靴屋~答え~
ミアは耳を澄ましていたわけでもないが、塔の扉が開かれる音を聞いた。
……え。
まさか、とうとう姉たちが強行突破に来たのではないだろうな、と脳裏によぎらし、すぐさま否定する。現在は私の意思以外ではここの扉は開くはずがないのだ。『冬』の支配下に『世界』があるうちは。
しかし、扉は開かれた。久しく目にしていなかった外の光が射し込む。
「……は」
半ば信じられないという思いに支配されながら、振り向く。
そこにはごくごく平凡な、黒い髪に茶色い目をした大きな黒縁眼鏡をかけた冴えない青年がいた。
呆けそうになる自分を無理矢理押し込め、平静を装って、ミアは青年に訊ねる。
「どちらさまでしょう?」
口調に棘がこもらないよう努めて笑顔で問いかけると、青年は恭しく礼をとる。
「お初にお目にかかります。僕は通りすがりのしがない靴屋にございます」
ますますわけがわからない。
混乱する頭を無理矢理沈黙させ、端的な問いをミアは放つ。
「あらあら、靴屋さまが、このような場所にどのようなご用でいらしたの?」
すると靴屋と名乗った青年は意を得たりとばかりに微笑んで、ずれかけた眼鏡を持ち上げ、意味深げな笑みで応じる。
「季節がどうして廻るのか、知りたい方がいらっしゃると聞き及びまして、伺ったのです」
「な、何故それを?」
「まあ、僕の店の前にそんな立て札があったものですから。
貴女も、知りたいですか?」
にこりと言われ、ミアははっとする。こんな見も知らぬ不審な人物に何故自分の疑問が見抜かれているのか、と思ったが、さしずめ姉たちの差し金であろう、と結論づける。
しかし、こんな平々凡々とした青年が、最も聡明な姉のナミですら答えられなかった問いに答えられるのか? 甚だ疑問である。
けれど……知りたい。
自分が何故存在するのかという理由を、ミアはどうしても欲しかった。
故に、返した。
「では、季節はどうして廻るの?」
ミアが問うと靴屋は満足げに頷き、大きく手を広げてみせた。
「僕は靴屋ですから、靴屋が困ってしまうのですよ? 季節ごとに、人は様々な靴を買います。雪が降れば、保温性の高い厚底の長靴、暑い夏には通気性のいいサンダル、といった具合に。
季節が廻らなければ、靴を変える必要はありませんから、僕のような靴屋は必要なくなります」
靴屋は饒舌に語るが、その内容が単に自分本位なだけであることに、ミアは少なからず落胆した。もっと別な答えがあるのかと期待したのに、と肩を落とすミアに靴屋の青年は、少し肩を竦め、かちゃりと眼鏡を持ち上げた。
「もちろん、それだけではありませんよ?」
「どうだか」
つまらない、とミアは呆れたように溜め息を吐く。
靴屋はミアがそっぽを向いたのをかまうこともなく、続けた。
「『新しい靴は幸せを運んでくる』という言葉をご存知ですか?」
突飛な問いかけだった。
とりあえず、ミアはその言葉を知っていたので首肯するが、それとこれと、一体何の関係があるというのか。
疑問にふっと顔を上げると、眼鏡の奥の茶色い瞳にかちりと出会った。
茶色が微笑む。
「ですから、靴屋は必要なのですよ。新しい靴で、幸せを運ばなくては。
けれど、季節が廻らなければ、新しい靴など必要ありません。
──だから、季節は廻るのですよ」
つまり、それは
「人の幸せのために、季節は必要ってこと……?」
聞き返すミアに靴屋は眼鏡がずり落ちるのも気にせず大きく頷く。
「春も、夏も、秋も……もちろん、冬も、必要なんですよ?」
自分の心を見透かしたような言葉に、けれどミアは救われた。
私も、必要なのだと、
肯定する人がいた。
管理塔の『外』を見る無数の画面の一つ、片隅で。
「わぁい、上手くできたよ、雪ウサギ」
「……お、お前器用だな。可愛いじゃないか」
「雪こんなに積もってるんだから、長靴にしないとね」
「ん、こないだ買ったのおろすか……まあ、冬も、悪くないかな」
「でしょ!」
そう言って笑い合う兄弟が、いた。
「新しい靴は幸せを運んでくる」
フランスのことわざです。
元々冬童話のためにネタを探していたときに耳にしたのが、このことわざです。
皆さまのご期待に添えたかどうかはわかりませんが、私にしてはそこそこにまとめられた話だと思っております。
ここまでお読みくださり、ありがとうございましたm(_ _)m
本作品は私主催「柄冬童話2017」の参加作品です。
なろうの公式冬童話もいいですが、ガラケーユーザーも地味に頑張っているぞ!!というのを主張したいがための企画ですが、気にかけていただけると嬉しいです。
柄冬童話は1月31日まで参加募集をしておりますのでよろしくお願いいたします。
また、柄冬童話企画参加作品は「柄冬童話2017」で検索してみてください。