2.無課金、召喚す
虹色の光。
それは最上位レアリティ、☆5の証。
光は徐々に、花開くように、人の形をとっていく。
ばさりと広がる漆黒の翼。
健康的な小麦色の肌。
陽光をそのまま束ねたような金色の髪。
くノ一風な背中の開いた服。
細身な体躯を包む銀色の軽鎧。
身の丈ほどもある白刃の大剣を携えた戦乙女が、ふわりと降り立つ。
【堕天聖騎士、ジュリア】――人々に寄り添い、現世の『悪』と戦うため、神の座を捨て降臨した亜神の戦士。
「聖騎士ジュリア、馳せ参じましたッ!」
振り返り、彼女は明るく笑う。
ゲーム内でも屈指の人気を誇る式神。
実際に間近で目にすると、本当に息を呑むような美貌だ。
顔の作りはキレイ系だが、表情はカワイイ系というべきか。
とにかく美人オーラが凄い。なんと声をかければいいんだろう。
思わず気後れしてしまう――が、ジュリアのルビーのように紅い瞳が、俺の姿を捉えてカッと見開かれた。
「あ゛ッ!? 主様ケガしてる!? ふンぬッ!」
突然、ジュリアが大剣の刃に自らの左腕を押し当て、ズバッと切り裂いた。超絶ダイナミック・リストカット。
「【血の祝福】ッ!」
そのまま傷口からバッシャァッ! と鮮血を浴びせかけてくる。全身に生温かい血が降り注ぎ――俺は、体の痛みがスッと和らいでいくのを感じた。
うん。色々と言いたいことはあるが、これが彼女の回復技能なのだ。
【血の祝福】――ジュリアの生命力を犠牲にして、対象の生命力を回復させる業。ゲーム内においても、エフェクトの豪快さには定評があったが……。
「……ありがとう、助かったぜ。割とグロいな」
俺は引きつった笑みを浮かべながら、フランクに話しかけた。おかげで気後れも吹っ飛んだわ。
「知りませーん。だってこういう業ですしー」
すねたように唇を尖らせるジュリア。じゅくじゅくと音を立てて、腕の傷も治癒しつつあった。その過程もけっこうグロい。☆5の式神、それも種族【亜神】である彼女は、他の追随を許さない強烈な治癒力を誇る。20秒もすれば生命力は全快しているだろう。
「グルルル……」
ドラゴンゾンビが「なんかやべえやつが来たぞ……」とばかりに警戒の唸り声を上げていた。
正しい。
登場早々自傷して血をぶっかけてくるやべえやつだが、ドラゴンゾンビにとってはそれ以上にやべえやつだ。天敵と言っていい。
ジュリアは☆5式神の中でも指折りに火力が高い上、天界の聖属性をその身に宿しており、不死者への攻撃力がさらに上がる。『朽ち果てた都』深層の敵なら鼻歌交じりに蹂躙できてしまうほどだ。
中ボスクラスのドラゴンゾンビとて、例外ではない。
「ま、何はともあれ! あの腐れトカゲを始末すればいいんですよね?」
無造作に大剣を肩に担ぎながら、ジュリアがドラゴンゾンビに向き直る。明るい口調とは裏腹に、まるで猛獣のような笑みだ。
美人が獰猛に笑うと絵になるな。心なしか、ドラゴンゾンビがたじろいだように見えた。
ああ、正しいさ、腐れトカゲ野郎。色々ともう遅いが。
「頼む。やってくれ」
「半殺しですか? それとも抹殺?」
「もちろん抹殺で」
「はいはーい」
大剣の柄を、ぐっと両手で握りしめる。
背中の翼が広がり、弓のようにしなる。
「じゃ、ちょっと行ってきまーす」
ドゥッ、と風を置き去りに、ジュリアが矢のように飛んでいった。
「ふンぬッ!」
突進の勢いを乗せ、力任せに薙ぎ払う大剣。
想定外の速度に、ドラゴンゾンビがギョッとしたように仰け反った。それが功を奏す。頭上半分がスライスされるところを、下顎が丸ごと吹き飛ばされるだけで済んだ。顎の残骸、骨と腐肉が石畳に飛び散る。相変わらず酷い臭いで鼻がひん曲がりそうだ。
「ゲエアアアァッ!!」
下顎を失い、悲鳴のような咆哮を上げるドラゴンゾンビ。その喉奥にポッと緑色の光が灯る。【ポイズンブレス】の前兆――
「――アアアアァァァッッ!」
ドッパァッと汚い轟音を響かせ、吐息が噴射された。至近距離、避ける暇もなく毒々しい濃緑色の奔流が迫る。
「なんのぉ――ッ!」
が、豪快に大剣を振り回し、刀身でブレスの中心線を切り払いながら、ジュリアはさらに前へと突き進んだ。毒の霧がまとわりつくが、ばちばちと聖属性の火花を散らして邪気が祓われていく。抵抗したらしい。
「ひゅーっ! さっすが☆5亜神、かっこいいー!」
「えへへ~! 主様もっと褒めて~!!」
「楽園から舞い降りた戦乙女~! 美の化身~! ジュリアサイコー!」
俺が称賛するとものすごく得意げな顔をし始めたので、さらに応援する。
「フレ、フレ、ジュリア!」
「あぁ~いいです主様! やりがいが溢れてきます!」
「がんばえ~! ジュリアおねえちゃん、がんばえ~!」
「ん゛ん゛ッ! んおおぉぅッ!」
今の自分が幼ボディであることを思い出し、甘えた感じでさらに声援を送ったらなんかビクンビクンし始めた。逆効果だったか?
