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18.無課金、激昂す



 ――『朽ち果てた都』低層Ⅰ――



 まず、転移門(ゲート)をくぐり抜けてきたのは、体高が人の丈ほどもある、群青色の巨大な狼だった。


 ☆3(レア)式神【孤狼、リュウガ】――主人の式神が自分1体のみのとき、ステータスが劇的に上昇。その戦闘力は並の☆4式神を凌駕する。


 奴隷頭の、相棒――そしてサンちゃんの仇だ。


 よく知っている。間近で見てきたから。まず【リュウガ】が喰らいつき、奴隷頭が仕留める。それがアイツらお得意のパターンだ。


 リュウガはダンジョン内を見回し、すぐに外へ引き返していった。入口に露骨な罠がないか確かめる先行偵察だろう。やがてリュウガを引き連れた奴隷頭が、警戒しながらダンジョンへ踏み込んでくる。


 身を潜めていた俺は、おもむろに廃墟の陰から姿を現した。


「……そこにいたのか」


 視線を周囲にさまよわせていた奴隷頭は、道の果て、待ち構える俺を見てホッとしたように言う。


 探す手間が省けた、とでも思っているのだろう。リュウガがいれば匂いで追跡は可能だが、俺がダンジョンの奥まで逃げたら面倒だからな。


「まさか、生きていたとはな。最初は化けて出たのかと思ったが」


 くつくつと喉を鳴らして笑う。先ほどの、「なぜ生きている?」と言わんばかりのポカンとした顔は、確かに間抜けだった。俺は笑う気になれなかったが。


「どういう手品を使った? あのあと二時間くらいはボス部屋で粘ったんだがな。出てこないしてっきり深層でくたばったもんだと……」


 黙して語らない俺に対し、奴隷頭は饒舌に喋り続ける。さり気なく、周囲の様子を窺いながら。俺が逃げずに待ち構えていたこと、そして奇襲するでもなく姿を現したことを、訝しんでいる。まともな()()()があれば、そりゃ怪しむわな 


 だが別に、おかしなことは企んじゃいない。


 こいつの(ツラ)を近くで拝んでやりたかっただけだ。


「深層で生き延びるには、よほどの運か実力が要る。お前みたいな低レベルの雑魚がいったいどうやって――いや待て、確かLv50目前だったな? ボス戦でレベルが上がってボーナスガチャでも引いたか。そしてうまいこと高レアの恩寵を引き当てたんだろう……違うか?」


 何やら推理し始めた奴隷頭が、合点がいったとばかりにニヤリと笑う。


「なるほどな、そう考えれば辻褄は合う。お前が生きているのも、こうして逃げずにオレの前に現れたのも。引いた恩寵にかなりの自信があると見えるな……だが、甘い。確かに深層へ踏み込んで生還したのは大したもんだが――」

「おい」


 俺は、奴隷頭の長口上を遮った。


「ガチャ、回したのか」


 主語は必要ないだろう。明らかな問い。


「ああ……そうだ。お前らの代わりに、有効活用してやったよ」


 奴隷頭が勝ち誇ったような顔で言う。


 聞くまでもなくわかっていたが、当然のように腹は立つ。


「良いものが引けたぞ。見ろ」


 ガツンッ、と奴隷頭が拳と拳を打ち合わせる。ぐんっと奴隷頭から感じる霊圧が増す。そしてわずかに立ち昇る虹色のオーラ――俺は奴隷頭の背後に、筋骨隆々の覇者の姿を幻視する。


☆5(ウルトラレア)守護霊【闘神の使徒】だ。お陰で奴隷から解放されて一級市民になった。今は『ナオーム』と名乗っている。お前たちの石には感謝してもしきれない」


 クハハッと心底愉快そうに奴隷頭。悪びれる風もない。あまりに怒りが募ると、(かえ)って可笑(おか)しく感じられるのだな、と俺は学んだ。ナオーム? お前の耳障りな名前なんて知るかよ。


「……なるほど市民か、どおりで額が寂しいと思った。せっかく入れ墨が似合ってたのに、残念だな。貧相な面構えを誤魔化せなくなってるぜ」


 俺は額をトントンと指で叩きながら言ってやる。まあ俺の額にもIDの入れ墨があるからブーメランなんだが。


 それでもほどよく身分コンプレックスを刺激したらしく、奴隷頭は一瞬、怒りに顔を紅潮させた。しかしすぐに警戒心を取り戻し、訝しげに俺を見る。


「お前……本当に、銀髪の坊主か?」


 気持ちはわかる。以前の『僕』とは似ても似つかない言動。


「さあな。だが俺が誰だろうと、アンタが石をちょろまかしたことは知っている」

「……それが問題だ。悪いが、お前には死んでもらう必要がある」


 そのとおり。シンプルなんだよ。俺とお前の関係性は。


「この守護霊は、レベルアップボーナスで引いたことになってるんだ。そしてお前たちは、残念ながら中層攻略の途中で、志半ばに倒れた……」

「よくもまぁ、そんな見え透いた嘘が通ったもんだ。クラウスの【ジヴァ】をどうやり過ごした?」


 純粋な興味から、俺は問いかけた。


 奴隷管理官、中級貴族のクラウス五十三郎卿――ヤツは【第三の瞳】であらゆる嘘を見抜く【灰燼の断罪神、ジヴァ】を使役している。奴隷頭がいくら石をちょろまかそうとしたところで、見逃されるはずはない。


