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16.無課金、脱出す



「はぁ~~~るばるぅ、来たぜ低層ォ~……!」


 こぶしを利かせて、俺は叫ぶ。



 ――『朽ち果てた都』低層Ⅰ――



 戻ってまいりました、始まりのフロアに。


 深層Ⅲから低層Ⅰまで、距離的にかなりのものだったが、意外にもすぐ着いた。さっきのガチャで引いた☆3式神【レーシング蝸牛】をヤケクソで召喚してみたら、クソ速かったのだ。


 ネッチャネチャの粘液撒き散らしながらも、時速100kmくらいは余裕で出てたんじゃないかな? 高速道路を走る車と同じノリで景色が流れていった。遅れずについてこれたのはジュリアとドラゾンくんだけだ(紅鴉はレーシング蝸牛と入れ替えた)。


 きっと、俺を低層に運ぶために、ガチャから出てきてくれたんだね……。


 ありがとうレーシング蝸牛。


 分解するのは最後にしてやる……ッ!


 それはさておき、低層についてだ。深層や中層に比べ、その面積は格段に狭い。天井の高さが100m近いのは相変わらずだが、せいぜい大きめの野球場くらいの広さだ。雰囲気としてはドームの中に建てられた映画のセットという感じ。


 ボロボロに劣化した廃墟が建ち並び、貧相な格好をした無印の【ゾンビー】やら【グール】やらが、フラフラと彷徨っている。


「このあたりは平和ですねー」

「雑魚しかいないわねぇ」


 大剣を肩に担いで暇そうなジュリア、ディディが無造作にステッキを振るうと、霊力の衝撃波だけで雑魚ゾンビが粉々に砕け散った。えっ、何その技。ゲームにはなかったんですけど。通常攻撃より(つよ)ない?


 そうしてテクテク歩いていくうちに、前方に輝くものが見えてきた。


 壁際に、鳥居に似た巨大な門が建っている。


 高さは優に50メートルを超えるだろう。


 そしてその中には渦を巻く金色の光。


 ダンジョンと外界をつなぐ『転移門(ゲート)』だ。


「……あれをくぐらない限りは安全だな」


 複雑な心境の俺は、ぽつりと呟いた。



 俺は今、こうしてダンジョンの入口付近にいるわけだが、誰かが『ここ』に入ってくることはない。



 なぜならダンジョン内は無限に枝分かれした平行世界になっているからだ。



 ゲーム的に言えばランダム生成のダンジョン。入るたびに内部の構造や敵の配置が微妙に違うのは、違う世界線に入り込んでいるから、と理由付けがされていた。


 基本的に、パーティーを組まない限り、他人とは同じ世界線に入れない。そして『僕』のパーティーメンバーだった奴隷頭はダンジョンから脱出しており、すでにパーティーは解散されている。


 つまり、今いる『ここ』は、もう俺だけの世界なのだ。外部から新たに人が入ってくる可能性は無限分の1――限りなくゼロに近い。


「さて……これからの方針だが」


 ジュリアたちを振り返って、俺は改めて説明する。


「俺の最終目標は、奴隷頭とクソ貴族にケジメをつけさせることだ。レベルを上げて、充分に戦力を整えてから行動に移りたい」


 皆、神妙な顔だ。ドラゾンくんがぎこちない表情筋で、どうにか真面目な雰囲気を出そうとしてるのが面白い。


「ここを出ると、北側には貴族街と市民街。南側には奴隷居住区が広がっている。警備の下級貴族――侍に騎士、そして奴らに従う式神なんかも山ほどいるはずだ」


 確かにジュリアやディディは強力だが、今の俺がノコノコ出ていっても紙装甲の陰陽師じゃ数の暴力に弱い。そして正面戦闘に向いた構成(ビルド)にしようにも、ダンジョンの外に出なければ転職できないし、付喪神の依り代になる良質な装備も持ってない。



 つまり、俺がやるべきは。


 可能な限り戦闘を避けながらダンジョンを脱出。


 安全な場所で『転職』し、ダンジョンに帰還。


 そしてまたレベルを上げて戦力と魂の器(キャパシティ)を充実させる。



「貴族のガキになりすまして、堂々と出ていくって手も考えたんだがな……」


 伸びてきた髪の毛をつまんで、俺は呟いた。銀色――『僕』が嫌ってやまない色だが、これのお陰で貴族のフリをすることも不可能ではない。神魔結晶には余裕があるし、『メニュー』からキラキラな礼服(スキン)を買えば、貴族風に装える。