「グルオオァァァッ!!」
が、それがまずかった。
「うっせえぞクソガキ! こちとら必死なんじゃ!」と言わんばかりの顔で、腐れトカゲがこちらを見やる。
喉奥にポッと緑色の光が灯った。
あっ、やべ。
「どこを見ている貴様――ッッ!」
と、その瞬間、激昂したジュリアが前脚を容赦なく斬り飛ばす。ガクンっと体勢を崩す腐れトカゲ、ダメ押しのようにジュリアはカッと目を見開き、
「【息クセェんだよッ、この腐れ野郎ッッ】!!」
口汚く【罵倒】した。
無理やり首を折り曲げられたかのような、不自然な動きで腐れトカゲがジュリアの方を向く。
【罵倒】――れっきとしたジュリアの技能の一つだ。敵の注意を引きつけ、強制的に自分の方を向かせる。
「らああァァッッ!」
そしてその顔面に、トドメとばかりにジュリアが大剣を叩きつけた。ボグンッ、と鈍い音を立て白刃が頭蓋にめり込み、衝撃で足元の石畳までもが砕け散る。
「ギョッ」
最期に〆られた鳥のような声を上げ、ドラゴンゾンビはズンと倒れ伏した。
沈黙。
腐肉が灰と化し、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
ナメプの代償は高くついたな……
「いぇーい。余裕だったな」
「ちょっと手間取りましたけどね!」
わーい、と戻ってきたジュリアとハイタッチする。やっべえやっぱ凄い美人だ。返り血ならぬ返りドラゴンゾンビの体液にまみれてるけど。間近で見つめられるとドキドキしちゃうぜ。ドラゴンゾンビの体液にまみれてるけど。
「ぺっ、ぺっ! これすっごくマズいです、うぇッ!」
ハイタッチの拍子に体液が口に入ったらしく、ジュリアが苦虫を千匹くらい噛み潰したような顔をしている。
……あとで召喚し直してあげよう。ゲロマズ体液の後味もヤバそうだしな。
それにしても、少しばかり、考える必要がある。
ゲームとの違い。現実での俺の立ち回りについて。そしてこれまでのこと、これからのこと――
改めて、ジュリアを見やる。
「? どうかしました?」
首をかしげる褐色の美少女。
「色々と聞きたいことがある。『カルマ・ドーン』という名前に聞き覚えは?」
単刀直入に尋ねると、ジュリアはしたり顔で頷いた。
「もちろん、ありますとも。主様が遊んでいたソシャゲですよね」
……わかるのか。
まず、ソシャゲという概念を、彼女が理解してるのは興味深い。
「――というか、わたしの記憶って主様と同期してるんですよ」
が、さらに詳しく尋ねようとした矢先、ジュリアがあっけらかんと暴露した。俺は肩透かしを食らう。
「あ、そうなんだ。なら知ってるわな」
「ええ、そりゃあもう。主様のことなら、なぁーんでも知ってますよぉ」
むふふん、何やら妖しげな笑みを浮かべるジュリア。
「……何でも?」
「ええ、何でも! 例えばぁ、そうですねぇ……」
ジュリアが、俺の耳元でささやく。
「小学校時代の好きな女の子の名前とかぁー、中学校時代に編み出した†必殺技†の詳細とかぁー」
「やめて」
「あとは誰にも言ってない性癖――」
「やめて」
マジでやめて。
色々とダメージを受けた俺は、ジュリアが体液まみれなこともあって、一旦落ち着ける場所を探し休息を取ることにした。
決して、「わたし、わかってますよ。大丈夫ですよ」と言わんばかりの、慈愛に満ちたジュリアの笑顔から逃げ出そうとしたわけではない。決して。