4.無課金、ご飯っす
飯だ!!
――と言っても、ここはダンジョン『朽ち果てた都』深層。
右も左も廃墟とアンデッドばかりで、食料の『し』の字も見当たらない。
つまり『恩寵』に頼るしかないわけだが――幸い、俺はそれを可能とする数少ない付喪神を所有していた。
「召喚、【ダグザの大釜】」
周囲の霊力が集まり、金色の光を放って実体化。
ズン、と俺の前に、一抱えもあるような大釜が現れる。
☆4付喪神【ダグザの大釜】。ぐつぐつと煮える粥がたっぷり入った釜だ。ゲーム内では、周囲の味方ユニットの生命力を徐々に回復させていく設置型付喪神だった。みんなで食べて元気モリモリ! って設定なんだろうな。現実では中身の粥もちゃんと食べられるようで、もちろん回復の効果も健在。
部屋中に立ち込める、お粥独特のあの匂い。この粥は味はともかく栄養満点で、どんなに食べてもなくならず無限に出てくる――らしいが、今は依り代なしに召喚したから性能は低下している。多分無限には出てこない。
それでも大の大人がすっぽりと収まるくらい巨大な釜だ。俺の腹を満たすには十分すぎる量。
「マジで大釜持ってなかったら詰んでたわ」
「ですねぇ。腐肉と灰と骨しかありませんよ、ここ。しかもゲロマズです」
ジュリアが言うと説得力あるな……
それにしても本当に、【ダグザの大釜】を分解して強化素材に変えたりしなくて良かった。ゲームだと初心者以外には需要なかったんだが、☆4ということで一応取っておいたんだよな。人生、どこで何が役に立つかわからない。
ちなみに【ダグザの大釜】を所持する者は、帝国では一級市民になれる。釜から出てくる粥は主に、孤児院での食事や奴隷の餌として活用されているらしい――というか、『僕』の記憶を振り返る限り、この『粥』以外の食料を口にした記憶がほとんどない。
改めて自分の腕を見る。細くて弱々しい白い腕。
「この身体は無限の粥でできていた……?」
無限の粥製――そんなことをひとりごちながら、粥を食べようとした俺は、そこで『あること』に気づき愕然とする。
「……食器がねえ」
眼前にはぐつぐつと煮える粥と巨大な釜がある。が、肝心の中身をすくい取る皿もお玉も、何もない。
「あっ……どうしましょうか」
「どうしよう……」
室内を見回すが、見事に廃墟だ。ボロボロの椅子と机くらいしかない。せめて匙の一つや二つでもあればよかったんだが。
「あっ。わたしに良い考えがあります」
ぽんと手を打ったジュリアが、壁に立てかけていた大剣をむんずと掴んだ。その動作、不安しか覚えない。
「……聞こう」
「そこらのスケルトンを狩ってくるので、頭蓋骨を器に加工しましょう」
「信長かよ! 食欲なくすわ!」
ナチュラル魔王ムーブやめろ!
「むー、名案だと思ったんですが」
「せめて人型モンスターの頭蓋骨じゃなきゃワンチャンあった」
残念ながら『朽ち果てた都』にはいい感じの獣系スケルトンは出現しない。【ドラゴンゾンビ】も倒したら灰になっちゃうし。
「では仕方がありませんね。こうなればわたしが一肌脱ぎます」
大剣を置いて、腕まくりしながらジュリア。やけに決意みなぎる表情、やる気に満ち溢れた所作、やはり不安しか覚えない。
「……聞こう」
「わたしが素手で粥をすくい取りますので、僭越ながらこの手を器代わりに……」
「ど○ろの母ちゃんかよ!」
髑髏杯より万倍マシだけどさ!
