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8.無課金、撃破す



 ――『朽ち果てた都』深層Ⅰ――



 フロア北部。


 元は市庁舎と思しき、大きな廃墟の入口。


 俺たちは、虹色に輝く光の渦を前にしていた。


『ボス部屋』だ。


 それは、フロア内のどこかにランダムで出現する『門』。


 内部は独立した空間となっており、強力な番人が配置されている。


 そいつを倒せば次なる階層への入口が開かれ、初撃破時は『神魔石』もドロップするって寸法だ。


「よっしゃ、準備はいいか?」

「万全です!」

「いつでもいいわよぉ」


 背中の翼をパタパタさせるジュリア、髑髏のステッキを弄ぶディディ。


「カチコミじゃあー!!」


 俺は迷いなく光の渦へと足を踏み入れる。


『強力な番人』とは言っても、今の俺の霊力と、ジュリアとディディの助力があれば撃破は容易だ。


 ザコ相手に肩慣らしは済んでるし、何が出てきても苦戦するつもりはない。



 虹色の光をくぐり抜ける――



 ふわっ、と一瞬、体が宙に浮くような感覚。



『僕』には馴染み深い感覚だ。『門』を通って転移した証。



 光が消え去る。


 薄明かりに目が慣れ、一気に視界が開けた。


 広い。


 野球場くらいはある、ドーム状の円形闘技場だ。


 地面は石畳。


 叩きつけられたらタダじゃ済まなさそうだ、などと考えながら視線を走らせる。



 ――居た。



 闘技場の真ん中、地面に剣を突き立てた戦士。


 がっしりとした大柄な体躯。


 重厚な造りの黒甲冑。


 身にまとう冷たい蒼の炎。


 そしてそいつには、首がなかった。



「――【首なし騎士(デュラハン)】か」


 なるほど。ボスに相応しい高位アンデッドだ。


 俺たち全員が入場してから、デュラハンはおもむろに剣を引き抜く。


 そして、オォォ――ン、と風の鳴動にも似た音が響き渡り、蹄に青い炎を灯した首なしの馬が頭上から現れた。


 見た目とは裏腹に、身軽な動作でひらりと馬にまたがるデュラハン。


 闘技場の壁際、俺たちを取り囲むように青い炎が灯っていく。



 さて、戦闘開始だ――



「むぅ、頭が高いッ! 中ボスの分際で騎乗とは生意気な! 主様、このままでは☆5(ウルトラレア)式神の名折れ。わたしたちも対抗しましょう、お乗りください!」


 ジュリアがバッとその場で四つん這いになる。なに張り合ってんだよ!


「大丈夫です、わたしも騎士の端くれゆえ、騎乗スキル持ちですので!」

「乗る方と乗られる方を間違えるなよ!」

「乗られる方もばっちこいですよ!」

「このゲームEl○naじゃねえから!」


 戦闘中に少女に乗る趣味はねえ!


「ぼうや、どう戦うつもりぃ?」


 一方、ディディはステッキをくるくる回しながら、冷静に尋ねてくる。


「ジュリアで力押しだ。俺もチマチマ削る、ディディはカバーで頼む」

「はぁい。じゃあ早速……」


 薄く笑ったディディが、デュラハンに向かって、クイクイッと挑発するように人差し指を折り曲げてみせた。


「【あなたの力、ちょうだぁい……♪】」


 ぐらっ、とデュラハンがよろめく。


 その体からどす黒いオーラが滲み出し、ディディに吸い取られていく。


 ディディの技能の一つ、【おねだり】だ。相手の体力と魔力を吸い取り、代わりに状態異常【恍惚】を付与する。


 デュラハンはまがりなりにもボスモンスター。【恍惚】で動きを止めたのも一瞬のこと。


 しかしそれは充分すぎる『隙』だった。


 四つん這いから、いつの間にかクラウチングスタートの姿勢を取っていたジュリアが、両の翼に力をみなぎらせる。


「ふンぬッ!!」


 ドゥンッと爆ぜる空気。


 一直線に跳ぶジュリア。


 そして叩きつける大剣。


 デュラハンの乗騎の前脚二本がまとめて消し飛んだ。


「オォ――ンッ!」


 悲痛にいななき倒れ伏す乗騎から、デュラハンがすばやく飛び降りる。せっかく乗ったばかりなのに気の毒だな。


「召喚、【火の精】! 行けッ」


 だがそこに追撃するぜ。火の精ミサイルを放ち、印を切って強化しつつ、さらに霊力を注ぎ込んで職業技能【陰陽術】により聖属性を付与。式神への多彩な支援を可能とする、陰陽師の真骨頂。


 闘技場上空に舞い上がった火の精が、橙色と銀色の光を散らしながら、流れ星のように急降下してデュラハンへ襲いかかった。


 爆破。


「――――ッ!」


 声は出ない。だがその空気の鳴動は確かにデュラハンの悲鳴だった。


 ジューッと浄化の煙を噴き上げながら、悶え苦しむデュラハン。不死者は火と聖属性に弱い。デュラハンの首はないが、その視線が確かに俺へと向けられた。長剣を突きの姿勢で構え、一気に間合いを詰めようと――


