第十一話、戒め。
作中に登場する人物、団体、その他は実在のものと一切関係がありませんので予めご了承ください。また物語の展開の為に史実とは異なった描写があります。作中の言葉全てを鵜呑みにしませんようよろしくお願いします。
破魔矢の鈴の音が、旅館を浄化していく。
次々と矢で射るその所作に余りの安心感を抱き、危うく意識を手放すところだった。
手足が痺れて思うように力が入らない。それでも山口は開口し、荒れる息を吐きながら問いかけた。
「……誰だ、お前」
幸助の中に居る者が答える。
「『名乗れるような名は持ち合わせておりません。ただ一つ言えるのは、私はアレと同類のようなものです』」
そう言い乍、最後の異形を仕留めた。
「異形と同じだと……?」
「『左様で御座います。実体が無く、浮世と常世を行き来しているだけの哀れな幽体……否、嘗て身を焦がし敢え無くなりました同胞を、此地で守護するが為に生まれた館の化身。其れこそが私、椿姫。己の魂のみでは動くことすらもままならない故、毎夜毎夜、客の身をお借り致して館の巡回を致しております。御容赦を』」
「館の化身……成程な、旅館の怪奇現象ってぇのはそういう事か」
──依頼って、掃討屋ですか? それとも探偵?
──探偵だ。と言ってもこりゃあ掃討屋の仕事だろうな。この旅館で起こっている『怪異』について調べてほしいんだと
手掛かり其ノ壱、か。
山口は自嘲気味に笑った。
椿姫と名乗る館の化身が夜な夜な客の体を借りて旅館を徘徊している──旅館の守護のためとはいえ、事情を知らない一般人には何かに取り憑かれた旅客にしか見えないだろう。
つまり、依頼されたこの旅館の怪奇と伊東は何の関係も無かったということになる。
運がいいのか、悪いのか。
報告書の纏め方を少しばかり悩んで「今はそれどころじゃない」と一息吐く。
「……そうだ、離れに……総司が……」
伊東を討つのが全ての目的だ。それに、異形は他にも居るかもしれない。伊東一人ならば容易いものだが雑魚まで相手にできる余裕は流石の折田も無いだろう。
「おい……肩貸せ……」
行かなければ。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
友を亡くし、兄を亡くし、仲間を亡くした。
羽織が血に塗れ、赤地の隊旗が銃弾に撃ち抜かれる。
あの日の慟哭は一体誰に届いたのだろう。
しかし、神なんて信じちゃいなくても、こればかりは神が用意した舞台だと思わざるを得なかった。
嘗ての同志に声を掛け、記憶があっても無くても上手い具合に言いくるめて入社させた。
過去に囚われていると、言いたい奴は言えばいい。
もう一度、あの人の夢に賭けてみたくなった。
守るべきものの範囲が、京や幕府から日本国に変わっただけだ。
(近藤さんが日本を守りたいと言うのなら俺は近藤さんに付いて行く。今も昔もそれは変わらねぇ)
だから、たかがこんなことで倒れてる場合じゃない。
鉄の味も鉛の味も知った自身の身体に鞭打ち、懐かしい痛みに耐えながら身を起こす。
「『貴方……』」幸助の身体を借りた椿姫が驚愕の声を漏らした。
「『何故そこまで懸命に成れると申すのですか。貴方のその信念と執着は一体……』」
「誓ったんだよ」山口は言う。「誠の旗に誓ったんだ、百五十年くらい前にな」
何の為に戦うのか。
本物の武士になりたい一心で、ただひたすらに走り抜いたあの頃。
梅の花 一輪咲いても 梅は梅
一介の農民がいくら剣の道を極めたところで所詮農民は農民。武士には成れない。
それでも良かった。初めは戯言でも、士道を貫き通せばいつか誠になるはずだと、そう信じて疑わなかった。
「本物の武士だったよ、俺達は。後世にだってそう伝わってんじゃねぇか。あの頃の苦労が多少なりとも報われた……って思いてぇのは望みすぎか」
隊のために多くの仲間を見捨てた。
これは己への戒めでもある。
「今度ばかりは誰一人として死なせねぇ」
それが今の「誠」の信念だ。
「『左様ですか』」椿姫が呟く。「『さればその信念、私の加護を以てして《誠》の大華を咲かせてみせましょう』」
凛、と鈴の音が響いた。
「『魔を払い、場を清め、清浄なる世界を齎すのが我ら《巫女》の務め。例えその身を焼かれようとも我が務めに異義は御座らん。再び此の世を浄化し、悪しき異形を祓い給う』」




