表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/25

19.無課金、復仇す



 真正面にはドラゴンゾンビが待ち受け。



 退路は☆5(ウルトラレア)式神に塞がれ。



 絶体絶命、袋の鼠。



「……こんな! こんなことが!」



 わなわなと震える奴隷頭が、叫んだ。



「こんなことがッ、あってたまるかッ!!」



 悲鳴のような声が、廃墟の街に虚しく響き渡る。



「どうして! どうしてお前が! なんでお前みたいな雑魚が、こんな……こんな式神をッ!? どうやって引いたんだ!? ガチャを!!」


 血走った目で、わめくようにして奴隷頭。


「……それが遺言か?」


 崩れかけの石壁に腰掛けて、耳の穴をほじっていた俺は短く返した。道端のゴミを見るような目を向けると、奴隷頭がたじろぐ。


「悪いが、俺はアンタと違って、冥土の土産をくれてやるほど優しくないんだ」


 奴隷頭から見りゃ、確かに理不尽だろうさ。


 しかし他でもない俺自身、なんで転生(こんなこと)になったかわかってない。


 わざわざ説明してやる義理もない。


「そのまま、わけもわからず死んでいけ」


 お前だって、いつもそうしてきたらしいじゃないか。『それ』はいつだって唐突で理不尽だ、そうだろう……?


 落ち着きなく視線を彷徨わせた奴隷頭は、覚悟を決めたように唇を引き結ぶ。


 ぐんっ、とその肉体に霊力が満ち満ちるのを感じる。


「……オレはLv102の拳闘士だぞ」


 ぎらりと、その瞳が剣呑な光を帯びた。


「――舐めるんじゃねえッ!」


 ヤケクソじみた勢いで、奴隷頭が突っ込んでくる。


 速い。地を這うような疾走。流石はLv100超。


 咄嗟に反応しそうになったジュリアとジヴァを目で制す。あの二人が参戦したら奴隷頭がすぐ死んでしまう。Lv差もあるが力加減できなさそうだし。


 よくない、それはよくない。


 奴には、少なくともサンちゃんよりは悲惨な死に方をしてもらわねば。


 彼我の距離は30メートルあるかないか。奴隷頭の身体能力なら瞬きの間で詰めてくる。


「こわいよー助けてドラゾえもーン!」

「グルルォオオァ!」


 俺が棒読みで悲鳴を上げると、ドラゾンくんが勇ましく吼えながら前に出た。


 薙ぎ払う、尻尾の一撃。


「チィッ!」


 しかし奴隷頭はヌルッとした動きで横に滑り、尻尾を()()()()()。近接職の専売特許、☆3神業【縮地】による瞬間無敵(フレーム)回避。


 そしてドラゾンくんを無視して、風のように駆け抜ける。


 狙うは俺ひとり。


「死ねぇぇッ!」


 廃墟の瓦礫や壁さえも足場に、力強く地を蹴る、ゼロになる間合い、手刀が俺の胸めがけて伸びる――


「【一足飛び】」


 だが俺も悠々と回避する。【イダテンの羽草履】の能力を起動、虹色の燐光となって空中へ転移。


 地上では呆気に取られたように、手刀を突き出したまま硬直する奴隷頭。視線を左右に彷徨わせ、弾かれたように上を見やる。


 目が合った。


「よぉ」


 にっこりと笑いかけてから、俺はパンッと合掌。


「――【天罰】ッ!!」


 ズガァンッと落雷が奴隷頭を打った。


「…………っがあぁぁぁぁあッッ!」


 通電のショックで悲鳴も一拍遅れた。こいつも業が深いな。俺はたったのLv1で大して徳も積んでないのに、【天罰】の追加ダメージがエグい。


 いや待て、さっき【リュウガ】を倒したからレベル上がってんじゃないか? 膝を突いてガクガク震えてる奴隷頭を眼下に、メニューを開く。


「おっ、Lv14になってる!」


 リュウガなかなか美味しいじゃーん。


「……クソがァッ!」


 こぶし大の石ころを拾いながら、奴隷頭がフラフラと立ち上がる。


 おっと、【投擲】か? 下手な神業や式神よりこっちの方が恐ろしい。奴の腕力で礫を放たれたら、冗談抜きで小型の火砲くらいの威力がある。


 薄ら笑いを引っ込めた俺は回避に専念。滑るようにして空中を移動する。奴隷頭が振りかぶった瞬間に再び【一足飛び】で転移、俺が消えた空間をバヒュウンッとすごい音を立てて石ころが貫いていった。


 まあ気をつけていれば回避はできるな。


 奴隷頭の手の内は知っている。奴は『拳闘士』、近接格闘能力は一級だが遠距離攻撃に難あり。そして悲しいかな、まともな移動系の能力を持たず、空中を飛んで逃げる相手にはほとんど手出しができない。


「畜生ッ」


 毒づいた奴隷頭がまた石ころを拾おうとするが、そんな余裕があるかな?


