7 手軽な野いちご
プレヌママのいちご講義をお届けします!
“スピルト”の扉を開けて、レアはひっと声を出してしまいました。そこにいたのは亡霊……ではなく、亡霊のごとく茫然と立ち尽くすパパがいました。そのうつろな目がレアをとらえ、レアとパパはしばらく見つめあいました。
沈黙を破ったのはパパの方でした。
「レア……いやレア嬢、ううん違うな、レア姫……いっそのことレア女王様!」
わけのわからないこと言ってパパはレアに傅きます。
「本日はこの騎士ロジェがお守りいたすので、どうぞ、誰ともかけおちせんでください、頼むから。そのためならどうぞなんなりと」
「いいでしゅよ、パパ」
「え?」
ロジェが顔を上げると、レアが笑っていました。
「レアが悪かったんでしゅ。ごめんなしゃい。パパはいちゅもどーりがいいでしゅ」
「レア……!」
「そーそー」
後から入ってきた人物を見てロジェの目つきが一転しました。
「第一なロジェ、騎士の役目はもうすでにこのジョエル様が――」
「この誘拐魔っ! ロリコンっ !大男っ!!」
「……大男は関係ねーだろ」
「他人の愛娘を連れまわしやがって。かけおちの相手ってお前かよ。レア、君もハードル下げたもんだな」
「えぇまぁ、ほかにいなかったもんでしゅから」
「えっ、レアちゃんヒドイっ」
ジョエルは泣きそうな顔で身を縮めてみせます。
「冗談でしゅよ。でもジョエル兄しゃんの言ったコト、本当でしゅね」
「だろ?」
ジョエルはウインクしました。が、レアの言葉にはやはり続きがあって、
「本当にゾンザイに扱われてましゅ」
「……そっちかい?」
「よく帰って来てくれたわ、レア」
「ママ~」
奥のテーブルにて。このお話を締めくくるにふさわしいもうひとつの再会がレアを待っていました。
「当然でしゅ。このレアがママを捨ててかけおちなんてするハズないでしゅ。老後の面倒はちゃんと見ましゅからねー」
「あら、うふふ。ありがとう」
「これ、お土産のいちごしゃんでしゅ」
「あら、たくさん採れたのね。ありがとう。それにしてもお土産付きのかけおちなんてかわいいわ」
採れたてのいちごをさっそく洗ってくると、ママはのんびりと語りだしました。
「ねぇレア」
「んむー?」
きらきら光るガラスのお皿に盛られたいちごを頬張りながら、レアが返事になっていない返事を返します。
「パパにとってロマンヌは暖かくしてないとすぐ萎れちゃう希少な温室いちごなのよ」
「レアも高価ないちごしゃんになりたいでしゅー」
「待って、そうね。レアはちょうど今食べてるような、森にたくさん咲いてる野いちごね」
プレヌママはいちごのひとつを手に取りました。
「どちらも瑞々しくておいしくなることにかわりはないわ。でも考えてみて。壊れやすい温室いちごの方が敬意は払われやすいけど、野いちごってたくさん実るぶん、手軽においしく食べられるわ。何が言いたいかわかる?」
レアは少し考えました。
「レアといるとパパはお気楽に話せて楽ちんってコトでしゅかね?」
「そう。パパはね、レアを頼りにしてるのよ。例えばほら、ロマンヌは繊細だからそのぶん気持ちを押し隠してしまうこともあるでしょう? そんなときよくレアに聞いてくるじゃない。『最近ロマンヌは何か言ってないか』って。きっとレアにはパパ、話しやすいのね。ほんの少しのことはあんまり気にしないたくましいところとか、ふたりは似てるからかも」
「パパがレアを……頼りにしてりゅ……?」
レアはまん丸い目を閉じました。ほんのり甘酸っぱいいちごの香りは、何だか今までに感じたことのない誇らしさをレアに届けてくれました。