「そもそも火傷しちゃうだろ、気持ちはありがたいけど却下!」
「むっ、それは聞き捨てなりません! ☆5亜神の防御力を舐めないでください! 所詮は☆4付喪神、粥ごときにわたしの肌が屈するとでも? 格の違いを見せて差し上げますよ、ふンぬッ!」
止める暇もなく、ズボォッと煮えたぎる粥に手を突っ込むジュリア。
「熱っつ……! ほっ、ほら、なんともないでしょう?!」
「めっちゃプルプルしてんじゃねえか、無理すんな!」
ジュリアの手を掴んで引き抜く。粥にまみれた乙女の柔肌が、焼きリンゴみたいな赤みがかった褐色になっていた。
「うおっ、痛そう!」
「へっ、平気ですこのくらい!」
「思いっきり熱いって言ってたじゃねえか!」
「ぬぐっ、ぬうおお、言いましたけどぉ……」
悔しそうな顔で認めるジュリア、あとで聞いたが、言語を解する式神は嘘をつけないらしい。☆5亜神でも煮えたぎる粥は流石に熱かったか……
「気持ちは嬉しいけどさ、そこまで無理しなくていいって」
「別に無理じゃないです、本当ですよ? たとえこの身が裂け、砕け散ろうとも、主様が幸せならわたしも幸せなのです」
「愛が重い」
「それに再召喚したら火傷も何も治りますし~」
「いや~でもなぁ~」
ジュリアはその後もゴネたが、どろ○の母ちゃんスタイルは最終手段にすることにした。
というか、気づいたのだ。
そこまでしなくても、他に様々な付喪神を持っていることに。
「…………」
「主様?」
「食器に使えるヤツがないか探し中」
一心不乱に、メニューを開いて『所持恩寵一覧』をスクロールしていく俺。
「何かいいのありますかねぇ?」
ジュリアが後ろに回り込んできて、画面を覗き込む。近い! めっちゃ良い匂いするんですけど……美少女の香り……さっきはドラゴンゾンビの体液まみれでわからなかった。至福だぜ。
「【聖女の背骨】とかどうです?」
「ゴツゴツしてるから使えるかもな……」
☆5付喪神【聖女の背骨】。とある聖女の背骨をそのまま加工した杖が、自我を獲得したとかいう色々とやばい付喪神だ。隙間のあるゴツゴツした造形なので、粥に突っ込んだらそれなりにすくい取れそうではある。
が、「聖女の背骨ペロペロ、おいちい!」って字面がヤバイから極力避けたい。最終手段候補その2。
「【誇り高きエジッド】は? 円盾ですし、お皿代わりに」
「そうだな、使えそうだ。召喚、【誇り高きエジッド】」
ウルトラレアの皿とか贅沢だなぁ、などと思いつつ、俺はそれを実体化させる。虹色の輝きとともに、表面が鏡のように磨き上げられたシンプルな円盾が姿を現した。
依り代がないので盾としての耐久値は最低レベル、深層の敵の攻撃を二、三発も受けたらすぐに壊れてしまうだろうが、皿代わりには申し分ない強度だ。ゲーム内でも俺がよく使っていた付喪神の一つなので、実物を見るとテンションが上がる。
「きた! メイン盾きた! これで勝つる!」
「むぅーっ」
俺がはしゃいでいるとジュリアは不満げだった。
「付喪神の分際で……羨ましい! わたしも付喪神だったら、主様のお皿代わりに使っていただけたのに……! 盾に生まれたかった……」
「ええ……」
用途、限定的すぎかよ……
「それに、わたしが盾だったら、もっとダイレクトに主様の体をお守りできるじゃないですか! 主様の体温を感じながら!」
むっはー! と鼻息を荒くしてジュリア。やだこの人こわい。
「単純な護身性能だったらジュリアの方が上だし、ジュリアの方がいいかな……」
空飛べるし、【血の祝福】で回復できるし、【罵倒】で敵を引きつけられるし、パッシブ技能の【警戒】で透明・潜伏状態の敵も察知できるし――ジュリアほどオールマイティかつ柔軟な対応力を持つ式神も珍しい。
