11.無課金、回す
「うおおおおおッッ!」
走りながら、メニュー画面を見つめ、俺は全力で祈る。
何が出てくるか。
その一瞬。
結果がわかるまでの一瞬。
星々が煌めくように、俺は自身の生を実感する。
ああ、まさに!!
俺は今、生きているとも!!
『この世界』での初めての石ガチャ!
俺が目にするのは、☆5の虹色の輝きか?
それとも☆1のきったねえ茶色のエフェクトか?
何が来る。
何が来る――?!
「来いよ【グルメ妖怪のごちそう絨毯】――ッッ!!」
メニュー画面が、虹色の輝きを放つ――!!
「よっしゃ☆5来たアアァァアァァッッッ!!!」
――『インベントリ』に新たな恩寵が追加された。
「うおおお! ……おお? …………おーん」
「……主様ー? 何が出たんですかー?」
背中の翼をパタパタさせながら、ジュリアが俺の顔を覗き込んでくる。そして、俺がなんとも複雑な表情をしていることに気づいたようだ。
「……☆5式神が出た」
――ソシャゲを嗜まれる諸兄には、おそらく経験があるだろう。
『ガチャで最上位レアを引いて、めっちゃテンションが上がったら、自分のお目当てやピックアップに全く関係のない、予想だにしないヤツだった』
『かなり強いとの評判は聞いていて、嬉しいは嬉しいけど、「どうやって運用するんだっけ?」「テンプレは?」などと気になるポイントが多く、素直に喜べない』
俺はまさに、その現象に直面していた。
いや、複雑な心境なのは、それだけが理由じゃないけど……。
「むっ、☆5式神、ですと……!?」
またライバルが!? と切迫感のある顔をするジュリア。
「何奴!? いったい、誰が出たんですか!?」
「【ジヴァ】」
その名を聞いて、ジュリアも、そしてディディも、なんとも複雑な顔をした。
うん。二人とも、俺と記憶を共有してるもんな。正確には『僕』の記憶だが。
「まあ、せっかく引いたし、喚んでみるか……」
ちょうど魂の器も150まで上がったし。【雷の精】たちを契約枠から外す。代わりに――
「召喚、【灰燼の断罪神、ジヴァ】」
虹色の輝き。
俺たちの前で、光が人の形を取っていく。
ジュリアよりも濃い褐色の肌。
露出の多い踊り子のような服。
赤く燃え上がる炎の髪。
美しくも凛々しい顔つき。
そして額にぎょろりと蠢く第三の瞳。
【灰燼の断罪神、ジヴァ】――炎と浄化を司る女神だ。
「このジヴァ、主殿の呼びかけに応じ、現世に……降臨し、た……」
召喚直後はキリッとした顔で、男前に口を開いたジヴァだったが、額の金色の瞳が俺を捉えた瞬間、その表情が絶望の色に染まり、言葉が尻すぼみになっていく。
あー。
これはあれか。
記憶が同期したか……。
「……う゛っ。ぐひゅっ」
凛々しい顔をくしゃっと歪ませて、突然泣き出すジヴァ。
両目と第三の瞳からぼろぼろとこぼれる涙が、彼女自身の炎で、ジュージューと次から次に蒸発していく。
「お、おい……」
「ううっ、ひゅ、ひンッ。あ、あるじ、主殿ぉ……」
号泣。
断罪の神、号泣。
「わっ、我はぁ……【ジヴァ】だけど、もぉ……主殿の、知ってる……クソ貴族の配下のぉ、【ジヴァ】とは違う分体だからぁ……」
えぐっ、えぐっと過呼吸になりながらも、ジヴァが必死で言葉を紡いでいる。
うん。
そうなんだよ。
【灰燼の断罪神、ジヴァ】って、例のクソ中級貴族――クラウス五十三郎卿が使役してる☆5式神のうち1柱なんだ……。
『俺』としてはジヴァってけっこう強いし、『この世界』においてはさらに色々と有能な点があるしで大歓迎なんだが、『僕』がちょっと思うところあってな……
顔見知りが何人か【ジヴァ】の手で処刑されてたり、その余波で火傷したりと、ロクな思い出がない。【灰燼の断罪神、ジヴァ】は、第53居住区の奴隷にとっては恐怖の権化、貴族による絶対的支配の象徴だった。
なのでこう、直に相対すると、自分の式神だと頭でわかっていても、なんかこう身構えちゃうというか……。
