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どうしようもない恋心  作者: はちまゆ
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それから俺は彼女が気になり始め、なにかと目で追うようになった。

強いていうなら、木村くん。そんな言葉に出会って三年目にして振り回されているとは。単純な思考だが俺はそういうやつだ。


そうしてあれからというものなにか掴んだとでもいうのだろうか、北条さんがよく星野さんに話しかけているのを見かける。周りの女子は羨ましいなどと声を潜めてその光景を見ているが、彼女は至って気にした風もなく、仕事をこなしている。




「星野さん今日の夜空いてる?ここら辺で美味しいお店知ってるから行こう?」


「…今日の夜は先約があるので」


「じゃあ、明日は?」


「明日ですか?えと、明日は…」




ちょっと困った顔をした彼女が見えた。そうして目が合い、助けを求めているようにも見えるが、それは俺が意識しすぎだからだろうか。



それはあの夜送り届けてさよならをするその時にどこか寂しさをまとったあの目を彷彿とさせた。俺にどうしろというのだろうか。





「じゃあ、明日で決まりな?」




断る理由がなかったようで半ば強制的に約束が取り付けられた。不服そうな顔をしている彼女を見て北条さんはククッと喉を鳴らして仕事に戻る。

そうしてまた目が合えば少し睨まれたような感じがした。少しモヤモヤしている自分に驚きながら目をそらす。俺には関係ない。

いいじゃん、あんなモテモテイケメン紳士に誘われるなんてさ。



仕事が片付き、皆がそそくさ帰る中、星野さんはやり残したことでもあるのだろう仕事を続けている。人が残業しようがなんだろうがいつも我先にと帰路についていたが、今はなんだか少し気になってしまう。




「…変わろうか?今日夜予定あるんでしょ?」




彼女は驚いたように俺を見て、首を振る。




「本当は予定なんてなくて…」


「え?」


「…実は北条さんのこと苦手で、だから嘘ついちゃったの」




意外だった。北条さんを苦手に思う人がいることに。そして彼女があんな嘘をついたことに。

彼女曰くああいう大人数の場があまり得意ではないらしい。そして変な緊張からかいつも飲まないお酒を飲み、そしてあんな発言をしてしまったそうだ。もちろん、ひどく後悔しており、未だ少し居たたまれなく感じているとも。




「…気持ち悪いって思ったでしょう?お酒が入るといつもああなの。」




伏せ目がちにいう彼女は眉間にしわを寄せ、ため息をついた。




「そんなことないよ、俺はそんなこと思わなかったし…ってか、星野さんのいつもと違った一面が見れて楽しかったぐらいだから」




困ったような、でも少し安心したような顔をして彼女はそうかな、なんて笑った。それでもそんな自分に嫌気がさすと唇を噛んでいう彼女のまたいつもと違った儚さを感じて、俺は思わず放っておけないな、なんて思ってしまったんだ。




「よし、星野さん飯行こう!」


「え?」


「星野さんを嘘つきにしたくねえしな!」




彼女は目をパチクリさせて、でもそんな新手の誘い文句に乗ったんだ。

洒落た店は知らなかったので、行きつけの少し寂れたラーメン屋に向かうことにした。




「…本当にこんなとこで良かった?」


「木村くんのオススメ知れて嬉しいよ?」


「そ、そっか」




彼女はいつも無意識にだろう、自分のことを後回しにするような物言いをする。それはある意味自己中で、ある意味分かりにくい優しさとも言える。


彼女はどうやら俺の行きつけのラーメン屋の味を気に入ってくれたらしい。本当に美味しい美味しいとスープまでしっかりと飲み干すまでに味を占めたらしい。それを嬉しく思い、知らぬ間にかそんな彼女をじっと見つめていた。


どうかした?なんて首を傾げてこちらを見つめ返す彼女に急いでなんでもないなんて目をそらした俺はなんともちょっと滑稽だ。

そうして食べ終わると早々にラーメン屋を出て少し歩いて帰ることにした。




「別に送ってくれなくても大丈夫だよ?」


「いや、送って帰る」


「……でも、木村くんが帰るの遅くなるだろうし」


「俺がしたくてしてるだけ、気にすんな!」




きょとんとした顔をして渋々分かったと言う彼女を見て、なぜかどうしようもなく触れたく思った。軽く頭をぽんぽんと叩くとそんな気持ちも少しは落ち着いた。何やってんだろ俺。



---北条さんにされるより、木村くんにされた方が、なんだか嬉しい



ぽつりと呟く彼女のそんな台詞を、俺はどう受け止めたらいいのだろうか。自惚れてもいいのだろうか。

そういうこと言うと勘違いする人いるから気を付けた方がいい、なんて、どこの口が言えただろう。まるで自分に言い聞かせているみたいだ。




「…そういえば、明日どうすんの?」


「約束しちゃったからね、行くよ?」


「………気を付けてね」




そういうと、彼女はふふっと笑った。何に気をつけるの?なんて言う。そりゃあ、苦手だろうがなんだろうが、あんないい男だったらって心配するだろ!なんて、言えたらいいのに。いや、俺は星野さんの同期で三年間同じ部署で、デスクが真向かいってだけの関係でそれ以上も以下もない。

あのたった一言に振り回されて気になってしまう俺は不純な奴なのかもしれない。今まで仕事の中でしか関わったことなかった、でも、こうして違う一面を知れば知るほどなんか気になるんだよ。




「星野さんは今好きな人いる?」


「どうして?」


「いや、どうしてって…」




言われましても。気になったからとしか言えない。彼女の癖のよくでた言葉は俺の気持ちを明らかにさせる。言葉に詰まった俺に彼女は眉間にしわを寄せ謝った。




「ごめんなさい、困らせるつもりじゃ…」




申し訳なさそうなそんな彼女の表情は伏し目がちになり、長い睫毛が蛍光灯に照らされ頰に影を落とす。綺麗だなんて、その時思った俺はもう末期かも知れない。




「どうしてか聞きたい?」


「え?」


「星野さんが俺にとってすごく気になる女性だから」




驚く彼女の手を勝手に引いてスタスタと足早に歩いた。そうこう話しているうちに、彼女の家だ。




「じゃ、そゆことだから、また明日ね」




恥ずかしさのあまりか彼女からのさよならを聞かないままに歩き始めた。




「…き、木村くんっ!」




彼女の大きい声を聞いたのはこれが初めてかもしれない。そうして自分の速く打つ鼓動に気づかれないようにと祈るように振り返る。彼女がすぐ側まで駆け寄って、またひどく困った顔をしている。




「さっきのどういう意味…?」




ずるい。その意味を聞くってことの意味を分かっているのだろうか。




「……好きになっちゃったってことかな」




あんなきっかけに踊らされた、このどうしようもない恋が報われるべきかは俺には分からない。







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