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3.無課金、決心す



 ――ダンジョン『朽ち果てた都』深層Ⅰ――



 廃墟の一角。


 比較的マシな状態の家屋を見つけ、俺たちは小休憩を取っていた。


 家屋を制圧中、隠れていた【下忍ゾンビー】に奇襲されるというハプニングはあったものの、ジュリアが大剣でド突いて瞬殺、事なきを得た。


「ぷはぁー、生き返ります」


 再召喚され、色々綺麗さっぱりリセットされたジュリアは、ウイスキーのボトルみたいな形をした瓶から聖水をグビグビ飲んで一服している。


 ☆1(コモン)付喪神【聖水瓶】。


 周囲の霊力を聖水に変換してくれる、便利アイテム的な式神だ。



 実は、ガチャやダンジョンで手に入る『式神』だが、いくつか種類がある。


 まず、【ジュリア】やダンジョン内の敵モンスターのように、自律的に行動する『式神』。


 次に、【聖水瓶】のように、特殊な効果を持つ道具として振る舞う『付喪神』。


 他にも、プレイヤーに憑依してステータスを底上げする『守護霊』や、敵に憑依して悪影響をもたらす『怨霊』。


 他のゲームでいうスキルやアビリティに相当する『神業(かみわざ)』――凄まじい(わざ)には神が宿る、の精神で業という概念そのものと化した式神――などがある。


 これらをまとめて、『恩寵』と呼ぶ。ガチャやダンジョンを通して得られる神々のめぐみ――文字通り、恩寵というわけだ。



「持ってて良かった聖水瓶」


 腕組みして、うんうんと頷く俺。幸い、味は普通のミネラルウォーターみたいなものだ。


「依り代がないんで、変換効率はあんまり良くないみたいですねー」


 飲み干して、ぽたぽたと滴を垂らすだけになった瓶を覗き込みながら、ジュリアが言う。


 普通なら、【聖水瓶】は水道の蛇口を全開にしたレベルでドバドバ聖水を出してくれるんだが、今は性能が低下している。【聖水瓶】は付喪神なので、召喚する際には『瓶、あるいはそれに似たもの』を用意し、依り代として憑依させないと本来の性能を発揮できないのだ。


 一応、依り代なしでも霊力だけで実体化できるが、性能はご覧の通り大幅ダウンしてしまう。逆に依り代の質が高いと性能も上がる、はず。


「まあ、無いよりマシだ。ダンジョン内で飲み水が確保できるのはありがたい」


 部屋の隅、朽ちかけた古い椅子に腰掛けて、俺は『メニュー』を開いた。



 ――『この世界』において、ガチャは人族のみが使える特殊技能だ。



 メニュー画面にはゲームと同じように『ガチャ』の項目がある。回すのに神魔石10個が必要なのもゲームと一緒。


 人族は12歳の誕生日にメニューを開けるようになり、『成人の儀』として初めてガチャを引く。『僕』がいたハイジーン帝国では、成人の儀で特定の☆5(ウルトラレア)☆4(スーパーレア)の恩寵を引けなければ、孤児や一般市民の子はもれなく奴隷落ちする決まりだった。



 ガチャとは、つまり天から与えられる恵み。


『高レアを引く』のは『天から愛される者』であり、『ゴミを引く』なら『引いたソイツ自身もゴミ』である。


 ――そういった思想に基づく、苛烈な身分制度。



 奴隷は人間扱いされない――良くて家畜、悪くてダンジョン『発掘』用の作業ユニットぐらいにしか考えられてないだろう。高位の式神の方がまだ敬意を払われるくらいだ。


 だからダンジョン攻略でバンバン奴隷が死んでいっても誰も気にしないし、貴族は気分次第で奴隷を殺したり拷問したり平気でする。『僕』も貴族に色々やられたものだ。先日の反乱の際も、態度が無礼とか難癖をつけられて死なない程度にきっつい拷問を食らった。


 クソッ、思い出したら俺まで腹が立ってきたぜ。


 あのときは『コイツいつか絶対殺す』と思った。それが不可能に近いことを悟りながらも――




 だが、今の俺なら。




「……主様? なんか瞳からハイライト消えてますよー?」


 ジュリアが机に【聖水瓶】を置き、首を傾げた。その机、脚が一本ない上にボロボロで今にも崩れそうだが大丈夫か?


