24.無課金、宿泊す
久々に眺める夕焼け空だ。
全く土地勘のない街を、俺はさまよい歩く。
「なんでこんなに人が少ないんだろうな」
碁盤目状に整備された市街区は、どこか閑散としていた。奴隷居住区の外に出るのは初めてだが、こんなに人が少ないのは異常じゃなかろうか。
夕日に照らされて、俺とジュリアの影法師が伸びる。
ちなみに、残念だが、ジヴァは送還した。二体も☆5式神を連れてると、あまりにも目立つんでな。
「……なんか辛気臭いですね」
ジュリアも怪訝そうに周囲を見回す。この辺りは住宅街のようで、和風の家屋が整然と建ち並んでいた。俺からするとどこか懐かしい雰囲気だ。
通りに人はいないが、家々には明かりが灯っている。夕餉の支度だろうか、炊事場からは煙が立ち昇り、煮物っぽい匂いや焼き立てのパンの香りが漂う。
ぐぅ、と腹が鳴った。お腹空いたぜ。もう本当に年単位で粥しか食ってないからなぁ、かすかな料理の匂いがとんでもなく暴力的に感じる。
「宿屋、見つけよう」
「そうですね……」
あればいいんですが、とジュリアが呟いた。
あるかどうかさえわからぬものを、見知らぬ土地で探し回るのは存外しんどい。だが、しばらく歩くうちに、俺たちは目抜き通りと思しき場所に出た。
商店街も兼ねるそこは、住宅街に比べるとまだ活気があり、買い物の袋を下げた市民や風呂敷包みを抱える小間使い、牛頭の式神に引かれる人力車などがせわしなく行き交っている。
しかし、そんな雑踏でも、やはり俺は浮いていた。
着物や和洋折衷な服装の者が多い中、俺だけ全身甲冑のフル武装で鮮やかな蒼のマントまで羽織ってるんだから、そりゃ目立つ。周囲の市民たちの好奇の眼差しが俺に突き刺さるも、傍らに付き添うジュリアと俺の間を視線が行き来し、市民の多くは驚愕して触らぬ神に祟りなしとばかりに俺を避け始める。
☆5式神【堕天聖騎士、ジュリア】が、一般市民に知られているかは謎だ。だが背中に黒翼を持つ美貌の戦乙女なんて高位の式神に決まってる。それくらいは誰にだってわかるだろう。
いやーびっくりするぐらい悪目立ちしてるな俺、笑うしかねえ。
ただ逆に、誰も俺が脱走奴隷だとは思わないだろう。ここまで来たからには地上を堪能してやるぜ! 開き直った俺は、人混みを突っ切るようにズンズン進む。
そうしているうちに、ふと道端の賑やかな雰囲気の建物に目を留めた。
入口には『茶・酒』などと書かれた旗が立てかけられ、ワイワイガヤガヤと陽気な人々の声が漏れ出ている。まさに旅籠という印象だ、ここで宿を取れるかも知れない。ジュリアに目配せして頷いた俺は、迷うことなくその建物に入った。
†††
一階、入ってすぐの広間は酒場を兼ねているようだ。引き戸を開けると、チリンチリンと取り付けられていた鈴が鳴った。
赤ら顔で騒いでいた客たちが、俺の方を向いて冷水を浴びせかけられたような顔をする。楽しんでたところ、驚かせてすまんな。
店の奥のカウンターには、台帳を広げた可愛い子ちゃんの姿があった。メイド風の割烹着という形容しがたい服装、頭には三角巾をかぶった、いかにも『看板娘』という雰囲気の娘だ。彼女が受付係かな?
