12.無課金、爆死す
闘技場のようなボス部屋の真ん中で――
ゴッ、ゴッと石畳に頭をぶつける不審者が一人。
俺だ。
「一口に『爆死』と言っても、その定義は様々だ。たとえ高レアを引いても望みのものを引けなかったら爆死。あるいはことごとく低レアしか引けずに爆死。課金者の場合、いくら課金したかによって爆死かどうかが変わってくる。大概の場合、『○万円かけたのに引けなかった』って話になってくるだろう。俺の場合は、無課金だから縁のない話だった。貯めた石できちんと高レアを引けたかどうか、それが俺にとっての爆死か否かのボーダーになってくるわけだ。つまり何が言いたいかというと、『俺は【ジヴァ】を引けたから爆死していない』。そうさ。誰がなんと言おうと、俺は爆死していない。していないんだ……ッ!!」
自分に言い聞かせるように、石畳に頭をぶつけ続ける。
「主様……お気を確かに」
ジュリアが恐る恐るといった様子で声をかけてきた。
「慣れない転生からのダンジョン攻略、それに加えて内なるもう一人のご自分との対話。主様、きっとお疲れなんですよ……休みましょう? ね? 今ならわたしの羽根布団もつけちゃいますよ~?」
「なんなら、此方が肉布団になるわよぉ。うふふ……」
ジュリアが背中の翼をひらひらさせ、ディディは色々たゆんたゆんさせている。だが俺の心には響かなかった。
「ジュリア、ディディ。気持ちはありがたいが、俺は今、忙しいんだ」
「ダメです! これ以上、主様が傷つくのは見ていられません!」
「うわっ、やめろー! これは精神統一に必要な儀式なんだ! 離せーっ!」
「ダメよぉ、ぼうや。そんな行為に意味はないわ」
俺がさらに額をゴツゴツしようとすると、ジュリアとディディがおもむろに俺の手足を抱きかかえる。宙ぶらりんになる俺。
クソッ、なんてパワーだ……本気で逃げられねえ! ゴリラタイプのジュリアはともかく、ディディも魔王クラスの腕力か!
それにしても、なぜ俺がこんな行動に及んでいるかというと、ガチャのせいだ。
色々と忘れたいんだよ……。
端的に、結果を言おう。
【ジヴァ】のあと、怒涛の☆1ラッシュだった。
【聖水瓶】――☆1付喪神。
【豪腕撃】――☆1神業。
【枕返し】――☆1怨霊。
【土の精】――☆1式神。
いや、正直、目を疑った。信じられなかった。嘘みたいだろ? 友情ガチャじゃないんだぜ、これ……。付喪神・神業・怨霊・式神と、きれいに、そして無駄にそれぞれ分かれやがって!!
【土の精】は【○の精】シリーズで、なにげに持ってないレアリティ詐欺の希少式神だったから百歩譲って良いとしても、【聖水瓶】【パワーストライク】【枕返し】こいつらはマジで許せねえ。
聖水瓶は持ってるしパワーストライクは産廃。枕返しに至っては『憑依した敵が休めなくなる』=『休養系の技能が使えなくなる』ぐらいの効果しかないし、そもそも怨霊としての格が低すぎて祈祷師が「破ァッ!」ってやったら一発で除霊されてしまう。
ちなみに、今回のガチャ唯一の当たり枠こと【ジヴァ】は早々に送還した。まだレベルも技能レベルも上げてなくて、実戦投入できないしな。神魔結晶は石に合成するよりジヴァの育成に使うべきか……。
「うぅ……ガチャ引きたいよぅ……おぉん、うおおぉん」
「主様……おいたわしや」
「また石が貯まるまで我慢しましょうねぇ」
耐え難い禁断症状に俺が苦しんでいると、密着した二人が慰めてくれる。
うん……美少女が二人がかりで励ましてくれるだけ、前世よりマシかな……。
「……今、何時くらいなんだろう」
