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カシムの剣

作者: 文月聖二

 一、観光馬車 


「おはよう、テディムおばさん」

 ミースは、愛馬ハヤテに餌をやりながら、テディムおばさんにあいさつしました。

「ああ、おはようミース。今朝も早いね。ハヤテの餌やりかい。朝御飯を食べてお行きよ。ミースの分も作ったからね」

「うわあ、ありがとう。いつも朝飯抜きだけど、実はお腹がぺこぺこなんだ」

 ミースとテディムおばさんの家は、馬小屋をはさんだ隣同士です。テディムおばさんの家には、息子がいます。現役のプロボクサージャッツです。ジャッツは、家族のいないミースにとっては、よい兄貴分です。

「ジャッツ。おはよう。朝食を頂くよ」

「ああ、ミース。おはよう。しっかり食べるんだぜ。朝飯は、一日のエネルギー源だからな」

 ミースは、パンにかぶりつきながら、ジャッツに話しかけます。

「ジャッツ。試合の方はどうなの。また、勝ってるの」

「ああ、俺は十試合十KO勝ちだからな。この分だと、この国のチャンピオンも夢じゃないぜ」

「ふーん。すごいなあ、ジャッツ。僕はけんかが苦手で、弱いもん。ジャッツの爪のあかでも煎じて飲まないとだめだね」

 ミースは、戦いは好きではありません。平和主義なのです。

「ごちそうさま。おいしかった。じゃあ、ぼく行ってくるね」

「ああ、気をつけてな」

 馬小屋に行くと、もうハヤテが待っていました。馬小屋には、ハヤテの他にイサムという白と茶のぶちの馬がいます。これは、ジャッツの愛馬です。

 ミースは、慣れた手つきでハヤテに、馬車を取り付けました。観光用の馬車です。ミースは馭者台に乗って出発です。小さな町を観光馬車が行きます。

「おはよう、トラムおばさん」

 パッカパッカという馬の足音とシャンシャンシャンシャンと鈴の音が響いています。

「ああ、おはようミース。今朝も精が出るね」

 ミースが声を掛け、答えたのは、花屋のおばさん。ミースは、早くに両親を亡くし、父親が残してくれた観光馬車と、白と黒のぶちの愛馬、ハヤテと共に、この小さな観光町に来たお客さんを乗せ、観光地を馬車で巡る仕事をしています。

「おはよう、バムじいさん」

「おはよう、ミース。今日も元気だな」

 ミースの馬車は、ちょっと素敵です。渋い赤色に塗られ、金色の彫り物で、あちこちに装飾されており、屋根は深い緑色で、屋根からは、鈴と造花が張り出し、シャンシャンと涼やかな音をたてています。

 馬のハヤテは、とても頭がよく、ミースの思い通りに走ってくれるミースの愛する親友です。そして、ミースは小学校を卒業したばかりですが、明るく優しい性格で、この町の誰もがミースを心から可愛がっています。この観光馬車は、この町には、なくてはならない存在なのです。

 ミースは、自宅から駅に向かう間、たくさんの人たちと、朝のあいさつを交わしました。

 そして、駅が見えてきました。古い木造の駅舎は太い柱や梁は、濃い茶に塗られ、白い外壁をがっちりと守っているように見えます。

屋根は、素焼きの円筒状の瓦で葺かれ、レトロな雰囲気を醸しだしています。そこが、ミースのお気に入りでした。

 また、駅前のロータリーはメインロードと同じ古い石畳で、ロータリーのまん中には、噴水が涼やかな水を流していました。

 ミースとハヤテは、そのロータリーの一番前に観光馬車を止めました。後ろは、何台ものバスの停留所です。観光馬車の横には、

「観光馬車。この町のとっておきの観光地を三十分で一巡りします」

 と書かれた看板が、立てられています。始めてこの町を訪れた人は、大抵、この観光馬車に乗るのでした。

 ミースは、次の列車が来る前に、馭者台から降りて、ハヤテとお話しします。

「今日は、いいお客さんがたくさん来ればいいな。昨日のように、全然お客さんがいないと、ハヤテも張り合いがないものな」

「ブヒヒヒヒ」

 ハヤテもそうだと言っているようです。

「それにしてもいい天気だな。今日のお客さんは、高原に連れて行ってあげよう。きっと喜ばれるぞ」

 列車が駅に入って来ました。ミースは馭者台に座り、列車から降りてくるお客さんを待ちました。




 二、逃げてきた少女 


 列車が止まりました。ミースは、駅を見ています。十人程の人が、改札を出て来ました。そして、その人たちを押しのけるようにして、ちょうどミースと同じ年頃の少女が、走ってきました。その子は、途中で立ち止まり、辺りを見回した後、ミースの観光馬車を見据えるとこちらに走って来ました。そして、馭者台の上のミースに意外なことを言いました。

「強盗団に追われてるの。お願い。隠れさせて」

「強盗団だって?最近急に増えてきたゴムルかい?」

 少女は、黙って頷き、ミースの目を必死で見つめました。ミースは、そのただならぬ様子に、慌てて馭者台から降り、馬車の扉を開けました。

「さあ、早く乗って、座席の下に少しすきまがある。そこに寝ころんで入って。そうすれば外からは見えないから。僕が声を掛けるまで、出ちゃだめだよ」

 少女は、ミースの言う通りにし、ミースは扉を閉め、窓から中を覗いて、少女の姿が見えないのを確認し、自分は馭者台に戻りました。そして、怪しい男たちがいないか、周囲に注意を払って待ちました。駅からはもう誰も出てきません。その時、車が走ってくる音がしました、ミースは、後ろを振り返りました。

 すると、黒塗りの車が、走って来ました。車は、ロータリーの中に止められ。中から、黒い背広を来た男たちが、四人出てきました。そのうち二人は、すぐに駅に向かって走りだし、残りの二人は、キョロキョロと周りを見渡しています。

------- やっぱり、あの子を捜してるんだ。こいつらが、このところ世間を騒がしているゴムルか。黒い車に、黒い服、間違いないな。

 二人が、駅から出てきました。

「もう誰もいません。今の列車は、この駅が終点のようです。この町のどこかに逃げています」

 残っていた二人のうち、一人が「チェッ」と舌打ちしました。そして、馬車の方に歩いてきました。そして、ミースに向かって言いました。

「おい。ぼうず。おまえぐらいの女の子を見なかったか?」

「さあ、ぼく、ちょっと居眠りしてたから、見てないけど・・・」

 男は、馬車の窓から中を覗くと、また「チェッ」と舌打ちをして、車に戻りました。

「おまえら、なにぼやぼやしてる。まだ、遠くへは行っていないはずだ。車で捜すぞ」

 後の三人が走って来て、車に乗り込むと、車は急発進して、メインロードを走って行きました。

 ミースは、車が消え去るのを確認してから、馬車の中に向かって声を掛けます。

「もう大丈夫。ゴムルの奴らは、行ったよ。出て来ていいよ」

 少女は、座席の下から、出て来ました。

「フーッ。ああ、苦しかった」

 ミースは、少女に言います。

「念のため、窓から見えないように、座席の上でいいから、横たわってて。今から、僕の家に帰るからね」

 少女は、座席に横たわりました。

「これでいいかしら?」

「うん。いいよ。じゃ、ハヤテ、出発」

 ミースの手綱の一打で、ハヤテは走り出しました。観光馬車は、メインロードを行きます。

 途中、引っ返してきたゴムルの黒い車とすれ違いましたが、彼らは気づかなかったようです。車は猛スピードで通りすぎて行きました。

「フーッ。びっくりした。見つかるかと思った」

 ミースは、そうして、無事家に帰り着きました。

 馬車を止めると、ミースは、馬車の扉を開け、少女に呼びかけました。

「着いたよ。ここは、僕の家だから安心して出ておいで」

 少女は馬車から降りました。

「お馬さんが、もう一頭いるのね。素敵だわ」

 ミースは、馬車からハヤテをはずすと、馬小屋に入れました。

「ハヤテ。休憩だ。ごはんをお食べ」

 そして、ミースは少女に向かって言いました。

「さあ、家に上がって、ぼろ家だけどね」

 少女は素直に従い、家に入りました。ミースは、ソファに座るように言うと、

「ちょっと、待ってて。紅茶でいいかな?」

「ええ、おかまいなく」

 ミースは紅茶を入れて持ってくると、少女の前のガラステーブルに置きました。そして、

自分は、その向かいに座って言いました。

「温かいうちに飲んでね。ああ、そうだ。名前を訊いてなかったね。ぼくは、ミース。見ての通り、一人暮らしで、観光馬車を走らせてる」

 少女が答えます。

「私は、レスリー。田舎の方のヘリルの村で牛を数頭飼って、小さな農園をやってるの。私も一人暮らしなの」

 ミースが気の毒そうに言います。

「君も両親がいないの?」

「ええ、三年前の流行病で、二人とも・・・」

「僕と同じだね」

 レスリーが言います。

「本当は、兄がいたんだけど、去年、山菜取り行くって言って、家を出たきり、行方不明なの・・・」

「それは、心配だね。警察には届けたの?」

「ええ、捜索隊を出してくれたわ。でも見つからなかった・・・」

「いったい、どうしたんだろう。心配だね。一人で寂しかったろうね・・・」

 少しの沈黙の後、ミースは訊ねました。

「ところで、さっきの強盗団ゴムルたちに何か盗られたの?」

 レスリーは答えます。

「いいえ。盗られそうになったんだけど、とっさに体当たりして、落ちたのを拾ってそのまま駅へと走ったの。そして、来た列車に飛び乗ったの。列車に乗れなかったゴムルたちは、ずっと車で追ってきたわ。列車はこの駅止まりだったから、すぐ降りて、そして、あなたに助けを求めたの」

 ミースは頷きながら聞いています。

「レスリー。奴らは、何を奪おうとしていたの?」

 すると、レスリーは、懐の中からそれを取り出しテーブルの上に置きました。それは、古びてはいますが、金で作られ、あちらこちらに宝石が埋め込まれた短剣でした。

「うわあ。これは、立派な短剣だね。レスリー、ちょっと触ってもいいかな?」

 レスリーは黙って頷きました。ミースは短剣を抜いてみました。短剣は、光を受けて虹色に輝きました。

「なんて美しいんだ。これは、ただの短剣ではないね」

 レスリーは、落ち着いて答えます。

「この短剣は、私の家代々に伝わるもので、父さんが死ぬ時に、これは、誰にも渡してはいけない、ずっと持っていろって言ったものなの」

 ミースは、首をかしげました。

「でも、強盗集団ゴムルの奴らは、この短剣をレスリーが持っているって知っていたのかなあ」

 レスリーは、答えます。

「私、この短剣のことは、誰にも話したことがないの。なのに、あの人たちは、最初から『短剣はどこだ!』って言ってたわ」

「それじゃあ、奴らは初めから、短剣を狙ってたんだね。レスリー。何か心当たりは、ないかい?」

 レスリーは、しばらく考えてから答えました。

「いいえ。さっきも言ったように、私、この短剣のことは、誰にも話してないの。このことは、行方不明になった兄と、私しか知らないはずなの」

 ミースは、考え込みました。しばらく沈黙したあとで、

「レスリー。ちょっと待ってて」

 ミースはそう言って外に出て行きました。

 そして、しばらくすると戻ってきて、レスリーに言いました。

「レスリー。ちょっと短剣を持って来てくれないか」

 レスリーは呼ばれて、外に出ました。馬小屋をはさんだ隣の家で、ミースが、おいでと手を振っています。レスリーは、呼ばれるままに隣家に行きました。

「お隣のジャッツとテディムおばさんの家だ。今の話を二人に相談したんだけど、なんでも力になってくれるってさ。心配ないよ。二人は、母子で、とっても気さくで、いい人たちだから、きっと力になってくれるよ」

