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立て札

 それはいつからあったのか。

 防寒具に埋もれながら、人々はそれをちらと見やり、通りすぎる。


「私たちはあなたたちの季節を動かす『四姫』という存在です。

 突然ですが皆さん、冬が長いと思いませんか? 時間が廻らないと感じていませんか?

 原因は私たち『四姫』にあります。

 私たち『四姫』は文字通り四人の季節を司る姫です。一人ずつ、割り振りを決めて管理塔に入り、あなたたちに四季を廻らせています。

 今そのうちの一人の冬を司る姫が、管理塔に閉じ籠ったまま、出てこなくなりました。私たち、他の『四姫』は現在、困り果てております。

 冬の姫はとある疑問に答えを求めております。それが、私たち『四姫』では全くわからないのです。

 ですから、あなたたちに教えていただきたいのです。

 お話を聞いてくださるのなら、この立て札のに真っ直ぐ進んだ先にある木の扉を、三回叩いてください。お待ちしております」


 と、雪の降り積もる中にぽつりと木の立て札が佇んでいた。

 いつからあったのか。それは誰も知らないし、気にも留めない。

 それもそのはず、この世界の誰一人として『冬が長い』と感じていないのだから。

 冬の姫・ミアは人々の『時間』という感覚を操ることによって、『死人の出ない永遠の冬』を継続しているのである。

 『四姫』の中でも才能溢れる末妹はある意味『完全な世界』を維持し続けていた。

 ダメ元でナミが立てた立て札は、ただそこにある物という認識にしか過ぎず、気に留める者は、『四姫』たちの感覚で言うと一年ほどの間、現れなかった。






 ──そう、一年後。




 コンコンコン


 木の扉に、ノックの音がした。

「ナミ姉! やっと来たよ!」

「ああ、早く扉を開けてやれ」

 ちなみにアルはミアがいつ出てきてもいいように塔の方に行っていていない。

 ルナは嬉しそうに、扉を開いた。

 ナミも、しばらく寄らせていた眉間の皺を緩め、客人を笑顔で迎えた。


「ようこそ、『四姫の仮宿』へ」


「……ああ、やはりあの立て札は本当だったんですね」

 現れたのは黒縁の大きな眼鏡が印象的な黒髪茶目の、ごくごく平凡そうな青年だった。

「ふおっ!? 思ってたより普通の来た」

「ルナ、客人に失礼よ」

 思ったままを口にするルナをナミはぴしゃりとたしなめる。しかし青年は「お構い無く」と微笑を浮かべた。

「迷惑など、お気になさらず。むしろ僕らの方が貴女方を敬うべきです。僕らの『世界』を管理する『四姫』さま……お目にかかれて光栄です」

 言うと、青年は恭しく礼を取った。ルナは面白げに、ナミは渋面をもって彼を見る。

「畏まるな。堅苦しいのは嫌いだ」

「仰せのままに」

「ふはっ! 面白い言葉遣いだね、お客さん」

 顔を上げ、半分ずり落ちた眼鏡を持ち上げる青年にルナは何が面白いのかケラケラ笑う。ナミはそれを半目で睨みながら、すまない、と青年に言った。

「この夏の姫・ルナはどうも感情に際限がなくてな」

「いえいえ、ころころと表情が変わって、面白いお嬢さんです」

「ルナって呼んで! 俺はナミ姉以上に堅いのは苦手なんだ」

「仰せのままに、ルナ」

「……変な言葉遣いだ」

 ぽつりとナミがこぼすのに、またしてもルナがケラケラ笑う。「同じこと言ってら〜」なんて、笑い転げている。

 笑いすぎてひぃひぃ言ってる夏の姫をさておいて、再び青年は口を開いた。

「申し遅れました。僕はしがない靴屋でございます」

「クツヤ? ええと、靴を売るアレか!」

「はい、靴を売るアレにございます」

 靴屋の返しにまたどこが面白かったのか、ルナはケラケラと腹を抱える。ツボが浅いらしい。

 ナミはそれに冷ややかな目を向けた後、靴屋に問う。

「クツヤというのは職業だろう。名前は何だ?」

 すると青年はずり落ちかけた眼鏡を再びかちゃりと持ち上げ、眉根を寄せて、肩を竦めた。

「申し訳ございません。僕は名前を持ってはならぬ悪しき者の子らしく……気づけば靴屋をやっていたので、クツヤ以外の呼び名はないのですよ、残念ながら」


 靴屋の返答にナミは唖然とした。

 『悪しき者』という言葉も気になったが、名前のない人間がいることに驚いていた。

 それは傍らのルナも同様だったようで、

「そんなぁ、名前がないなんてぇ。なんて呼べばいいの?」

「ですから、クツヤとお呼びください。僕は普段からそう呼ばれていますから」

