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17.無課金、転職す



 ―― 地上 ――



「ふわぁぁぁ……ぁ」


 ダンジョン『朽ち果てた都』の門前で、男は大あくびをした。


 簡素な胴鎧、無個性な白黒の軍衣、そして支給品の陣笠。


 帝国軍における足軽クラスの一般的な装備だ。唯一その手の槍だけが、分不相応に禍々しいオーラを放っている。


 ☆4(スーパーレア)付喪神【ササガミ】を宿した槍だ――男は二級市民で、主にダンジョンの警備と奴隷の取締を担当していた。


「ふわぁぁ……ああ」


 あくびが止まらない。眠かった。昨夜から、一度飯休憩を挟んだ以外は、ずっと歩哨を続けている。すっかり夜が明けてしまったが、交代の時間はまだ先だ。


 見張るべき奴隷どもは巣に帰ったし、口うるさい上官の下級貴族は『小休憩』に出かけたきり戻ってこない、そしてこんな朝っぱらからダンジョンで稼ごうという市民もいない。


 つまるところ、死ぬほど暇だった。


 隣の同僚は槍に寄りかかって、立ったまま船を漕ぎ始めている。上官の使役する☆4式神【牛頭鬼(ごずき)】が、金棒を手にじろりと同僚を睨んでいた。きっと本格的に眠りそうになったら小突きに来るのだろう。牛頭鬼だけに。


(クソッ、俺も☆4式神持ってりゃなぁ……)


 目をこすりながら歯噛みする。この手の労役は、☆4以上の高知能な式神を持っていればそれに丸投げできるのだ。事実、男の周囲には主の代わりに見張り役を務める【馬頭鬼】や【侍大鬼(オーガ)】といった式神たちの姿もある。


(ガチャ引いても付喪神ばっかりだし……)


 ところが男は、有用な式神をガチャで引けていなかった。初めてガチャを回した成人の儀では、あろうことか☆1のゴミが出てしまい、両親が集めてくれた神魔石で追加のガチャを回し、どうにか☆4付喪神【ササガミ】を手に入れ二級市民となった。


 その後も、ダンジョンを攻略して石を集め、ボーナスガチャ狙いでレベル上げにも励んだが、兵士・陰陽師・騎士・侍の4職をLv50まで上げても、引いたのは付喪神か☆4未満のカスばかり。


 せめて、同じ付喪神でも『霊動甲冑』あたりを引けていれば、甲冑兵となり下級貴族に次ぐ高待遇だったのだが……。武器型の付喪神は、使い手が生身で脆すぎるため、奴隷に毛が生えたような存在としか扱われない。下級貴族はおろか、一級市民にさえバカにされる始末。


 ダンジョンで拾った式神の卵も、☆1~2のゾンビやスケルトンばかりで、労役の身代わりにすることもできず、せいぜい奴隷たちをいびって憂さ晴らしをしながら黙々と日々の仕事をこなすしかない。


