幕開け、誠。
この物語はフィクションです。実在する人物、団体、その他とは一切関係ありません。また物語を進めるにあたって、史実とは異なった描写を用いてる部分があります。ご了承ください。
この物語はアルファポリスにも投稿しています。
曇天に一筋の光が差し掛かる。
先ほどまで降っていた雨も鳴りを潜め、今は生臭い匂いが漂うだけだ。
「やあ歳」
聞き慣れた男の声に名を呼ばれ、「歳」と呼ばれた人物が振り返る。
様になっている浅葱色の羽織だが、雨に濡れていた。その男を見て、それは俺もかと自身の外套を見やる。
「どうかしたか」
男が歳に問う。
「何もねえよ。……いや、まあ、なんつうか、な」
一度は否定しかけた言葉を再度紡ぐべく、歳は唸った。
「この国も変わっちまったな。俺たちがしてきたことの何が正しかったのか、一つも解りゃあしねえ」
「……そうだな」
歳の言葉に頷きながら、男は眼前の光景に目を細めた。男に釣られて歳も先を見据える。
異様に背が高い建築物に、空を覆いつくすかの如く張り巡らされた電線。良く出来た構造の信号機に、極めつけは人の背丈程ある自動車だ。人力ではなく瓦斯や電気で走っているのだから奇怪である。
これが討幕と開国、そして異国の影響なのか。
改めて思い返すと、黒船を見た時と酷似した感覚が沸々と湧き上がってきた。意味も無く、焦りと苛立ちを憶える。
「おい、歳」
「……あんたに言われなくてもわぁーってるよ」
歳が間延びした返事をする時は、何時だって解せない時だと決まっている。男と歳は長い付き合いだ。歳が不満にしていることも、何に不満なのかも男は重々承知している。
だから敢えて口にはしなかった。
暫しの沈黙の後、歳は長い溜息を吐いた。
「……近藤さん、そろそろ戻ろう。雨がまた降りそうだ」
男は「近藤」と言うらしい。
二人は踵を返し、帰路を辿って歩いて行く。
近藤が羽織る浅葱色の、だんだら模様の描かれた羽織には「誠」の文字が大きく記されていた。