15.無課金、修行す
ガチャ回
――それから数日。
俺は深層Ⅲに引きこもり、ひたすらレベルを上げていた。
色々やりたいことができてしまったからな。低層に引き返すのも延期して、延々ドラゴンゾンビ狩りだ。
人間、慣れとは恐ろしいもので、もうドラゴンゾンビの群れが突っ込んできてもビビらなくなり、アトラクションのように楽しむ余裕すら出てきた。
ほぼノンストップで狩りまくった結果、俺は陰陽師Lv99にまで成長している。魂の器に余裕ができたおかげで編成の幅も広がったし、狩りも効率化が進み、もうすぐレベルアップボーナスガチャも引ける!
目標のLv81は突破しちまったが、この際Lv100まで上げきってやるぜ!
「はい! 2名様、入りま~す!」
今日も元気に、ドラゴンゾンビを連れてジュリアが飛んでくる。
「オーライオーライ!」
それを迎え撃つのは、いつも通り【紅鴉】を肩に止める俺と、【天才チンチラ】を手に乗せてご満悦のディディだ。
☆2式神【天才チンチラ】――コスト10。
見た目はちっこい角帽をかぶったチンチラだ。手のひらサイズで戦闘力は皆無だが、これといった能力を持たないくせに霊力がずば抜けて高く、ビルドによっては外付けの霊力バッテリーとして活用可能だ。
『ずば抜けて高い』といっても所詮は☆2、ディディの桁外れな霊力に比べれば雀の涙だが、少しでも【サドンデスカノン】の足しにするため採用した。
初めて召喚したときは、「あらぁ、かわいい子ねぇ……」と妖艶に笑うディディに、「オイラ、食われちまうんですかい……?」とばかりに怯えていたが、存外、ディディは小動物に優しかった。今ではよく懐いている。
……というより、指先でよしよしされてるチンチラが羨ましいレベル! 俺も手のひらの上で転がされて指先でよしよしされたい!
「あとで俺もよしよししてーッ!!」
「は~い主様、喜んで! 【貴様らには地べたがお似合いだ腐れトカゲめッ】!」
「うふふ、ぼうやったら嫉妬しないの。【サドンデスカノン】」
ジュリアが【罵倒】でドラゴンゾンビたちを叩き落とし、間髪入れずに【サドンデスカノン】。蒼の業炎がダンジョンを照らし、腐れトカゲたちを焼き尽くす。
それには目もくれずに、ジュリアは再び上昇して新たなドラゴンゾンビを釣りに行く。俺はその後姿を見送りながら、「【ぼうや、ファイトっ】」とディディに【おうえん】されてほんのり回復。生命力を2割ちょいまで上げておく。
「追加で4名様、入りま~す」
「オーライ、オーラーイ」
「ちょっと多いかしらぁ?」
「なんとかなるだろ」
俺の予想通り、ジュリアが首尾よく4頭のドラゴンゾンビを一箇所に集める。
再び罵倒で叩き落とし、サドンデスカノンでおもてなし。
「俺たちゃ非情なロクでなし、並み居る敵にも容赦なし! YO!!」
「【サドンデスカノン】っ、うふふ」
チェケラする俺の眼前に魔法陣。心なしかディディもノっている。
2発目は威力が半減するが、それでもドラゴンゾンビを屠るには充分だ。散らばる灰を尻目に、慌ただしくジュリアが再上昇していく。
「次いってきま~す」
「気をつけてなー」
「【うふふ、力をちょうだぁい……】」
「キュッ、クキュ~~……!」
ディディが天才チンチラに【おねだり】して、霊力を吸い取っている。【恍惚】を付与されてガクガクと痙攣しながらよだれを垂らすチンチラ、これめっちゃ気持ちよさそうだな。戻ってこれない深みにハマりそうだけど。魔法少女とマスコットって雰囲気の組み合わせなのに絵面が酷い。
しかし、天才チンチラから霊力を搾り尽くしたところで焼け石に水、サドンデスカノンの3発目はさらに威力が低下する。おおよそ初撃の4分の1、流石にドラゴンゾンビはワンパンできないので、別戦力で『トドメ』を刺す必要がある。
「そういうわけで、ぼちぼち出番だぜ」
「はいっ、主殿!」
「グルゴァァ!」
俺たちの背後――【灰燼の断罪神、ジヴァ】と、この間ドロップした【ドラゴンゾンビ】のドラゾンくん(名前適当)だ。ジヴァはLv80前半、ドラゾンくんもLv90まで順調に育ってきている。
キャパシティに余裕が生まれたことで、ジュリア・ディディ・紅鴉のサドンデスカノン三人衆に加え、天才チンチラにジヴァとドラゾンくんも同時に召喚可能となったのだ。サドンデスカノン1、2発ごとに、霊力回復のためディディの再召喚が必要だった以前とは違い、3発目を生き延びた獲物をボコって狩れる!