「だからぁ、主殿ぉ。お願いだからぁ、我のこと嫌いにならないでぇ……。う゛、ぶひゅっ。うぇぇん……」
このジヴァからすれば、別個体のせいで、自分は何もしていないのに俺の好感度が最初からマイナススタートという状況。式神は主の幸福を至上命令として行動するから、自分の存在そのものが主にとって不快というのは、悪夢みたいなものだろうな……。
その証拠に、ジュリアとディディがものすごく複雑な顔をしている。『主に不快感を与える存在への若干の嫌悪』と『同じ式神としての深い同情』が入り混じったなんとも言えない顔を。
「いや、その、なんだ、ジヴァ」
「ぐすっ、ぐひゅっ。かはっ……はいぃ……」
「大丈夫だよ。俺は全然、気にしてないからさ」
「…………う゛っ」
俺が慰めの言葉をかけると、ジヴァの額の瞳が俺を見つめ――ぶわっと大粒の涙をこぼした。
「うぇぇん、主殿がぁ、嘘ついてるぅ……やっぱり気にしてるぅぅ……」
ジヴァの【第三の瞳】は、真実を見通す力を持つという。ゲームでは対象の生命力や霊力、状態異常の有無などステータスの詳細を取得でき、【透明】や【隠蔽】状態も看破できた。ジュリアの持つ【警戒】の上位互換的なアビリティだ。
そして現実ではさらに、嘘発見器的なこともできちゃうらしい。
うん……俺の慰めが口だけであると、見抜かれてしまった……。
「いや、嘘っていうか、ちょっと複雑なんだ。『俺』としてはお前のことは嫌ってないんだが、俺の中のもう一人の『僕』が、色々と……その、【ジヴァ】にトラウマを抱えてて……生理的に拒否感が先立っちゃうというか……」
しどろもどろな俺の説明に、ジヴァがガクンと膝から崩れ落ちた。
「我が……我がトラウマの根幹……生理的に、無理……」
「ああいや! 言い方が悪かった! 気にしないでくれ、ここにいるお前と、クソ貴族の【ジヴァ】が別個体だってことは、理屈ではちゃんとわかってるんだ!」
「か、感情では納得できない、と……かはっ、かひゅー、はひゅー」
再び過呼吸になり始めるジヴァ。真っ赤に燃え盛っていた髪の毛が、今じゃ暖炉でくすぶってる燃えさしみたいな感じになりつつある。
「あ゛、はふっ……ご、ごめんなさい……」
はらはらと涙を流しながら、地面に這いつくばるジヴァ。
「ガチャから出てきて、ごめんなさい……」
あまりに切ない、謝罪。
もうどうすりゃええんや……
俺が返答に窮していると、俯いてブツブツと何事かを呟いていたジヴァが、ぷるぷる震えながら顔を上げた。
「も、もう……わ、我のことはぁ……分解、してぇ……強化素材にぃ、ううっ。変えるかぁ、す、捨てるか、してぇ……ください……」
式神が。
主に尽くし、役に立つことを至上とする式神が。
己の廃棄を、最適解と判断し、具申してきた……。
「せめてもの、罪滅ぼしにぃ……う゛っ。うぅ……ぐすん……う゛ぅ……」
そのまま石畳の上で丸くなり、すすり泣く。
「ええ……」
流石に気の毒すぎる。このジヴァは何も悪いことしてないのに。
いくら断罪神だからって自分に厳しすぎだろ……。このまま真っ白に燃え尽きてしまいそうだ……。
それにクソ貴族に使役されてる【ジヴァ】も、式神として主人の命令に従ってるだけなんだよなぁ。クソ貴族を甘やかしまくって、クソっぷりに拍車をかけている可能性はあるし、もしそうなら教育上の責任はあるだろうけどさぁ。
いずれにせよ、こんな理由で『俺』のジヴァが傷つくのはダメだ。
自分で自分を許せない。
「ちょっと待ってくれ。気持ちを整理する」
俺はその場で座禅を組み、心を落ち着ける。
記憶を取り戻してから、勢いでここまでやって来たが、内省が足りなかった。
俺の中には、『俺』と『僕』が同居している。『俺』の方が年上で、かつ知性と自我が強かったからか、主導権は『俺』にある。しかし『僕』の影響は依然として大きい。
――なぁ……『僕』よ。
『俺』は心の中で問いかけた。
――気持ちはわかる。
――トラウマっつーか、理屈じゃなくて感情の問題なんだろう?
