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5.無課金、食す



 よくある展開。



 低レアで誰も注目してなかったスキルが実は超強かった! みたいなヤツ。



 俺は今まさに、その現象を目の当たりにしていた。



「おおお……!」



 やたらと精巧な装飾が施された、木のスプーン。


 すくい取る『つぼ』の部分は、俺の小さな口にマッチしたちょうどいい大きさ。柄には手が滑らないように蛇の鱗のような模様が刻まれ、柄尻には美少女の顔が彫刻されている。めっちゃ小さいけど、これってもしかしてジュリアの顔か? ミケランジェロの作品に勝るとも劣らない、素晴らしい造形美だ。


 俺は感動に打ち震える。


「ありがとう! ありがとう、小人たち!」


 床の上で「ワーワー」「キャーキャー」と甲高い声を上げて、親指サイズの小人たちが俺に手を振って応えていた。


 ☆2(アンコモン)式神【仕立て屋の小人たち】。


 契約枠(スロット)1つで20体前後の小人が召喚されるタイプの式神だ。


 レアリティは低いが、入手手段はガチャオンリー。単体狙いではなかなか引き当てられないコレクター泣かせの恩寵。


 カラフルな衣に身を包む彼ら彼女らは、そのサイズから分かるように攻撃性能はからっきしで、ゲーム内ではダンジョンの索敵や、特定の儀式のための生贄、あるいは罠にわざと突っ込ませて自爆させるくらいしか使いみちがなかった(酷い)。


 が、現実では少々勝手が異なるようだ。あれやこれやと恩寵を吟味する中で、「夜な夜な、家の住人が寝静まると、服や靴、小物などを作ってくれるらしい」というフレーバーテキストが目に留まり、物は試しと召喚してみたらビンゴだった。


「食器が欲しいんだけど」とリクエストしたところ、どこからともなくミニサイズのノコギリやハンマー、ノミやヤスリを取り出し、端材であっという間にスプーンを作り上げてくれた。


 ちなみに『端材』とは、ボロボロで脚が一本欠けていた机のことだ。


 正確には、その破片。


 小人たちが小さなノコギリで机の端っこを切り取ろうと頑張っているのを見て、「あ、お手伝いしますよ!」と大剣を手に取った――その時点で嫌な予感しかしなかった――ジュリアが案の定、机を粉砕したのだ。


「我が大剣の切れ味、刮目せよーっ!」とかノリノリで大剣を振り下ろした直後、机が爆散したのには度肝を抜かれたぜ。机がボロすぎたことと、ジュリアがパワータイプだったこと、両方が敗因だ。


 結果、皿に加工できそうな板の部分まで木っ端微塵。


 せっかく小人たちを召喚したのに皿は作れなくなった……


 とはいえ、俺としては、スプーンがあるなら釜から直接食べられるし別にいいやって感じだが、当のジュリアは部屋の隅で体操座りして反省している。狭い場所にいると、背中の翼が窮屈そうだ。


「ジュリアさ~ん、スプーンできましたよ~?」


 小人たちにもう一度お礼を言い、送還してから、俺はおもむろにジュリアに歩み寄った。素晴らしいスプーンをひらひら見せると、ジュリアがふっと顔を上げる。


「主様」


 決意みなぎる表情。


「このジュリア、此度の失態をいかに挽回するか、それだけを考えておりました」

「お、おう」

「そして――結論に至ったのです」


 やおら立ち上がったジュリアが、胸部を護る鎧の留め具をパチン、パチンと取り外す。がらん、くわんと音を立てて床に転がる銀のブレストプレート。


 翼を持つジュリアは、背中が大きく開いたくノ一風の童貞を殺しそうな服を着ている。俺も殺されそうだ。そしておもむろに、服の裾に手をかけ、脱ぎ始める。


「おーっと、おーっとと、ジュリアさんなぜ脱いでるんすか!?」


 ノーブラですかーッ!?


 色々と見えてますよーッ!?


 慎ましやかだけど綺麗っすねえ!!


「結論――それは、わたしが、わたし自身が皿になることです」

「ええ……」


 半裸の仁王立ちでなに言ってんだこいつ……


 きでもくるったか……


 二の句が継げない俺をよそに、床に仰向けで寝転がるジュリア。背中の翼が押し潰されて痛そうだけど大丈夫か?


「さあ! どうぞ遠慮なく、我が身をお使いください!」

「だから火傷するっつってんだろ!」


 煮えたぎる粥で女体盛りとかどんなプレイだよ! 流石に趣味じゃねえわ!


「それに、大釜からすくい取るお玉的なヤツもないから」

「なんてこと……ならば、」

「手ですくい取るのもナシな」

「なんてこと……」


 寝転がったままぷるぷる震えたジュリアが、「それでは、挽回の機会が……!」と呟き、さめざめと泣き始めた。


 いや、そういう挽回は求めてないんだ……ジュリアの本領は戦闘だからさ……


「次から気をつけてくれればいいから、正気に戻ってくれ」

「むっ、わたしは正気です!」

「余計タチがわりーよ!」


 その後、「やーっ!!」と駄々をこねるジュリアに何とか服を着させ――眼福でした、ありがとうございます――ようやくご飯タイムと相成った。


 小人たちの力作スプーンでお粥をいただくぜ!


 ところで【ダグザの大釜】は俺の身長ぐらいあるクソでかい釜だ。よって、椅子の上に立たないと今の俺では手が届かない。


「はぁい、主様、あーん」


 なので、ジュリアが食べさせてくれることになった。


 俺はお行儀よく、椅子に座っているだけでいい。


「わーい。きゃっきゃっ」


 これだよ! こういうのを求めてたんだよ!