「グガアァァアァアッ!」


 ドラゾンくんがガパァと大口を開けて喰らいつく。


 奴隷頭は【縮地】で回避、真横を通り過ぎていくドラゾンくんの頭に掌底を叩き込んだ。ドムゥッと重低音が響き、ドラゾンくんの頭が揺れ、衝撃に首がしなる。普通のドラゴンゾンビならこの一撃で怯んだかもしれない。


 だがドラゾンくんはドラゾンくんだ。唸り声のひとつも上げずに、むしろ打撃の勢いを活かすように胴体をねじり、太い尻尾を鋭く叩きつけた。


【縮地】はCD(クールダウン)中――奴隷頭は咄嗟に手足でガードするも、質量差には抗いようがなくボールのように吹っ飛ばされる。


「ガッ、ぐっ、は……ッッ!」


 そのまま石畳を何度もバウンドして、廃屋の壁に叩きつけられた。ぶわっと埃が舞い、廃材が飛び散る。瓦礫に埋もれる奴隷頭は血まみれの傷だらけ、新品だった市民階級の衣もボロボロだ。しかしその下、肉体の傷はジュクジュクと再生しつつある――高Lvの高ステータス、かつ☆5守護霊【闘神の使徒】による自然治癒力の強化。


 だが回復は間に合わない。ドラゾンくんは、ここで手を緩めるほど甘くない。


「ゴガアァアァッ!」


 ドパッ、と控えめな【ポイズンブレス】を浴びせて動きを止め、距離を詰める。そして再び喰らいつく。


 今度は奴隷頭も避けきれない。太腿にかじりつかれ、そのまま、やんちゃな犬が玩具を振り回すように、何度も何度も地面に叩きつけられる。


 何度も、何度も、何度も。


「ごっ、オぼっ、やめっ、グェッ――」


 みるみるボロボロになっていく奴隷頭。俺――というか『僕』は、キャッキャとはしゃいでそれを見ていたが、声が聞こえなくなったあたりで不安になった。


 これ、もう普通に死んでね?


「スタァァップ! ドラゾンくんスタァァップ!」


 俺が声を張り上げると、ドラゾンくんが「?」と小首を傾げて止まった。そして真っ赤なボロ雑巾のようになっていた奴隷頭をポイッと放り投げる。左足がない。バキッボキッと咀嚼したドラゾンくんが、「不味っ」とばかりにペッと奴隷頭の足ミンチを吐き捨てる。


 どしゃっ、と地面に打ち捨てられた奴隷頭は、もはや虫の息だった。カヒュー、ケヒューとかすれた呼吸の音は弱々しい。左足は失われ、残った手足も妙な方向に捻じ曲がり、体の節々から折れた骨が飛び出している。顔面も半ば潰されており、もはや意識があるかさえ怪しい。


「た……しゅ、け……」


 あ、意識はあった。血反吐を吐きながらも命乞い。


「バーカ誰が助けるかよ」


 俺は鼻で笑う。お前は一度でも誰かを見逃したことがあるか? ないだろ。


 それにしてもこれは……ドラゾンくん、力加減が絶妙だな。死なない程度に痛めつけるプロかよ。奴隷頭も、普通ならもう死んでもおかしくないダメージ量だが、なまじ守護霊【闘神の使徒】を憑依させていただけに、体が強化されて死ねなかったらしい。


 でも、これがジュリアやジヴァだったら、とっくの昔に死んでそうだなぁ。手を滑らせて奴隷頭を真っ二つにするジュリア――容易に想像できる。


 ちなみに今更だがディディは召喚していない。必要霊力が多すぎて、低層Ⅰ程度の霊圧だと召喚に時間かかる&霊力が底をつくからな。


「いやー復讐ってのは虚しいもんだな、(かしら)ァ」


 油断せずに、空中で距離を取ったまま、俺は心にもないことを言った。


「復讐される側からしたら、どんな感じなんだ? ぜひ気持ちを聞かせてくれよ。奪った石でガチャを回して、当たりを引いて市民になって、さあこれからってときに、虫けらみたいに殺されるのは――どんな気分だ?」


 どんな気持ち? ねえ、今どんな気持ち? と空中でふわふわ左右にステップしながら問いかける。


 奴隷頭は、口を開いて、閉じて、俯いてプルプルし始めた。怒りに震えているのか、末期の痙攣なのか見分けがつかない。いやー、本当になぁー。死ぬ前に教えて欲しいな、その胸の内を三行くらいで。『僕』がワクワクしながら待ってるぞ。


 ガリガリ、ガリガリガリ、と金属が石を擦る音が響く。大剣を引きずるジュリアが、ゆっくりとこちらに歩いてきていた。ジヴァ共々、もうほとんどケリがついたと判断したか、転移門の見張りをやめたようだ。


