表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

2.無課金、召喚す



 虹色の光。



 それは最上位レアリティ、☆5(ウルトラレア)の証。



 光は徐々に、花開くように、人の形をとっていく。



 ばさりと広がる漆黒の翼。


 健康的な小麦色の肌。


 陽光をそのまま束ねたような金色の髪。


 くノ一風な背中の開いた服。


 細身な体躯を包む銀色の軽鎧。



 身の丈ほどもある白刃の大剣を携えた戦乙女が、ふわりと降り立つ。



【堕天聖騎士、ジュリア】――人々に寄り添い、現世の『悪』と戦うため、神の座を捨て降臨した亜神の戦士。



「聖騎士ジュリア、馳せ参じましたッ!」


 振り返り、彼女は明るく笑う。


 ゲーム内でも屈指の人気を誇る式神。


 実際に間近で目にすると、本当に息を呑むような美貌だ。


 顔の作りはキレイ系だが、表情はカワイイ系というべきか。


 とにかく美人オーラが凄い。なんと声をかければいいんだろう。


 思わず気後れしてしまう――が、ジュリアのルビーのように紅い瞳が、俺の姿を捉えてカッと見開かれた。


「あ゛ッ!? 主様ケガしてる!? ふンぬッ!」


 突然、ジュリアが大剣の刃に自らの左腕を押し当て、ズバッと切り裂いた。超絶ダイナミック・リストカット。


「【血の祝福】ッ!」


 そのまま傷口からバッシャァッ! と鮮血を浴びせかけてくる。全身に生温かい血が降り注ぎ――俺は、体の痛みがスッと和らいでいくのを感じた。


 うん。色々と言いたいことはあるが、これが彼女の回復技能なのだ。


【血の祝福】――ジュリアの生命力を犠牲にして、対象の生命力を回復させる(わざ)。ゲーム内においても、エフェクトの豪快さには定評があったが……。


「……ありがとう、助かったぜ。割とグロいな」


 俺は引きつった笑みを浮かべながら、フランクに話しかけた。おかげで気後れも吹っ飛んだわ。


「知りませーん。だってこういう業ですしー」


 すねたように唇を尖らせるジュリア。じゅくじゅくと音を立てて、腕の傷も治癒しつつあった。その過程もけっこうグロい。☆5(ウルトラレア)の式神、それも種族【亜神】である彼女は、他の追随を許さない強烈な治癒力を誇る。20秒もすれば生命力は全快しているだろう。


「グルルル……」


 ドラゴンゾンビが「なんかやべえやつが来たぞ……」とばかりに警戒の唸り声を上げていた。


 正しい。


 登場早々自傷して血をぶっかけてくるやべえやつだが、ドラゴンゾンビにとってはそれ以上にやべえやつだ。天敵と言っていい。


 ジュリアは☆5式神の中でも指折りに火力が高い上、天界の聖属性をその身に宿しており、不死者(アンデッド)への攻撃力がさらに上がる。『朽ち果てた都』深層の敵なら鼻歌交じりに蹂躙できてしまうほどだ。


 中ボスクラスのドラゴンゾンビとて、例外ではない。


「ま、何はともあれ! あの腐れトカゲを始末すればいいんですよね?」


 無造作に大剣を肩に担ぎながら、ジュリアがドラゴンゾンビに向き直る。明るい口調とは裏腹に、まるで猛獣のような笑みだ。


 美人が獰猛に笑うと絵になるな。心なしか、ドラゴンゾンビがたじろいだように見えた。


 ああ、正しいさ、腐れトカゲ野郎。色々ともう遅いが。


「頼む。やってくれ」

半殺し(ミディアム)ですか? それとも抹殺(ウェルダン)?」

「もちろん抹殺(ウェルダン)で」

「はいはーい」



 大剣の柄を、ぐっと両手で握りしめる。



 背中の翼が広がり、弓のようにしなる。



「じゃ、ちょっと行ってきまーす」



 ドゥッ、と風を置き去りに、ジュリアが矢のように飛んでいった。



「ふンぬッ!」



 突進の勢いを乗せ、力任せに薙ぎ払う大剣。



 想定外の速度に、ドラゴンゾンビがギョッとしたように仰け反った。それが功を奏す。頭上半分がスライスされるところを、下顎が丸ごと吹き飛ばされるだけで済んだ。顎の残骸、骨と腐肉が石畳に飛び散る。相変わらず酷い臭いで鼻がひん曲がりそうだ。


「ゲエアアアァッ!!」


 下顎を失い、悲鳴のような咆哮を上げるドラゴンゾンビ。その喉奥にポッと緑色の光が灯る。【ポイズンブレス】の前兆――


「――アアアアァァァッッ!」


 ドッパァッと汚い轟音を響かせ、吐息(ブレス)が噴射された。至近距離、避ける暇もなく毒々しい濃緑色の奔流が迫る。


「なんのぉ――ッ!」


 が、豪快に大剣を振り回し、刀身でブレスの中心線を切り払いながら、ジュリアはさらに前へと突き進んだ。毒の霧がまとわりつくが、ばちばちと聖属性の火花を散らして邪気が祓われていく。抵抗(レジスト)したらしい。


