6.無課金、着手す
めっちゃ悩んだ。
死ぬほど悩んだ。
だが俺は断腸の思いで、今はガチャを回さないことにした。
「37個ってのが中途半端すぎんよ……!」
ガチャを回すのに必要な神魔石は10個。
37個では3回しか回せない。
……ちょっと、心もとない。俺はガチャは単発で回す派だが、だからこそ、最低でも5回は続けて回したいと考えている。
そっちの方が☆5を引きやすい気がするからな。
前世での死因、ゲリライベントが始まって「ヒャァ我慢できねえッ!」と衝動的にガチャを引いて死んだのは――アレは例外だ。本当は、石を50個まで貯めようと思ってたのに、欲望に抗いきれず引いたからあんなことに……。
でも、そのおかげでジュリアや『僕』に出会えたので、よしとするべき――か?
……うーん、これについてはあんまり深く考えないようにしよう。
何はともあれ、あと石が3個あれば、4回ガチャを回せる。
「で、どうやって石を稼ぐかって話だが」
先ほどジュリアとの会話でも触れたが、『この世界』での石の獲得手段は限られている。ダンジョンの初踏破ボーナスか、神魔結晶を集めて合成するか、他人から奪うか。
「今んとこ、一番気になるのはやっぱ初踏破ボーナスだな」
「主様のダンジョンクリア実績って、どうなってるんでしょうね?」
唇に指を当てて、ジュリアが首を傾げた。
「わからん……微妙なところだ」
完全に『俺』のゲームのデータと同期しているなら、今さらダンジョンをクリアしてもボーナスはもらえない可能性が高い。
ただ、これに関しては、少しばかり希望もある。
「ダンジョンとか対人戦とかの実績に関係した『職業』が、いくつか表示されなくなってるんだよな」
カルマ・ドーンには『職業』があり――兵士だとか、陰陽師だとか、魔術師だとか――その中にはゲームを進めていくと、実績に従って解放されるものもある。
「んで、解放条件が『ダンジョン深層を踏破』のものが、ロックされたまま」
そこで仮説だ。
ひょっとすると、俺の対人戦やダンジョン踏破実績は、リセットされているのではないか?
というより『俺』はこの世界のダンジョンを踏破したことは一度もないし、対人戦の経験もない。だから、実績だけ『僕』準拠になってしまったのではないか。
だとすれば――
「この世界のダンジョン、クリアすればするほど石を取れることになる……ッ!」
帝国内の主要ダンジョン低層は、奴隷時代にほぼ踏破させられたが。中層以降は余地がある……ッ!
「攻略! せずにはいられないッッ!」
「はい、頑張りましょう主様!」
イェーイ、とジュリアとハイタッチ。
滾ってきたぜ。
「ついでにガンガン敵も倒せば、神魔結晶も集められるしな」
「そうですね! 神魔結晶はいくつお持ちなのですか、主様?」
「えーと、『メニュー』っと」
持ち物をチェックする。
「858個だな!」
「あとちょっとで神魔石1個ですね~、楽しみです」
神魔結晶とは、ダンジョン内で敵が稀にドロップする神魔石の欠片のことだ。『大結晶』、『小結晶』、そして一番小さな『欠片』と大きさがわかれるが、神魔石1個を合成するには欠片が1000個必要になる。
「……欠片1000個って冷静に考えるとエグいな」
興奮していた頭がちょっと冷える。
討伐だけで欠片を集める場合、高難度ダンジョンを一日中周回しても、100個集まるかどうか。
ゲームなら、イベントや大会の報酬でザクザク手に入ったんだがなぁ。カルマ・ドーンは、ガチャの確率こそ渋い代わりに、無課金でもどんどんガチャを引きまくれる神運営の良ゲーだった。
そして神運営が失われた『この世界』には、激渋のガチャだけが残された……
「こっちの世界、ガチャ引くハードルほんと高いな……」
「ですね……人生を左右しますし、ダンジョン攻略には命の危険が伴いますし」