『俺』の問いかけに、『僕』がこくんと頷いた気がした。
――坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって言葉が、俺の故郷にはある。
――まあ……普通のことだよ。
――人間、嫌いなヤツと関係があるものも、嫌いになっちまうもんだ。
うんうん、と『僕』が相槌を打っている。
――ただ、考えてみてくれ。
――俺たちのジヴァは、クソ貴族の【ジヴァ】とは関係ないんだ。
――同じ姿形だからという理由で、毛嫌いするのは可哀想じゃないか?
『僕』は、う~ん、と悩ましげだった。やはり納得がいかないようだ。
神のくせに、なんであんな悪虐な行為に加担したのか? という想いとともに、数々のロクでもない記憶がよみがえる。
おうっふ。本当にロクでもねえな……奴隷バーベキュー大会とか悪趣味すぎんだろ……こりゃトラウマ化も無理ねえわ。
――でもなぁ、このジヴァって、要は『クローン』みたいなものだからなぁ。容姿が一緒でも記憶は共有してない、結局は赤の他人と同じなんだよなぁ……
『俺』がそう考えていると、『僕』が「クローン?」と興味を示した。
前世で学んだ、おぼろげな記憶を呼び起こす。
遺伝子や、基本的な生物学の知識。双子を例に挙げながら、『容姿が同じでも別の個体』という概念を伝える。『僕』は興味深げに、俺の記憶を読み取っていた。
――な? そういう例があるんだよ。
――ジヴァも似たようなもんだ。
――今すぐ苦手意識を取っ払えとは言えないし、言うつもりもない。
――でも、彼女の気持ちも、ちょっと思いやってくれたらいいなって。
そう、思うんだよな……。
「…………」
やがて、対話を終えた俺は、ゆっくりと目を開いた。
俺の正面で、うつろな表情のジヴァが正座している。
「ジヴァ。結論が出た」
「……はい」
「『僕』が、『ごめん』ってさ」
「……え?」
「お前が貴族の配下とは全く違う個体だ、ってこと、なかなか納得がいかなかったらしい。でも最終的には理解してくれたよ。正直、お前に対する苦手意識は、一朝一夕には克服できないだろうけど……それでもお前のことを好きになれるように、頑張るってさ」
「あ、主殿……」
「だから、これからよろしくな」
俺が笑いかけると、ジヴァがブワッと滝のように涙をこぼした。
「主殿ぉぉっっ……!」
「おーよしよし。色々とすまんかった」
再び号泣しながら、ジヴァがひしっとすがりついてくる。正直、髪が燃えてるのでビビッたが、彼女の炎は俺には害がないようだ。ふわふわした炎はほんのり温かく、それでいてくすぐったくて、ジャグジーでも浴びている気分だった。
「よかったですね、ジヴァ」
「これで分解処分だったら、あんまりにも気の毒だったわぁ」
ジュリアとディディが笑顔で祝福する。やはり、同じ式神として思うところがあったようだ。そりゃそうだよな。
まあ……正直、仮に『僕』が納得しなくても、分解するつもりは微塵もなかったけどな。☆5式神を素材に変換など言語道断だ。あまりにもったいない。
「『僕』がこんなトラウマを背負う羽目になったのも、みんなクソ貴族どものせいだからな! ジヴァ、これから一緒に頑張ろうぜ!」
俺がそう声を掛けると、俺の胸に顔を埋めて嗚咽していたジヴァが、ぴたりと動きを止めた。
「貴族、のせい……」
めら、めらっとジヴァの全身の炎が燃え盛り始める。
「貴族どもが、主殿を……苦しめたのだな……!」
俺には直接の害はないが、ちょっと熱い。
「……コロス」
ゆっくりと、ジヴァが顔を上げる。
涙は全て蒸発していた。
ただ、金色の三つの瞳を爛々と輝かせ、人様にはとてもお見せできないような、凶悪な表情をしている。
「ワレ……コロス……貴族ドモ……コロス……!!」
静かな口調なのに、そこに込められた溢れんばかりの激情。
おおーっと? これは、不用意に火をつけたか……!?
「コロスッ! コロスゥッ!! クソ貴族ドモ、ワレ、ミナゴロシィィ!!」
真っ赤に燃えながら吠えたけるジヴァには、もはや……
「ゴガアアァアアアァァ! 焼キ尽クスゥゥ――ッ!」
召喚当初の、凛々しい断罪神の面影など、欠片も残されていなかった……。
なんでや……なんでこんなことに……。
俺はただ、楽しくガチャを回したかっただけなのに……。
まあ、いいや。
切り替えていこう!
石はあと30個、それに無料チケットも1枚ある!
この調子で☆5を引きまくってやるぜ――!!!
主人公が☆5を引きまくると信じて――!
次回「無課金、爆死す」 明日19時更新です!