「もちろん、クラウスの前で諮問はあったさ。ジヴァ立会のもとでな。……だが、嘘をつかずに真実を隠す方法はある」


 ひょいと肩をすくめて、奴隷頭。理屈はわかるが、そんな『甘え』をクラウスが許すものか? 俺の疑わしげな顔に気づいて、奴隷頭はニヒルな笑みを浮かべた。


「向こうもわかってやってるんだよ。ヤツには石の大部分を渡したんだから文句はない。今までもそうしてきた」

「……今までも?」

「そうだ。お前たちは全員、捕らえられた時点で処刑されたことになってたのさ。そして死んだ奴隷はそれ以上石を生み出さない。つまりクラウスはお前たちの石を帳簿に計上する必要がなくなる」


 ……読めたぞ。


「最初から茶番だったのか。アレは」


『僕』やサンちゃんが捕らえられて、処刑されかけて、奴隷頭が庇ったのは。


 そしてクラウスがわざとらしく考え込み、気まぐれに見せかけて中層攻略を命じたのは。


「察しが良いな。クラウスの(ぼん)が着任して以来、持ちつ持たれつってヤツだ。反乱が起きる度に、適当な若い衆を巻き添えにする。そしてオレがそいつらを庇い、恩赦を願う。クラウスが中層攻略を命ずる――だが、帝国法によれば反乱者は例外なく死刑だ。何をしようが助かる方法なんてない。だから書類上では若い衆は死んだことにして、クラウスは臨時収入を懐に入れ、オレも手間賃を頂くって寸法よ」


 …………何とも、奇跡みたいなものだな、と思った。


 よくもまぁ中級貴族と奴隷の間で、こんな危うい一蓮托生の関係が成立したもんだ。両者に得があるとはいえ――二人の間にどんなやりとりがあったのか、興味は惹かれるが、わざわざ知ろうとも思わなかった。


 大事なのは、奴隷頭(こいつ)もクラウスも、他人を食い物にして屁とも思わない下衆(ゲス)ということだ。


 そしてサンちゃんは、こいつらの身勝手な欲望のせいで死んだ。


「奴隷どもは馬鹿ばかりだ。少しそそのかせばすぐに一揆を起こす」


 強面をヘラヘラした軽薄な表情に染めて、奴隷頭は嘲笑う。数日前まで、自分も奴隷だったにもかかわらず、それを忘れてしまったかのように。


「一揆を煽ったのもアンタなのか」

「オレが煽らなくても起きただろうよ。ただ少し時期を調節してやっただけだ」

「……そういや、今回の一揆、やたら手際よく鎮圧されたな?」


 俺が遠回しに問うと、奴隷頭はニッと口の端を釣り上げる。


 なるほどなぁ、準備万端だったのか。まあ、管理官に情報が筒抜けなら、そりゃサクッと鎮圧されるわ。


 それにしても、聞いてもいないことまでよくもまぁベラベラ喋るもんだ……よほど、話し相手に飢えていたらしい。あるいは墓場まで持っていくつもりだったが、ついつい誰かに教えたくなってしまったのか。