 貴重な神魔石と神魔結晶を消費して礼服(スキン)やアバターを購入するのは、上級貴族の特権みたいなもんだ。適当に身にまとえば、お忍びでダンジョンに遊びに来た貴族のボンボン息子のフリはできるだろう。


 俺の顔を憶えてる衛兵もいるかも知れないが、万が一、他人の空似で俺が本物の貴族だったら首が飛ぶ。妙なマネはできないはずだ。


 が、今の俺には、額に刻まれたIDの入れ墨がある。


 これはアカン。奴隷だと一発でバレてしまう。


「その入れ墨、いかがなさるおつもりですか?」


 ジュリアが険しい顔で尋ねてきた。今ここに、このIDの彫師が現れたら、素手でくびり殺しそうな雰囲気だな。


「これ、魔術師専用の付喪神【黒魔術の羽ペン】で刻まれた『呪い』だからな……☆4以上の浄化神業じゃないと取れないし、祈祷師か修験者に転職しないと契約枠(スロット)にセットできない。どっちにせよ外に出て転職する必要がある」


 ただの入れ墨じゃない。たとえ額の皮を引っ剥がしても、治癒した時点で再びIDが浮かび上がってくるだろう。


 浄化の神業は持っているが、祈祷師・修験者専用なので今の俺には使えない。鶏が先か卵が先かみたいな話だが、とにかくダンジョンの外に出なきゃ話にならないわけだ。


「今の俺なら――☆5の神を多数所持する俺なら、正々堂々出ていっても下級貴族くらいにはなれるかもしれないけどな」


 帝国法によれば、レベルアップガチャなどで相応の恩寵を引ければ、奴隷階級は解放されて市民や貴族になることもできる。流石に、成人の儀で☆5を引いた連中に比べると地位は劣るが、「努力が天に認められた」と解釈されるわけだ。


 だが、俺はこの国のクソ貴族どもと仲良くするつもりはない。


「そこで、ドラゾンくん。キミの出番だ」

「グォッ」


 短く鳴いたドラゾンくんが、ビシッと背筋を伸ばした。ドラゴンなりに。


「ドラゾンくんには、まず先行してダンジョンから出てもらう。そして、とにかく広範囲に【ポイズンブレス】を撒き散らしてくれ」


 ポイズンブレスは、風で吹き飛ばすか聖属性で浄化しない限り、しばらく毒の霧としてその場に立ち込める。充分な毒耐性をつけて無効化すれば、煙幕の代わりになるはずだ。


 そして、門周辺の警備兵や騎士たちも、深層の化物がいきなり飛び出てきたら、否が応でも注意がそちらに引きつけられる。俺はその隙に門から出て、安全な場所で『転職』を試みればいい。


「ただ、俺が転職した瞬間、契約枠(スロット)がリセットされる。当然みんなも送還されてしまう。ドラゾンくんが式神であることがバレてほしくないから、俺がその場から離脱できたら速やかにダンジョン内に戻ってくれ」


 ドラゾンくんがヌッ! っていきなり消滅したら、誰かの式神ですって喧伝してるようなもんだからな。大型式神を使ったテロか何かと思われて、ダンジョン周辺の警備が強化されたら厄介だ。


 あくまでも『詳細不明』の、ダンジョンから飛び出てきたモンスターに偽装してもらいたい。


「グオッ、グオオッ」


 ドラゾンくんが頷いて、次に困ったように何かを言う。だが、ドラゴンゾンビ語なのでわからない。


 俺も困っていると、ドラゾンくんがおもむろに地面を爪で引っ掻いた。


『たおされそうになったら、どうしたらいいですか』


 文字書けるんかーい。式神化で一気に知能上がったなオイ!