 ミースはレスリーにそう言うと、隣家の中に向かって呼びかけました。

「ジャッツ。レスリーを連れてきたよ。上がらせてもらうよ」

 ミースは、レスリーの手を引いて、家の中に入って行きました。

 ジャッツとテディムおばさんが、レスリーを出迎えます。ジャッツは、筋骨隆々としたがっちりした体格ですが、笑顔が人懐っこく、優しい目をしていました。テディムおばさんは、小柄で小太りの、いかにも人の良さそうなおばさんでした。

「まあ、あなたがレスリー。なんてべっぴんさんだこと。さあさあ、奥に。狭いところだけどね」

 ミースとレスリーは、奥に招かれ、食堂のテーブル席に座りました。

 ジャッツが自己紹介をします。

「俺は、ジャッツ。プロのボクサーをしている。ミースとは、兄弟みたいなもんだ。君はレスリーといったね。ミースの知り合いは、俺の知り合いだ。よろしく」

 テディムおばさんが、話します。

「ミースのご両親が亡くなって、私はこの子を自分の子の様に思ってるのよ。私はテディム。ミースと同じくテディムおばさんって呼んでくださいね」

 レスリーは、立ち上がって、あいさつしました。

「私はレスリーといいます。田舎の方で一人で農園をやっています。よろしくお願いします」

「一人で農園を。偉いわねえ」

 テディムおばさんは、感心しています。

 ジャッツが口を挟みました。

「母さんは、お茶を入れてくれ。レスリー、だいたいのことは、ミースから聞いた。早速だが、問題の短剣とやらを見せてもらえないかな」

 レスリーは、黙って短剣をジャッツに渡しました。ジャッツは、まじまじとその短剣を見た後、鞘を抜きました。

「おー!これは!」

 ジャッツは、思わず叫び、その声にお茶を入れていたテディムおばさんが飛んできました。

「まあ、なんてきれいな短剣なの。虹色に輝いているわ」

 ジャッツは、しばらく剣を見つめた後、口を開きました。

「ふーむ。これは、ミースの言う通りただの短剣ではないな」

 レスリーが答えます。

「私の家に代々伝わるものなのですが、父から、これは、決して手離してはいけないと言われましたが、この短剣のいわれなどは、何も聞いてないんです」

 ジャッツは、レスリーの話に、耳を傾けながら、短剣を鞘に収めて呟きました。

「しかし、なぜ、ゴムルの奴らが、この短剣を狙っているかだな。そして、レスリーが持っているのを知っていたかも不可解だ」

 テディムおばさんが、お茶を持ってきました。

「まあまあ。難しい話は後にして、お茶にしましょうね。ドーナッツもさっき揚げたものだから、おいしいわよ。さあ、たっぷり食べなさい」

 レスリーの目が輝きました。

「私、お腹がペコペコだったんです。頂きます」

 レスリーは、ドーナッツに手を伸ばし、口いっぱいに頬張りました。

「これ、とってもおいしい。テディムおばさん、ありがとう」

 みんなは、紅茶をすすり、ドーナッツに手を伸ばします。ミースが言います。

「ほんと、おいしいや。さすが、おばさん」

 みんな、笑って、場がなごみました。

 すると、テディムおばさんが言い出しました。

「ねえ、ジャッツ。隠者サザムの所に行ってみるしかないじゃないの。物知りの上に、彼だったら水晶球で霊視ができるし、謎が解けると思うわ」

「隠者サザム?」

 ミースは、首を傾げました。ジャッツが答えます。

「うちの母さんが、昔から顔なじみの仙人だよ。今は、山を降りて、占いなどをしているが、若い頃から、山で何十年も修行を積んだ数少ない本物の仙人なんだ」

 その時、ふいにジャッツの顔つきが険しくなりました。耳をそばだてているようです。

「どうしたの、ジャッツ?」

 ジャッツは、それには答えず。窓際に行き、外を覗くと、ゆっくりとカーテンを閉め、テーブルに戻ると言いました。

「ゴムルの奴らだ。もう、ここを嗅ぎつけたらしい。ミースよく聞け。時間がない。ハヤテに鞍を付け、レスリーを乗せ、サザムの所へ逃げろ。町の北の外れに一本杉があるだろう。そこを山側に入ると百メートルもすれば、石造りの家がある。そこが、サザムの家だ。今すぐレスリーとサザムの所へ行け。俺は、ゴムルの奴らをここでくい止め、すぐイサムで後を追う」

 ミースは、その言葉に頷くと、レスリーの手を取り、周囲に気を配りながら、馬小屋に行きました。そして、すばやくハヤテに鞍を付けると、レスリーを前に乗せ、自分はその後ろに乗って、ハヤテに鞭を入れました。

「さあ、ハヤテ行くぞ!」

 レスリーは、ジャッツを心配しています。

「四人も相手に、ジャッツさん、大丈夫かしら」

 ミースはこたえます。

「ジャッツは、プロのボクサーだ。それも、だんとつに強いんだ。ゴムルの奴らが、いくら強盗集団といっても、喧嘩ならジャッツにかなうわけないさ」

 後ろでジャッツの怒鳴り声が響きます。

「おまえたちは、何者だ。人の家に土足で上がりやがって!」

 殴りあっている音が聞こえます。ハヤテはもう表通りに出て、石畳の道を北へと向かいました。




 三、隠者サザム 


 町を北へと走り抜けたハヤテは、一本杉の前で止まりました。

「確か、ここを山の方に入るんだったな」

 ミースは呟きました。見ると、山に向かって、細い一本道が続いているようです。ミースが手綱を引くと、ハヤテはその道をゆっくりと進みました。

 やがて、道の右側の木々の間から、家らしきものが、ちらちらと見えだしました。そして、目をこらすと、それは石造りの一軒家でした。

「あれが、隠者サザムの家に間違いないな。急ごうハヤテ」

 ハヤテは足を速め、家の前で止まりました。ミースは、馬から降りると、レスリーの手を取り、慎重に降ろしました。

「ありがとう。ミース」

 ミースは、ハヤテの手綱を近くの木の太い枝に結びつけました。そして、レスリーと一緒に石造りの家の木の扉の前に立ち、ノックをしました。

 しばらくして、扉が中から開けられました。そして、肩まで伸ばした白髪に、胸まで届く白い髭、わし鼻にほりの深い顔。何よりもその鋭い目が特徴の、老人が立っていました。 ミースは、老人の鋭い眼光に、一瞬たじろぎましたが、勇気を持ってあいさつをしました。

「こんにちわ、はじめまして。ここは、サザムさんのお宅ですか?」

「いかにも、わしがサザムじゃが」

サザムは、しわがれた太く低い声で応えました。

 ミースは頭を下げて続けます。

「僕は、テディムおばさんの隣に住むミースという者です。そして、この子はレスリー。サザムさんの助けを求めて、またお知恵を貸していただきに参りました」

「助けを求めてじゃと?わしに何を助けろと言うのかな?まあいい。中に入りなさい。お茶でも飲みながら、ゆっくり話を聞こうかな」

 二人は、そう言われ、家の中に入りました。真っ正面の奥の壁には石の暖炉があります。そして、その上には大きな水晶球が置かれています。暖炉の上の壁には、なにやら呪文のようなものが幅ニメートルほどの布にびっちりと書かれ、飾られています。暖炉の前には四角いテーブルと椅子。サザムは、その椅子に座るようにと言いました。

「少し、ここで待ってなさい。お茶を入れよう」

 と言って、サザムは、暖炉の横の木の扉を開け、奥へと入って行きました。

 ミースとレスリーは、部屋の中を見回しました。石造りの壁に、太い木の梁を使った小屋組。屋根はかや葺きのようです。そして、部屋のあちらこちらの壁に、呪文を書いた紙が貼られ、梁からは、枯れた草や花が吊るされています。薬草のようです。そして、窓台やあちこちの台に香炉が置かれ、お香が焚かれているため、部屋中が煙っており、強い香りがしました。

「いかにも、仙人の家って感じだね」

 ミースは、レスリーの耳元で小声で話しかけます。

「本当ね。まるで映画の魔法使いの部屋みたい」

 レスリーは、首をすくめて、頷きました。

 奥の扉が開き、サザムがお茶をお盆に乗せて、入ってきました。

「まあ、取りあえず、お茶でも飲みなさい。このお茶には、特殊な薬草を煎じたものを混ぜているので、元気が出るはずじゃ」

 二人は、頭を下げ、

「いただきます」

 と言ってから、お茶を一口飲みました。

「わあ、ほんと。このお茶不思議な味がしますね」

 レスリーは、そう言って、またお茶をすすります。

「ほんとだな。飲んだことのない変わった味だけど、おいしいです」

 ミースも気に入ったようです。

 サザムは、満足そうに頷いて、自分用の大きなカップで、お茶をすすりました。

 その時、外から馬が駆けるひづめの音が聞こえてきました。そして、その音はこの家の前で止まりました。ミースは、すばやく立ち上がり、窓から外を覗き、レスリーに向かって言いました。

「大丈夫。ジャッツだ。イサムに乗って来たんだ」

 そして、扉がノックされ、サザムが扉を開けると、ジャッツが走り込んで来ました。ミースとレスリーの方を見て、ホッとしたようです。

「よかった。迷わずに来れたんだな、ミース。ああ、ご無沙汰してますサザムさん。この子たちに、ここに来るように言ったのは俺です。実は、この子たちは、あの強盗集団ゴムルの奴ら四人に追われていたので、逃がしたのです。なにしろ時間が無かったもので、勝手なことで、すいません」

「なるほど、ゴムルに追われてか・・・」

 サザムは、頷き、ミースは、ジャッツに走り寄りました。

「あいつら、どうしたの?ジャッツ、けがは無かったかい?」

 ジャッツは、笑いました。

「ハハハ。いくら強盗団といっても、プロのボクサーの俺からすれば、素人同然だ。四人とも殴り倒して、警察に突き出してやったから、心配するなよ。この通り、かすり傷一つ無いからな」

