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第八話、黒幕。

この物語はフィクションです。実在する人物、団体、その他とは一切関係ありません。また物語を進めるにあたって、史実とは異なった描写を用いてる部分があります。ご了承ください。

この物語はアルファポリスにも投稿しています。

 最低でも八時間。


 幸助のなかみが伊東甲子太郎に持っていかれたのが十八時頃。


 現在時刻は二十二時。


 逆算すると――残り三時間。


 掃討屋の二人は、夜の旅館を抜き足差し足で歩き探っていた。


 山口は片手に焼酎瓶、折田は雑巾と塩を抱えている。


 「悪霊には塩」というのは言わずもがなだ。焼酎については消毒くらいが精々である。


 如何にも原始的な処方だが、二人にとっては、否、掃討屋にとってはこれが最善策なのだ。前世の記憶があり、死に近しく、周りの人間と比べると特異な体質をしていても、たかだか妖怪の類が見えて常世のものしか斬れない刀を顕現出来るだけであり、他は普通の人間となんら変わらない。


 大昔から日本は八百万の神々のために神殿を造り祠を建て、存在を信じて信仰してきた。その神々を敬う「想い」が重要で、「塩を振りかければ悪霊退散になる」と信じている人間がいる限りそれは真実で現実になる。要するに「信ずるが勝ち」というものだ。


 そういうわけで、二人は旅館の廊下に塩を振り撒きながら徐々に悪霊の退路を狭めていった。


 客間は旅館の最奥にある。杉の間、ひのきの間、椿の間、廊下を挟んで柊の間、梅の間、桜の間。


緑川編集者と細川女史の部屋は柊の間だ。山口と折田は柊の間以外の部屋を全て確認し、何も無いと確信してから客間が続く廊下を出る。


 左に曲がると見えてくるのは浴場の脱衣室である。暗がりのなかで目を凝らしてみるが、今のところ何も見えないし何も感じ取れない。二人はそのまま進み、広い空間に出る。ここから先は玄関側と食事処側に廊下が分かれていた。


 「そういえば山口さん、僕気づいたんですけど」折田が口を開く。


 「なんだ。しょうもないことならぶん殴るぞ」


 「酷いなあ山口さん。じゃなくって、この旅館、建物の裏に離れがあるらしいんですよ」


 「……はあ⁈」


 思わず右手に抱えた焼酎瓶を振りかぶって、止めた。代わりに左手で折田の胸倉を掴む。


 「てめえ何でそんな大事なこと黙ってたんだよ」


 刹那。


 臭気が鼻に付いた。


 経験から来る直感が先の未来を予測する。


 「……そりゃあ探し回っても見つからないわけだ」


 だんだんと臭気が死臭に変わっていき、大きく黒っぽい塊が姿を現した。


 一や二の数ではない。十、二十、暗くてよく見えないが下手したらそれ以上いるかもしれない。文字通り四方八方を、暗闇の中で煌々と輝く血の色の目に囲まれていた。


 見える範囲では細田女史――伊東甲子太郎の姿は無い。


 「折田、後ろに何匹いる?」


 「……今のところ一匹もいません。塩のおかげかな? でも伊東さん本人が裏口から来られたら浄化もお清めも無意味になるでしょうけど」


 「だろうな」


 伊東の怨念は獅子と比べて強すぎる。気休めにもならない。こんなことなら掃討屋にいる陰陽師の末裔も連れてくれば良かった、と山口は肩を竦めた。


 「それで、どうしますか? 正直ただの小物の集まりですよ。数が分からないのが厄介ですが」


 「まあ、伊東を除けば明確な意思を持っちゃいねえからな。俺は旅館の奥側をやる。てめえは玄関側をやれ。他の人間にバレると拙いから出来るだけ物音を立てるな。片付き次第離れに行くぞ、恐らく其処に伊東がいる」


 「分かりました。あ、自分の持ち分が終わったら勝手に出ていきます。待たないでいいですよね?」


 そう言った折田は返事を聞かずに颯爽と斬り込んで行った。不真面目で自分本位が折田の代名詞なのだが、言いつけはしっかり守るようだ。摺り足を上手く使っていて、聞こえるのは斬る音と獅子の唸り声だけである。


 山口も鞘から刀を抜き、柄を両の手で掴む。


 ――が。


 存外、異変とやらは彼が動こうとした刹那に起こるらしい。


 獅子の形を成していた黒い靄が何匹かで集合し、人の形を作っていく。




 ……おかしい。




 山口は刀を握る手に更に力を込めた。


 確かに今までの獅子は怨霊と似たような類だった。と言っても「似たような」の枠を超えることは無く、怨霊とはまた別の類であり、単体なら少しばかり浮世の空気を汚すだけ、複数が集まると人命に関わらないちょっとした事故が起こるくらいだ。山口を「土方」と呼び、その命を狙おうとする伊東と比べ、言ってしまえば軽くあしらえる雑魚である。


 負の感情や少しばかりの恨みが集まっただけの塊が、何故たった一か所に集まれる。


 負のエネルギーを必然的に放出する伊東の怨霊に吸い寄せられたのか、もしくは伊東が意図的に吸い寄せたのか。


 どちらにせよ「獅子は自らの怨念を持たない」。つまり畜生同然なのだ。人間と動物は種族が違うように、伊東と獅子も種族が違う。


 動物がどうして人間に成れよう。




 『何故獅子から伊東甲子太郎という怨念が出てきた?』




 ――他に黒幕がいる。




 瞬間。


 脇腹に強い衝撃が走った。


 「……っ」


 着ている白いシャツにじわりと赤い血が滲む。目をやると刀身が身体から突出しているのが見え、二度目の衝撃と共に引き抜かれた。


 少しずつ意識が遠のく。


 (畜生、不意打ちか……)


 山口さん、と折田の声が聞こえた気がした。

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