『後腐れのない』誰かに、な。



「なかなか、興味深い話だった」

「そうだろう? オレもそう思う。冥土の土産にはぴったりだ」


 ピリッ、と空気の質が変わった。


 奴隷頭が自然体に構え、傍らの【孤狼、リュウガ】が姿勢を低くする。


「まあそういうわけだ。銀髪坊主、悪いがあの世で、他の仲間たちにも礼を言っといてくれや。サンちゃん、だったか? お前もえらくご執心だったよなぁ」


 あの世で仲良くしてくれや――と。


「オレはお前らの分まで幸せに生きてやるからよ」

「……くっ」

「ん?」

「くはっ。ハハッハッハハハ!」


 もう笑っちまうよ。


「どうした? 気でも狂ったか」


 奴隷頭も笑っている。


 本当に面白いなぁ。俺もコイツも、似たような理由で笑ってるんだ。相手に対し自分の絶対的優位を信じて疑わない――


「いや、なに。アンタがあんまりにも楽観的だから可笑しくってさ」

「あ?」

「楽しみだよ。アンタの顔を見るのが」


 こいつ何を言っていやがる? とばかりに怪訝な表情をする奴隷頭。俺に隠し玉があることは予想しているのだろう。それでもなお、自分の方が強いと思ってる。


 確かめてやろうじゃないか。


「それに、その汚え口でサンちゃんの名を呼ぶんじゃねえ」


 俺は笑っているが、いい加減、怒りで頭がどうにかなりそうだった。


「召喚――【腐敗竜(ドラゴンゾンビ)】」


 俺の背後で霊力が渦を巻く。金色の光。


「……! なるほど、さっきのアレはお前だったのか。えらく自信があるわけだ。だが」


 少し驚いて、得心がいったと頷く奴隷頭。と同時に、傍らの【孤狼、リュウガ】が地を蹴る。


 真っ直ぐに、矢のように、俺の方に。


 喉笛を食い千切らんとひた走る。式神が顕現する前に召喚者を倒してしまう――非常に効果的な対人戦術。


 しかしあいにく、俺は陰陽師じゃない。


「キィェエエエェェァァァァッッ!」


 勢いよく合掌し、渾身の『祈祷』。


「――【天罰】ッ!!」


 ズガァンッ、と耳を聾する轟音が鳴り響き、閃光に視界が塗り潰される。ダンジョン内にもかかわらず、強烈な落雷がリュウガを打ち据えた。


 ☆5(ウルトラレア)神業【天罰】――修験者専用恩寵。自らの徳を消費して落雷を発生させ、聖・雷属性のダメージを与える。相手の(カルマ)の深さに応じて、ダメージはさらに増大する。


「キャンッ!」


 図体に似合わず可愛らしい悲鳴を上げたリュウガが、全身からぷすぷすと焦げ臭い煙を吹き上げてたたらを踏む。今の俺は修験者に転職したてのLv1だが、相当なダメージが入ったらしい。


「ほう、よほど業を積んだと見える」

「なっ――祈祷師? いや違う、修験者か!?」


 バカな、と奴隷頭が目を見開いている。


 そうだろう。混乱するよなぁ?


 俺がガチャで【ドラゴンゾンビ】を引いたと思ったのだろう? だがそれだと俺が修験者になっている説明がつかない。『僕』の職業が世人・兵士・陰陽師の3つだけだったのは、中層攻略時に知っていたはずだからな。


 ガチャで修験者専用恩寵を引いたのか? 今の神業【天罰】がそれか? そう考えても、なおさらおかしい。


 仮にそうなら、俺の背後で召喚されつつあるドラゴンゾンビは何なのだ?


 そもそも石ガチャから【ドラゴンゾンビ】は出てこないんだが、そんなことは知るよしもないだろうし……


 奴隷頭の混乱は終わらない。


「ふンぬァァッ!」


 廃墟の裏から飛び出す黒い影。


 ふらつくリュウガに、その手の大剣を振り下ろす。


「【死ね駄犬ッ】!」


 ビクンッと硬直したリュウガの首を、ギロチンのような刃が薙いだ。


 勢いもそのまま地にめり込む大剣。砕け散る石畳。


 首なしの狼がゆっくりと倒れ伏し、銀色の燐光となって散っていく。


 そして冷え切った表情で大剣を肩に担ぎ、奴隷頭に向き直る戦女神。


 ☆5式神【堕天聖騎士、ジュリア】――


「なっ、ばっ、……」


 口をパクパクさせる奴隷頭は、もはや、まともに声もあげられない。頼みの相棒が、抵抗する暇さえなく屠られた。そしてその首を撥ね飛ばした戦士――漆黒の翼、人ならざる美貌、強大な霊圧と心胆寒からしめる武威。


 どう見ても高位の式神。


「グルルロォォ……」


 さらに、背後では召喚が完了し、肉の腐れ落ちた呪いの竜が実体化する。白濁した両の瞳が、無感動に見据える。


 じり、じりと無意識のうちに、奴隷頭は後ずさっていた。


 逃げたいか? 尻尾巻いて逃げたいよなぁ。


 だが、逃がすと思うな。


「くっ……」


 動揺しながらも、不利を悟った奴隷頭が転移門(ゲート)へ走ろうとする。しかし背後を振り返って、その足が止まった。


 ――いや、足がすくんだ、と形容すべきか。


「どこへ行くつもりだ、下郎」


 三眼で睨む炎の化身が、行く手を阻むように立ちふさがっている。


 その手にはメラメラと燃え上がる炎の鞭。


 凛とした美貌は憤怒の色に染まる。


 ☆5式神【灰燼の断罪神、ジヴァ】――


「なぜ、ジヴァが……!?」


 目ん玉が飛び出んばかりに驚いている奴隷頭。


 市民階級になっても奴隷根性は抜けてないらしい。ジヴァを見たらすくみ上がっちまう。なんと言っても貴族の圧政の象徴だからな。


 さらに奴隷頭が虚を突かれた隙に、ふわりと頭上を飛び越えたジュリアがジヴァの隣に降り立つ。


 右手に断罪神、左手に戦乙女。


 どうあがいても突破は不可能。


 呆然と、青ざめた顔で、奴隷頭が俺を振り返る。


「いい(ツラ)してるぜ、(かしら)ァ」


 そうだ。その顔が見たかった。


 驚愕し、呆然とし、じわじわと理解が追いつくにつれ、絶望に染まっていく。


 俺は忘れちゃいねえぞ。喉笛を食い千切られたあの娘の顔を。


「……さあ、これは手向けだ」


 俺は満面の笑みで告げる。




「――サンちゃんよりむごたらしく死ね」






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