら山口さん一人ででも出来るし、僕と違って真面目で計画的な山口さんの傍に居れば間違いなく良い子に育つはずです」

 お前……と山口が唸った。

 「不真面目で自分本位な自覚があるんだったら改善しろ!」

 「嫌だなあ、僕は反面教師なんですよ」折田が飄々と言う。山口は胃の辺りを押さえた。





 それから数十分。


 いっそお茶汲みからやらせれば?

 阿呆、それなら女給と変わんねえだろ

 そういえば失踪事件が依頼書の中に

 新人にはまだ早い。観察方と一緒に浮気調査でもいいじゃねえか

 初仕事で其れはしんどいですって。山口さんの小姓にすれば

 お前の小姓で良いだろ

 ええ? 厭ですよ。だったら『局長』の小姓に

 馬鹿野郎、あの人の右腕は俺一人で充分だ

 じゃあ左腕に

 左腕も空いてねえ。……そういや何の話だったか?

 誰の小姓にするかってでしょ。もう山口さんしかいませんって



 事務所の隅にある普通依頼用の黒電話の鈴ベルが鳴った。

 その音に反応した二人が互いに掴み合ったまま其方を向く。と、山口が手を放し姿勢を正して黒電話へ向かった。

 受話器を取り、耳に当てる。

 「はい、近藤探偵です。ご用件は――はい、はい、……本日ですね、分かりました。では後程。失礼致します」

 「依頼ですか?」

 「ああ」

 受話器を置くと、がしゃんと音が鳴った。

 折田が幸助の顔を見るなりにんまりと笑い、それを見た山口が訝し気な顔をする。

 「昼過ぎに此処に来るそうだ。女性だ。詳細は此方に赴いてかららしいが、なんでも――弟が失踪したとか」

 「……また行方不明ですか」折田が首を捻った。






 「岸辺文子きしべあやこと申します。お忙しいところ申し訳ありません」

 昼一時過ぎ。山口が電話口で対応をしていた依頼人が掃討屋を訪れた。

 「寒がりなんだろうか」とは、彼女が着用している厚手の貫頭衣ポンチョを見て山口が抱いた印象である。

 袖から覗く白く細い腕がなまめかしい。

 「山口さん見過ぎ」折田が言った。

 因みに幸助は女性が苦手であるらしく、依頼人の顔を見るなり奥に引っ込んでしまった。

 山口はこほん、と咳払いをする。「さて」

 「弟さんが失踪されたということですが、詳しくお聞かせ願えますか」

 そう言うと、依頼人は意を決したように唇を固く結んで目を落とした。

 「……勿論です」

 そして話し始める。

 「弟が居なくなったのは二週間ほど前です。以前から家を空けることは多々あったのですが数日経ったら必ず帰ってきておりました。ですが今回は一向に……携帯も繋がらないのです。いつものようにただ出掛けているだけならまだ良いんですが……心配で……」

 「警察に届け出を出すほど大事に考えるのは憚れる、かと言って本当に有事だったらどうしたものかと……成程。事情は分かりました、引き受けましょう」

 「……宜しくお願い致します。たった一人の家族なんです」

 「たった一人の?」山口が訊ねた。

 「幼い頃に両親を亡くしました。それからは親戚の家を転々としております」

 そう言って、依頼人は健気に笑った。反応に困った山口は「左様ですか」とだけ呟く。

 「……弟さんが行きそうな場所に心当たりはありますか?」

 「年甲斐もなく古い神社や寺院が好きだと度々出掛けておりました。家を空けるときは大抵参拝だったと」

 「友人関係は?」

 「そういった話はしないものですから……すみません」

 沈黙。

 応接室に居る三人が三人とも押し黙ってしまった。

 情報量が少ない。無いよりはマシだろうが。

 云々唸っていると折田が気の抜けた溜息を吐いた。

 「いやあ、八方塞がりじゃないですか? これ」

 「黙ってろ折田」


 気持ちは解らんでもないが、依頼人の前で発言すべき言葉ではない。

 現にこの阿呆のせいで完全に委縮してしまっている。

 「そういえば、弟さんの名前は? 顔が映ってる写真とか」

 折田がどうでも良さそうに訊いた。……こいつ、口を縫い付けてやろうか。

 依頼人が携帯端末の画像を開いておずおずと差し出す。

 「これが弟です。高校では弓道をやっておりました。家では無邪気で明るく振舞っていて、何かに悩んでいる風には見えませんでした……」

 成程。袴を着用している。少年とも青年とも言えない凛とした横顔が印象的だ。少なくとも自分の横にいる木偶より恰好が良い。

 だがしかし、この顔、何処かで……

 依頼人はそんな二人の顔を伺いつつ、弟の名前を告げたのだった。

 「幸せの子と書いて『幸助』と言います。亡き父が命名しました」

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