しかも美少女。【エジッド】とどっちか選べと言われたら断然ジュリアだ。
「えっ、えへへ~そうですかぁ? ならいいかなぁ」
ジュリアはてれてれとご機嫌だ。ちょろ可愛いぜ。
「じゃあ、早速なんだがちょっと手伝ってくれ」
「はいはいは~い喜んで~!」
ジュリアの力を借り、【ダグザの大釜】を傾けてもらう。
【誇り高きエジッド】はドーム状に反り返った盾なので、持ち手のついてる裏側に粥を受けることにした。
「ああ……肉体があってよかった……こうして主様に粥を注いで差し上げることができるのですから……」
大釜を抱えながら、うっとりとした顔でジュリア。ただ粥を注ぐだけでここまで恍惚とできるヤツを俺は知らない。
「ジュリアおねえちゃんありがとー!」
「ん゛ん゛ん゛っ!」
「よーし、そのままそのまま……」
嬉しそうにビクンビクンするジュリアをよそに、釜からこぼれ落ちる粥を――盾で受け止める。
だが、俺は忘れていた。
【誇り高きエジッド】が、曲がりなりにも☆5付喪神で、弱体化しているとはいえ特殊な力を秘めた盾であるということを――
盾に触れる寸前。
粥はまるで見えない壁に阻まれたかのように、空中でぬるんとその軌道を変え。
摩擦係数ゼロな感じで横に滑り、だばだばだばーっと全部床にこぼれ落ちた。
「はっ?」
「えっ?」
目を点にして、俺とジュリアの声がハモる。
俺は間抜け面で盾を差し出したまま、ジュリアは大釜を傾けたまま――
「――って主様! 手が!!」
ジュリアが悲鳴を上げて大釜を戻す。見れば、盾を支える俺の手が滑ってきた粥にまみれているではないか!
「おおっと」
「熱くないですか? 火傷は!?」
「いや、熱くない、大丈夫だ……」
ぺっぺっと指についた粥を払い落とす。不思議と全然熱くない。煮えたぎった粥が直に付着したはずなのにな。
「……そうか、忘れてたわ。【エジッド】って【受け流し】がついてたな」
どうしてこうなった、としばし考え、俺は気づいた。この盾は大抵の物理攻撃をヌルッと受け流し、逸らしてしまう効果を持つのだ。
「あー、粥も攻撃扱いですか」
「みたいだな。律儀に全部逸らしやがった……」
粥程度の『攻撃』なら、弱体化していても弾けてしまったのか……床の上でホカホカと湯気を立てる粥。食べ物を粗末に……すまぬ……。
「まー仕方ないか、【エジッド】が優秀な証でもあるし」
この盾、小規模な物理攻撃に対しては、とにかくめっぽう強いのだ。対人戦でも随分と世話になった。
「そうですね。そういえば、他にも効果ありましたよねその盾」
「ああ。受けたダメージを三つまで保持して、反映を遅らせてくれる効果な。さらに保持してるダメージを軽減して霊力に変換できる」
【エジッド】は、盾としての純粋なダメージ軽減性能は他の盾より控えめだ。が、十秒間ダメージを盾の中に留めておいて、時間差で反映させるという効果がある。
おかげで、即死クラスの攻撃を受けても十秒死なずに済む。
それだけでも充分強いのに、さらにストックしたダメージを霊力に変換できるのだから、☆5に相応しい優秀な盾といえるだろう。
現実だとその辺のメカニズムがどう作用するのか気になるところだが、危なそうだし、積極的に実験する気にはなれないな――
「――ん? 待てよ、十秒?」
そこで、はたと気づいた。
粥まみれになった手。
全然熱くなかったが。
ぼちぼち十秒経つ――
じゅわっ、と指先で熱量が爆発した。
「熱ァ――ッッ!?」
「主様あああぁぁっ?!」
……いや、【血の祝福】はやめてもらったよ。
アホすぎたので自前の回復技能で火傷は治すことにした。
でも、せめてあと数秒早く気づいて、霊力に変換するべきだったな。
ファ○ク。
誇り高きエジッド「俺は悪くねぇ」
次回「無課金、食す」