「うん。俺を痛めつけてくれたクソ貴族を、どうやってブッ殺すか考えてた」

「まあっ。それは素晴らしいですね、わたしもぜひお手伝いさせてください!」


 手を合わせ、にっこりと笑うジュリア。ここまで肯定的だといっそ清々しい。


「……ジュリアって正義の使徒的な感じだと思ってたんだが」


 止めたり諌めたりしないの? と言外に尋ねると、


「他の【ジュリア】は知りませんが、『わたし』は主様のしもべなので主様の倫理観に従いますよ。そして主様からすれば、この帝国の貴族の所業は紛れもない『悪』でしょう? ノープロブレムですよ。ガンガン滅しましょう」


 貴族死すべし、と笑顔で言い出すジュリア。逆に俺の方が「諌めなきゃ……」って思わされたわ。高度な心理戦かな?


「ここにいる『わたし』は、【ジュリア】の分体です。この体も、この心も、全て主様の望みを実現するための道具(しきがみ)とお考えください。主様の喜びはわたしの喜び。主様の悲しみはわたしの悲しみ。そこに他者の思惑は介在しません」


 わたしはいつまでもあなたの味方です――と、ジュリアはとろけるような笑みを浮かべて言った。


 ああ。


 まるで宝石みたいだ。


 ルビーのような真紅の瞳は、本当に、俺のことしか見えていない。


 あまりに一方的な愛情、あまりに歪な忠誠心。しかしそれは確かに心地よく、ゾクゾクとしたものが背筋を這い上がる。なるほど、『これ』が貴族のクソっぷりに拍車をかけている元凶か。高位の式神を使役するヤツらは、こうして幼い頃から全肯定されて育ったに違いない――



 だから自分以外の他者を、ほとんどゴミくらいにしか思ってないんだ。



 ジュリアの気持ちは、正直なところありがたい。だが同時にとても危険だな、と『俺』は思った。気をつけなければ、俺はたやすく堕落してしまうだろう。


 ――まあ神クラスの美少女に初めから好感度MAXで慕われてるとか、色々と爛れた関係に溺れたくなるけどな!


「でも今の俺お子ちゃまだし! 主に肉体年齢的な意味で!!」

「主様すてき! 抱かせて!」

「しまった口に出ていた!」


 目にハートマークを浮かべてくねくねするジュリア、ってか今の俺のどこに素敵な要素があったんだ!? 度が過ぎた全肯定は怖いからやめて!


「で、これからのことなんだが」

「はい。どうなさるおつもりで?」


 俺が真面目モードに切り替えると、ジュリアもキリッとした顔で姿勢を正した。まだ口の端からヨダレ垂れてんぞ。まあいいか。


「今後の方針はシンプルだ」


 無意識のうちに、手を握りしめる。


「サンちゃんの敵を討つ」


 奴隷頭を、殺す。


 本気だ。


『僕』の憎しみ、殺伐とした死生観は、すでに『俺』を変えている。


 奴隷頭を生かしてはおけない。そして皆の神魔石も返してもらう……。


「奴隷頭は抹殺ですね。わかりました、その男の顔は主様と記憶を共有しておりますので、見かけ次第速やかに処します」

「できれば俺の見ているところで頼む」


 流石に、この期に及んではジュリアも茶化さず、真剣な顔だった。


「次に、居住区の貴族どもだが、奴らもこの世から消し去る。特に管理官のクラウス五十三郎卿は絶殺リスト入りだ。あいつにはずいぶんと世話になったからなァ」


 第53奴隷居住区の管理官・中級貴族のカガ=クラウス五十三郎卿。


 名前に数字が入っていることから分かる通り、孤児院出身の貴族だ。成人の儀で☆5式神を引き、幸運にも貴族に叙せられたらしい。


 孤児院出身の奴隷にやたら当たりが強い奴だった。多分、コンプレックスというか、自分と同じルーツを持つ存在が嫌なんだろうな。仲の良かった奴隷があいつの式神に消し炭にされたし、『僕』も何度か、あいつの虫の居所が悪くて理不尽に痛めつけられたことがある。絶対に許さん。