 大剣と石畳の奏でる剣呑な音に、憎々しげに俺を見ていた奴隷頭が、ビクッと肩を震わせた。普段は担いで歩くのに、ジュリアも意地が悪い。巨大な刃がゆっくりと迫るさまは、嫌でも死神の足音を連想させる。


「……な、んで」


 やがて、奴隷頭が絞り出したのは、疑問だった。


「なん、で……オレだけ、ダメなんだ……!」


 何のことだ。俺たちは顔を見合わせる。


「……貴族の、クソどもは……みんな、やってるじゃ、ねえか……奴隷から、石を奪って、ガチャ引いて……! なんでオレだけ、許されない……!?」


 ……何を言い出すかと思えば。


「はぁ? 寝言ぬかしてんじゃねーぞ」


 根本的に勘違いしてやがるな、コイツ。


「許されないに決まってんだろ……お前も、()()()だ!」


 俺がそう言うと、奴隷頭は呆けたような顔をした。


 トンッ、と地上に舞い降りて、奴隷頭のそばにしゃがみ込む。その血まみれの顔を覗き込む。


「貴族でもダメに決まってんだろ。『奴隷』なんてのを生み出して、家畜扱いして石を奪う。そんなことが許されるはずがねえ」

「……でも、……現実、に……」

「ああ、そうだ。あいつらは許されないようなことをやりながら、日々のうのうと生きている。だが、」


 俺は口の端を釣り上げて笑う。


「クラウスのクソ野郎も、他のゴミ貴族も。……俺は許さねえ。みんなまとめて、絶対に、地獄に送ってやる」



 だから――



「安心して、先に地獄で待ってろ、(かしら)ァ」



 お前の運命は変わらない。だが奴らも漏れなく、後を追わせてやる。



 そんな俺の宣言に、奴隷頭は、ポカンと口を開けて絶句した。


「……ぐっ、ふ。くかっ。ハハッ、けふッ、ハハハ……」 


 苦しそうに、血を吐きながらも笑いだす。


「でか、い……口を、……ヒ、ヒヒ……ギヒッ、ケヒャハハッ……!」


 命を吐き出すように、狂ったように。その瞳には、もはや正気の色は残っていなかった。


 もう、充分だろう。


 奴隷頭から距離を取り、俺はパンッと合掌する。


「……キイイィィェェエエァァアアアァァ――ッッ!」


 全力で祈祷。次に発動する『奇跡』の威力を高めていく。



 ――サンちゃん。



「【てんばぁぁぁぁぁぁぁっっツ】ッッ!!」



 特大の落雷が、奴隷頭を貫いた。



 全てが白く染まり、ダンジョンそのものが揺れるほどの衝撃。



 爆心地には――ぶすぶすと煙を上げる、赤黒い塊しか残っていなかった。



「……ジヴァ」

「はっ、主殿」

「【火葬】を」

「はっ!」


 ジヴァがさらに火を放つ。


【火葬】――この、神性を宿した炎に焼かれた者は、アンデッドになって復活することはない。


 またたく間に燃え尽き、完全に灰になるのを見届けてから、俺は瞑目する。



「……サンちゃん、仇は討ったよ」



『僕』と『俺』が、ともに祈った。



 しばらくそうしてから、パンッと両頬を叩き、俺はジュリアたちに向き直る。


「よし、行くか! せっかく転職したんだし、またレベル上げねえとな」


『直接の』仇は討ったが、今しがた宣言したとおり、まだやるべきことはある。


 具体的にはクラウスの野郎をはじめとしたクソ貴族どもの抹殺だ!


 そのためには、ガンガンレベルを上げなければ。そしてボーナスガチャも引いていく。


「そうですね! さあ張り切って行きましょー主様!」

「いよいよ最深層攻略、と……我もお供します!」

「グルルァ!」

「いや、だからまずレベル上げだって! 最深層のボスやべえから!」


 ジュリア、ジヴァ、ドラゾンくん。


 賑やかな二人と一頭を連れて、俺は歩き出す。


 早くディディも召喚してあげないと、へそ曲げそうだ……



「……また、すぐに戻ってくるぜ」



 今一度、金色に輝く転移門(ゲート)を振り返る。



 そして気分も新たに、俺はダンジョンのさらに奥へと進んでいった。






一区切り! ここまで読んでいただきありがとうございました。

諸事情で今月末までかなり忙しくなってしまい、キリもいいので、ここで毎日更新はお休みします。

書き足して随時更新していくか、それとも書き溜めてまたズンドコ毎日更新するかは悩み中です。


ちなみにTwitterもやってます! @iko_ka

更新予定についても呟きますので、気が向いたらフォローされてみてください。

忙しいのが終わったら更新再開いたします。それではまたお会いしましょう!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