 神レベルの美少女にあーんしてもらえるとかご褒美かよ!


 しかも熱々の粥をふーふーで冷ましてくれるオプションつきだぜ!


 俺史上最高にワクワクしながら、ジュリアが差し出してくれたスプーンをぱくっと口にくわえる。一日ぶりのご飯……!


「もっちゃもっちゃ。ごくん」

「ふふっ。どうですか?」

「……う゛っ」


 ぶわっ、と俺の目から涙が溢れた。


「ああっ!? 主様!? 熱すぎましたか!?」

「いや……違う……だいじょぶ……」

「美味しくなかったですか!?」

「……ふつう」

「ふつう?」


 うん、と泣きながら俺は頷いた。


「めちゃくちゃふつう……」


【ダグザの大釜】の粥。


 めっっっっっちゃ普通の味だった。


 不味くもないが、美味くもない。感慨もない。


 この世界に生を受けて以来、『僕』が食べ続けてきたものだ。


 いや、依り代がなくて弱体化した影響か、むしろさらに味が薄いような……。


 設定によれば栄養満点ではあるらしいが、人体を生存させるための、本当に必要最低限の経口エネルギー補充剤という印象。


『俺』は不憫に思ってしまった。決して不味くはないが、ほとんどこれしか食べたことがない『僕』を……。いや、わかっている。贅沢な話だ。『僕』を含む奴隷はほとんどこれしか食べられない代わりに、極端に飢えたこともないのだ。少なくとも食事の配給に関しては、不満を覚えたことはなかった。


 帝国の奴隷管理システムは、それほどまでに完成されている。


 だが――美味いものを色々食ったことがある『俺』からすれば、あんまりだよ、こんなのは……


「ううっ……『俺』は、『僕』にもっと美味いものを食わせてやりたい……っ!」

「主様……」


 ジュリアまでしょんぼりしている。


 ハッ! これではいかん。


 せっかく食べさせてくれている彼女に失礼だ。


「でも、ジュリアが食べさせてくれるだけで美味しく感じるよ。ありがとう」

「!! そうですか、それは……良かったです」


 えへへ、と笑顔に戻ったジュリアが、次の一口をすくい取ってくれる。


「はい、あーん」

「きゃっきゃっ」


 そうだよ、俺も贅沢すぎた。


 なんたって、嬉しそうに背中の漆黒の翼をパタパタさせながら、神レベルの褐色金髪美少女が一口一口あーんしてくれるんだぜ。


 生前日本でこんな経験できるかよ……!


 この際、味は気にするな!


 プレミア感を味わえ!!


「粥、うま」

「た~んと召し上がれ、まだまだいっぱいありますからね~」

「次から次に増殖するもんな」


 その後、存分にプレミアム粥を食べ、聖水を飲み、俺はお腹いっぱいになった。


「ふぃ~~~食った食った……」

「うふふ、せっかくですしデザートもいかがですか?」

「あるのか?!」

「はい、お粥の聖水がけと、お粥と聖水のミックスジュースです」

「……今はいいや」


 しばらくは三食お粥だろうからな……俺は【ダグザの大釜】を送還した。


「お腹いっぱい食べられるのは、幸せなことだなぁ」

「そうですねぇ」

「ジュリアは食べなくてよかったのか?」

「その気になれば食べられますが、今のところ必要ありません。長時間、召喚されっぱなしだと空腹になるでしょうけど……」


 いずれにせよ再召喚すればリセットされますからね、と肩をすくめるジュリア。


「いつか、ジュリアとも一緒に美味しいものが食べたいよ」

「ありがとうございます、主様。でも今は、そのお気持ちだけでも、わたしはお腹いっぱいになれます……!」


 頬に手を当ててクネクネするジュリアを見ていると、なんだか、俺も満たされていく気がするよ……


「せめて【ごちそう絨毯】があれば良かったんだが……。転生(こんなこと)になるなら、課金してでも引いときゃ良かった」


 ☆5付喪神【グルメ妖怪のごちそう絨毯】。


 残念ながら俺は持っていない。性能は【ダグザの大釜】の完全上位互換だ。周囲の味方ユニットの生命力と霊力が徐々に回復していく。ごちそうを一緒に飲み食いしている設定なのだろう。『念じると使用者が食べたことのあるごちそうが無限に出てくる』――というフレーバーテキストがついていた。


 今の俺からすれば、前世の食べ物はごちそうだらけだ。この粥に比べれば。


 畜生、無性にラーメンとカレーと焼き肉が食べたくなってきたぞ……あの絨毯、飲み物も出せるんだよな。コーラも飲みてえ。


「……決めたぜ。石が集まったらとりあえずガチャを回す。そして【グルメ妖怪のごちそう絨毯】を引き当てるッ!」

「素晴らしい目標です、主様! わたしも主様の世界のご飯、食べてみたい……」


 ぱちぱちぱちと拍手しながらジュリアが賛同する。


 やる気が出てきたぜ。


 お腹いっぱいになって活力が湧いてきた。


 腹が減っては戦はできぬというが、やはり食べないと次の行動に移れないな!


「……そういや、俺の神魔石って今何個だっけ?」


 ふと疑問に思い、俺は『メニュー』を開きガチャの項目を改めてチェックする。


 式神やら付喪神やらは前世のゲームデータと同期していたが、神魔石は――



「――あっ」



 俺は、硬直した。



 目に飛び込んできたのは『神魔石37個』の表示。



「石、あるじゃん……」





 ガチャ、回せるじゃん……





 ………………粥食ってる場合じゃねえ!!





次回「無課金、着手す」

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