俺が歩み寄ると、無意識の動きか、看板娘は気圧されたように後ずさる。
うーん、俺の格好ってそんなにアレか? 『僕』の生活感は奴隷のそれだから、帝国の一般市民の感覚がわからないんだよなぁ。でも前世、日本での暮らしを考えたら、ファミレスにいきなりフル武装の兵士が現れたようなもんか。
そりゃビビるわ。
「やあ、お嬢さん。ちょっといいかな?」
カウンターによりかかり、俺が軽い調子でフレンドリーに話しかけると、看板娘ちゃんは「い、いらっしゃいませぇ……」と引きつった営業スマイルを浮かべた。
「ここって宿屋も兼ねてるのかな?」
「はっ、はい……」
「部屋に空きは?」
「えっ、えっと」
慌てて台帳をパラパラめくった看板娘が、サッとページを指でなぞる。
「二階の、特上のお部屋が一つ空いてます」
「ほほう。では泊まらせてもらおう」
「かしこまりました……ですが、あの、そのぅ。大変申し訳ございませんが、身分証か、他領からお越しになられた場合は、移動許可証の提示をお願いできませんでしょうか……?」
蚊の鳴くような声で、そう告げる看板娘。
ふむ……身分証、それに移動許可証と来たか。やはり管理社会のハイジーン帝国には、自由気ままな旅なんぞ存在しないようだな。
あいにく、俺は身分証なんてハイソなものは持ち合わせていない。ここは当初の予定通り、『お忍びの貴族』作戦で行こう。
「身分証、ね……これでいいか」
メニューを開いてゴニョゴニョした俺は、看板娘の前、カウンターに虹色の結晶を転がした。
神魔結晶、それも『大結晶』だ。神魔石0.1個分の価値がある。お忍びの貴族が渡す口止め料としては、このあたりが妥当なラインじゃないか? もったいない、非常にもったいないが、ここで一般人の反応を見ておきたい。
「きょッ」
看板娘が目を剥いた。目ん玉が飛び出しそうになっている、とても人様にお見せできる顔ではない。すぐに表情を取り繕った看板娘は、額に汗を浮かべて俺と神魔結晶を見比べて、ごくりと生唾を呑み込んでから、震える手でカウンターの下にそれを隠した。
「た、たしかに……確認いたしました……」
ふーむ。喜んで受け取ったって感じじゃねえな、むしろ拒否したら何をされるかわからない、とビビっているように見受けられる。
「そ、それでは……お部屋に、ご案内を……」
「よろしく」
ちょいとばかし不安は残るが、無事に部屋が取れたので良しとしましょうかね。
案内された部屋は、かなり上等なものだった。広さはそこそこだが家具やベッドの質が元日本人の俺から見てもけっこう高い。しかし、絨毯が敷かれた洋風な土足空間と、畳張りの和室ゾーンが共存してるのはかなり違和感あるな。
街中なので景色はあってないようなものだが、窓際には鉢植えの観葉植物が飾られており、緑色が目に嬉しい。久々に植物見たわマジで……
「主様! お風呂ありますよお風呂!」
「おおっ、でかした!」
なんと、部屋には個別の風呂までついていた。檜風呂だァ! お湯はボイラーで沸かされているらしく、特上の部屋には優先的に回されるようだ。あとで早速入ろう、ダンジョン内だと【聖水瓶】でチマチマ聖水出して浴びることぐらいしかできなかったからな!
そしてこの特上の部屋、お値段は2カケラ5000コバンらしい。先程の袖の下が効いたのか、「お代は結構」と言われたけど。コバンはモンスターを倒すと確実にドロップするゲーム内通貨、カケラはもちろん神魔結晶のことだ。1000個合成すれば神魔石になる神魔結晶は、やはりコバンの上位通貨としての価値を持つらしい。
それとなく看板娘から聞き出したところ、一番格下の雑魚寝部屋ではコバンしか取られないようだ。値段はだいたい100コバンとか。『朽ち果てた都』の低層の雑魚ゾンビが落とすコバンが5~10。雑魚ゾンビを最大で20体駆除すれば、一日の最低限な寝床は確保できるわけだ。
☆4のまともな武器があれば、さほど難しくはない。ココらへんが『この世界』の労働力の基準になるわけかな。最低限の食料は【ダグザの大釜】で霊力さえあれば無限に生成できるわけだし。
それにしてもこの宿屋、相対的なランクがわからないが、スイートルーム相当で神魔結晶2個しか取られないなら、さっき口止め料に欠片100個(=大結晶)を渡したのは、やりすぎだったかな。お大尽っぽさは演出できたと思うけど、そのためだけに出す価値があったかと問われると、うーん。今さら返してもらうのも何だし、……宿から出るときに盗むか?