ガチャを引くには石がいる。
石を稼ぐにはダンジョンに潜らねばならない。
こっちの世界の住人は、攻略wikiもなく、ロクにガチャも引けず、命がけでダンジョンを攻略する必要がある。ハイジーン帝国の場合、大量の奴隷が投入されているから、国内のダンジョンの低層~中層の情報は充実しているだろうけど。
深層に至っては人外魔境と思われているらしく、装備と恩寵が充実している貴族でさえ滅多に踏み込まないらしい。そもそも貴族たちには奴隷からの『上がり』があるから、無理してダンジョンに挑む必要もないしな。
そして稀に踏み込むヤツがいたとしても、深層には時々初見殺し的なギミックがあるので、それにやられたら情報が共有されることはない。
俺はほとんどのダンジョンの敵の構成や、ガチャから出てくる恩寵の詳細、効率的な式神の運用法にテンプレ構築などを把握しているが、それは攻略wikiやネットの情報あってのことだった。
「うーん、俺のアドバンテージは、けっこう強力なのかもな」
「けっこうどころか、かなり強力だと思いますよ。だって主様、対人戦になったら相手の装備見ただけで手の内が大体わかっちゃうじゃないですか」
「まあ、な。でもゲームと現実で違いはあるし、俺の知らないセオリーや、ゲームでさえ見つけられてなかった斬新なビルドもあるかも知れない。油断はできないな」
油断だけは、するつもりはない。
俺の目的――サンちゃんの敵討ちと、クソ貴族どもの抹殺のためにはどんな手段も辞さない覚悟だ。
そうしてみると、俺のメイン職業だった『忍者』がロックされてるのが痛い。対人戦で5勝しないとアンロックされないんだよな。
まさにこういう状況にぴったりなのに……。
まあ、いい。
無い物ねだりはやめておこう。奴隷時代の『僕』と違い、豊富な『恩寵』があるだけ、百万倍もマシだ。
やるべきことを、やれ。
「……ジュリア。リハビリするからカバーしてくれ」
決意も新たに、俺は席を立つ。
まずは検証だ。この『朽ち果てた都』の深層を踏破し、初クリアボーナスの神魔石が手に入るかを確かめる。
「はい、主様。喜んで」
いそいそとブレストプレートを装着しながら、ジュリアが笑った。
皿代わり、あの鎧でも良かったかもな……などと益体もないことを考えながら、俺は廃屋を後にした。
†††
ダンジョンの中は、いつも薄暗い。
ここ『朽ち果てた都』は、地下に埋もれた都市だ。
かつて栄えた王国は見る影もなく、異界の悪神に呪われ、弄ばれ。
罪なき人々はアンデッドと化し、今なお廃墟をさまよう。
見上げれば、ドーム状にこの地を覆う、ごつごつとした岩盤。
天井の高さは百メートルもあるだろうか、ぼんやりと青白く光る苔がびっしりと生えており、地下であるにもかかわらず最低限の視界は確保できている。
青白く照らし出された廃墟の群れは、どこか物憂げで、寒々しい――
「さて、何をどう使っていくかって話だが」
「はいは~い! はいはいはいはい!!」
俺がメニュー画面を開いて契約枠をチェックし始めると、ジュリアが手を挙げながら背中の翼をパタパタさせてアピールする。
「ジュリアはもちろん続投だから安心してくれ」
「やったー!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるジュリア。送還されるのがよほどイヤだったらしい。
実は、一度に使える恩寵の数には限りがある。
式神も付喪神も神業も、契約枠にセットすることで初めて使えるようになるが、それぞれにコストがあり、魂の器を超える恩寵は扱うことができないのだ。
ちなみに、ジュリアのコストは50。☆5式神だけあって重めだ。
