日常
それは強大であった
それと同時に繊細でもあった
だからその者は願った
彼女が救われるように、と
今日も私はおばあさんのもとへ行く。
今日はどんな本を読もうか。そんなことを考えながら。
「お邪魔します」
返事はない。おそらくまだ寝ているのだろう。この村には強盗などはいないし来ないため基本的にはどこの家も鍵は掛けていない。だから自由に出入りできる。まぁ、他人の家にずかずかと入り込む輩はいないが。私は特別だろう。教養があるからかは分からないが、おばあさんには孫のようにかわいがってもらっている、はずだ。
さて、こんなことより本を探さねば。昨日までは医学書を読んできたが、たまには違う本を読んでみようか。せっかく異世界に来たのだから魔術書あたりがいいだろう。魔術書が置かれている棚を見て回る。結構な種類の本が置かれているが、その中から私は当然のように回復魔術のことについて書かれた本を取る。題名は『回復魔術 入門編』と『回復魔術 応用編』だ。それ以上はない。もしあったとしてもどうせ難しすぎて読めないだろう。
本を持っていつも座っている椅子に座る。『回復魔術 応用編』を一旦そばに置いて、『回復魔術 入門編』を開く。
最初のページにはこう書いてあった。
魔術とは決して万能な存在ではない。
それは因果を歪め、壊し、乱すものである。特に、回復魔術とはその表れが顕著である。正しいことを乱すものだから。
なかなか壮大なことが書かれてあった。なるほど、分からん。さて、気を取り直して次のページへ行こう。
本書では回復魔術の初歩的なことについて説明する。
回復魔術とは体の細胞に働きかけ、活性化させるものである。たとえば、体のどこかを切ってしまったとしよう。普通は血が流れ、瘡蓋ができ、長い間をかけて傷が治っていく。回復魔術とはこの時間を短縮することにある。短縮することによって、怪我を早く治すのだ。決して傷を無かったことにしたりなどといったものではない。
そんな便利な回復魔術ではあるが。一つだけ欠点がある。それは、魔力の変換効率が良すぎると、患者を死なせてしまうことがある、ということだ。悪すぎてもだめだが。この事については後ほど説明しよう。
だいたいこんな感じだ。事前に知っていた、医学書に少しだけ乗っていた本とだいたい同じことが書いてある。この後は、もっと詳しい事が書いてあるのだろう。このまま読んでいこう。
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気がついたら、夕方になっていた。おばあさんはいない。どこかへ行ったのだろうか。まぁいいや。そろそろ帰るか。
今日は運良く子供たちには会わなかった。彼らも遊ぶのに夢中なのだろう。そのまま家に着く。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
奥からおかあさんが来た。お母さんは、黒髪でタレ目のすらっとした美人さんだ。父親は生まれてから見たことないが、そういうものだと割り切っている。前世でもいなかったからあまり気にしない。
「今日も本を読んできたの?」
「うん。楽しかったよ。」
魔術書は前世に無かったので、新鮮で面白かった。
「そう。良かったわね。じゃあ、手を洗ってきなさい。お夕飯にするわよ。」
「はーい」
お風呂場、と言っても体を拭くところに行って貯めてあった水で手を洗う。お風呂なんていう贅沢なものは家にはない。見たところ西洋文化なので、貴族の家にもないだろう。
手を洗い終わったらそのままリビングへ行く。ちょうどお母さんが料理を運んでいるところだった。運ぶのを手伝ってから椅子に座り、お祈りをする。お祈りは前世での「いただきます」と同じようなものだ。感謝を捧げるのが食物から神に変わっただけ。
今日のご飯は硬いパンとシチューだ。貧乏だからこんなものだろう。特に文句もない。慣れたし。食事中は基本喋らない。行儀が悪いのだろう。
こちらでは、食事は朝と夜の2回だ。これも貧乏なせいだろうか。父親がいないからしょうがない気もするが。
お母さんは家で織物をして生計を立てている。それを村に来る商人に売っているのだ。意外と人気でそれなりには稼いでいるが。所詮はそれなりだ。贅沢もしない。こんな生活だからか、私はお金持ちのイメージがある、医者を目指している。
さて、そんなことを思っていたらもう寝る時間だ。お母さんと体を拭いて、寝巻きに着替える。
「おやすみなさい、お母さん」
「おやすみ、ロート」
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夢を見た。
目の前にいるのは、血塗れの全身鎧を着た人物。
周りにはいくつもの死体。死体。死体。
そんな恐ろしい光景。
だが、私には何故か鎧を着た人物が泣いているように見えた。
うちにはマーリンが来ませんでした。
なので人間要塞と頑張ります。
感想待っていますね。
次回から動く予感。