「とはいえ、あれでも貴族だから、いくらか神魔石も持っているはずだ。できれば殺す前に奪い取りたい」

「そうですね。殺したらインベントリの中身も消滅しますからね」


 うんうんと頷くジュリア。神魔石や強化素材などはデータとしてメニューの中に格納できるが、持ち主が死ぬと全て消滅してしまう。『何らかの方法』で事前に神魔石を頂戴してから、息の根を止める必要があるわけだ。


「前に小耳に挟んだけど、クラウスの石高(こくだか)は200前後らしいな」


 石高。1年に俸禄として国から与えられる神魔石の数で、貴族の格を表す。


「年間、神魔石が200個もらえる、と……ガチャ20回分ですね」

「……そう考えるとけっこう少ないな?」


 第53奴隷居住区だけでも数万人は奴隷がいるはずだが、それを管理する役職なのに、もらえる石が200個ってかなり少なくねえか? 年にたった20回とか。無課金プレイヤーの『俺』の方が、よっぽどガチャ回してるじゃん。


「まあ、配布石とかイベント報酬とか色々あったゲームとは、一概に比較できないけどさ」

「運営が存在しない分、石の獲得手段が極端に限られてますからねえ。ダンジョンの初踏破ボーナスか、神魔結晶を集めて合成するか、他人から奪うか……」


 そこで帝国の奴隷制ってわけだ。


 ダンジョンのクリアボーナス及び、マンパワーのゴリ押しで集めさせた神魔結晶を、搾取する。俺のいる居住区も第『53』って時点で他に52の居住区があるはずだし、奴隷の総数も百万を超えそうだ。帝国の総石高はいったいいくつになるんだ……? 億とかいきそうだな。


 そう考えると、クラウスの石高はいかにも低い。


「所詮は孤児院出身の成り上がり、良いように使われてんのか」


 冷静に考えたら、奴隷の管理とかやんごとなき方々がやる仕事じゃないもんな。貴族とは名ばかりの中間管理職、あいつも本質的には搾取される側ってこった……だからといって一ミリも同情できないが。


「では、今からどうなさいますか主様? やはりダンジョン脱出ですか? そしてカチコミですか?」

「いや。ゲームから現実になって色々と変わってる部分もあるし、まずはその辺の検証とすり合わせをしたい」


 ふんすふんすと鼻息も荒く大剣に手を伸ばすジュリアに、俺は首を振る。


 気分的には今にでも地上に戻りたいところだが、俺は慎重派だ。貴族とやり合うなら俺自身も戦う必要があるし、クラウスの式神にどう対処するか、入念に作戦を練るべきだろう――


 だが。


「それより前に、『やること』がある」


 俺は意味深に笑い、やおら立ち上がった。




「グルルル……」




 不穏な音が響く。


「主様、今のは……」


 ハッとした顔で、ジュリアも席を立つ。


「ああ。鳴き声だ」


 重々しく、俺は頷いた。


 鳴いてやがる。




「グ~……キュルル……」




 ――俺の腹の虫が。




「おなかすいた……」




 だって昨日からほぼ丸一日、何も食べてないんだもん……。





Tips.

☆1(コモン)付喪神【聖水瓶】 効果『対象に聖属性(弱)を付与』

属性を持たない武器に聖属性を付与したり、自分にふりかけて状態異常耐性を(気持ち)強化したり、怨霊を浄化するのに使える。低レアなのでアンデッド系ダンジョンの低コスト周回などに採用される。


現実では、中の聖水が飲めるようになり、水を生み出してくれる水筒としても使えるように。聖水なので体にいい。

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