 ミースは、それを聞いて胸を撫で下ろしました。

「さすが、ジャッツだ。頼りになるね」

 サザムが口を挟みました。

「なんだか、おおごとだな。強盗とか警察とか。とにかく、座りなさい。そして、ゆっくりと話を聞こうじゃないか」

 そう言われて、みんなはテーブルを前に座りました。

 ミースが話しだしました。

「今朝、僕が、いつものように駅前に観光馬車を止め、お客さんを待っていると、駅から、

このレスリーが飛び出して来て、追われているから助けてくれって言ったんです。そして、すぐに馬車の座席の下にレスリーを隠すと、ほどなく、四人組の黒服の男たちが、車でやって来て、駅を捜したり『女の子を知らないか』などと言った後、また、車に乗って捜しに行ったので、僕は、その隙にレスリーを家に連れて帰ったのです。レスリー、あの短剣を出して」

 そう言われて、レスリーは懐から短剣を取り出し、テーブルに置くと、説明し出しました。

「これは、私の家に代々伝わるもので、私は父が死ぬ前に、この短剣は誰にも渡してはいけないと言われていたので、誰にもこの短剣のことは話さずにいました。ところが、今朝、黒服の男四人がうちに押し入って『短剣はどこだ?』と言って、家捜しするのです。そして、短剣をタンスの引出しから、取り出したので、私は夢中でその男に体当たりして、落ちた短剣を拾って、駅まで走り、列車に飛び乗ったのです。男たちはすんでの所で列車に乗れず、車で追いかけて来たんです。それで、この町が終点だったので、駅でミースに助けられたんです」

 サザムは、腕を組んで目を閉じ、話を聞いていましたが、話が終ると目を開けて、テーブルの上の短剣に手を伸ばし、じっくりと眺めました。

「レスリーと言ったな。剣を抜いてもいいかね?」

 レスリーは黙って頷き、サザムは鞘から剣を抜きました。

「おおー。これは・・・なんと見事な・・・」

 短剣の刃は、虹色に輝き、サザムもその美しい光に驚いたようです。

「レスリーとやら、父君から、この短剣のいわれを聞かなかったかね?」

 レスリーは、答えます。

「いいえ、私はなにも聞かされていません。おそらく、父も知らなかったのだと思いますけど」

 サザムは、しばらく、じっくりと見つめた後、剣を鞘に納めると、暖炉の上から、赤子の頭程もある水晶球を持ってきて、テーブルの上に据えました。そして、水晶を前にして座ると、鋭い目をしてそれを見つめました。そして、なにやら聞き取れませんが、呪文のようなものを唱え始めました。

 しばらくして、サザムは、誰に言うとなく呟き始めました。




 四、カシムの剣 


「短剣の名は、『カシムの剣』この国の王家のもの・・・そして、それは男の剣と女の剣との二本ある・・・男は力、女は愛・・・男の剣は、王家の終わりに捨ておかれ・・・最近になって人の手に・・・その人とは・・・だめだ、霧に隠れて見えぬ・・・邪悪な力が妨害している」

 ここで、サザムは目を閉じ、深呼吸を数回繰り返しました。そして、静かに目を開け、また水晶を鋭い目で、見つめました。

 みんな、その様子に圧倒され、黙ってサザムを見つめています。サザムは、しばらくして「フーッ」

 と息を吐き、首を振りました。

「だめじゃ。何か強いエネルギーが邪魔をして、どうしてもこれ以上霊視が効かぬ」

 ジャッツが口を開きました。

「王家とか、『カシムの剣』、男の剣と女の剣とか、言っておられましたが、何が見えたのですか?」

 サザムは鋭い眼光をしたまま、みんなを見回すと、話し始めました。

「皆は、この国が昔、王制だったことは知っておるな。今から二百年程前のことじゃが、その頃、王は代々、民のことを思いやり、この国がよく治まっていたことも知っておろう。だが、時代が変わり、国民主権が他の国々では当然のこととなっていた。そして、ウルム王の時に、王は政治を民衆に譲り、同時に王族を解体し、自分たちも民の一員になろうとした。ウルム王の立派でいさぎよい決断じゃった」

 ここで、サザムはみんなの顔を見回し、続けました。

「だが、もともと国がよく治まっていたのには訳があったのじゃ。それが、この短剣『カシムの剣』じゃ。短剣は二本あり、代々の王に受け継がれたのじゃが、この二対の短剣には、一国を治めるほどの強い力があったのじゃ。一本の剣は男の剣で『力』を持ち、もう一本の剣は『愛』をになっておったのじゃ。そして、剣は二対揃って働くと『愛の力』を存分に発揮し、平和を呼ぶのじゃ。そうじゃ、今ここにある短剣こそが、女の剣『愛』の剣なのじゃ。王が民に国譲りをした時の混乱の中、国譲りに反対だった大臣が、二本の短剣のうち、男の剣『力』の剣を盗み出し、城の石壁の石の隙間に隠したのじゃ。いつか機を見て自分が王になり、王制を復活させようと企んだのじゃ。まあ、悪大臣の考えそうなことじゃ。そして、王家には女の剣『愛』だけが受け継がれたのじゃ」

 サザムは、レスリーに向かって言いました。

「そうじゃ、レスリー。そなたは王家の子孫なんじゃよ」

 驚いたレスリーが言いました。

「そんな、王家だなんて。私、そんな話父母からも、祖父母からも聞いていません」

 サザムは大きく頷いた。

「それが、ウルム王の意志じゃよ。民の一員となったからには、王家だったことも忘れるべきだと、子や孫にも王家のことは一切語らなかった。そして、何代目かの時には、もう王家だったという痕跡もなくなった。この短剣をおいて他にはじゃ。それが、レスリー。そなたがこの剣のいわれについて何も知らない理由じゃ」

 サザムは、レスリーを試すように言いました。

「どうじゃ、レスリー。王族に戻りたくはないかな」

 レスリーは、大きく首を振りました。

「とんでもないです。私は、貧しくても農民で充分です」

 サザムは、笑いました。

「ハッハッハ。その謙虚さが、ウルム王の血を受け継いでいる証拠じゃのう」

 サザムは、続けます。

「そして、その男の剣の方じゃが、大臣のもくろみは、彼自身の脳出血での死で、あえなく消え去った。まあ、天罰といったところじゃな。そして、二百年もの間、男の剣は、人の手に触れることなく、朽ち果てていく城と共にあり、いわば眠っておったのじゃ。ところが、つい最近になって、何者かが、その剣を偶然見つけたのじゃ。そして、剣を鞘から抜いた時に、その男に剣の「力」が一気に流れ込んだのか・・・。さっき、その男の顔を霊視しようとしても何かが妨害してどうしても見ることができぬ・・・。その妨害する力は邪悪な力のように思えるんじゃ。ただ、霧の中にある古城が、ゴムルのアジトであることは見える。その男とゴムルとは、関係があるように思えるんじゃが・・・」

 ここで、ジャッツが口を挟みました。

「そう言えば、ゴムルの四人を警察に突き出した時に、警官が言ってたぜ。今まで、ゴムルのアジトが、山の古城だってことは、突き止めているそうだ。そして、警官を百人も動員して、二度も、そのアジトに攻め込もうとしたそうだが、どうしても霧に巻かれて、古城に近づくことが出来なかったそうだ。まっすぐ進んでいるつもりが、いつのまにか、もとの場所に戻ってしまい、何度やっても同じで、途方にくれて帰って来たそうだぜ」

 サザムは、その話を鋭い目をして聞いていましたが、また話し出しました。

「それは、霧のせいばかりではなかろう。何者かが、強い結界を張っているに違いない。その術を使える者なら、女の剣が、レスリーの所にあることも霊視できた可能性がある。

ただ、気になるのは、それが、男の剣を手にした男なのか・・・。それとも・・・」

「それとも?」

 ミースが聞き返しましたが、サザムは、言葉をにごしました。

「いや。なんでもない。聞き流してくれ」

 そして、サザムは、話を変えました。

「以上。霊視でわかったことはこれだけじゃ。ただ、この剣は男と女。いわば、夫婦のようなもの。男の剣が目覚めた今、剣はお互いを強く引きつけ合っている。ゴムルの奴らも、謎の男も気づかぬうちに男の剣に操られている可能性がある。ゴムルは、この女の剣を手に入れるまで、いつまでもレスリーをつけ狙うじゃろう」

 ミースが訊ねます。

「込み入った話ですが、じゃあ、僕たちはこれから、どうすればいいのですか?」

 サザムは頷きました。

「では、その答えを見つけよう。ただ、その前に茶を一杯飲もうではないか。話し続けたので喉が渇いてのう」

 と言って、サザムは奥の扉に消えました。

「難しい話だね」

 ミースは、ため息をつきました。レスリーもジャッツもため息です。そこへ、サザムが急須を持って現れました。そして、みんなにお茶を注ぐと、自分もお茶をすすりました。

「フーッ。生き返るわい」

 みんなさっきからの話を考えながら、黙ってお茶をすすります。

 サザムが言いました。

「さあ、続けよう。これからどうすればよいかだな」

 サザムは、そう言うと、水晶球の上に右手の手の平を乗せ、目を固く閉じました。

 しばらく、みんなの中で緊迫した空気が漂いました。サザムが呟き始めました。

「逃げると必ず捕えられる・・・隠れるのも無駄なこと・・・方法はただ一つ・・・」

 サザムは目を開いて、みんなを見回しました。

「方法はただ一つ。ゴムルのアジトと化した古城へ行き、逆にこちらが、男の短剣を奪い返すことじゃ。男の剣は『力』の剣。力に善悪はない。持ち主によって、良くも悪くもなる。このままゴムルなどの悪党どもの手にあると、この国さえも潰しかねない恐ろしい力を悪が持つことになる。しかし、女の剣は『愛』の剣。この剣とある時には男の剣の力は『愛の力』となって、この国に平和をもたらすことになるのじゃ」

 みんな、騒然となりました。

「それを俺たちがするのか?それじゃあ、ゴムルの奴らとの全面戦争じゃないか」

 とジャッツが叫びます。

「本当だ。強盗集団の巣に、自分から飛び込むなんて!」

 ミースも珍しく興奮しています。

「私、怖いわ。とてもそんなこと考えられないわ」

 レスリーは、顔を覆いました。

 サザムは、微動だにせず、目をつぶって、みんなの言葉を聞いていましたが、みんなの興奮が納まるのを待ってから、話し出しました。

「まあ、聞きなさい。何も正面からゴムルの集団に突撃するなどとは言っておらん。目的は、男の剣を奪うだけのことじゃ。わしらは、ゴムルとは戦わず、霊視の聞かぬ謎の人物が相手じゃ。すなわち敵は一人じゃよ」

 ジャッツが反論します。

「警察が百人以上も動員しても近づけなかった城に、俺たちだけで、どうやって近づくんです?」

 サザムは答えます。

「近づけなかったのは、結界のせいじゃ。心配せずとも、わしには結界を破る力がある。それと、結界のことを話して、もう一度、警察に出動してもらうのじゃ。そうすれば、ゴムルの注意は、全て警察に向けられるじゃろうし、戦いにもなるじゃろう。そして、チャンスを見計らって、わしらは古城のアジトに忍び込んで、短剣を持った謎の男から、剣を奪うのじゃ。この時、謎の男と戦わねばならんが、わしには色々な術もあるし、四対一じゃ、なんとかなるじゃろう」

