9.無課金、進撃す
俺の眼前に、ぽつんと黒点が生まれた。
それは急速に広がり、魔法陣を形成する。
どす黒いオーラを滲ませ、空中に描かれる円陣と奇怪な文字。
俺が体を動かすと、合わせて魔法陣も向きを変える。
よし。ここはゲームと変わらない――
迫りくるソンビの群れに、魔法陣を向けた。
さながら砲口だ。
普通だったら「なんかやべえぞ」と気づきそうなものだが、脳みそまで腐ってる【侍ゾンビー】たちにそんな知性が残されているはずもなく。
「薙ぎ払うぞーッ! 気をつけろォ!」
俺がジュリアたちに注意を呼びかけると同時。
「【サドンデスカノン】」
ディディの呟きが、やたらはっきり聞こえた。
ズグンッ、と鼓動に似た音を立て、魔法陣が震える。
まるで噴火のように。
あるいは大瀑布をぶちまけたかのように。
青白い炎が、凄まじい勢いで魔法陣から噴き出した。
ドオォォオオ――ッ!! と地の底から響く重低音。
ビリビリと空気が震え、衝撃で俺の髪が逆立つ。
「何も見えねええ――ッッ!」
まるで薄皮一枚隔てて噴火を見せつけられてるみたいだ。俺は本能的恐怖を誤魔化すように叫ぶ。ゲームなら三人称視点で狙いをつけられたが、視界が青白く染まって何も見えない!
どうにか当たりをつけて、ゾンビの群れを薙ぎ払うように体を動かす。魔法陣も横にズレていき、青白い業炎の噴射もそれに続く。
まるで世界の終焉を凝縮したかのような炎の嵐。
時間にしてわずか数秒のことだ。
しかし魔法陣が消え去ったとき、そこには――
何一つ残されていなかった。
ゾンビも。石畳も。廃墟の瓦礫も。塵芥さえ。
ただ、焼け焦げた不毛の大地だけが顔を覗かせている。
運良く、範囲外に取り残されていたゾンビ数体たちが、「あれ? みんなは?」みたいなノリでキョロキョロと周りを見回していた。
「すげえな……」
アニメでもゲーム内でも、幾度となく目にしてきたが――やっぱり、生で見ると迫力が違う。
【サドンデスカノン】――それは『魔界』の一部を喚び出す業。
噴き出した青い炎は魔界に吹き荒れる『風』だ。霊力をガリガリと削り、肉体をも蝕む地獄の奔流。
『魔王少女ガリルオ・ディディ』のアニメでは、仲間や自分がピンチに陥ったときのみに解禁される『攻撃は最大の防御』的な必殺技だった。無論、相手は死ぬ。
「相変わらずおっかない業ですねー!」
取り残されたゾンビたちを大剣でブチのめしながら、ジュリア。
「疲れたわぁ……」
気怠げにステッキをぷらぷらさせるディディ。
彼女は桁違いに強大な霊力を誇るが(具体的にはプレイヤーの500倍くらい)【サドンデスカノン】はその霊力の半分を放出する大技だ。魔界の風の放射時間は消費された霊力に比例するので、初撃が一番強力とされている。その後は霊力を回復させない限り、ぶっ放すたびに威力が半減していく。
「霊力ダメージえげつねえな……」
が、最初の一発は直撃すれば即死、そうでなくても霊力をスッカラカンにされてしばらく戦闘不能になるぶっ壊れスキルだ。ゲーム内でもダンジョン攻略から対人戦まで猛威を振るった。
想像以上の惨状に若干引きながら、俺も残りのゾンビの掃討を開始する。
「よーし、【火の精】来い! 【紅鴉】も聖属性つけとくから適当にー」
「カァーッ」
俺の生命力をたらふく吸った紅鴉が、銀光をまといながらゾンビに襲いかかる。あっ、目ん玉くり抜いた。あっ、そしてすぐに吐き捨てた。不味そう。
「……よっし、こんなとこか」
「近くに敵影はありません」
何はともあれ、ゾンビの群れを危なげなく、そして綺麗に処理できたのは重畳。【腐敗竜】を呼ばない程度に、パタパタと上空を偵察してジュリアが戻ってくる。
「ドロップは?」
「ないみたいですね……というか、焼けちゃったのかも」
「んー、まあ仕方ないか」
やっぱり現実でもそうか。【サドンデスカノン】は強力だが、なんかドロップ率が下がるみたいなんだよなぁ。大量の敵を撃破するとディディにも『業』と呼ばれるバッドステータスが蓄積するし、業が深まるとさらにドロップ率が下がるとされている。
まあ、元々ゾンビもスケルトンもロクなもの落とさないし、神魔結晶はさっきのボス戦で手に入ったし。幸運はそうそう連続しないもんだ。
「まあいいや、この調子でいくか」
「ぼうやぁ、霊力が半分しかないのだけど?」
「あ、再召喚するわ」
一旦ディディを送還。☆5式神だけあってCDも5分程度とそこそこ長く、召喚中及びCD中は契約枠からも外せない、じっと待つしかない。
「指スマ1」
「指スマ2! ふふん、読み通りです」
「やるじゃねえか。指スマ1!」
仕方ないのでジュリアと指スマ――手遊びの一種――をしながら暇潰し。
「召喚、【魔王少女、ガリルオ・ディディ】!」
