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どうしようもない恋心  作者: はちまゆ
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星野小夜は心底自分のことが嫌いなのだ。そのくせ自分を良く見せたがる。彼女は特別綺麗なわけではなかったが、笑顔が可愛く、作り笑いの上手な子だった。


もともとクールでサバサバとした彼女は社内の女子にも男子にも人気だった。そして謎が多いと言うのもまた周りにとって気になる存在になっていたのかもしれない。そしてそれは俺も然り。

そんな彼女のプライベートな一面を知ったのは彼女を知ってから随分と経ってからだった。そのきっかけは会社の飲み会とやらが開催された時だ。俺と彼女は同期で入社して三年目。基本的に彼女はそういう行事には参加しない。なにかと理由をつけて休んでいたが、珍しく今日は参加らしい。




「飲み会に参加なんて珍しいね」


「あんまり断り続けると付合い悪いって思われそうだから。木村くんは偉いよね、いつも参加してて…ちょっとめんどくさくない?」




ごもっともな意見が返ってきて少し笑ってしまった。それに気づいてか笑わないでよと悪態をつく。

普段あまり喋らないわけではないが、いつもは至って端的で仕事に必要のあることのみ。だからかいつもより楽しめそうだと少しワクワクしていた。そしてそれは俺だけじゃなく同期の大澤も同じ思いだったようだ。ちなみに大澤はムードメーカーで先輩や掃除のおばちゃん、年上に人気のある関西出身の遠慮を知らないやつ。



「星野さん参加するんやね!お酒強いん?」


「強そうに見える?」


「んー、星野さんは弱そうやね」


「それは飲み会が始まってからのお楽しみで」



そう茶化す彼女の声色やふと出る笑顔に癒されているのはきっと俺をだけじゃないはずだ。普段クールな彼女が作る笑顔はひっそりと女王様なんて呼ばれている所以でもある。そんなやり取りを軽く聞きつつ仕事をこなす。いつもと違う楽しみがあると言うだけでこうも仕事が捗るものだろうか。自分でも笑ってしまうほどだ。




幹事役は俺たちの先輩の北条伊織さん。名前は女性らしいがれっきとした男性で、くっきりした二重に顎のラインがシャープですごく整った顔立ちをしたわゆるイケメン。仕事もそつなくこなすのでほとんどの女子社員の標的…羨ましい限りだ。北条さんが指揮をとり飲み会が始まる。新歓を少し兼ねているようだが、毎度のことながらこれはただの酒好き社長の気まぐれである。早速北条さんの隣をたくさんの女子が取り合っている。



「星野さんは行かないの?」


「……行ったほうがいい?」



彼女の癖なのか少し意地悪な返事の仕方をする。もちろんなかなかこういう場に来ない彼女が今隣にいることを思うと行って欲しくない。ただそれを俺が言うのはなんか違う気がする。



「…ま、でもそういうの興味なさそうだよね」


「そうね、興味ないことないけど、先輩と飲むより同期とか後輩と飲む方が気が楽でいいから」



興味ないことないのか。意外だった。彼女に彼氏がいるだの何だのは聞いたことがない。タイプとかそういうことも。それを聞いてか大澤が彼女に遠慮なく質問を投げかける。ナイス大澤。



「んー、私が好きになれる人かな」


「それって当たり前やない?見た目とかそういうの聞きたいわ」


「………強いていうなら、木村くん」


「え」



思わず飲んでいたビールを吹き出した。不意打ちすぎて変な汗をかきはじめた背中、お酒はまだ二杯目だが頬が熱くなるのを感じた。つまり、酒のせいではない。それを知ってか知らずか茶化す大澤も、なにごともなかったかのようにクスクス笑って背中をさする星野さんも俺はどう受け止めていいのか分からない。

