第一話、異形。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、その他とは一切関係ありません。また物語を進めるにあたって、史実とは異なった描写を用いてる部分があります。ご了承ください。
この物語はアルファポリスにも投稿しています。
「待て!」
薄暗い路地を疾走する。
相手は異形の化け物――あやかしの類だ。低く腰を落としながらいつでも抜刀できるように体勢をとる。
「折田! てめえ何してやがる!」
緊張した面持ちの男がひとり、後方の同僚に向かって叫んだ。
その声にジャージ姿で色白の青年が答える。
「山口さん、もっとゆっくり行きましょうよ。持病の労咳が再発しそう」
「知るか!」
折田と呼ばれた青年は「つれないなあ」と締まりのない顔で笑った。
今回の事件は政府から依頼があって請け負ったものだ。あやかしは通常、「常世」と呼ばれる世界にしか存在しておらず、人間達が生きている「浮世」に干渉することは出来ない。そして逆もまた然り。しかし、人間に強い執着や未練がある「怨霊」などは例外で、今回の異形は明確な意思は無いもののその怨霊と同じ類のあやかしだった。このままではいずれ人に危害が及ぶ可能性がある。
当初の被害はあまり大したものじゃなかったのだが、徐々に拡大しつつあった。小物だと高を括っていたのが仇を成したのだ。未だ死傷者が出ていないのが不幸中の幸いか。
「山口さん、前!」折田が叫んで真っ直ぐ目の前を指さした。臭気が鼻に付く。
いつの間にか突き当りまで追い込んでいたらしい。黒い靄のようなものが壁を背後にして立ち往生している。
「まるで獅子だな……」
大きさはその程度だ。獅子のような黒い靄が唸り声を発する。
「如何やら縄張りはここまでみたいですね。頼みましたよ山口さ~ん」
「てめえ後で覚えてろよ」
獅子が跳躍する。山口が刀の鍔に手を掛ける。
獅子が大口を開けたのと、抜刀したのはほぼ同時だった。
「『我流一刀鬼開き』!」
山口が振るった刀の赤い軌跡が肥大し、二本角の鬼の影が獅子を飲み込んで、弾けた。
折田が下手な口笛を吹く。
そんな折田を一瞥し、くだらないと溜息を吐きつつ任務が達成されたことを確認し、刀を鞘に納めた。
その刀も形を変え、凝縮し、一つの指輪へと成る。
「なんかしっくりこねえな」
「ええ? 何がです? 使い慣れた兼定じゃないですか」
「違えよ、そういうことじゃねえ」
折田の軽口に溜息を吐きながら、山口は外套のポケットから薄型携帯端末を取り出す。
そして指定の番号を画面に打ち込み、耳に当てた。すっ、と小さく息を吸い込む。
「『異形掃討屋』の山口だ。上に依頼は完了したと伝えてくれ」