 サザムは、みんなの顔を見回しました。みんな、黙って聞いています。

「幸いなことに、警察署長とわしは、親しい間柄じゃし、署長はわしの術のことも知っている。と言うのも、署長が医者も治せぬ難病になった時に、わしの祈祷で命を救ったからじゃ。署長とはそれ以来の長いつき合いじゃから、わしが声を掛ければ、警官をもう一度、動員してくれるじゃろう。どっちにしても、ゴムルを放っておくことは、できんのじゃから」

 みんなは、サザムの話を聞いているうちに、落ち着いてきました。

「まあ、警察百人が、ゴムルの相手をしてくれるのなら、話が違うな。さすがの俺も、何十人いるかわからんゴムルを相手になど、できないからな」

 ジャッツは、腕組みしながら、考え込みました。ミースもレスリーも落ち着きはしましたが、顔を見合わせ、ミースが口を開きました。

「サザムさん。レスリーは、女の子だから行かなくてもいいですよね」

 サザムは、首を傾げました。

「王家のレスリーでないと、その短剣も力を出せんじゃろうから、そうはいかんと思うが、いちおう水晶で確認しておこうか」

 と言って、サザムは右手を伸ばし、水晶に手の平を当てました。

 サザムは、しばらくして言いました。

「やはり、レスリーは行かなくては、いけないようじゃ。カシムの剣のことだけではないようだ。なぜだかわからぬが、今回のことは、レスリーを連れて行かねば意味がないようじゃな」

 ミースは、言いました。

「そんな危険な所へ、女の子を連れて行くなんて、危なすぎます」

 サザムは、答えます。

「いや。カシムの短剣を持っている限り、レスリーは誰よりも安全じゃ。短剣の愛が、レスリーを強く守っているのじゃよ」

 レスリーも答えます。

「ミース。心配してくれてありがとう。でも、怖いけれど、なぜか行かなくてはいけないような気がします」

 頷いて、サザムは言います。

「さあ、これで決まった。ここにいる四人と警官隊で、ゴムルのアジトの古城に向かう。心配せずともよい。このサザムが特別強力な護符と水晶の勾玉を渡す。この護符と水晶を身につけている限り、銃の玉もそれて、当たらず、そなたたちを守るじゃろう」

 サザムは続けます。

「警察の出動まで二、三日は、かかるじゃろう。その間、この石を握って『私を危険から守りたまえ』と何度も祈りを込めなさい」

 と言って、サザムは、水晶の勾玉を三人に一つずつ渡しました。

「しっかり祈るんじゃよ。その間、わしは、結界を破る法や気になる妨害をどうするかなど、色々準備があるから、忙しくなるわい」

 こうして、ミースとレスリーとジャッツは、サザムの家を馬に乗って、後にしました。




 五、戦いが決まって 


 三人が、家に帰り、馬小屋にハヤテとイサムを入れていると、テディムおばさんが出迎えてくれました。

「遅かったじゃないか。どうだったねサザムさんの話は?」

「ああ、とんでもないことになった。ゴムルのアジトへ、俺たち三人とサザムとの四人で行くんだとさ」

 ジャッツは、怒ったような口調で言いました。

「それはまた、どういう事だい?」

 ジャッツが話を変えます。

「まあ、詳しいことは、後でゆっくりとするから、その前に、レスリーを風呂に入れてやってくれ。俺たちはミースの家で入るから」

 ジャッツは、ぽんぽんと言います。

「それから、腹が減った。晩飯の用意をしてくれ」

 テディムおばさんは、レスリーを連れて家に入りながら言いました。

「おお、こわい。ジャッツは、機嫌悪いわね。レスリー、ゆっくりお風呂入ってね」

「はい。おばさん。ありがとうございます」

 レスリーは風呂に入り、ミースとジャッツもミースの家で風呂に入りました。その間にテディムおばさんは、夕食をテーブルに並べました。

 四人は、テーブルを囲みます。

「いただきます」

 みんな声を揃えて手を合わせ、料理に手を出しました。

「うわあ、このサラダ、みずみずしくておいしいわ。スープもとってもおいしいわ」

 レスリーは、テディムおばさんの愛情こもった手料理に感激しています。

「本当だ。この肉もとっても柔らかくておいしいです」とミース。

 ジャッツは、無言で料理を頬張っていましたが、空腹が収まると、料理を食べながら、テディムおばさんに、サザムの言ったことを報告しました。

「母さん。カシムの剣のいわれは難しい話だけど、結局そういう訳で、サザムと俺たちでゴムルのアジトに潜入し、もう一本の短剣を奪わなければならなくなったんだ」

 ミースも言います。

「自分はともかく、レスリーのことが心配なんだ」

 テディムおばさんは、黙って二人の話を聞いていましたが、自分の意見を述べました。

「うーん。なんてややこしい話なのかしら。でも、私は思うのよ。サザムが言う事は、絶対正しいってね。私は、彼とは長いつき合いだからわかるけど、今まで、彼の言ったことで間違いなど一度もないわ。それと、彼は本物の仙人だから、色々な術を使えるの。サザムと一緒なら、絶対に大丈夫。私は、心配しないわ」

 テディムおばさんは、胸を張って、そう言い切りました。その自信に二人は言葉もありません。

「ミース。仕方ない覚悟を決めよう」

 ジャッツは、ため息まじりに言いました。

「うん。サザムさんを信じるしかないね。レスリーは僕が守るよ」

 ミースは、毅然と言い切りました。

 ジャッツが言います。

「よし、じゃあ。明日から、ボクシングの基礎を教えてやる。どうやって身を守り、どうやって敵を倒すかだ。二、三日で身につくとは思えんが。やらないよりは、ずっとましになるだろうよ」

 ミースは、口を固く結んで、うなずきました。

「私も参加していいですか?」

 レスリーの言葉にジャッツは頷きます。

「時間がないから、基礎の基礎だけになるだろうけど、女の子でも、とっさの時に、役に立ちそうなことを選んで教えてやる」

 レスリーが微笑み、ミースが訊ねます。

「レスリー、怖くないの?」

 レスリーが答えます。

「それは、怖いわ。ただ、私、自分でもおかしいんだけど、半分ワクワクしているの。なぜかわからないけど・・・。ひょっとすると、このカシムの短剣のせいかもしれない」

 といって、懐に入れた短剣を握りました。 ミースは、驚いた様子でしたが、繰り返しました。

「僕が、絶対守ってあげるからね」

 みんなは、食事を終えました。

「とてもおいしかったです。テディムおばさんは、料理の名人ね。ごちそうさま」

 レスリーがそう言うと、ミースも頷きます。テディムおばさんはうれしそうに微笑みました。

「お粗末さま。でも、そう言われると作るかいがあるわ」

 ジャッツが言いました。

「ゴムルの奴らは、いつ襲ってくるかわからない。今夜は、ミースもレスリーもうちに泊まった方がいい。四人とも同じ部屋で、寝ることにしよう」

 ミースもレスリーも頷きました。

 その夜、みんなは、おばさんの家の二階の同じ部屋に床を並べて寝ましたが、ミースはなかなか眠られずにおりました。レスリーのように半分ワクワクすることもありません。考える事は不安でいっぱいです。

------- あーあ。こんなことになるなら、普段から、ジャッツのジムにでも通って、ボクシングを習っておけばよかった。

 とため息をつくばかりです。

------- 僕は、戦いが嫌いだから。

------- でもレスリーを守らなくちゃ。

 二つの考えが繰り返されるばかりです。それでも、夜中には、うつらうつらでしたが、ミースは眠ってしまいました。




 六、ボクシングの練習 


 次の日、朝早くから、ジャッツは、庭に出て体操を始めました。そして、軒下に吊るしたサンドバッグを叩きだしました。

 ミースとレスリーは、ドスッドスッと鈍く響く音で目が覚めました。

「おーい。ミースにレスリー。いつまで寝てるんだ。降りて来いよ」

 ジャッツの呼ぶ声が聞こえます。ミースとレスリーは、階段を降り、庭に出ました。

「おはよう。ジャッツ」とミース。

「おはようございます」とレスリー。

 ジャッツは、グローブをはずしながら言いました。

「おはよう。さあ、早速だが練習だ」

 ジャッツは、竹の棒の先にグローブを付けたものを持って来ました。

「これは、とにかく相手の攻撃をかわす練習だ。まず、俺が手本を示す。ミース、この棒で、俺を思い切り突いてみろ」

 ミースは、頷くと棒を持って、身構えました。そして「えーい」と言う掛け声とともに棒でジャッツを突きました。しかし、ジャッツはすばやく上体を曲げて、それをかわしました。

「さあ、ミース。遠慮はいらん。どんどんと突いてみろ」

 ジャッツは、身構えて言いました。

「よーし!えい!」

 ミースは頷くと、今度は両足を踏ん張り、次々と棒を突きました。しかし、ジャッツは、上半身をたくみに反らしたり、ひねったりして、ミースの攻撃を見事に全てかわしたのです。

「ハアハアハア。さすが、プロのボクサーだね。全然当たらないや」

 とミースはもう息を切らしています。

「よし。わかったかな。グローブから目を離さず、上半身の力を抜いて、こんにゃくのように、攻撃をかわすんだ。さあ、ミース。やってみよう」

 と言って、今度は、ジャッツが棒を持ちます。

「さあ、いくぞ!」

 ジャッツが、棒を突き出すと、いきなりミースの額に当たり、ミースはよろけて、しりもちをつきました。

「あいててて」

 ミースは、額を押さえています。

「なんだ、なんだ。まだ、始まったばかりだぞ。さあ、立て」

 ミースは、言われて、立ち上がりました。すると、すぐに棒が突き出され、今度はミースの右の頬を、グローブが打ちました。そして、次は左の頬、そして、胸。立て続けの攻撃に、ミースはまた倒れました。しかし、今度はすぐに立ち上がりました。目が真剣になっています。

「まだまだだ!」

 ミースは、身構えました。

「よーし。その意気だ。どんどんいくぞ!」

 ジャッツは、次々と棒を繰り出し、ミースは上半身を横に曲げたり、反らしたりし始めました。今度は、三発に一発は、よけれましたが、やっぱり倒れてしまいました。ミースは、大の字になって、

「くそー!」

 と叫びました。そして、よろけながら立ち上がり、また身構えました。顔はもう赤く腫れていますが、その目は、するどくグローブを見据えています。すると、ジャッツが言いました。