「とはいえ、お腹すいた!」
「ご飯にしましょう!」
部屋でくつろぐのは後回しにして、俺は一階に降りる。飯、飯ィ!
俺が再び姿を現すと、賑やかだった酒場が水を打ったように静まり返った。居心地が悪いからやめてくれないかなぁそういうの! あ、もしかして酒場がうるさいから文句言いに来た、とか思われてるのかコレ。
「あ、……あの……何か、ございましたでしょうか……?」
受付の看板娘が、青い顔でガタガタ震えている。奴隷時代から貴族はクソだと思ってたけど、市井でも腫れ物に触るような扱いなんだなぁやっぱり。
「小腹が空いてな、何か食べたい。酒場もやってるのだろう?」
「えっ。いや、あの、もちろんお食事も可能ですが、なにぶん庶民的なものばかりで、お口に合いますかどうか……」
「構わない。何がある?」
お品書きを見せてもらうと、焼き鳥や唐揚げ、枝豆などなど飲み屋っぽい品々が並んでいる。久しく粥しか食べていなかった俺は、ジュワッと唾液が分泌されるのをはっきりと自覚した。
「ジュルッ。これと、これと、これを頼む。あとは焼きおにぎりも。飲み物は……そうだな、みかんジュースで。酒はいらない」
「かっ、かしこまりました!」
厨房へ飛んでいく看板娘。酒場をザッと見回した俺は、隅っこの空いていた席にどっかと腰を下ろす。酔客たちが「マジかよ」と言わんばかりに顔を見合わせた。俺がここで食うのがそんなに意外か?
ジュリアがさり気なく俺の斜め前に立つ。俺を視界に収めつつ、酒場の入口と俺を結ぶ直線を遮る形だ。
そうだよな。現状、ハヤテに変身しているとはいえ、ジュリアが俺の護衛も兼ねてるんだ。一緒に仲良く席について食べるわけにはいかない、ここは敵地なのだ、決して安全地帯ではない……
「なんで貴族がこんな店に……」
「あの装備のまま食うのかよ……」
「シッ、聞こえるぞ!」
椅子にゆったりと座って俺がくつろいでいると、遠くの席の客たちのヒソヒソ話が聴こえてきた。生身なら届かなかったかもしれないが、ハヤテと融合してるせいでベースの身体能力が強化されてるんだよなぁ。今の俺は耳ダンボだぜ。
だが、俺が素知らぬ顔で(フルフェイスの兜だが)品書きを確認したり、「いい宿じゃないか」などとジュリアに小声でわざとらしく話を振ったりしていると、他の客たちも安心したのか、ぽつぽつと会話を再開し始める。
いいぞ、君たち。もっと雑談して俺に情報を寄越してくれ。
「……ガチャ回してぇなあ俺もよォ……」
「……この間の取引なんだが、土壇場になって先方がな……」
「……西の果てで蛮族ノーキンどもがまた暴れてるらしい……」
「……イズモ領がきな臭いそうだ、領主の候補が軒並みガチャで爆死……」
「……逆に妾腹が成人の儀で☆5式神を一発ツモしたらしい……」
「……にしても、『朽ち果てた都』は本当に崩壊するのかね……」
ん!?
待て、最後ちょっと聞き捨てならねえぞ!? 崩壊ってなんだ!?
俺がガタッと反射的に席を立ちそうになった瞬間、「お待たせいたしました~」と給仕のおばちゃんが料理を運んできた。
テーブルの上に並ぶ、揚げたての唐揚げ! 焼き鳥ィ! 焼きおにぎり! 和テイストの湯呑っぽいジョッキになみなみと注がれたみかんジュース!