そして周囲の膨大な霊力を根こそぎ吸い尽くす勢いで、ディディを再召喚。今は深層だから気軽に呼び出せるが、低層だと霊圧が低くて召喚するのも一苦労だ。
ともあれ、これでディディは生命力も霊力も全快。式神の強さはこの継戦能力にある。ダンジョン攻略で大活躍するのも道理だな。
「うぅ~ん、スッキリしたわぁ」
「ジュリアは大丈夫か?」
たゆんたゆんさせながら背伸びをするディディを尻目に、ジュリアにも尋ねる。
「あ、大丈夫ですよ! でも霊力がちょっと減ってきたので、何発か殴ってもらえませんか、主様?」
「ええ……」
ジュリアは【内なる怒り】というパッシブ技能を持っており、攻撃を食らうたびに霊力がちょっとずつ回復していく。
いや……それは知ってるけどさ……
「大丈夫です、主様から与えられるものなら痛みさえも快楽に――」
「はい、再召喚でリセットしましょうねー」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!」
ジュリアが虹色の燐光になって散っていく。南無。
今度はディディとイチャイチャし、気を取り直して再召喚。
「主様の寵愛を受ける貴重な機会が――ッ!」
ダメだ……頭の中身まではリセットできなかったか……。
そんな調子で、俺たちは深層Ⅱを突き進んだ。
ジュリアが派手に音を立てながら進み、敵をひきつけて殲滅。ディディが後方から【おうえん】や【おねだり】で適宜援護。俺は【火の精】を放ちつつ、時々【紅鴉】に聖属性を付与し直しながら、てくてく歩いてついていくだけだ。
「いやー【紅鴉】けっこう便利だな!」
聖属性をまとった翼が、スパンスパンとゾンビの首を落として灰に変えていく。火の精と違って鉄砲玉じゃなく、自動的に近くの敵を殲滅してくれるので楽なもんだ。紅鴉で対応しきれない敵はジュリアが潰してくれるしな。
あとメニューを見たら、レベルが47から49に上がっていた。多分、ボスと先ほどのゾンビの群れのおかげだろう。まあ深層って、本来はレベル80~100が適正だからな。ジュリアたちが最大強化されてるから危なげなく立ち回れてるけど、レベルだけ見れば俺が居ていい世界じゃない。
レベルアップボーナスが見えてきたぞ、グヘヘヘ……。
にしても、さっきから人型モンスターが爆裂したり切り刻まれたりしてんのに、嫌悪感が欠片も湧かねえな! 『僕』と『俺』が統合された結果か。『僕』の場馴れ感と殺伐感が『俺』に多大な影響を及ぼしている。
前世の『俺』じゃ、このグロ肉祭りで気分悪くしそう……。
「わははは! もっとやれ! 死にぞこないどもをぶっ飛ばせ!」
「主様ノリノリですね! わたしも負けていられませんっ!」
「【ぼうやぁ、ファイト♪ あとでイイコトしてあげる♪】」
「うおおおおお! 火の精そこだ! 突っ込めェガハハハ!」
まさに快進撃。
俺たちはあっという間にボス部屋前までたどり着いた。
「んじゃあ、今度はボスに【サドンデスカノン】試してみるか」
ちなみに俺の生命力は道中のディディの【おうえん】で全快している。ジュリアが【血の祝福】したくてたまらない、って顔をしていたが、止めておいた。あれはいざというときに取っておこうね。
「ボス倒したらちょっと恩寵の検証するわ、ぼちぼち疲れてきたし」
「わかりました! うへへ、今度こそねっとりしっぽり……」
「はぁい。次はどんな子がでてくるのかしらねぇ」
ここでイカれたメンバーを紹介するぜ!
自傷してあらかじめギリギリまで体力削っとくマン、俺!
妄想でヨダレ垂らしてグヘグヘ笑ってる美少女聖騎士、ジュリア!
舌なめずりしながら髑髏のステッキ弄ぶ魔王っ娘、ディディ!
愉快な三人組でボス部屋に突入だ! ボスが気の毒だな!
「カチコミじゃあオラァ石よこせオラァ!!」
さて、次のボスは何が出るかな?
虹色の光の渦を抜けて、見慣れた円形闘技場へ。視線を走らせると――
――居た。
闘技場の真ん中、地面に剣を突き立てた戦士。
がっしりとした大柄な体躯。
重厚な造りの黒甲冑。
身にまとう冷たい蒼の炎。
そしてそいつには、首がなかった。
「また【デュラハン】かよ」
「芸がありませんねー」
「つまらないわぁ」
入って早々失望する俺たちに、「えっぼくまだなにもしてないのに」と困惑した様子の【デュラハン】がたじろいだ。
「まあいいや、さっさと片付けようぜ。【紅鴉】!」
翼が深紅に染まっていく――
「――【サドンデスカノン】」
数秒後。
青い業炎の直撃を受け、【デュラハン】は蒸発した。
『朽ち果てた都』深層Ⅱクリア、神魔石ゲットだぜ!
_人人人人人人人人_
> ガチャの気配 <
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