そして俺の現在のキャパシティは146。キャパシティの初期値は50、そこに全職業のレベルの合計――総合レベルが加算される。『俺』は、全職業のレベルをカンストさせていたので、キャパシティにも相当余裕があったんだが、今は――
「職業が『陰陽師』、レベルが47に下がってやがる……」
『僕』の職業が反映された結果らしい。それと兵士レベル34、世人レベル15。
47+34+15で総合レベルが96だ。他にも転職可能な職業はあるが、この世界では一度も使ったことがないのでレベル0の扱いになっているらしい。
「うーむ。ステータスオープン!」
無駄に叫びながら、俺はステータスの項目を開いた。ちなみに画面をタップして開くので、叫ぶ必要は全くない。
ステータス画面。
俺のIDに、プレイヤー名の『シュタイン=モンロー』、職業『陰陽師Lv47』、現在の生命力と霊力、心技体のステータス、徳の高さと業の深さなどがアイコンで表示されている。
「へぇ~これが主様のステータスなんですね!」
後ろから画面を覗き込んで、ジュリアが目を輝かせていた。
「なんか嬉しそうだな」
「ええ、それはもう! 知識としては知ってるんですが、見るのは初めてじゃないですか。主様の秘密が赤裸々に明かされてるみたいで興奮します……!」
「ええ……」
鼻息が荒いジュリアにちょっと引く。高レベルの剛の者かよ。なんか俺まで他人に見せちゃいけないものを見せてる気分になってきた……。
「……それはさておき、生命力と霊力はカンストしてるのに、レベルと契約枠だけ『僕』基準になってるな。解せぬ」
生命力と霊力まで『僕』基準で低いより、カンストの方が助かるといえば助かるが。なんというか、中途半端だ。なぜ両方が混ざっているのか?
「んー……推測ですが、レベルはダンジョン踏破と対人戦の経験値で上がるので、実績の区分に含まれるんじゃないでしょうか? それに対して、生命力と霊力はアイテムで上げますよね」
「……なるほど。そういうことか」
レベルは、ダンジョン踏破時や対人戦終了時にもらえる経験値によって上がっていく。
対して生命力と霊力は、特定の条件で手に入るアイテムで強化していくシステムだった。
恩寵とアイテムは俺基準、実績は僕基準。だから低レベルなのに生命力と霊力はカンストしてる、みたいな歪な状況になっちまったわけか。
「それなら納得だな。にしても、低レベルはどうにかしないと……状態異常耐性が落ちるし、これからの戦いに不利だ」
魂の器に余裕が無いのも困る。基本☆5式神はコストが重い。
「でも主様、悪いことばかりじゃないですよ! 逆に言えばこれからレベルを上げ直せるんですから」
「ん? ……ああ、そうか!」
ジュリアの指摘に、気づいた。
「レベルアップボーナスガチャ……!!」
レベルが50の倍数になるごとに、無料でガチャが引ける。最大レベルは150なので、職業ひとつにつき3回も。
「しかも全職のレベルが『僕』基準なら……」
『僕』は一度もレベルアップボーナスを引いたことがない。
そして職業は『兵士・侍・騎士・拳闘士・陰陽師・祈祷師・魔術師・死霊術師・錬金術師・世人・狩人・職人・商人・農民・忍者・修験者・学者・神官』の全18種。
「全職カンストさせれば54回ガチャが引ける……!? 神ゲーかよ!!」
俄然テンション上がってきた。
「こうしちゃいられねえ、早くレベル上げなきゃ……!」
使命感に駆られながら、俺は真剣に、メニュー画面に向き直って頭を悩ませる。
「……陰陽師。構築はどうしたもんか」
カルマ・ドーンのプレイヤーにとって、陰陽師は馴染み深い職業だ。
兵士・世人に続く初期職のひとつでありながら、『使役する式神のステータスを1.5倍に強化』する職業特性はシンプルに強い。