「ひゅーっ! さっすが☆5(ウルトラレア)亜神、かっこいいー!」

「えへへ~! 主様もっと褒めて~!!」

「楽園から舞い降りた戦乙女~! 美の化身~! ジュリアサイコー!」


 俺が称賛するとものすごく得意げな顔をし始めたので、さらに応援する。


「フレ、フレ、ジュリア!」

「あぁ~いいです主様! やりがいが溢れてきます!」

「がんばえ~! ジュリアおねえちゃん、がんばえ~!」

「ん゛ん゛ッ! んおおぉぅッ!」


 今の自分が幼ボディであることを思い出し、甘えた感じでさらに声援を送ったらなんかビクンビクンし始めた。逆効果だったか?


「グルオオァァァッ!!」


 が、それがまずかった。


「うっせえぞクソガキ! こちとら必死なんじゃ!」と言わんばかりの顔で、腐れトカゲがこちらを見やる。



 喉奥にポッと緑色の光が灯った。



 あっ、やべ。



「どこを見ている貴様――ッッ!」


 と、その瞬間、激昂したジュリアが前脚を容赦なく斬り飛ばす。ガクンっと体勢を崩す腐れトカゲ、ダメ押しのようにジュリアはカッと目を見開き、


「【息クセェんだよッ、この腐れ野郎ッッ】!!」


 口汚く【罵倒】した。


 無理やり首を折り曲げられたかのような、不自然な動きで腐れトカゲがジュリアの方を向く。


【罵倒】――れっきとしたジュリアの技能の一つだ。敵の注意を引きつけ、強制的に自分の方を向かせる。


「らああァァッッ!」


 そしてその顔面に、トドメとばかりにジュリアが大剣を叩きつけた。ボグンッ、と鈍い音を立て白刃が頭蓋にめり込み、衝撃で足元の石畳までもが砕け散る。


「ギョッ」


 最期に〆られた鳥のような声を上げ、ドラゴンゾンビはズンと倒れ伏した。


 沈黙。


 腐肉が灰と化し、ぼろぼろと崩れ落ちていく。


 ナメプの代償は高くついたな……


「いぇーい。余裕だったな」

「ちょっと手間取りましたけどね!」


 わーい、と戻ってきたジュリアとハイタッチする。やっべえやっぱ凄い美人だ。返り血ならぬ返りドラゴンゾンビの体液にまみれてるけど。間近で見つめられるとドキドキしちゃうぜ。ドラゴンゾンビの体液にまみれてるけど。


「ぺっ、ぺっ! これすっごくマズいです、うぇッ!」


 ハイタッチの拍子に体液が口に入ったらしく、ジュリアが苦虫を千匹くらい噛み潰したような顔をしている。


 ……あとで召喚し直してあげよう。ゲロマズ体液の後味もヤバそうだしな。


 それにしても、少しばかり、考える必要がある。


 ゲームとの違い。現実(リアル)での俺の立ち回りについて。そしてこれまでのこと、これからのこと――


 改めて、ジュリアを見やる。


「? どうかしました?」


 首をかしげる褐色の美少女。


「色々と聞きたいことがある。『カルマ・ドーン』という名前に聞き覚えは?」


 単刀直入に尋ねると、ジュリアはしたり顔で頷いた。


「もちろん、ありますとも。主様が遊んでいたソシャゲですよね」


 ……わかるのか。


 まず、ソシャゲという概念を、彼女が理解してるのは興味深い。


「――というか、わたしの記憶って主様と同期してるんですよ」


 が、さらに詳しく尋ねようとした矢先、ジュリアがあっけらかんと暴露した。俺は肩透かしを食らう。


「あ、そうなんだ。なら知ってるわな」

「ええ、そりゃあもう。主様のことなら、なぁーんでも知ってますよぉ」


 むふふん、何やら妖しげな笑みを浮かべるジュリア。


「……何でも?」

「ええ、何でも! 例えばぁ、そうですねぇ……」


 ジュリアが、俺の耳元でささやく。


「小学校時代の好きな女の子の名前とかぁー、中学校時代に編み出した†必殺技†の詳細とかぁー」

「やめて」

「あとは誰にも言ってない性癖――」

「やめて」


 マジでやめて。


 色々とダメージを受けた俺は、ジュリアが体液まみれなこともあって、一旦落ち着ける場所を探し休息を取ることにした。


 決して、「わたし、わかってますよ。大丈夫ですよ」と言わんばかりの、慈愛に満ちたジュリアの笑顔から逃げ出そうとしたわけではない。決して。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