「よし、少しはよくなったな。なかなか、のみ込みがいいぞ。それに、根性もありそうだな」

 ジャッツは振り向くと、レスリーに言いました。

「さあ、こんどは、レスリーだ。どうだ、出来るか?」

「はい!」

 レスリーは元気な声で答え、身構えました。

「オッ。いい構えだ。なかなかいい形になってるぞ」

 ジャッツは言って、レスリーに向かって、棒を突き出しました。それを、レスリーは、体をひねってよけました。

「アッ。よけたな。じゃあこれではどうだ」

 ジャッツは、棒を思い切り突き出しましたが、レスリーは、体を曲げてよけました。そして、次の棒は、体を反らし、次はまた体をひねってよけました。

「よーし。レスリー。本気でいくぞ」

 そう言った、ジャッツは、目にも止まらない早さで、次々と棒を突き出しましたが、レスリーは、足も使って、それらを全てよけきりました。

「なんだ、なんだ。レスリー。これじゃあ、なにも教えることがないぜ。もしかして、なにか習ってたのじゃないか」

 レスリーは頷きました。

「小さい頃から、バレーを習っていました。そして、女の子は身を守らないとと、両親に言われ、護身法として、空手を三年程習いました」

 ジャッツは、頭をかいて言います。

「まいったな。体が柔らかいはずだ。じゃあ、俺のパンチもよけれるかい」

 そう言って、ジャッツはグローブをはめ、レスリーの前で、ボクシングの構えをしました。レスリーは、空手の構えです。

 ジャッツが、パンチを突き出すと、レスリーは、それを左手でかわし、ジャッツの腹に肘打ちを入れました。

「ウッ!」

 とうめいたジャッツは、腹を押さえています。

「ごめんなさい。つい本気になっちゃいました」

 しかし、鍛え抜かれたジャッツの腹筋は、もうこたえていません。ジャッツは笑いながら言いました。

「いや、驚いたな。俺のパンチをよけた上に反撃するなんて、もうレスリーは、降りていいよ。もう教えることなんかないよ。その腕前なら、ゴムルの奴らと充分戦える。いや、勝てるな」

 ミースは、その様子を、目を丸くして見ていました。そして、肩を落とし、ため息を漏らしました。

「あーあ。僕だけ、置いてけぼりか」

 ジャッツは、笑います。

「そう、落ち込むな、ミース。おまえもなかなか筋がいい。レスリーは、もういいから、水晶の勾玉に祈る方をしてくれ。俺たちの分もな。ミースは俺がなんとかするから」

 その時、テディムおばさんが、窓から顔を出しました。

「朝食ができましたよ。さあみんな、手を洗って上がっていらっしゃい」

 ジャッツが答えます。

「ああ、わかった。さあ、みんな、めしにしよう」

 みんなは、手を洗って、食卓につきました。

「いただきます!」

 と言って、みんなパンにかぶりつきます。元気のないミースを、ジャッツがなぐさめます。

「大丈夫だよ。ミース。何も習ってないにしては、勘もいいし、根性もある。一日もすれば、見違えるように動けるようになるさ。俺は、教えるのには自信があるんだ」

 と言ってミースの肩を叩きます。

「今日と明日と二日間もあれば、ゴムルの奴らと対等に戦えるようになるさ」

 ミースは、呟くように言います。

「ほんとかな。自信ないや。レスリーは僕が守るって言ってたのに、これじゃあ、いくらなんでも、かっこ悪すぎるよ」

 ジャッツは笑います。

「ハハハハ。まあ、そう言うなって。レスリーは小さい頃からバレーや空手を習ってたから、できるのは当たり前だ。ただ、実戦となったら、何が起こるかわからんからな。ミースが、レスリーを助けることも大いにあり得るぞ」

 その日は、ジャッツとミースは、一日中ボクシングの練習に打ち込みました。

 レスリーは、三つの水晶の勾玉にそれぞれ、持ち主を守るようにと祈り続けました。

 夕飯の時、ジャッツはごきげんでした。

「レスリー、ミースの奴。ずいぶんとよくなったぞ、動きもいいし、体も柔らかくなって、見違えるぞ。ただし、体はあざだらけになっちまったがな」

 ミースは、顔が腫れて、口の中も切ったようです。ティッシュで、血を拭きながら、食事をしています。

「ミース、大丈夫。痛くない?」

 レスリーは心配そうに声を掛けました。

「ああ、大丈夫。いててて・・・」

 それでも、ミースは食べ続けています。

 テディムおばさんが言います。

「ジャッツ。おまえ、ちょっとやりすぎじゃないのかい?かわいそうに顔なんか腫れて真っ赤じゃないか」

 ジャッツは、答えます。

「かあさん。それが、俺が何度休もうといっても、ミースが、続けるって聞かないんだよ。それに、これだけ食欲があれば、大丈夫さ」

 ミースは食べながら、頷いています。

「おばさん。心配ないよ。レスリーを守るためには、これぐらい頑張らないと・・・いててて・・・」

 そして、今夜もゴムルの襲撃にそなえて、四人は二階の同じ部屋で寝たのでした。




 七、ゴムルの襲撃 


 その夜更け、物音に気づいて、最初に目を覚ましたのはレスリーでした。

 体を起こし、耳をすましています。すると、ミースも起き出しました。音は、どうやら、隣のミースの家から聞こえてくるようです。 ミースとレスリーは、顔を見合せ、頷き合うと、ミースが立ち上がり窓から隣を覗きました。月明かりに人影が、隣の家へと消えていくのが見えました。

 ミースは、レスリーにそう言うと、ジャッツを揺り起こしました。

「ジャッツ。ゴムルだ。僕の家に忍び込んでる。起きてくれ」

 ジャッツはゴムルと聞いて、飛び起きました。テディムおばさんも起き出しました。

「奴ら、やっぱり来たか。レスリーは警察に電話をしてくれ。俺とミースで、隣へ行くから」

 レスリーが言います。

「二人で大丈夫?私も行くわ」

「いや、レスリーは、ここで母さんと待っててくれ。そして、短剣は懐に隠すようにな。じゃあ、ミース行こう。音を立てないように気をつけるんだぞ」

 と言って、ジャッツとミースは部屋を出て、階段をそっと降りました。ミースが玄関を出ようとした時、ジャッツが木刀を手渡しました。

「念のため、これを持って行こう」

 二人は音も立てず、ミースの玄関の前まで来ました。

「ミース、中に入ったら、すぐに電灯をつけろ。ゴムルの奴らを慌てさせるんだ」

 そう言って、ジャッツは、扉を開け、ミースは、すばやく中に入ると、玄関、廊下、階段の電灯を同時に点けました。

 一階にいたゴムルの一人が、とっさに襲いかかってきましたが、ジャッツは、その攻撃をかわし、その男を木刀で一撃しました。男はやはり、真っ黒な服を着ています。

「これで、一人・・・」

 ジャッツは呟きます。

 二階からの階段を二人の男が、駆けおりて来ました。手には、ナイフを持っています。ジャッツが二人の前に立ちふさがり、木刀を構えます。ミースもその後ろで木刀を構えました。

 しばらく、にらみ合いになりましたが、先に動いたのはゴムルの一人でした。ナイフで切りつけてきたのです。ジャッツは体をひねって、ナイフをよけ、木刀で、その男の肩を打ちました。

「ギャー!」

 と叫び、男は倒れました。

 それを見たもう一人の男がミースに飛びかかってきました。ミースは、夢中で木刀を打ち下ろしました。運よく、木刀はゴムルの手を打ち、ナイフが床に落ちました。そして、ジャッツがすばやく、その男の首の後ろを打ち、男は倒れました。

「木刀を捨てろ。そして、手をあげろ。短剣はどこにある?」

 ゴムルは、まだいました。しかも拳銃を持って、二人に命じました。やむなく、ジャッツとミースは、木刀を床に置き、両手を挙げました。

「よし、そのまま後ろを向け。そして、外へ出るんだ」

 二人は、言われるがまま、外に出ました。

ゴムルの男は、ジャッツの背に拳銃を押し当て、尚も訊きました。

「短剣だ、短剣は、どこにある?」

 その時です。パトカーのサイレンの音がしました。

「チェッ!」

 と男は言い、一瞬の隙ができました。ジャッツは、それにすばやく反応し、体をひねり、左手で、拳銃を持った男の手を掴むと、右手で顔面を思いっきり殴りつけました。拳銃は吹っ飛び、男は後ろに倒れました。プロのボクサーの素手のパンチをもろに浴びたのです。ひとたまりもありません。

「フーッ。終ったかな。危なかったな」

 ジャッツは、ホッとしたようです。

「さすが。ジャッツ。一発KOだね」

 ミースも息をつきながら、言いました。

 パトカーが二台、前の通りに止まり、警官が四人降りてきました。

「ゴムルの奴らです。四人います。逮捕してください」

 ジャッツが言うと、警官は敬礼し、すばやく四人のゴムルに手錠を掛けました。

「いやあこれは、ご苦労さまです。みんな倒して頂いて。しかし、こいつら、ついに拳銃を持ち出しましたから、これからは警察に任せて戦ったりしないでください。命に関わりますから」

 警官の一人が言いました。

「ええ、わかりました。まさか拳銃を持っているとは思わなかったもので。もし、また来ることがあったら、パトカーが来るまで、隠れているようにします」

「では、こいつらを連行します」

 警官たちは、敬礼すると、パトカーにゴムルを乗せ、走り出しました。パトカーを見送るとジャッツはミースに言いました。

「ミース、さっきの聞いたか?奴ら、まだ短剣を狙っている。サザムの言うことが正しかったな」

「うん。本当だ。さすがサザムさんだな。当たっていたね」

 二人は、部屋に戻ると、レスリーとテディムおばさんに、その事を話しました。

「ゴムルは短剣をあきらめる気などない。サザムの言う通り、こちらが、『男』の剣を手に入れるしかないな」

 レスリーは、黙って頷きました。

 ジャッツが続けます。

「それと、拳銃が問題だな。アジトに行くには、警察から防弾チョッキを借りなくてはな。明日、サザムの所に行って、頼むことにする。じゃあ、今日はもう安心して、ぐっすり眠るとするか」

 みんなは頷いて、寝床に入り、そのうちに深い眠りに落ちました。




 八、ゴムルの主、ダスラー 


 一方、山の上の霧の古城、ゴムルのアジトでは、ゴムルを直接統率するイドラのもとに、他の手下から、短剣を奪い損ねた上、また四人ものゴムルが逮捕されたとの報告が入りました。

 イドラは、神経質そうな、細おもての男で、いかにも冷酷そうな鋭い目をしていました。腰にはサーベル、そして、黒い軍服の上に裏地の赤いマントを羽織っています。

「なんてことだ。相手を甘く見すぎた。わしの責任だ。ダスラー様になんて言えばいいんだ・・・」

 イドラは、いらだちを隠せず、部屋の中を行ったり来たりしています。しばらくして、

「くそっ!」

 と言って、扉を蹴飛ばすと、イドラは部屋を出て、石壁が続く長い廊下を玉座の間へと向かいました。

 玉座の間の木の扉は、高さ五メートルもあります。イドラはその大きな扉をノックしました。

「ダスラー様、失礼します」

 部屋は大きく、石造りの壁のあちらこちらに配された、たいまつが照らしてはいますが、奥の壁や、高い天井までは、明りは届かず、頭上が真っ暗で、不気味な雰囲気をかもしだしています。

 そして、正面には、石の床が一段高くなった上の間があり、そこにはシルクのスクリーンが垂れ幕となり、奥の玉座とそこに座る人の影だけをうっすらと、映し出していました。 イドラは、その前にひざまずくと、頭を下げたまま話し出しました。

