6 おちゃめな武器
「あなたは話し易い」「言い易い」って言われると嬉しいけど、多少複雑なような……。
そんなお人よしさんに送る騎士と姫のお話です!
「ぜぇぜぇ、はぁはぁ…」
「おーいどうしたんだレア姫。まだたったの一時間ぽっちしか歩いてねーぞ」
「ジョエル兄しゃん……。なんで息一つ乱れてないんでしゅか」
ラロシェルにこんな山道があったなんて、とレアはこれまで必死に歩いてきた獣道を振り返りました。
「だいたい騎士しゃんだったらそれ相応の移動手段はないんでしゅか。例えばきんぴかの場所とか立派な白馬とか」
「レア姫」
ジョエル騎士は立ち止まりました。
「たまにはこういうとこで足腰鍛えとくのも、レディーにとっちゃ大切なことだぜ?」
「……しょれがほんとうかはともかく」
レアはジト目でジョエルを睨むと、
「しょろしょろ教えてくだしゃいっ。 何なんでしゅか。レアに見せたいしゅてきなプレじぇントって」
ジョエルはウインクしました。
「もうすぐさ」
「レアがかけおちーぃ!?」
ロジェは大声を出してしかも数歩下がると言う大仰なアクションをしてみせると、
「相手は誰だっ、どこのどいつだ、レアの恋人なんぞと名乗る馬の骨はっ」
「うふふふふ」
「……プレヌ」
笑うプレヌにロジェはぐっと声を低くすると、
「見てたんならなんでとめねーんだよ」
「そうね。今回はちょっぴり、レアの味方がしたかったからかしら」
「……え?」
プレヌは優しく夫の肩に触れました。
「あなたの動揺、レアが見たらきっと喜ぶわ。レアは寂しがっているのよ。あなたにレディーとして扱ってほしいの。ちょうどロマンヌにするみたいに」
「…そうだったのか」
ロジェは考え込みました。
「……確かにレアといるとつい、素が出るっつーか、気兼ねなく話してるところがあるからな。あいつもオレに似て、言いたいことははっきり言うし、似たもの同士って関係が心地よくて嬉しくて……でもレアは不安だったんだ。ロマンヌと同じくらい、自分が大切にされるのかどうかっって」
目の前に突如として広がった光景に、レアは感嘆の声を禁じ得ませんでした。
「うわーぁ」
一面に広がる瑞々しい葉っぱの緑。小さなお花の白、そして、つぶつぶの赤。
「いちごしゃんがいっぱい~」
思わずかけだしそうになったそのとき、
「ちょいとストップ」
ジョエルが制止をかけたのでレアはつんのめりそうになりながらも何とか体勢を立て直します。
「小さくても傷つきやすい大事な命だからな。そーっと通ってあの木の根っこが張り出してるところで休もうぜ」
レアは敬礼のポーズをとりました。
「あいあいさー、でしゅ」
そーっとそーっと、いちご畑を通り抜けるレアを見守りながら、ジョエルは呟きました。
「小さくても、傷つきやすい大事な命、か」
木の根っこに腰掛けたふたりは春の陽射しを存分に浴びながら語らいました。
「ジョエル兄しゃん、どうしてこんなしゅてきなトコロを知ってたんでしゅか?」
レアの質問にジョエルはウォッホンと大袈裟に咳払いして、
「オレは建築士だよ? レア。仕事があればこういう山奥にも来るんだ。ここは先月まだ寒いとき、山にひっそりと木彫りの家を建てたいっていう依頼を受けたとき見つけた。そのときはまだいちごの実はこんなにはなってなかったけどね。でも今日は大漁だぞ。摘んで帰って、レアのパパたちにも分けてやろーな」
「……しょれが……」
レアは俯きました。
「レア、帰れないんでしゅ」
ジョエルはそんな言葉は予想していたようで、優しく笑うと、
「おっ。そーだよなぁ。『かけおち』って言うからにゃ、何か逃げたいモンがあるんだよな」
「うぅ……」
「なにもそんな後ろめたがることはねーよ。誰だって1回や2回逃げたくなることがあるもんだと思うぜ、兄さんは。でもな、レアには、この間の依頼人さんみたく、ずっとひとりで山奥にいるなんてことにはなってほしくないな」
「……ジョエル兄しゃん……」
「だって、あんなにいい家族がいるんだからさ。そりゃたまにはすれ違いもあるだろうけど、きっと最後には分かり合えるさ」
「……んん……」
レアがちょっぴり涙目になっているのに気付きながらジョエルは続けました。
「レアはパパが好きかい?」
「はい……っ」
レアは大きく頷きました。
「た、確かに男の人としてはもうひとつでしゅ。スマートさよりギャグのセンスの方が秀でていりゅし、かっこいいって言う女の人や女の子はいっぱいいりゅけど、レアに言わせればまだまだでしゅ。でも、本当は」
レアは知らず知らずのうちに大きな声を出していました。でも大丈夫。聴いているのはジョエル騎士とそしていちごさんたちだけですから。
「しょんなふうにレアに気軽に言わしてくれて、一緒にいりゅと安心できるパパが……レアは大好きでしゅ!!」
「う~ん、いいねぇ」
春風にシャツを揺らされながらジョエルは目を閉じて言いました。
「今のパパに聴かせてみな。きっと泣いちゃうだろうなァ」
「パパにはこんなコト言えましぇんよー。……でも、そうでしょーか」
「ん?」
「パパはレアより……ロマンヌの方が好きかもしれないって思っちゃうんでしゅ」
「んまぁ確かに、ロジェのロマンヌちゃんの溺愛っぷりは半端じゃねーけど」
ジョエルはうっすらと片目を開けました。
「それは実はレアにも言えることなんだぜ」
「んー」
まだ不満げなレアに騎士は続けます。
「兄弟姉妹ってのはなかなかどうしてこう複雑なもんでな。オレも昔はよく思ったもんよ。もう片っぽの方がまた愛されキャラだったりするとさ。つい誤解しちまうんだ。自分の方はもらいが少ないって」
ポンポン、とジョエルはレアの頭をたたきました。
「でもある時気づいたんだ。ほら、このジョエル兄さんって普段みんなからゾンザイに扱われるトコ、あるだろ?」
「うーんそうでしゅね。気にしていたのなら謝るでしゅ」
「気にする? とーんでもない」
にかっとジョエルは笑いました。
「それが持ち味。武器なんだよ」
レアは腕組みしてお話についていこうと一生懸命です
「ふーむ」
「つまりさ、誰からも楽に話してもらえるってこと。傷つくこともあるけど、それってすごい得なことなんだぜ」
ジョエルは何かに思い至ったように宙を仰いで、
「確かロジェのヤツ、言ってたことがあったっけな。レアといると楽しいって」
「えっ、本当でしゅか?」
「おう。失われた子ども時代がもう一回返ってきたみたいに心が楽になれるんだってさ」
レアは立ち上がって数歩駆けました。ジョエルに見えているのは小さな背中ばかり。
「ジョエル兄しゃん」
「なんだい?」
レアはぱっと振り返りました。
「お土産にいちごしゃん、いっぱい摘みましょー」
ガッツポーズと、いちごのようにほんのり、赤く色づいた頬で。