そのまましばらくグダグダして、俺はふと疑問に思った。
ダンジョンの中にいると時間感覚が狂ってしまう。『メニュー』を開いて時計の項目をタップ。
ゲーム時代から見慣れた文字盤。子丑寅卯辰巳――と十二支がデフォルメされて描かれており、それぞれ時刻を表している。秒針と分針はなく、時針だけで大まかな時刻を読み取っていくスタイルだ。
「丑三つ時か……」
午前二時を回ったぐらいだ。
「主様がダンジョン入りされて……二十四時間は優に過ぎているのでは?」
唇に指を当てて、ジュリアが首を傾げる。
「……そっか。逆にまだそんなもんか」
転生、というか、記憶を取り戻してからまだ一日も経ってないのか。もう何年もダンジョンに潜っているような気さえする。『僕』と『俺』の統合の弊害かな。
「ぼうや、そろそろ休んだ方がいいんじゃない?」
「うーん……そうだなぁ……」
ぶっちゃけ、けっこう疲れが溜まってる。
一揆が起きて中層攻略、奴隷頭の裏切りからの深層突入、【ドラゴンゾンビ】の襲撃を受けて記憶を取り戻し、深層を蹂躙して現在に至るわけだ。いくら生命力の補正があると言ってもオーバーワークだよ、俺の発育不良な幼い肉体には……。
極めつけに先ほどのガチャ。【ジヴァ】の一件で無駄に心労が溜まったし、その後の怒涛の☆1ラッシュで俺のメンタルはボロボロだ。
「でも恩寵の検証もしたいしなぁ……」
が、心身ともに疲れ切った俺が、まだ休めずにいるのは、至ってソシャゲーマー的な理由だった。
「現実化とかいう超大型アプデで式神の性能が変わってる……」
検証したい――
抗えない、その欲望に。知的好奇心に。
なにせ、ただ画面上のキャラを眺めるだけじゃなく、今の俺のように、美少女に抱きしめられてイチャイチャできるんだぜ。抱きしめられてってか両手両足拘束されて宙ぶらりんなんだけどさ。
他にも色々召喚したりしたくなるじゃん……!
「検証も大切ですけど、主様の健康が第一ですよ?」
「それに、あんまり契約枠を入れ替えても、『コバン』の消費が激しいでしょう?」
触れるか触れないかのフェザータッチで、ディディが俺の頬をくすぐってくる。ふへぁ。指先で溶かされちゃう……。
「コバンはクソ余ってるから大丈夫だ」
『コバン』とは、ゲーム内での通貨だ。式神の強化や契約枠の入れ替えに必要で、基本的にダンジョンで敵を倒すことで稼ぐ。経験値のように、自動的にメニュー内に加算されていくシステムだ。もちろん神魔石のように実体化も可。
奴隷時代には、ダンジョンから命からがら戻ってきたら、稼ぎのほとんどを下級貴族やら雑兵やらに巻き上げられてたなぁ……。あいつら絶対許さねえ。
「えーと……まだ980万くらいあるな。余裕だわ」
だが今の俺はリッチだぜ! ゲーム時代のイベント報酬やバトルロワイヤル大会の優勝賞品でがっつり貯めてある。
俺は無課金だが立ち回りがそこそこ上手かったので、大規模なイベントや大会にもちょくちょく出ていた。『無課金でもこれだけやれるぜ!』というアピール枠的な感じだった。コスト制限のある対人イベントや、装備持ち込み不可のランダム要素が強いバトルロワイヤルなんかが俺の稼ぎ場だ。
懐かしいなぁ……ガチガチの課金アバターに身を固めた廃人の群れに混ざって、俺だけ裸の初期アバターで参戦していた。動画サイトで「無課金ユーザーが来た」なんて騒がれたもんだ。
「ともあれ、これだけコバンがあれば、俺の手持ちの恩寵を全部契約枠にセットしてもなくならんよ」