「ダスラー様。まずいことになりました。手下の者が、短剣を奪い損ねた上に、四人も逮捕されてしまいました。相手を甘く見た私の責任です。申し訳ありません」

 ダスラーと呼ばれた者は、スクリーンの向こうから出たこともなく、イドラでさえ、その姿を見たことはありません。しかし、ゴムルの全てにダスラーに対する圧倒的な忠誠心を生み出していました。

 イドラの謝罪に、ダスラーは驚いた様子もなく、いつもの低い声で答えました。

「そうか、やはりな。おまえたちには、荷が重いか」

 イドラは、慌てて言いました。

「いえ、決して、そのようなことはありません。この次は、人数を増やし、腕の立つものを厳選して、必ず短剣を奪ってご覧にいれます。なにとぞ、いま一度、このイドラにお任せください」

 ダスラーは、答えます。

「その必要はない。わしの霊視では、近く奴らは警察とともに、この城にやって来る。その時に迎え撃ち、短剣を奪えばよい」

 イドラは驚きました。

「しかし、この城は、深い霧とダスラー様の結界に守られ、二度も警察は近寄れませんでしたが・・・」

 ダスラーは、落ち着いて言います。

「今回は、そう簡単には行くまい。隠者サザムが来る。奴こそは、手ごわい仙人だ。霧も結界も破ってくる可能性がある。用心せねばな」

 イドラは、戸惑っているようです。

「では、私たちは、どうすればいいのでしょう・・・」

 ダスラーは、答えます。

「おまえたちは警察と戦え。銃は持っておろう。城の中に、サザムの奴らを入れぬようにな」

 イドラは、自信なげに答えました。

「しかし、結界もなしに直接戦っては・・・。警察はまた、百人ほどで来るはずですし・・・」

「ハッハッハッハ」

 ダスラーは、低い声で不気味な笑い声を発しました。

「気弱なことじゃのう、イドラ。おぬしらしくもない。この三つの玉を授けよう。わしの術を封じ込めた玉だ。これで警察をほんろうするのじゃ」

 ダスラーは、立ち上がって、スクリーンの横から、三つの玉を差し出しました。

「ハハッ。かしこまりました」

 そう言って、イドラは、青、緑、赤の三つの玉を受け取りました。




 九、決戦の前日 


 ミースとレスリーとジャッツは、朝からサザムの家を訪ねていました。

 ジャッツが話します。

「昨夜遅く、ゴムルの奴らが四人、ミースの家に押し入りました。四人とも、俺とミースで倒しましたが、まずいことに、ゴムルの一人が拳銃を持っていました。ナイフぐらいならなんとでもなりますが、銃となると厄介です。とても素手ではかないません。サザムさん、警察に頼んで防弾チョッキを借りれませんか」

 サザムが、答えました。

「銃か。奴らすでに、ただの強盗集団ではなくなっておるのう。一刻も早く、『男』の剣を奪わなくてはのう。それと防弾チョッキか。わしの護符と水晶の勾玉を持っていれば、必要ないと思うが、念には念を入れて、警察署長に頼んでおくとしよう」

 サザムは、立ち上がって、奥の部屋から、何かを持ってきて、テーブルの上に置きました。

「これが、わしが作った護符じゃ。水晶の勾玉と合わせて持てば、強力に持った人を守るものじゃ。それで、水晶の勾玉には祈りを込めたかね?」

「はい。ここに」

 レスリーが三つの勾玉をテーブルに置いて、言いました。

「三人、それぞれ、朝昼晩と祈りを込め、ミースとジャッツさんが、戦いの訓練をしている間、私が、三つの玉を手に乗せ、祈り続けました」

「どれどれ」

 サザムはそう言って、三つの勾玉を両手で包み、しばらく目を閉じました。そして、目を開けて言いました。

「よし、完璧じゃよ、レスリー。祈りがしっかりとこもっておる。この勾玉に、わしのエネルギーを追加しよう」

 サザムは、石を両手で包んだまま、目を閉じて精神を集中しました。そして、なにやら呪文のようなものを呟き続けました。しばらくして、目をあけると、

「よし!これで、完成じゃ」

 と言って、三枚の護符の上に勾玉を一つずつ乗せました。

「この護符と勾玉が、そなたたちを守るじゃろう。さあ、自分のものを取りなさい。これを懐に入れれば、防弾チョッキが必要とないほどの、強い加護と身体結界が張られるのじゃ」

 サザムの言葉に従って、三人はそれぞれ、護符と勾玉を懐に入れました。

「わあ。これなんだか温かくて、気持ちがいいです」

 レスリーは、うれしそうです。

「本当だ。温かい。なんだか不思議な感覚だね」

 ミースも驚いています。

「俺もなんか感じる。信じるよ、これ」

 ジャッツは、半信半疑だったのが、吹っ切れたようです。

 サザムは、頷いていましたが、いつもの鋭い目に変わり、話し出しました。

「警察署長と相談をして、ゴムルのアジトを攻撃するのは明日と決まった。警官はやはり百名出すそうじゃ。わしらは、馬二頭に分かれて乗り、警察の先を行くことになった。わしの第一の仕事は、古城を隠すほどの深い霧を晴れさすこと。第二の仕事は、結界に穴を開けることじゃ。そして、警察がゴムルと戦っている間に、わしらは城の奥に入り、短剣を奪う。奴らがなにか術でも使えば、また段取りが変ってくるじゃろうが。ただ、城に入りさえすれば、その時、『男』の短剣を持った霊視の効かぬ男の謎の正体も明らかになるじゃろう」

 そして、サザムは、奥の部屋へと消え、なにやら布に巻いた荷物のようなものを持ってきました。そして、それをテーブルの上に置き、布をはずしました。

「うわあ」

 みんなは、思わず声をあげました。

「武器を用意した。ミースには、短い槍。ジャッツには、剣。そして、レスリーには弓矢じゃ。これで、その謎の男と戦うことになるじゃろう」

 そして、サザムは、霊視によって、簡単に書かれた城の見取り図を広げました。城の前面には広い玄関。その後ろには城の奥まで続く大広間が続きます。そして、その奥に玉座の間があります。

「この玉座の間に、謎の男はいる。そこまでは、霊視でわかっておる。警察との戦いで、ゴムルが城の前面に集結すれば、わしらは城の奥から侵入できるのじゃが、そうでなければ、正面から、この大広間を馬で駆け抜けることになるやも知れぬ。どっちにせよ目指すは玉座の間。後は、その時次第じゃ。ただ、前にも言った通り、わしらの相手は、謎の男ただ一人じゃから、ゴムルとの戦いは、極力警察に任せたいとは、思っておるんじゃが、それも行ってみないとわからん」

 みんなは、黙って話を聞いていましたが、ジャッツが口を開きました。

「まあ、どんなことでもだが、事前に考えていても、実際にやってみると、何が起こるかわからんもんだ。敵が、どんな力を持っているかも、どんなふうに攻撃を仕掛けてくるかもだ」

 ミースとレスリーは、固く口を結んだまま頷きました。

 サザムは、鋭い目をして、みんなの様子を見回していましたが、明るい声を出して言いました。

「そなたらの、その面構えなら、大丈夫じゃ。誰ひとり、おびえておらん。立派なものじゃよ」

 こうして、ミースとレスリーとジャッツは、明朝、早くに、二頭の馬で来ることを約束して、サザムの家を後にしました。

「レスリー。怖くないかい?」

 歩きながら、ミースが訊きました。

「ええ、怖くないわ」

 レスリーは、そう答えて懐の短剣を出しました。

「前にも言ったけど、このカシムの短剣から、なにかワクワクしたものが伝わってくるの。やはり、『男』の剣と一体になりたがっているのかしら、きっと、そのせいで、私もワクワクしているんだわ。不思議ね」

 ミースは、そう言われて、そっと短剣にふれてみました。

「温かいね。不思議だけど、僕にもそのワクワクした感じがわかるよ」

 ジャッツが言いました。

「さあ、帰って、この武器で今度は、攻撃の練習だな。まあ、半日でどこまで使いこなせるようになるかは、疑問だがな」

 ジャッツは、ミースに話しかけます。

「ミース。顔の腫れはだいぶ引いたようだが、あざの具合はどうだ?昨日より、少しは楽になったかな」

 ミースは答えます。

「ああ、ずいぶんとね。おかげさまで、攻撃をかわすほうは、ちょっと、こつが飲み込めたよ。ジャッツ先生」

「おっと。ジャッツ先生と来たか。お世辞をいっても、手加減はしないぜ」

 三人は、笑いました。そうこうしてるうちに、家に帰り着きました。

 三人は、テディムおばさんに、

「ただいま」

 と、声を掛けると、早速、武器を持って庭に出ました。そして、それぞれ武器を試してみました。

「うん。この剣は長さも重さもちょうどいいな」とジャッツ。

「僕の槍も、案外軽くて使いやすそうだ」

 ミースも槍を突いてみたりしています。

 レスリーだけが、戸惑っています。

「私、弓矢って触ったこともないから、どうしていいかわからないわ」

 ジャッツが前に出ました。

「どれ、俺に貸してみな」

 ジャッツは、そう言うと、弓に矢をつがえて、放ちました。矢は、見事に立木を射抜きました。

「うわあ、すごい。そうやって使うのね」

 レスリーは感心しています。

 ジャッツは、レスリーに弓の持ち方から、手取り足取り教えます。レスリーの構えがだんだん形になってきました。

「そう、それでいい。そのまま左を向いて、あの立木を狙って、打ってみな」

 レスリーが、言われた通り、右手を離すと、矢は見事、立木に当たりました。

「やったわ、ジャッツ。ありがとう。私でも出来そうだわ」

 レスリーは、大喜びです。

 こうして、三人は、テディムおばさんが夕食が出来たと、呼びに来るまで、武器の練習を続けました。

 テディムおばさんが言いました。

「明日は、いよいよ頑張らないといけないから、今夜は、栄養たっぷりのものを作ったのよ」

 テーブルには、肉を中心とした御馳走が並んでいます。

「いただきます!」

 みんなは、練習でエネルギーを使ったのか、腹ペコのようです。すぐに、御馳走を口いっぱい頬張りました。

「うわあ。おいしいわ。おばさん、ありがとう」とレスリー。

「この肉食べると、力が沸いてきそうだよ。ありがとう、おばさん」とミース。

「母さん、どれもうまいよ。サンキュー」

 ジャッツが親指を立てました。

 みんなは、たっぷりと作られた御馳走を全て平らげました。そして、ソファーに座ってくつろぎました。

「ああ、うまかった。ミースもレスリーも今日は頑張ったな。武器もあれだけ使えれば、充分ものになる。やるだけのことはやったんだ。今夜は、もう何も考えずに、早く眠った方がいいぞ。明日は早いしな」