「ガチャ引きてえ……」


 男は万感の想いを込めて呟いた。『ガチャ』という言葉を聞きつけたか、眠りかけていた同僚が「んあ」と声を上げて目を覚ます。


「どこでぇガチャが引けるって?」

「バーカ、ガチャが引きたいっつったんだよ」

「……ああ。引きてえなぁガチャ」


 同僚は寝ぼけ眼で、朝の青空を見上げてニヘラと笑う。


「もう☆3でいいから、【サキュバス】引きてえなぁ~」

「お前なぁ……どうせなら☆5の【神】引いて貴族になりたいくらい言えよ」

「なりたいけど引ける気がしねえよ……」

「まあな。あー石が欲しい。結晶も欲しい」

「ヘヘッ……また奴隷(ゴミ)どもからカツアゲするかぁ?」


 同僚が小声で言う。男はニヤリといやらしい笑みを浮かべた。


「そうだな、それも――」


 いいな、と言おうとした瞬間。



 ズンッ、と地面が揺れた。



「……なんだ?」

「――あっ、あっ、ああっ」


 訝しむ男の横で、同僚が顔を真っ青にしている。


「うっ、うしろ、おまっ、ド、ドラ、ドラ」

「ドラドラ?」


 何いってんだコイツ。と男が振り返って、目にしたのは。




 肉の腐り落ちた竜の顔。




 光り輝く転移門(ゲート)からニュッと首を伸ばして。




 ギザギザな牙の生えそろった顎門が、ガパッと粘液を引いて開き。




「グルルルオオオオオオガァァァアァァァッ!!」




 ドッパァッ、と視界が濃緑色に染まる。




 それが、男の見た最期の光景だった。




          †††




「……よし、行くか」


 ドラゾンくんが門を出て、たっぷり10秒ほど待ってから俺も門に踏み込んだ。


 視界が金色に染まる。フワッ、と体が浮かび上がるような感覚。


 すぐに視界が濃緑色に染まった。刺激臭に鼻が痛み喉がひりつく。聖属性を付与した【風の精】が風の結界を張り、パチパチと静電気のように浄化の火花が散る。


 と同時に、「うわああ!」「助けてくれええ!」「逃げるな! 戦え!」などと悲鳴や叫び声が聞こえてきた。ドラゾンくんの咆哮と地響きのような足音も。


 いい感じに暴れているらしい。この隙に距離を取る。


【イダテンの羽草履】の性能を活かし、滑るようにして空中を駆けていく。地上に立ち込める毒の霧から顔を出すと、少し離れた場所で、ドラゾンくんが頑張って【ポイズンブレス】を撒き散らしているのが見えた。


 あ、なんか式神に噛み付いてバリムシャモグモグしてる。あれはたしか☆4式神の【牛頭鬼】かな? 門の警備についてたのか。やはりLv90超えの【ドラゴンゾンビ】は、そんじょそこらの雑兵じゃ止められないらしい。今度Lv100で限界突破させてあげよう、狩りで他のドラゴンゾンビの卵も手に入ったしな。


 ドラゾンくんの勇姿から視線を引き剥がし、門の北西側に広がる雑然とした市街区に目を向ける。ドラゾンくん登場から十数秒、広がるポイズンブレスに通行人も大パニックを起こしており、野次馬どころではないようだ。


 すぐさま門の近くに建つ集会場のような建物に取り付く。構造的には、五重塔の土台部分を石造りにしたような和洋折衷ハイブリッドタワーだ。窓ガラスはついておらず、木製の雨戸が閉じられているだけ。上階は物置小屋と化しているらしく無人だったので、遠慮なく侵入する。


 もし人がいたら口封じが必要になるところだった。俺だって無駄に殺生がしたいわけじゃない。死体の処理が面倒だから、誰もいなくて助かったぜ。


「ふぅ、人心地ついたな」


 ドラゾンくんもそろそろ引き返す頃合いか? 式神と召喚者は、微弱ながら霊的なつながりがあり、互いの位置くらいは何となくわかる。俺が無事に身を潜められたことには気づいているはずだ。


 そっと窓から外を覗くと、ポイズンブレスを吐きながらドラゾンくんがゆっくりと後退していた。あのまま門に入るつもりなのだろう。なんか行動が妙に人間臭くて笑っちまいそうだ。落ち着いて見られたら式神ってバレそう。


 それにしても――


「すぅ~~……はぁ~~っ」


 俺は深呼吸する。


 外の空気って、こんなに爽やかだったのか。


 カビ臭さや埃っぽさが皆無で、愕然とする。


 青い空。


 ……戻りたくないなぁ。ダンジョンの中に。


 誰が好き好んで、あんな場所にいたがるもんか。


 このまま【雲泳ぎの飛竜(ワイバーン)】あたりを召喚して、遠くまで飛んで逃げてしまいたい、と衝動的に思う。


 だが、今は、その時じゃない。


 俺は――まだ、成し遂げていない。


 ぼんやりしている暇はなかった。ポイズンブレスの霧が晴れる前にダンジョンに戻る必要があるのだから。俺はメニューを開く。


「ここを『わが家』に設定、と」


 転職は『わが家』でしかできない。建物を『わが家』として登録する必要があるが、本当に自分の家である必要もない。ただし一度登録すると、3日間は変更不可になる。またしばらくダンジョンに引きこもる俺には、何の問題ないが。


 さて、何に転職するかが問題だが。


 やはり額のIDを消したいし、最深層攻略に向けて防御面も充実させたいから……


「……修験者にするか」


 思ったよりポイズンブレスの煙幕が濃いから、狩人の【潜伏】技能を使わなくても目立たず離脱できるだろう。


 ドラゾンくんが門に戻ったのを見届けてから、転職を実行。


 契約枠(スロット)が呆気なくリセットされる。


 スッとシンデレラの魔法がとけてしまったかのように、盾や風の精が消え去り、羽の生えたサンダルがただの草履に戻り、手に持っていた【聖女の背骨】が古びた骨に成り果てる。冷静に、必要な恩寵をひとつひとつセットし直した。


「召喚、【イダテンの羽草履】【風の精】【聖女の背骨】【誇り高きエジッド】」


 再び装備。そしてポイズンブレスが晴れてしまう前にさっさとダンジョンへ。


 すばやく雨戸から身を乗り出し、【羽草履】の力で空へ――



 と。



 俺の動きが、止まった。



 ドラゾンくんが去ったことで、街側から野次馬が集まりつつあった。



 そして、その中に、見知った顔。


 角刈りに近い髪型、ゴツい体格、傷だらけの強面。薄緑色の新品と思しき衣を身にまとっている。


 その顔――あまりに見覚えがあった。


『よし、これでお前らは用済みだ』


『ハハッ、女を置いて逃げるか、腰抜けめ!』


『その先は地獄だぞ! 俺なら苦しませることなく殺してやったのに!』


 忘れるはずもない。


 奴隷頭だ。


 だが、なぜだ? なぜ当然のような顔をして一般市民に混ざっている?


