郡山13時39分
暑い。茹だるような暑さとはこのことを言うのだろうなと、そんなことを考えているのも辛いほどに暑い。なぜ夏というのは暑いのか。折角の夏休みだというのに、これ程までに暑かったら休めないじゃないか。学校はもっと暑くないときに夏休みを作るべきだ。いや、そもそも夏休みは暑いから……
「うわっ……」
くだらないことを考えていると、腕にポツリポツリと降ってきた。雨だ。気づけばなるほど、確かにただでさえ蒸しているというのにもかかわらず、辺りは一段とじめじめとしていた。残念ながら、僕は傘を持ち合わせていない。急がなくては。
駅に着くと僕はまず手頃な値段の電車のマスコットキャラクターが描かれたタオルと、青春18きっぷを買った。青春18きっぷとはJRが販売している全国各地のJR線普通・快速列車が5日間乗り放題になる乗車券である。ちなみにその5日間は、有効期間内なら日が連続してなくとも使用可能だ。僕はこれを使い、観光も兼ねて仙台に住む兄の元へ行く。僕は今日が楽しみで仕方がなかったのだ。
改札でスタンプを押してもらうと、その日の使用が確定する。あとはそのスタンプを見せれば、1日中JR各駅の改札を自由に通ることができる。1つ目のスタンプを押してもらった僕は、意気揚々とホームへ駆け下りた。雨は先ほどよりも幾分か弱まっていたようだ。なんとタイミングの悪いことだ。そして茹だるような暑さと雨に曝されどっと疲れた僕は、誰も座っていないであろうホームの一番奥にあるベンチの方へまっすぐ向かった。
「ぐすっ……ぐすっ……」
残念ながら僕の予想は見事に外れ、ベンチに同い年くらいの少女が座っており、しかも泣いていた。彼氏にフラれでもしたのだろうか。それとも、好きな芸能人の熱愛が発覚でもしたのだろうか。理由はわからないがいずれにせよ、僕は駅で泣いている人に声をかけるほど世話焼きな性質ではないので、彼女の座っているベンチの端から一番離れた場所に座った。
「うっ、痛い。痛い!」
しかし、彼女は悲鳴を押し殺したようななんとも形容しがたいような声を出していた。僕がいままで駅で見たことのある具合が悪そうな人といえば、せいぜい酩酊したサラリーマンか大学生くらいだ。しかし、彼女はそれらとはどうやら訳が違う。これほどにまで泣いて、痛がっているのになぜ病院に行かない?そして、さらに残念なことに、彼女の様子に気づく範囲にいるのは僕だけのようだった。
「あの、大丈夫ですか……」
彼女は首を横に振った。
「救急車呼びましょうか?」
また、彼女は首を横に振った。そして、
「だ、大丈夫ですから!」
彼女は全くもって大丈夫ではなさそうに答えた。どう見ても大丈夫ではないのだが、大丈夫と言われてしまったのでは仕方がない。彼女は僕にとって赤の他人でしかなく、また僕も彼女にとって赤の他人でしかない。
「す、すみません……」
「いえ、こちらこそ……」
気まずい沈黙を遮るように、福島行きの電車が到着した。
車内はがら空きだった。僕は誰も座っていないシートの端に座ると、彼女は向かいに座りスマートフォンを触りはじめた。どうやら痛みは治まったようだ。本当にただのお節介だったのかもしれない。決まりが悪いので車両を変えようかとも考えたが、既に重い荷物を置き、腰を下ろしてしまったため面倒臭いのでやめた。そういえば彼女もスーツケースを、それも僕のものよりもひとまわり大きいものをもっている。僕はただの旅行客になんて恥ずかしいことをしてしまったのだろうと、自分の行動を悔やんだ。
「まもなく発車します。閉まるドアにご注意ください。」
アナウンスが響き渡り、またしばらくするとドアが閉まり、電車が動き出した。僕はおもむろにポケットからイヤホンとスマートフォンを取り出し、あらかじめ本体にダウンロードしていたアニメを見始めた。
こうして夏休みの短い旅は始まった。