 ジャッツは、そう言って、大きなあくびをしました。ミースもレスリーも、あくびをしながら、頷いています。

 テディムおばさんが、二階から降りてきました。

「まだ早いけど、布団を敷いといたから、いつでも寝れるわよ」

 ジャッツが、背伸びをして、言いました。

「俺はもう寝る。おまえたちも早く寝るんだぞ」

 ジャッツは、二階に上がって行きました。

「じゃあ。僕たちも寝ようか?」

 ミースが言って、レスリーと二階に上がりました。ジャッツは、もう高いびきで眠っています。

「ジャッツは、本当に豪胆だな。あの性格でないと、プロのボクサーは、つとまらないんだろうけど」

 ミースは感心しています。レスリーもクスクス笑っています。テディムおばさんも上がってきました。

「まあまあ、ジャッツったら、もう寝たの。仕方がないわね。もう、寝ましょうかね」

 そして、みんな、布団にもぐり込んで電灯を消しました。

 一時間は経ったでしょうか。ミースは、なかなか眠れずにおりました。見るとレスリーも寝返りばかりしています。ミースはそっと声を掛けました。

「レスリー、眠れないの?」

 レスリーは、ミースの方を向きました。

「ええ、ミースも?」

「ああ、ジャッツには怒られるけど、なんだか色々考えちゃってね」

 レスリーが言います。

「私のせいで、ミースやジャッツを危険なことに巻き込んで、申し訳なく思ってるの。ごめんなさいね」

 ミースは答えます。

「うううん。レスリーのせいじゃないよ。これは、もうこの国全体の問題だからね」

 レスリーは、体を起こし、窓を見つめました。

「きれいなお月さん。お月さま、明日、私たちは、ゴムルのアジトに侵入します。どうか、私たちをお守りください」

 そう言って、レスリーは、手を合わせて祈っています。

 そして、顔を上げると、ミースにささやきました。

「ミースもお祈りしたらいいわ。心が落ち着くから」

 ミースは、起き出し、そっと窓に近づきました。今夜は満月のようです。月はいつもにも増して美しく輝いています。ミースは、手を合わせ、長い間、祈りを捧げました。

「ああ、なんだか胸の当たりのモヤモヤがすっきりした。レスリーは、どうだい?」

 レスリーは、小さな声で答えます。

「私もすっきりしたわ。なんだか、明日のこと、本当にお月さまが守ってくださるような気がして」

 ミースは、微笑んで言いました。

「じゃあ、今度こそ、ぐっすり寝ようか」

「ええ。明日は早いものね」

 そう言って、二人はそっと、それぞれの布団に入りました。そして、しばらくすると、安らかな寝息をたて始めたのでした。




 十、霧の古城へ 


 次の朝、まだ暗いうちから起き出し、たミースとジャッツは、馬小屋に行きました。

「おはよう、ハヤテにイサム。今日はいよいよゴムルのアジトに行くから、しっかり頼むよ」

 ミースは、馬たちの額を軽く叩いて声を掛け、ハヤテに鞍を乗せます。

「おはよう。ああ、よしよし、イサム。うれしいのか、今日は頑張ってくれよ」

 ジャッツもイサムを軽く叩いて、鞍を乗せます。

 そして、二人は、馬たちに干し草などの餌をたっぷり与えると、朝食を食べに、家に戻りました。早い朝食をモリモリ食べながら、ジャッツは言いました。

「ミースにレスリー。護符と勾玉を忘れないようにな、レスリーは、カシムの短剣を忘れないように」

 ミースが答えます。

「護符と水晶は、小さな袋にいれ、首から吊るしてるから大丈夫だよ。レスリーが作ってくれた。ジャッツこそ、大丈夫かい」

「ハハハ。レスリーは、俺にも作ってくれたぜ、ご心配なく」

 と、ジャッツは首から下げた袋を見せました。

 食事を終えると、三人は、あらかじめ用意していた、動きやすい服に着替えました。護符と勾玉は、下着の上に首から吊るし、それぞれの武器を手にして、外に出ました。

「くれぐれも気をつけてね。サザムさんの指示を守って、危ないことは警察に任せなさいよ」

 さすがに心配そうな顔をしたテディムおばさんが、外まで見送りに出て、言いました。

「ああ、そうするよ。母さん、心配するなよ、大丈夫だから」

 ジャッツは、明るく答えます。

 そして、ジャッツはイサムに乗り、ミースは、ハヤテに乗り、前にレスリーを乗せました。

「テディムおばさん。行ってきます。きっと、うまくいくから、心配しないでくださいね」 レスリーが、そう言って、三人は出発しました。

「さあ、ハヤテ行くよ」

「さあ、イサム行くぞ」

 三人は、サザムの家に向かいました。

 サザムの家に曲がる目印の一本杉の前には、もう大勢の武装した警官が集って、整列していました。半分の警官は、銃の弾除けの盾を持っています。残りの警官は、肩に銃をかついでいます。物々しい雰囲気に、三人は、圧倒されました。

「なんだか大変なことになってるね」

 とミースは、ちょっと声が震えています。

「なになに。大勢の方が、俺たちは安心じゃないか。みんな味方だぜ」

 ジャッツの言う通りです。

 隊列の先頭には、黒毛と栗毛の二頭の馬がいて、指揮官らしい人が乗っていました。

 ミースとジャッツは、

「おはようございます」

 と、居並ぶ警官たちに声を掛けながら、進み、先頭の馬の前で止まりました。そして、ジャッツが、あいさつしました。

「おはようございます。私はジャッツ。そして、この男の子がミースで、女の子はレスリーです」

 ミースとレスリーは、頭を下げました。

 黒毛の馬に乗った人が答えました。

「サザム氏から聞いております。私は警部のガルゴです。本日は、ご苦労さまです」

 そして、栗毛の馬に乗った人もあいさつします。

「私は、警部補のニールです。よろしくお願いします」

 二人とも威厳があり、厳しい顔をしています。

「これは、防弾チョッキです。着用してください」

 とニール警部補が、チョッキを三人に、渡しました。そして、三人はそれを着ました。

 そこへ、サザムが杖を片手に歩いて来ました。肩には大きな革袋をしょっています。

「もう、みんな、お集まりかな。ガルゴ警部、ニール警部補、ご苦労さま。警官の諸君、ご苦労さまです」

 サザムがそう言うと、警官たちは、一斉に敬礼しました。

「ジャッツ、乗せてくれるかな」

 とサザムが言うと、ジャッツは、馬から降り、サザムを乗せ、自分はその前に乗りました。

「ところで、ガルゴ警部、今日は総勢何名で来られたのかな?」

 サザムが訊ねました。

「私を含め、ちょうど百名です」

 ガルゴ警部は毅然として答えました。サザムは、笑いました。

「ハッハッハ。百名か。これは心強いな、して、ゴムルの方はいったい何人ぐらいおるのかのう」

 ガルゴ警部が、答えます。

「正確な数は、把握できておりませんが、八十から百名程と思われます」

 サザムは頷きました。

「そうか。数の上では負けぬのう。ただ、昨日も言ったが、奴らには術を使う、何者かがついておるから、油断のないように頼みますぞ」

「はい。心得ております。そのことは全員に伝えております」

 ガルゴ警部はニール警部補と頷き合いました。サザムが言います。

「さあ、そろそろ出掛けようかのう」

 ガルゴ警部が右手を上げ、ニール警部補が、声を張り上げます。

「全隊、出発進行!」

 こうして、先頭には、ジャッツとサザムが乗ったイサム、続いてミースとレスリーが乗ったハヤテ、そして、ガルゴ警部の黒毛、ニール警部補の栗毛と警官隊が一列となって、サザムの家を通って、山道を進み始めました。

 レスリーがミースに言います。

「すごい数の警官隊ね。初めは驚いたけど、心強いわね」

 ミースが答えます。

「ああ、ほんとだね。ゴムルたちが、数に恐れをなして、戦わずに逮捕出来ればいいんだけどね」

「ほんと、そうならないかしら」

 レスリーは、本気で呟きました。

 山はさほど高い山ではなく、傾斜もきつくはありません。しかし、一時間ほども登ると、霧が出てきました。

 サザムが言いました。

「いよいよじゃのう。ニール警部補。警官たちが迷わないように頼みますぞ」

 ニール警部補は、頷いて警官隊に向かって声を張り上げました。

「二人一組となって、隊列を崩さずに進め。霧は、どんどん深くなって行くぞ!」

 そして、その言葉の通り、霧はどんどんと深くなってきました。

「やはり、思った通りじゃ。ここらは、もともと霧が多いが、この霧は、自然に発生したものではない。術じゃ。術によって人為的に作られた霧じゃ」

 サザムは、鋭い目をして、言いました。

「ニール警部補。木に目印の傷をつけてくだされ。以前の時のように同じ所をぐるぐる廻された時にわかるようにじゃ」

「わかりました!」

 ニール警部補は、そう答えて、なたを取り出し、立木に傷をつけながら進みます。

 そして、ますます深まる霧の中、三十分程進むと、突然、ニール警部補が叫びました。

「サザム殿。木に傷があります。やはり同じ所を廻されています」

 警官たちは、どよめきました。ミースもレスリーも驚きました。

「まっすぐ進んでいたのに・・・」

 ミースが呟きます。

 ガルゴ警部がサザムに言いました。

「サザム殿。これでは、以前経験したことと同じことです。どうしましょうか?」

 サザムは厳しい顔をして答えます。

「取りあえず、隊を止めてくだされ。これからは、わしの仕事じゃ」

 サザムは、そう言うと馬から降りました。

「全隊、止まれ。この場で待機!」

 ニール警部補の声が響きます。

 サザムは、革袋の中から、水晶球を取り出し、それを台に乗せ、その前にあぐらをかいて座りました。そして、目を閉じ、呪文を唱えだしました。

「デサラ ウムル サシム。デサラ ウムル サシム・・・」

 そして、しばらくすると、懐からなにやら取り出し、空中にまきました。それは、細かく切った白い紙でしたが、不思議なことに、その紙は落ちて来ず、霧の中を八方に散っていきました。