「3名様ご案内で~っす!!」
ちょうど、ジュリアがいい感じに3頭のドラゴンゾンビを釣ってきた。誘導からの罵倒、サドンデスカノンという黄金コンボを叩き込み、瀕死に追い込む。
「さあ、やっておしまい!」
俺の号令一下、ジュリアが地面に刺してた大剣を引っこ抜き、ジヴァとドラゾンくんも雄叫びを上げながら突っ込んでいく。
「【かかってこいゴミムシども!】」
大剣で斬りかかりながら罵倒し、ジュリアが2頭の注意を引きつける。そのまま危なげなく両者の敵意を稼ぎ、残る1頭はジヴァとドラゾンくんが叩く。
「グルゴガァァ――ッッ!」
咆哮とともに、ドラゾンくんが【ポイズンブレス】を放った。ドッパァと濃緑色の毒の奔流を浴びせかけ、すかさず【かみつき】で追撃する。Lv90を超えたドラゾンくんの一撃は重い。
「おおお……ッッ!」
そこに、炎の巨大な鞭を手にしたジヴァが参戦。俺の陰陽術で聖属性を付与してあるので、不死者相手には絶大なダメージを期待できる、はず。
「不浄の者めッ! 疾く灰燼に帰すがいい!」
紅蓮の炎の鞭が蛇のように渦を巻いて、ドラゴンゾンビの顔面をしたたかに打ち据える。「燃えよ! 燃え尽きよ!」などとノリノリで叫びながら、ジヴァが炎の鞭でバシーンバシーンとシバくたび、火と聖属性のダブルパンチでかなりダメージが入っているらしく、打たれた先から腐肉が灰に変わっていく。
にしても、「いかがですか主殿!? 我、お役に立ってますか!?」みたいな顔でこっちをチラチラ振り返ってくるのが、なんか子犬みたいだ。かわいい。
それに対し、一緒に戦うドラゾンくんは、炎の鞭にちょっとビビってるらしい。現実だと味方にも攻撃当たるからなぁ。しかしジヴァはFFをやらかすことなく、適切にドラゴンゾンビを処理した。
「よっし、ナイスだ! 次はジュリアの援護!」
「はっ!」
「グガァ!」
張り切ってジュリアの援護に向かうジヴァとドラゾンくん。
「すっかり馴染んだわねぇ……」
ディディがステッキを振って魔力弾(通常攻撃)を放ちながら、微笑ましげに見ていた。「そうだな」と俺はしみじみ頷く。
「ジヴァもだいぶん元気になってくれたよな……」
実戦投入初日は、レベルが低すぎたこともあって、敵のドラゴンゾンビの尻尾の一撃で「ぬわーーっっ」と一撃送還されてしまった。CDが終わって再召喚したら、「役立たずでごめんなさい……」と土下座の姿勢で現れたのでビビったぜ。断罪神の威厳はどうしたァ!
「まだ低Lvだから仕方ないし、ヘマしても分解処分なんてしないから!」と言ったらすぐ信じてくれたのが救いだ。真偽判定の【第三の瞳】サマサマだぜ。これからも頑張ってもらいたい……
「ふンぬァァァ!!」
頑張ると言えば、一番奮戦しているのは間違いなくジュリアだ。1頭をジヴァ&ドラゾンくんコンビに任せ、残る1頭を大剣でド突いている。空を飛んで敵を引きつけるだけでなく、戦闘にも参加して盾役を担い、いざというときは【血の祝福】で支援にも回る。まさに八面六臂の大活躍だ。
本当に頭が上がらないぜ……あとでいっぱいお礼を言わなきゃ……。
と、俺が感謝するうちに、ドラゴンゾンビは全滅していた。
「片付いたか。メニュー、っと……。お!」
レベルが……
「上がっとる……!!」
陰陽師Lv100!!