 ちなみに日本語だ。そして『この世界』の世界共通語も日本語だ。日本語ベースのゲーム『カルマ・ドーン』の世界だから当然だな。


「ドラゾンくんLv90まで上がってるから、そう簡単にはやられないと思うが……」


 足軽クラスの雑兵は論外、下級貴族の騎士や侍でもドラゾンくんの相手はかなり手間取るはずだ。


「万が一ヤバそうだったら……うーん、そのときは仕方がない。俺が離脱するのを優先してくれ。倒されて式神とバレたら諦めよう」

「グオッ」


 倒されたら灰になるダンジョン産ドラゴンゾンビと違って、式神は撃破されると燐光になって消える。そこからもバレてしまうが……俺の身の安全が第一だ。


「まあ、そう構えなくても大丈夫さ。Lv90の自分の力を信じるんだ」

「グルルォ……」


 不安そうなドラゾンくんを励ます。


「門の警備をしてる連中は、奴隷相手に威張り散らすしか能のない腰抜けどもだ。普段から弱い者いじめしかしてないカスに、強敵と戦う覚悟なんてあるはずない。それにダンジョンの外は低霊圧環境だし、ドラゾンくんを即座に撃破できるような瞬間火力は、前もって準備しとかないと出せないはずだ」


 ディディの【サドンデスカノン】のように、周囲の霊圧にかかわらず一定の威力で即座に起動できる能力の方がおかしいのだ。それにドラゾンくんが毒霧を撒き散らせば、どう転がっても阿鼻叫喚の地獄絵図になる。戦いどころではないだろう。


 俺の説明に、ドラゾンくんも自信を取り戻したらしい。やってやるぜとばかりに尻尾をブンブン振っている。


「それでぼうや、何に転職するつもりなの?」

「忍者が良かったんだが、対人実績がないからアンロックされてないんだよなぁ。修験者か、狩人かで悩み中」


 修験者――祈祷師の肉体(フィジカル)寄りの亜種。他ゲーでいうなら殴りヒーラーとかそんな感じ。額の入れ墨を消す浄化の神業の他、祈祷師より豊富な専用攻撃技を持つ。


 狩人――遠距離攻撃や罠のスペシャリストで、忍者と同様に、姿を隠す『潜伏』技能を持つ。狩人なら目立たずダンジョンに戻ってこれるが、陰陽師と同じく防御に難あり。


 一旦修験者に転職して、額のIDを消してから狩人に転職、戻ってくるという手もあるが……転職の瞬間は契約枠(スロット)がリセットされて完全に無防備になるので不安なんだよな。安全な隠れ場所が見つかったら、考えてみてもいいかもしれない。


 メニューを開き、時刻を見る。


「辰一つ時。朝の7時くらいか」


 昼夜逆転を強いられる奴隷たちが居住区に戻り、床に入ろうとする時間帯。入れ替わるように一般市民や貴族たちが起き出すだろう。門周辺の警戒が一番緩む頃。


「……よし」


 俺は頷く。気合を入れ直す。


「主様、ご武運を!」

「ぼうや、頑張るのよ」

「……主殿。どうかご無事で」


 ジュリア・ディディ・ジヴァたちは一旦送還だ。強いけど目立つからな。


「……何かあれば我をお喚びください! 邪魔立てする者は、あのクソ貴族の手下のフリをして誤魔化しますので!」


 ジヴァが腹を決めたような顔で具申してきた。彼女がこの申し出に、どれほどの覚悟を要したか――わからない俺ではない。


「……ああ。いざというときは頼む」


【第三の瞳】が俺を見つめ、彼女は痛々しく微笑んでから燐光となって消えた。


 契約枠(スロット)からジュリアたちを外す。これでキャパシティにも余裕が生まれた。


「召喚、【誇り高きエジッド】【イダテンの羽草履】【聖水瓶】【聖女の背骨】」


 円盾を左手に装備。よぉ兄弟、粥以来だなぁ……俺の草履が虹色の光に包まれ、羽飾りのついたサンダルに変わる。そして空中に現れた瓶を掴み、聖水を頭からバシャバシャとかぶった。間髪入れずに腰の帯に差していたスケルトンの骨を掲げると、虹色の光が弾け、骨が捻じ曲がったような杖に変形。


「【癒し手の誓い】」


【聖女の背骨】の能力を起動。リィン、と澄んだ音が響き渡り、俺の体が一瞬、清らかな光に包まれる。状態異常耐性がさらに上がった。


「召喚【風の精】」


 ふわっと優しく空気が渦を巻く。姿はほとんど見えないが、そこに『居る』のがわかる。陰陽術で聖属性を付与。


 これで理論上、一定時間ポイズンブレスを無効化できるはず。


「よし、毒耐性は持ったな!! 行くぞォ!」

「グルルオッ!」


 気合充分なドラゾンくんとともに、俺は一歩を踏み出した。



 ――数日ぶりの、外の世界を目指して。





いつもご感想・コメント・ポイント評価くださりありがとうございます! モチベが上がります↑↑


次回「無課金、転職す」 世界が広がり始める。

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