 そして、なぜその額からIDの入れ墨が消えている――?


「まさか……」



 ……引いたのか。



 俺たちから奪った石で、ガチャを。



 そして奴隷階級から解放されたのか?



 サンちゃんを殺しておきながら?



 こいつが、のうのうと?



「……ふざけんなよ」


 胸の内で、どろどろとした感情が弾けた。


「――(かしら)ァァァァァァッッ!!!」


 気づけば、俺は空中に飛び出して叫んでいた。魂の叫びだった。『僕』の憎しみが俺を狂わせる。準備不足? レベル上げ? 全て吹っ飛んだ。あいつブッ殺してやる。


 絶対に許さねえ――


 野次馬たちがこちらを見る。奴隷頭もこちらを見やり、そしてギョッとしたように目を見開いた。



 ――なぜ。



 遠目にも、そんな風に口が動くのが見えた。なぜ俺が生きているのか? 死んだはずでは? 月並みなセリフが聞こえてきそうだ。


 停滞は一瞬だった。奴隷頭は人間離れした動きで野次馬の群れから跳び上がり、身一つでこちらにまっすぐ突っ込んでくる。


 その瞬間、俺の脳みそがフル回転した。奴隷頭はこっちに来た。口封じを試みるつもりか。やはり俺は死んだことにしたらしい。何をガチャで引いたかは知らないが、『石強奪』の件が明るみに出るとヤバイ程度の身分。何が何でも俺を殺しに来るはず。そして俺はヤツを、奴隷頭を仕留めたい。ならば次の動きは? 俺はどう行動するべきか?


 ――決めた。


「……くッ!」


 俺は『心底悔しそうな顔』を作り、着地しながらまっすぐに門の方へ走った。


「待ちやがれッ!」


 奴隷頭の声が一瞬で背中に迫ってくるのを感じる。流石は高レベル『拳闘士』、走るのも速いな。だが俺は毒霧に紛れ込むと同時、【イダテンの羽草履】の能力を起動。


「【一足飛び】」


 燐光と化して短距離転移、間合いを少しばかり稼ぐ。


 さあ、どうする? このままだと、俺はダンジョンに逃げちまうぜ?


 一拍遅れて毒霧の中に飛び込み、俺に引き離されたことに気づいたらしい。


「――パーティー結成! ID:000-010-000!」


 背後から、奴隷頭の声が聞こえてきた。


 俺はニヤリと笑う。


 やはりそうきたか。 


 ピコーン、と俺にしか聞こえない音が響き、メニューが開く。



『ID:562-783-791とパーティーを結成しました』



 と表示されていた。この見覚えのあるID――奴隷頭のものだ。


 パーティーメンバーになれば、俺がダンジョンに逃げても、同じ世界線に入り込んで追跡できる。そして人族同士の場合、相手のIDを知っているなら、近くで宣言するだけで勝手にパーティーを組める。


 だから奴隷の額にはIDが刻んであるんだ。奴隷階級の証でもあるが、それ以上にダンジョンでの『発掘』作業時にパーティーを組みやすい。


 そして俺のIDは単純で特徴的だ。奴隷頭は憶えていたのだろう。


 奴隷頭なら、きっとパーティーを組んで追跡してくるはず、と俺は読んでいた。


 ――自分が誘い込まれている、などとは思いもせずに。


 凄絶に笑いながら、俺はダンジョンに突っ込む。



 ――『朽ち果てた都』低層Ⅰ――



 さらに駆けて、転移門から少し離れたところで足を止める。


「……さあ、来いよ」


 振り返って、金色の転移門を睨んだ。



 ……奴隷頭。何を引いたか知らんが。


 今のお前は、きっとハッピーなんだろうな。


 盗んだ石でガチャ引いて、奴隷からも解放されて。


 だが俺が生きて現れたもんだから、口封じしなきゃと息巻いている。



「教えてやるよ」



 (きた)る戦いに備え、俺は契約枠(スロット)を編集し始めた。



「裏切り者に、ハッピーエンドはないってことを」



 ――思い知らせてやる。





次回「無課金、激昂す」 明日19時更新です


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