長かった! だがこれで一区切り!!
プレゼントボックスにガチャチケットも届いてる。やったー!!!
「おおっ主様、レベルアップですか? おめでとうございます!」
「ありがとう! ジュリアこそ、ナイスファイトだった! 助かったぜ」
「ぼうや、よかったわねぇ。ガチャが引けるわ」
「主殿! おめでとうございます!」
神レベルの美少女三人組の背後で、「カァー、カァー」「グガーア」「キュ」と人外組も祝ってくれている。天才チンチラは干からびかけて元気がないけど。
うむ、こうしてみると一気に賑やかになったな。深層に飛び込んだときはひとりぼっちだったのに、ジュリアをはじめ、みんなには助けられてきた……
泣きそうだぜ。もう何も怖くない……!
みんなでニコニコしながら、ボス部屋に引き返す。ディディの再召喚もあるが、まずはもちろん――アレだ。
「さあ……俺にみんなの力を分けてくれッ!!」
バッ、と両手を挙げて叫ぶ俺。
ガチャで【グルメ妖怪のごちそう絨毯】を引けたら願いが叶うので、実質これはドラゴンボ○ル!
本来なら5回連続で引きたいところだが……石が貯まるのを待っていられない!
俺はここで! 必ず引いてみせるッ!!
「主様、がんばって~!」
「【ぼうや、ファイト、ファイト!】」
「主殿ぉ! 我は主殿を信じておりますぅ!」
元気充填ッ!
「っしゃぁ! 行くぞォ!」
クラウチングスタートの姿勢を取り、俺は走り出した。
「うおおおおッオオオッ! 出ろおおォォッ!」
メニュー→ガチャ→ガチャを回すッ!
『ガチャを回す』ボタンに拳を叩きつける!
【グルメ妖怪のごちそう絨毯】来いや――ッッ!
すると、メニュー画面が――
「おおお……!!?」
――銀色に輝いた。
「なんでだぁあぁぁぁぁッッ!!」
バランスを崩して転倒。ゴロゴロと転がりながら俺は叫ぶ。
銀色。それは☆3の証。
大ハズレではない……ッ! が、しかし……!
いや待て、もしかしたらえっちなお姉さんの☆3式神【サキュバス】とか出てくれるかもしれないし……!
最後まで邪な欲望を捨てるな、俺……!
欲望が枯れ果てたとき、人の心は弱る……ッ!
情熱と無限の欲望がある限り、俺は無敵だッッ!
『――インベントリに☆3式神【レーシング蝸牛】が追加されました。』
バキッ、と心が折れる音がした。
「畜生ォォォォ――ッッ!!!」
ひどいよ! こんなのあんまりだよ……!
俺は泣いた。そしてジュリアとディディとジヴァに泣き止むまでよしよしされてから、手を引かれてボス部屋を出た。
いいもん。ぼくもう低層に戻る!
そしてダンジョンの外に出て色々悪いことするんだい……!
こうして、なし崩し的に続けていたレベル上げを休止し、俺はようやく深層を後にするのだった。
次回「無課金、脱出す」
Tips.
☆3式神【レーシング蝸牛】 コスト15
体長二メートル近い巨大カタツムリ。殻の部分にいい感じのくぼみがあり、人型生物が乗るのに適している。鈍重そうな見かけに反し、凄まじく移動が速い。「遅いのは召喚にかかる時間だけ」と専ら評判。壁や段差などの地形を無視して移動できる。殻が固く打たれ強い――と言いたいところだが、身がむき出しの部分は非常に脆く、生命力も低い。雷属性が弱点。
現実では、移動速度には一目置かれているが、ネッチャネチャのすえた匂いの粘液を撒き散らすので、敬遠されている。街中で乗り回すとひんしゅくを買う。ゲーム内には存在しなかった体当たり攻撃が地味に凶悪。ただし相手が硬すぎると自分も死ぬ。