「【こっちを向け首なし野郎ッ!】」


 すかさずジュリアが【罵倒】する。ビタンッ、と雷に打たれたようにデュラハンが動きを止め、ぎこちなくジュリアに向き直った。


(ワリ)ぃな」


 さらにもう1枠の【火の精】を召喚。火の精のCD(クールダウン)は5秒弱、2.5秒おきに交互にミサイルを発射する。いくら重厚な鎧で身を守っていても火は完全に防げない。ジュリアとしのぎを削りながら、浄化の火に焼かれ続ける。


「【ぼうや、ファイト♪ ファイト♪】」


 ディディの【おうえん】が飛んできた。俺の生命力と霊力がムクムク回復する。地味だが非常に有用な支援能力――


 何より現実だとやる気も超絶UP!!


「ふンぬッ!」


 ダンッ、と踏み込んだジュリアが、大剣でデュラハンの脇腹をド突く。蛇腹状になった鎧の脆い部分に白刃がめり込んだ。


 あまりの衝撃に、大柄なデュラハンの体が宙に浮き上がる――


「――ぬァァァッせいっ!」


 そのまま大剣を背負投するように、デュラハンを石畳へと叩きつけるジュリア。パワータイプの面目躍如って感じだ、轟音とともにひしゃげる甲冑、砕ける石畳。


「【もうちょっと、ちょうだぁい♪】」


 脇腹の大剣を引き抜こうともがくデュラハンに、ディディの【おねだり】が突き刺さる。ぐらっと動きが鈍ったところへ再び俺の火の精ミサイルが着弾。


「【この首なしサンドバッグめ!!】」


 間髪入れずにジュリアが【罵倒】を浴びせかけた。もはや反撃はおろか、身動きすらままならず、デュラハンは翻弄されただただボコられ続ける。


 ボスモンスターだけにやたらと生命力(不死者(アンデッド)だけど)が高く、なかなか死なない。やってる俺が言うのもなんだが……申し訳ない気分だ。


「――――ッッ!」


 やがて、最期にひときわ物悲しい咆哮を残し、デュラハンはザラァッと灰に還っていった……


「……なんだか、かわいそうでしたね」


 刀身に付着した灰をさっさと手で払いながら、ジュリア。


「呆気ないわねぇ、全然楽しめなかったわ」


 ディディが肩をすくめる。そう言う割には、最後の方とか楽しそうにステッキでポコポコ小突いてましたけど貴女……。


「デュラハンは犠牲になったのだ……まあそれはいいとして、だ」


 俺は早速、石畳に積もった灰をかき分ける。


 ――すぐに見つかった。虹色の輝き!!


「うおっ、おおおおおっ!!」


『それ』を掴み取り、俺は天に吠える。


「神魔石、あったどおぉォォッッッ!!」


 よっしゃああ!!


 これで仮説が確証に変わった。


 俺のこの世界におけるダンジョン踏破実績は、『僕』のそれに準拠している。


 つまり、これからダンジョンに潜れば初踏破ボーナスを稼ぎ放題……ッッ!!


「主様! まだありますよ!」


 わしゃわしゃと灰をかき分けたジュリアが、翼をパタパタさせながら神魔結晶の欠片を拾い上げた。


「おおっ、神魔結晶でかした!!」


 俺はガチャが大好物だからちくしょう!


 こりゃ思ったより早くガチャ引けるかも知れないな……!


 ボスモンスターたるデュラハンを倒したことで、ボス部屋には新たに『門』が出現していた。


 前方には、虹色に輝く深層Ⅱへの入口。


 後方には、金色に輝く深層Ⅰに戻るための門。


「さぁ主様、改めてねっとりしっぽり――」

「っシャァ深層Ⅱ行くぞオラァ!」

「ですよねーッ!!」


 神魔石や神魔結晶を『メニュー』の中に格納し――うっかり落としたり盗まれたりして紛失する恐れがないのは助かる――俺は意気揚々と歩き出した。


「一応、入った直後の不意打ちに注意な」

「わかりました!」

「はぁい」


『僕』が深層Ⅰに踏み込んだ直後、【腐敗竜(ドラゴンゾンビ)】に吹っ飛ばされたように、奇襲を受ける可能性はある。


【ドラゴンゾンビ】は、ダンジョン内を飛行でショートカットしようとすると大量に現れてプレイヤーを邪魔する他は、ボス部屋以外には滅多に出現しないレアモンスターだ。ダンジョン内で長時間飛行すると何頭でも釣れるので、そういう意味では『珍しい(レア)モンスター』ではないが。


