魔術
ヒトの生は短い
ヒトはその短い人生で意味を見出す
なんと無駄なことか
なんと愚かなことか
なんと・・・儚いことか
村人の朝は早い。
日の出とともに起き、日の入りとともに寝る。起きたら、着替えて朝食の準備。硬い黒パンと具の少ないスープ。
それが食べ終わったら早速お婆さんの家に行く。普通の子供なら遊んだり、親の手伝いをするんだろうけど私には仲の良い友達なんかいないし、お母さんの手伝いも針が危ないからってやらせて貰っていない。つまり、暇だ。
今日はどんな本を読もうか。
魔力変換率を調べたいからそろそろ回復魔術以外の魔術書を読んでみようかな。そんなことを考えてたらあっという間に着いた。
「こんにちは。」
扉をノックして開けて入る。
カウンターにはお婆さんがいた。
「おや、いらっしゃい。ゆっくりしていきな。」
私はそれに頷きで返し、早速本を探し始める。取り敢えず、水魔術の初級編の本を選ぶ。
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水魔術 初級編
水魔術とはその名の通り、水を使った魔術である。魔術とは事象を拡大するモノ。それならば、水魔術は雨が降っている時や川や湖、海などでしか使えないと思われるが、そうではない。
水とは大気中にある。ヒトの目には見えないが、微小な水分があるのだ。
水魔術を使う上で、これを知らないことは致命的である。このことを知っているのならば、どこでだって水魔術は使える。
だが、誰にでも使える訳では無い。このことを理解出来なければ、認識出来なければ使えないのだ。大気中に水分があるということにそんな馬鹿な、などと思った君は水魔術には向いてない、という事だ。
さて、そんなどこでも使える一見便利そうな水魔術だが、攻撃目的以外では使えない。世界には修正力というものが存在する。間違った事象を元に戻す能力だ。
これがあるため、大気中の水をコップ1杯の水に拡大したところで、少し経てば微小な水分に戻る。戻る前に飲んでも、体内で戻るのだ。
その事を踏まえた上でこの本を読んでもらいたい。
魔術には詠唱がある。絶対に必要だという訳では無いが、あったら魔術行使の補助となる。世界が認識しやすくなるのだ。なので、魔術を使ううえで詠唱は推奨される。
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・・・なるほど。水魔術の概要については分かった気がする。
飲み水には使えないけど、体を洗うとかには使えそうかな。
さて、じゃあ実際に魔術について書かれたページを読もうかな。
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魔術名:ウォーター
詠唱:水を生み出せ
効果:雫型の水を生み出す。大きさは変換した魔力量により変化。
適正魔力変換率:なし。どの変換率でも大して変わらない。
備考:濡れたら困るモノの近くで扱わないように。
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これが、一番はじめに書かれてた魔術。
ちなみにこれの前に、注意書きとして、「詠唱→魔術名という順番で唱えましょう」と書かれている。
次のページを読もうかなと思ったけど、このウォーターを試したくなったので、本を持って外に出る。幸いこの村には空き地などは至る所にあるから魔術の行使場所には困らない。
お婆さんの家の裏にもスペースがあったのでそこで使ってみる。本を家の壁に立て掛け、少し離れる。
少し手を突き出して、
「水を生み出せ ウォーター」
手のひらの前の空間が少し光る。光った所には私の手と同じ大きさくらいの雫型の水の塊が浮いていた。
暫く感動で惚けていたら水の塊が光りだした。その次の瞬間には水の塊は消えていた。魔力が切れたのだろうか。
その後も何回かウォーターを使っていた。だが、流石に飽きて次の魔術に移る。
どうやら次は「ウォーターウォール」という魔術だそうだ。変換した魔力量に応じて大きさが変わっていった。
そんなこんなで魔術を使っていたら近くに子供たちが寄ってきていた。思わず、後ずさる。また暴力を振るわれるのだろうか。
だが、子供たちは私より魔術のほうに興味がいったようで、家の壁に立てかけてあった本を取るとどこかへ去っていってしまった。
それに安堵する半分、本を取られたことの怒りがあった。その怒りをどこかにぶつけることはしないが。
さて、気づいたら夕方だ。お婆さんに本を子供たちが持って行ったことを伝えてから帰ろう。
そう思い家路につく。
今日も短い村人の1日が終わった。
展開変わりませんでしたね。
趣味でアナログ絵を描いているのですが、人の目って難しいですね。左右対称にならなくてもどかしくなって全部消してしまうのを繰り返しています…。練習が足りませんね。
感想等お待ちしています。