ドゥワッ、とヨダレが出た。すまん、食欲には勝てなくてすまん。
「いただきます……ッ!」
合掌した俺は、さっそく食事に手を付けようとして……止まった。
気づいたのだ。
兜じゃん。
「……ハヤテ、この鎧、口元だけどうにかならんか? ならないなッ」
即答。
ハヤテ、即答。
「フハハッ、僕は素顔は見せられないのだ……たとえ口元だけでもッ」
…………食えないじゃん。
俺が動作停止していると、周囲の好奇の視線を感じた。「こいつ、どうやって食べるんだ?」と目は口ほどに物を言っている。
「…………」
俺は、ガタッと席を立った。
「……お、お気に召しませんでしたか……?」
ほーらーなー言っただろー庶民向けの食事だってよォ――ッ! と言わんばかりの引きつった顔で、看板娘。
「いや。悪いが、部屋に運んでもらえないか? ここだと落ち着いて食べられそうにないのでな……お互いに」
「! しっ、失礼しました! ただちに!!」
自分から席についておいて「落ち着いて食べられない」はひどい言い草だなぁ。お騒がせ貴族で本当にすまん。
そんなわけで、部屋に食事を運んでもらい、俺は変身を解除して食した。
タレ焼きの焼き鳥を口に入れた瞬間、もう、本当に涙が出たよ。
なんて美味いんだ。肉なんて食ったの何年ぶりだろう。心の中で『僕』と『俺』が号泣していた。唐揚げも美味い、おにぎりも美味い、固形物ってこんなに美味しいんだ。それをみかんジュースで流し込む。液体に味と香りがある! なんて素晴らしい!
ガツガツと無我夢中で貪り食った、ジュリアとハヤテが警護してくれているお陰で心配なくいられる。本当にありがてえ……。
「主様! お風呂いれておきましたよ!」
俺が食べ終わって放心していると、ジュリアが風呂場を示して言った。
「お前……気が利きすぎか!?」
お嫁さんに欲しい。
いそいそと風呂に入る。汗を流してから、湯船にダイブ。
「ああ~~~~~」
たまらねえぜ。体が溶けそう。
「主様ぁ、お背中お流ししま~す」
ガラッ、とジュリアが乱入してきた。
「ぬおわっ」
鼻血吹き出るかと思った。一糸まとわぬ姿、女神すぎる……
「ぐへへへ~主様の御身体をひとりじめ……」
茫然としている間に抱え上げられて、隅々まで洗われましたとさ。ジュリアの体もスベスベでたまらんでこれは……
だが発育不良なせいで、俺はまだ戦闘モードに起動できないのであった。
『俺』は残念に感じるが、『僕』も含めた感覚では、総合的にそもそも残念にすら感じられないという、欲求は肉体から来るというアレ。
「しかし、この浴槽、ちょっと狭いですね……」
二人で入るにはスペースが足りない。というのも、ジュリアは背中に翼を抱えているので、どうしても収まらないのだ。
「あ、いいこと思いつきました」
ポン、と手を叩いたジュリアが、その場に大剣を召喚する。
「ちょっと背中のコレ、邪魔なんで切り落としてきますね」
「いや、いい!! そこまでしなくていいから!!!」
やめて!! そういう思い切りいいとこ、好きだけどやめて!!!
そうして、ドタバタな入浴も完了した。ふぅ。
あとは寝るだけかな……と、あくび混じりにベッドに寝転がったところで。
コンコン、とドアがノックされた。
眠気がスッと引き、空気が引き締まる。
複数の人の気配。
目配せすると、頷いたジュリアがドアの前に立った。
「なにか? 我が主はお休みになられるが」
別人のような硬い声でジュリアが問うと、ドアの向こうから男の声。
「――憲兵だ。身分証を提示しない、不審者がいると通報を受けた。ドアを開けてもらいたい」
……短い羽休め、だったなぁ。




