第四話、才能。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、その他とは一切関係ありません。また物語を進めるにあたって、史実とは異なった描写を用いてる部分があります。ご了承ください。
この物語はアルファポリスにも投稿しています。
――トントン。
翌日。
薄青色が広がる朝早くから異形掃討屋の表扉を叩く者がいた。
時刻は午前八時である。雲雀か何かが鳴いていた。いや、正直鳥の種類までは判らない。
――トントントン。
……こんな早朝に門徒を叩くとは一体何処の阿呆だ。出勤したばかりの山口の眉間に皺が寄る。
昨夜の折田の顔を思い出す。
再出社してからというのも、折田はやけに機嫌が良かった。嫌いなはずの書類作成を鼻歌交じりで片付けだしたのだ。
――トントントントン。
「何があった」と問えば「魁先生に会ったんです」の一点張り。魁先生と言われて思い浮かぶのは一人しかいない。事実それは山口にとって、いや、掃討屋にとってはまたとない吉報だ。だが、それだと疑問が増える一方だ。彼奴は一体何を――
――トントントントントントン。
「ええい!! やかましい!!」
壊れんばかりの勢いで扉を開けた。
誰だこんな朝っぱらから!! 依頼対応時間外だぞ!
扉の先の人物を凝視する。
地毛らしい茶髪を無造作に結わえ、その上から深緑色のフードを被っている。パーカーにジーンズ、黒のスニーカー。これと言った特徴が無い。歳は十八かそこらだろう。
山口は硬直した。
知っている。
俺はこの顔を知っている。
――魁先生に会ったんです。
「あ、幸助くんじゃない。早かったね」
唐突に後ろから腑抜けた声がした。
折田だ。
「まあ取り敢えず上がりなよ。『局長』はまだ来てないから茶菓子でも食べながら待ってて」
そう言うと、さも当り前のように二人は社長室へと入って行った。
山口はひとり残される。
◇◇◇
「記憶が無いだと⁈」
「落ち着いてくださいよ山口さん。怒り過ぎは皺の原因ですよ」
折田が煎餅を頬張りながら喋る。
此奴、事の重大さをわかっちゃいない。
「そりゃあ記憶持ちの方が断然珍しいがな、記憶があるからこそ俺たちゃこうして刀が振るえるんだ。だが、記憶が無いってことは刀を持った感覚も当然失われてる。運良く刀を顕現できたとしても素人が振ったところで宝の持ち腐れだ。それに、折角せっかくの泰平の世じゃねえか。態々危険に身投げさせる必要が何処にある」
「そうですけどねえ」と折田が呟いた。なんだ、文句でもあるのか。
「山口さんの言い分は確かに正しい」
「そうだろ」
「でもあの子、視えるんですよ。記憶は無くても才能はあるじゃないですか、掃討屋としての」
「馬鹿野郎、視えるだけで実戦に使えなきゃ意味ねえだろうが」
「だから才能があるって言ってるじゃないですか。仮に掃討屋に入らないとしてもこのままじゃ宝の持ち腐れだ。最低でも護身の術すべを教えなきゃ危険なことには変わりないんですよ。だから僕は、無理矢理にでも思い出させて力の使い方を覚えて貰おうと考えたわけです。そうすれば異形に追いかけられても多少は対応できるようになる」
いつになく真面目な折田の言葉に不信感を抱きつつも、山口は「確かにそうかもしれない」と頭を唸らせた。
折田の言い分も一理ある。異形に追われて危険な状態に居るのならば、確かに多少なりとも護身の力が必要だ。それこそ記憶が戻れば――
「なあ折田」山口が訊いた。
「なんでしょう」
「無理矢理記憶を引き戻すって言ったが、どうすんだ?」
言葉で言うのは簡単だが、実際はそうもいかないだろう。何せ、相手は前世だ。
それとも、折田に策でもあるのだろうか。
折田が、難しい顔をしている山口をじっと見つめて、何が可笑しいのかとでも言うふうに首を傾げる。
そして言った。
「走馬灯」
「走馬灯? 死ぬ直前に今までの人生が流れるってやつか?」
「そうです。海に突き落とすか埋めるか燃やすかしてあの子に走馬灯を見せれば、運良く前世の分まで思い出してくれるはずだ。どうです?」
山口は大きい溜息を吐いた。
此奴……。此奴という奴は……。
「お前ぇは殺す心算つもりか!」
真剣に考えているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「じゃあ他にどうしろと言うんです」
折田も面倒になったのか、投げやりになる。この阿呆。