だが、ボーナスで強化されるのは『式神』のみで、付喪神や守護霊などの性能は変わらない。また、身体能力に劣り、物理防御力の低さは致命的なレベルで、術者が狙い撃ちにされると非常に脆い。
カルマ・ドーンはアクションRPGだ。式神だけを戦わせるゲームではなく、プレイヤー自身も戦闘ユニットとして戦場に出る。プレイヤーの強化を怠ると、逆に、敵の強力な式神にやられてしまう。
「残りキャパシティ96……装備なし、低レベルだから状態異常も怖い。うーん、どうしたもんか」
生命力がカンストしていて、深層のザコ敵に一撃必殺される危険性が低いのが、せめてもの救いか。
ゲームで集めていた装備を、全て失くしてしまったのが痛いな。全部ゲーム内の『わが家』の倉庫にしまってあった。
そして『この世界』に『俺』の倉庫はない。全ロストだ。
ダンジョンに入るとき『僕』が持ってた護身用の武器も、奴隷頭から逃げるとき置いてきてしまったからなぁ……あ、でも草履みたいなサンダルは履いてるか。
草履――これは使える。
「深層だから霊圧は充分……回転率は高い方がいい……移動力も強化したいし……アンデッド対策で火か聖属性も欲しい……よし、『転移陰陽師』で行くか」
俺はタンタンタンッとメニュー画面をタップしていく。
「召喚、【イダテンの羽草履】」
ごうっ、と霊力が渦を巻いた。
それらは竜巻のように俺の足元に収束し、草履が虹色の光で包まれる。
☆5付喪神【イダテンの羽草履】――コスト30。付喪神は『道具』として振る舞う分、式神に比べるとコストが低い傾向がある。ボロボロだった俺の草履がふわふわな羽飾りのついたサンダルに変化した。
「んで、【火の精】を2枠にセット」
☆1式神【火の精】――コスト5×2。こいつらはいわゆる『鉄砲玉』なので召喚はまだしないでおく。
「残り50ちょっとはどうなさるんですか?」
「そりゃあもちろん、☆5式神さ」
俺がニヤリと笑うと、ジュリアがムッと唇を引き結ぶ。「ライバルが出現するけど主様の安全には代えがたい!」とか思ってそうな顔だ。
「ジュリアのことは頼りにしてるぜ、もちろん」
「……はい! 全身全霊、お守りします!」
背中の翼をパタパタさせながら、気合い120%で大剣を担ぐジュリア。
「ありがとう。じゃあ召喚、【魔王少女、ガリルオ・ディディ】!」
溢れ出す、虹色の光――
――この世界で、俺が生きていく上で。
俺のアドバンテージはなんだろう? と考えた。
攻略情報は、もちろんあるだろう。
だが俺は無課金プレイヤーだ。
いくらガチャの引きが良くても限界がある。廃課金ユーザーに近いハイジーン帝国の大名貴族には、資産の絶対量という点で太刀打ちできない。
だが。
そんな俺にも。
『この世界』における、唯一無二の、絶対的アドバンテージがある――
虹色の光が、花開くように人の形を取っていく。
ふりふりしたゴスロリ衣装。
骸骨をモチーフにしたステッキ。
病的なまでに白い肌。
闇を染め抜いたような黒髪。
そして――月夜の海のような、深い蒼の瞳。
どこか退廃的な空気をまとった可憐な少女が、廃墟の街に降り立つ。
「この世界には、存在しないだろうからなぁ――」
彼女を迎え入れながら、俺は呟いた。
「――『コラボ式神』なんてよぉ」
次回「無課金、実践す」
Tips.
カルマ・ドーンの職業は18種類。
全職のレベルをカンストさせると、キャパシティは2750にもなり相当に余裕があります。
ただしゲームの場合、式神を詰め込みすぎると画面がアイコンで埋め尽くされ、操作に支障をきたすようになります。現実的に扱える恩寵の数は6~10個とされていました。
そしてこれが現実化した場合、召喚者と恩寵には微弱なつながりがあり、あまり大量の式神を召喚すると脳に多大な負荷が発生し、視野狭窄や思考力の低下、頭痛などの症状が発生します。