 初めて踏み入った深層でエンカウントしてしまった『僕』は、果たして運が良いのか悪いのか……。


 慎重に虹色の『門』をくぐり抜ける。



 ――カビ臭い空気。



 頭上から降り注ぐ青白い光。



 見慣れた廃墟の街。



 ――『朽ち果てた都』深層Ⅱ――



「ヴウゥ……オァァ……」

「ア゛ア゛ァ……」

「オオ……ォォ……」


 うめき声とともに、無数のゾンビが建物の影や路地から湧き出てくる。


「おーっと開幕モンスターハウスか」


 大量のモンスターが湧き出てくる空間、通称『モンスターハウス』。本来はダンジョン内の『部屋』を示す用語で、『朽ち果てた都』のようなオープンな空間に対しては適切な表現ではないが、まあ細かいことは置いといて。


 このゾンビの群れ、腐肉の色が濃いな。しかも見るからに頑丈そうな甲冑や太刀など、かなり良質な武具を装備している。【足軽ゾンビー】より高位の【侍ゾンビー】だ。流石に【侍大将】クラスはいないようだが、コイツらかなりしぶといぞ。


 それに数も多い。高校の全校集会とか思い出すレベルだ、軽く数百体……俺とジュリアの火力ならさばけなくはないが、臭いし汚いしであまり相手にしたくない。


 ――決めた。


「ディディ、あれをやるぞ」

「『あれ』、ねぇ?」


 俺が視線を向けると、ディディが愉しそうに目を細める。


「じゃあ、此方があの子(ゾンビ)たちに()()されればいいのかしら? うふっ。ゾクゾクしちゃぁう……」


 若干、頬を上気させて身を震わせるディディ。ちょっと引きますわ。


「あ、いや、起動役(トリガー)は俺がやるわ……【イダテンの羽草履】を解除、代わりに【紅鴉】を召喚っと」


 俺の履いていた羽飾りのサンダルがただのオンボロな草履に戻る。代わりに、濡れたような黒い羽根の鴉が現れ、俺の肩に止まった。


 ☆3(レア)式神【紅鴉】――黒いのになぜ『紅』と名前についているのか、それはコイツの能力に由来する。


「【紅鴉】に『吸生』してもらう。ディディの奥の手、見せてもらうぜ」


 ディディが持つ3つの能力、その最後のひとつ。


 それは、ディディか味方の生命力が2割を切らないと起動できない。要はピンチのときにだけ使える必殺技的なヤツだ。発動させるには生命力を削る必要がある。かといって、ディディやジュリアが文字通りゾンビに貪り食われるのは見るに堪えないし、万が一の事故や暴発も怖い。


「えっ、でも主様――」

「大丈夫だ、死にゃあしないさ」


 ゾンビの群れが目の前まで迫っている。ジュリアもディディも心配しているが、まあなんとかなるだろう。


「【紅鴉】、やってくれ」

「カァーッ」


 短く鳴いた紅鴉が黒い翼をパタパタさせる。そこ、ジュリアさん! 「わたしとキャラかぶってんじゃねえぞ畜生!」って般若みたいな顔しないの! 紅鴉ちゃんが怯えてるでしょ!


「カ、カァ~……」


 恐る恐るといった様子で、瞳をぎらりと赤く輝かせ、紅鴉が能力を発動。


「ぐっ!? がっ……がああああぁぁぁッ!」


 途端、全身を襲う得体の知れない脱力感に俺は叫んだ。叫んで気合を入れないとその場に倒れ込みそうだった。


「【主様!? バカ鳥ッ貴様ァ――ッ!】」

「ぼうや!? 大丈夫!?」

「だっ、大丈夫だ……! 二人とも落ち着け……!」


 体から、力が、生命力が抜き取られていく。赤い霧のようなオーラが紅鴉へ吸い込まれていき、黒い翼がみるみる真紅へ染まっていく。


 これが紅鴉の特殊能力だ。至近の対象から生命力を吸い取り、自身を強化する。敵にとりつかせて体力を削ってもよし、膨大な生命力を注ぎ込んで飛行型式神として強化するもよし、ディディの必殺技のように生命力の減少をトリガーとする技能のため自傷してよし。ちなみに紅鴉が撃破・送還されると、奪った生命力の半分は元の持ち主に戻る。相手が生きていたら、の話だが。


 とにかく、低レア式神の割に応用範囲が非常に広いのだ。


 現状のように!


「よっし……これで……2割いった!!」


 ディディの必殺技の条件を、満たした――!



「【きっと、貴方たちなら――】」



 ディディがステッキをくるくると回し、掲げる。



「【――『向こう』でもうまくやっていけるでしょう】」



 髑髏の飾りがゆらりと黒いオーラを立ち昇らせた。



 どこからともなく生温かい風が吹き、ゴスロリ衣装がはためく。



 ディディがゲーム内外で、『ぶっ壊れ』と騒がれた所以。



 その真価が、今ここに示される。



「【地獄に堕ちなさい♪】」



 愉しげな言葉とともに。



 俺の眼前、『魔界の門』がその(あぎと)を開いた。



ディディは、パズ○ラで例えるなら……登場直後の曲芸師ですかね。

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