例えばジュリアの入れ替えには750コバンかかる。コスト50のレベル150式神だとこんなもんだ。そしてダンジョン内での契約枠編集は、霊圧の負荷で更に費用が上がり、調子に乗って入れ替えまくるとコバンがどんどん溶けていく。
「初心者の頃は、けっこうカツカツで大変だった」
「低コスト、低レベル編成とかありましたねー」
「式神の強化にも使えるし、初心者だとすぐなくなるんだよな」
式神はコバンをつぎ込むことで、戦闘なしにレベル上げできる。もっとも、必要コバンが指数関数的に跳ね上がっていくため、カンストは現実的ではないが。
「何にせよ、今のコバンがあればジュリアを何百、何千回と入れ替えてもまだ余裕があるんだ。ちょっとぐらい使っても――」
「かといって、浪費はよくありませんよ? 稼ぐとなったら大変なんですから」
この世界にはイベント報酬なんてないんですからね、と指を立ててジュリア。
「むぅ……そうだな。本格的な検証は、低層に引き返してからにするか」
もっと言えば、ダンジョンの外に出れば霊圧負荷による追加費用もゼロになる。が、ダンジョンの門を守る騎士や衛兵と戦う可能性もあるので、もっとレベルを上げておきたい。しばらくは深層をうろついて経験値とコバンを稼ぐことにしよう。
「よし、んじゃぼちぼち休むか。でも、フレーバーテキスト読むだけでもけっこう参考になるし、まったりと低レアの掘り出し物でも探してみるかね」
「それが良いかと。寝具はいかがなさいますか、主様? 今なら羽根布団をお付けしますよ~」
ジュリアが翼の風切羽で俺の頭を撫でてくれる。なんて優しい感触。ちなみに、この間もディディはずっと俺の全身を撫で回していた。溶けそう。
「ベッド出すわ。え~っと」
メニューを開いてレアリティ順にソート。お目当ての恩寵はすぐに見つかった。
「召喚、【極楽浄土ベッド】」
眼前、ぼふんと金色の煙が吹き上がり、蓮の花を模したデザインの巨大なベッドが出現する。
【極楽浄土ベッド】――生命力を回復させ、状態異常まで治してくれる、汎用性の高い☆4付喪神だ。コストは20。
俺が【ダグザの大釜】を「初心者向け」と評していたのは、このベッドの存在が大きい。【大釜】の粥は体力しか回復させられないのに対し、【極楽浄土ベッド】は一度寝転がれば、周囲の霊圧に依存した早さでモリモリ生命力と霊力を回復してくれる高性能だ。プレイヤーおよび小型・中型の式神しか使用できないという制限もあるが、些細なデメリットだ。
「おおー……けっこうデカイな!」
俺がお子様ボディってこともあるんだろうが、でっかい! 超キングサイズって感じだ、思わずテンションが上がり、ポーンとベッドにダイブする。
おほっ……ふかふかやんけ!!
それになんだ、このシーツの肌触りは!
すべっすべやぁ……
「あー、主様ずるーい!」
大剣を放り投げ、ジュリアが俺の隣にふわふわ飛んできて、ぽふっと着地する。
「ああ~翼が気持ちいいんじゃぁ~」
俺の上に覆いかぶさってきた黒翼を撫でる。ジュリアがくすぐったそうに笑う。
ジュリアの翼、ふわっふわで温かくてとっても気持ちいいナリィ……。
「あらあらぼうやぁ、やっぱりおねむなのねぇ」
反対側にディディが寝転がって、俺の頭をなでなでしてくれる。
「…………うん」
やばい……眠い……。
圧倒的睡眠欲……。
瞼が重い……。
「でも……もうちょっとだけ」
『メニュー』を開く。レア順にもっかいソートして、低レアから眺めていく。
何が良いかな……やっぱり式神かな……
付喪神……いや神業もいい……
よし……神業にしよ……
けっこうあるな……
どれにしよ……
「…………」
……。
。
「おやすみなさい、主様」
「おやすみ、ぼうや」