「靴屋さんなんていっぱいいるよ? それと呼び分けるときに困るじゃん」

「困りません。『クツヤ』という名前の靴屋は僕しかいませんから」

 ルナを完璧に言いくるめ、靴屋はくいっとまた眼鏡を持ち上げた。ルナは不満そうだが、それ以上反論の言葉が挙がらないのか、むぅっと膨れっ面をして、ナミを見る。

 こいつを論破しろというのか、とルナの視線の意味を読み取ったナミは溜め息を吐く。ルナとのやりとりを見ただけで、ナミはこの靴屋が口達者なのがよくわかった。ナミは『四姫』の中では頭はいいがこういう口が達者なタイプは苦手だった。

 しかしまあ、呼び名がないのも不便か、とナミは肚を括り、靴屋に話しかける。

「名前がないのは何故だ?」

「先程申し上げました通り、僕は『悪しき者』の血を引いているのです。とはいえ、クツヤが名のようなものですが」

「『悪しき者』とはなんだ?」

 ナミの問いに靴屋は肩を竦める。

「さぁ? 生まれたときにはそう呼ばれていました。人々に害悪をもたらした異端の存在……としか聞いておりません」

「そんな曖昧な理由で名前を授かれないというのか!」

 ナミが激昂するが、靴屋は驚いた様子もなく、少しずり落ちた眼鏡をもう何度目か知れないが持ち上げた。

「何故あなた方が名前に拘るのかがわかりません。僕は靴屋。それ以上ではない存在で、あの立て札の意味が気になったからここに来たのです。

 そろそろ立て札の話をいたしませんか?」

 話を逸らされた気がしたが、どちらかというと、そちらの方が重要であったため、溜め息一つでナミは諦めた。

「あの立て札は、まあ、簡潔に言えば、『冬の姫が出て来ないから説得してほしい』ということだ」

「ほうほう、冬の姫。どのような方なのです?」

 靴屋は興味を引かれたようにナミに目を向ける。ついでにずり落ちた眼鏡を持ち上げながら。

 さっきから何なのだ、と思いながらナミは続けた。

「冬の姫の名前はミア。頑固者でな。私たちにこう問うたんだ。『季節は何故廻らなければならないのか』と。『ずっと冬でもいいじゃないか』と。そう言ってひきこもっているのだ。

 私たちは『季節は何故廻らなければならないのか』という問いに答えを見つけられなくてな。その上ミアには『大嫌い』と言われて話しかけづらいんだ」

「なるほど……ミア様は相当に面白い御方のようですね」

 靴屋が眼鏡を持ち上げながら、口角を吊り上げる。

 何故だかその所作がナミには自然に見えて、

「そう言うと思った」

 などと口にして、そんな自分に戸惑う。

 何故自分はそんなことを思ったのだろうか……


「ああっ!」

 思考の海にずぶずぶとナミが埋もれようとしたのを、ルナの声が遮る。

「どうした? ルナ」

 思考を遮られて少々不機嫌な声でナミが問うが、ルナはそれを気にした様子もなく、靴屋を指差す。

「靴屋はミアと似てるんだよ! ええと、ああと、なんて言うんだっけ? そう、理屈っぽいところ!」

 少々ずれている気がしないでもないが、ルナの言いたいことがなんとなくわかった。

 そう、口達者なところが、靴屋とミアは似ているのだ。それで、なんとなく靴屋の取りそうな言動がわかったのだ。無意識にミアを重ねていたから。

 ……これはもしかすると、いい兆しなのではないか?

 目には目を、とよく言うではないか。

「うん、お前なら、ミアの問いに答えられるかもしれんな……どう答える?」

「へ?」

 急に話を振られ、靴屋はきょとんとする。同時にずり落ちた眼鏡を慌てて直しながら、そうですね、とどうにか言葉を次いだ。

「ちなみにここにいらっしゃらないもう一人の姫君の名前は何というのでしょう?」

 ナミは質問の意図が全くわからなかったが、

「アルだ」

 と即応した。

 すると靴屋は少し考え、それから不意にお腹を抱えて笑い出した。

「何を笑っている」

「ふっははっ、失敬失敬。あまりにも単純なからくりだったもので、思わず可笑しくなってしまいました。お二人はお気づきになられないのですか?」

「……何に?」

 ルナが首を傾げる。ナミもさっぱりだ。

 靴屋ははあっと苦笑混じりの溜め息を吐いて答えた。

「アル、ルナ、ナミ、ミア……あなた方の名前です。全て、しりとりになっているでしょう?」

「あっ……確かに」

「そして──ミア様も次の季節であるアル様の名前に繋がる……季節と名前は同時に廻っている、大切なものなのですよ」



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