彼女は何も気にしちゃいなかった、なんだ、俺が変に意識しちゃった感じか?キモいな俺。


星野さんの恋愛観というのかは少し変わっていた。どうやら随分とお酒が強くないようで頬を赤らめ眠そうな目をした彼女がいうには、心底自分が嫌いで、それを理解してくれる人がいいそうだ。



「自分のことが生まれたときからずっと嫌いだった、だから告白されても理解できなくてずっと断ってた」


「え、じゃあ星野さんって処女!?」


「どう思う?」


「いやあ、星野さん結構うちの会社で人気やで?」


「……嘘。だとしたらみんな見る目ない」



やはり大澤は遠慮がない。結局のところ彼女の経験値は分からずじまいだが、この言葉を拾った周りの男たちは確実に彼女に興味を持ったはずだ。

ほら、大澤のでかい声のせいで男が一人会話に入ってきた。


ーーーえ、まさかの北条さん。



「星野さん飲んでる?」


「大澤くんのノリに押されて少し。」


「そっか、星野さんこういう場になかなか来ないから嬉しいな」


「北条さんは毎度のことながら大変ですね」



ちらっと横目に先ほどいたであろう女子の溢れる席を見る。そうかな?なんて乾いた笑いをもらすところは嫌みたらしくないさわやかさがある。もし俺があんな風にちやほやされたとしたら多少は鼻高々になってしまいそうだが、そうじゃないところがまた女子に人気の理由だろう。



「俺にも聞かせてよ、星野さんの恋愛話」


「…気になります?」


「うん、すっごく気になる」



この満面の笑顔にどれほどの女子が射抜かれているのだろう。だが当の本人は酔っているのかなんなのか、秘密ですと笑って受け流す。それでも引き下がらず教えてと迫る。俺も少なからず聞きたいが、それよりも北条さんの星野さんに対しての絡み方の方が気になった。

そういえば何かにつけて彼女をよく飲み会に誘っていた気がする。

ーーー彼女は遠慮なしに断り続けていたが。


彼女は困ったように笑って、お酒をぐいっと飲み干してお持ち帰りしたら分かるかもしれませんね?なんて舌足らずながらもいうから呆気にとられてしまった。

それに俺が気にかける必要なんてないのに、さっきの強いていうならという言葉に未だ意識してしまっていた俺は情けなくも彼女のフォローを必死でしていた。



「星野さんお酒弱いのに飲みすぎ…変なこと言うから北条さん困ってんでしょ」



いつもと違う少し温度のある声でごめんなさいなどという彼女はもうほとんど酔っていて、たぶんこんな発言をしてしまったことも明日には覚えていないのかも知れない。なぜか俺が彼女の代わりに北条さんに謝っていた。



「ちょっとびっくりしたけど、思ったより星野さんが面白い人って知れてよかったよ」



今度はククッと喉を鳴らすように笑って、彼女の頭をくしゃっと撫で、先に送って帰りなと北条さんはまた女子の群れる席へと戻っていった。

振り向きざまにお持ち帰りは禁止だからと釘をさすのも忘れずに。



「………分かってますよ」


「え、もしかして北条さんって星野さん狙いなん?」



そんなこと知るか。よく分からない思いに駆られた俺はふてぶてしくそう答えた。

兎にも角にも帰ろう。大澤は面白いネタを知ったかのごとく北条さんの席へと消えていく。


店を出てタクシーを呼んで、眠気眼な彼女に住所を聞き出し、帰路につく。



「星野さんが飲み会に参加しない理由なんとなく分かった気がする」


「……迷惑かけてごめんなさい」



少し風に当たったからか彼女の意識は少し落ち着いたようで申し訳なさそうに呟いた。

そうして言い訳するかのように俺に耳打ちした。


でも、でもね、木村くんなら大丈夫な気がする。すごく安心するもの。




……なんなんだよおい、勘弁してくれ。




お酒の入った星野さんは女王様ではなく、ただの可愛い女の子だった。



---なんてこった。









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