 すると、霧が晴れだしました。サザムは、尚も呪文を唱え続けています。それにつれて、霧はどんどんと晴れ、青空が見えだしてきました。

 そして、木々の間から、立派な三つの塔がある石造りの古城が、そびえ建っているのが、見えました。

「おお!」

 警官たちは一様に、声を上げました。

「あれが、霧の古城か・・・」

 ガルゴ警部が呟きました。

 いつも、霧に包まれ、誰もこの古城の全容を見たことがないのでした。

「このあたりで、もうよかろう」

 サザムは、呪文を唱えるのを止め、立ち上がると、水晶を革袋にいれ、それをかつぐとイサムに乗りました。

 サザムはガルゴ警部に言いました。

「さあ、出発しましょう。次は結界じゃ」

「サザム殿、見事なお力です。感服いたしました」

 ガルゴ警部は、ニール警部補に合図を送りながら答えました。

「全隊、出発!」

 ニール警部補の声が響き、警官隊は進み始めました。そして、古城まで、後、百メートルほどになった時です。先頭を行くイサムが突然、足を止めました。

 頭を下げ、何かを押すような格好をして、「ヒヒーン」と啼きました。

「どうした、イサム。どうどう。なにかあったのか?」

 ジャッツは、手綱を引いて、イサムを止めました。次に来たハヤテも、イサムと同じ所で、何かを押すような格好をしています。

「ハヤテ、どうしたんだい?」

 ミースもハヤテを止めました。

 ガルゴ警部の黒毛もニール警部補の栗毛も同様です。先に進むことが出来ません。

 サザムが言います。

「結界じゃ。しかもよほど強く張られておるようじゃ」

 みんなは、馬から降りました。

「全隊、止まれ。ここで待機!」

 ニール警部補が警官隊に指示を出します。

「みんな、結界に触ってみるがいい」

 サザムに言われて、みんなは恐る恐る、なにもない空間に手を差し出しました。

「きゃあ、これ気持ち悪いわ」

 レスリーが叫ぶのも無理ありません。何か厚いゴムのような、弾力のあるものが手に触れます。異様な感覚でした。

 ガルゴ警部の指示で、警官隊の中でも屈強な三人が選ばれ、見えない壁に体当たりを試みましたが、ゴムに当たったようにはね返されました。何度やっても同じです。

 ガルゴ警部が言いました。

「これが、結界と言うものですか。私は始めての経験です。サザム殿、銃で穴を開けてみましょうか?」

 サザムは言います。

「無駄なことじゃ。そんな穴が開いても、すぐに塞がるだけじゃよ。わしに任せてくだされ」

 サザムは、また水晶を取り出し、台の上に置きました。そして、あぐらをかいて、呪文を唱え始めました。

「シラク ノブナ ヘラム。シラク ノブナ ヘラム・・・」

 サザムは呪文を唱えながら、革袋の中から、幾つかの水晶の小石を取り出し、両方の手で、その小石を包むようにしました。そして、休むことなく、呪文を唱え続けました。

 十分程も経ったでしょうか。サザムは呪文を唱え続けながら、小石を左手に持ち替え、立ち上がると二、三歩前に出て、右手で結界の位置を確かめて、三個の水晶を地面に置きました。そして、そこから、横に三メートル程移動し、結界の下に残りの三個の水晶を置きました。

「水晶には他の石にはない、強い力があるのじゃ。警察の進行を二度も狂わしたと聞いて、おそらくここの結界は、水晶で張られていると思い、準備しておったのじゃ。さあ、ニール警部補、水晶を置いた所に目印の杭を立てて下され」

 ニール警部補は、すぐに部下に命じて、木の枝を切って、杭を立てさせました。サザムは、それを見て頷くと、ガルゴ警部に言いました。

「この杭と杭との間は結界が途切れている。いわば、古城への門のようなものじゃ。さあこれで、古城まで行くことが出来るようになった。ただし、ゴムルたちが、銃を撃ってくるかもしれんから、慎重に進まねばならんがのう」

 ガルゴ警部は、杭と杭の間を歩いて入ってみました。なんの抵抗もなく入れました。

「サザム殿のお力、お見事としか言葉がありません。心から敬服いたします」

 ガルゴ警部は、警官たちに向かって声を張り上げました。

「これからは、作戦通り、盾を前に並べ、その後ろに銃撃隊が隠れるようにして進め。ゴムルが城のどこから銃を撃ってくるかわからん。皆、充分に注意して進むように!」

 こうして、サザムの力で結界は破られ、警官隊は、城へと向かったのです。




 十一、ゴムルとの銃撃戦 


「盾隊、先に進め!」

 ニール警部補の号令に、盾を持った警官隊が、杭と杭の間から、次々に結界の中に入り、盾の壁を作ります。そして、その後から、銃を持った狙撃隊が、体を低くして続きます。そして、ガルゴ警部とニール警部補は、それぞれ馬から降り、くつわを持って進み、ミースやジャッツもそれに習います。

 警官隊は、慎重にじりじりと城に近づきます。

「ドギューン!ドギューン!」

 と銃の音が城から聞こえてきました。見ると、城の屋上や、窓からゴムルたちが、銃を撃っています。しかし、盾に阻まれ、銃弾はまだ誰にも当たっていません。

「狙撃隊。狙撃開始!」

 ガルゴ警部の号令で、狙撃隊は、立ち上がっては撃ち、身を沈め、また立ち上がっては狙撃し出しました。

 ゴムルたちも負けてはいません。どんどん撃ち返してきます。こうして、激しい銃撃戦が始まりました。

 ミースやジャッツは、手に汗を握って見守るしかありません。

「屋上のゴムルが一人、肩を撃たれて倒れたわ」

 目のいいレスリーが、声を張ります。

「ああ、窓から撃っていたゴムルも肩を撃たれて銃を落とした」

 ミースも声を上げました。

 銃撃戦では、やはり訓練された警官隊が有利なようです。攻撃しながら、盾を持った先方は、じりじりと城に詰め寄ります。

「うん。このぶんじゃ、じきに城を落とせるな」

 ジャッツが、そう言うと、サザムは、反論しました。

「そう簡単に、楽観視は出来ぬぞ。奴らには、術を使う者がついておるからのう」

 その時、城の正面の扉、鉄であちこち補強された高さ五メートルもの木の扉が開き、黒い軍服を身にまとい、マントを羽織った男が出てきました。

「ゴムルの霧の城へようこそ。私は、ゴムルの隊長のイドラだ。警察の諸君、これはほんの挨拶代わりだ。受け取り給え」

 イドラは、そう言って警官隊に向かって、青い玉を投げました。それは、警官隊の上まで飛んで来ると、空中で炸裂し、四方に閃光を放ちました。

 すると、空中に無数の黒いコウモリが現れました。そして、驚く警官隊を襲ってきました。警官たちは、まとわりつくコウモリを手で払いますが、払っても払っても、こうもりは、いっそうまとわりつき、銃を撃つこともできません。

「くそっ!このコウモリめ」

「だめだ、払いきれない」

 ゴムルは、ここぞとばかりに、一斉射撃してきます。ガルゴ警部が、叫びます。

「全隊、一旦、退却!後ろへ下がれ」

 警官隊は、隊を崩さないまま、退歩します。

「せっかく、あそこまで進んだのに、また逆戻りか。くそう!」

 ジャッツが、残念がります。

 ガルゴ警部が言いました。

「これは、いったい何事なんだ。魔法の玉か?」

 サザムが答えます。

「そうじゃ。これが術というものじゃよ。どうやら、わしの出番じゃな」

 サザムは、また水晶を台に乗せ、あぐらをかきました。そして、呪文を唱え続けながら、懐に手を突っ込むと、先程のように、白い紙切れを空中に撒きました。

 すると、その紙は、空中で白いコウモリになり、警官隊を襲っている黒いコウモリに向かって飛んで行きました。そして、白いコウモリが、黒いコウモリに触れると、それは、灰色の粉となって消えていきました。

 やがて、白いコウモリの力で、黒いコウモリは、全て消え去りました。

 ガルゴ警部が言います。

「サザム殿、感謝します。それ、ニール反撃だ」

 ニール警部補の声が響きます。

「全隊、前進!狙撃開始!」

 そして、また銃撃戦が開始されました。警官隊は、またじりじりと、城へ向かって進み始めました。

 また、警官隊が有利な展開になってきました。すると、柱の影にいた、イドラが姿を見せました。

「くそっ!こんどは、これだ。喰らえ警官ども!」

 イドラは、二個目の緑の玉を投げつけました。玉は、先程と同じく、警官隊の上で炸裂し、閃光を放ちました。そして、それは、巨大な蜘蛛の巣となり、警官隊におおい被さりました。

 警官たちは、必死でもがきましたが、もがけば、もがくほど蜘蛛の巣は絡まり、動きがとれなくなります。

 ゴムルは、また一斉射撃してきます。

 ガルゴ警部が言います。

「サザム殿、お願いできますか?」

「うむ」

 サザムは頷き、呪文を唱え出しました。そして、革袋から白い粉が入った袋を取り出しました。それを両手で挟み、呪文を唱え続けると、袋から、白い粉をつかみ出し、それを警官隊に向かって撒きました。

 すると、警官隊にまとわりついていた蜘蛛の巣が、だんだんと溶けだし、警官たちが手で払うと、蜘蛛の巣は全て溶けて消え去りました。

 ガルゴ警部が言います。

「実にお見事ですな。助かります」

「よし、再び反撃開始!」

 狙撃隊もイドラの術に怒りをあらわにし、ゴムルに銃弾を浴びせ掛けました。

「ああ、また一人、ゴムルが倒れたわ」

 レスリーが呟き、ミースが答えます。

「本当だ。あっ、また倒れた。この距離で、肩や腕を正確に撃ち抜くなんて、さすがプロだなあ」

「しかし、ゴムルの奴らも頑張るな。プロの警官隊相手に、銃撃戦をしてるもんな。これは、あなどれないな」

 ジャッツは、自分たちの戦いの心配をしています。

 イドラは、ゴムルが次々と倒され、怒り狂っていました。

「おのれ、隠者サザムが術を破っているんだな。ダスラー様の言った通り、手ごわい相手だ。だが、サザムめ、これは簡単には消せまい」

 イドラは、三つ目の玉を投げました。玉はまた、炸裂し、今度は、どす黒い煙幕となって、警官隊を包みました。

「ゴホ、ゴホッ、ゴホッ!」

 警官たちは、みんな咳き込みます。

「また、術か。しつこい奴らだ。サザム殿、何度も申し訳ありませんが・・・」

 ガルゴ警部が言い、サザムは頷きました。

「この術は、前の二つとは違うようだが・・・」

 サザムはそう呟き、三度目の呪文を唱え続けながら、先程と同じ白い粉を警官隊に向かって撒きました。

 しかし、煙幕は消えません。しばらく様子を見ても、消える気配がありません。

 ガルゴ警部が言います。

「サザム殿。これは、一体どうしたことですか?」

 サザムは、険しい顔をしています。

「これは、いかん。術を破れん。ただの煙ではなく、邪気じゃな。仕方がない。レスリー、こちらにおいで」

 サザムはレスリーを呼びました。

「はい。なんでしょうか?」

 レスリーは、サザムの横に来ました。

「レスリー、カシムの愛の短剣を出しなさい。そして、鞘から抜き、両手で持って天にかざし、こう叫ぶのじゃ。『カシムの剣よ。けがれを払い給え』とな」

 レスリーは頷き、懐からカシムの短剣を取り出し、鞘から抜き放ちました。

「おお、これは、なんと美しい」

 ガルゴ警部とニール警部補は、驚きの声を上げました。短剣は虹色に輝いています。

 レスリーは、剣を天に向けて、両手を伸ばし、叫びました。

「カシムの剣よ。けがれを払い給え!」

 すると、短剣はすさまじい閃光を放ちました。あまりの眩しさに、みんな一瞬目を閉じました。そして、光は黒い煙、邪気を照らし続けました。すると、煙は消えて無くなったのです。

「もう、よい。レスリー。短剣を鞘に収めなさい」

 サザムにそう言われ、レスリーは短剣を収めました。

 イドラは、悔しがります。

「くそっ!ダスラー様から授かった玉を使い切ってしまった。もう手が無い。ダスラー様に知らせないと」

 イドラは、吐き捨てるように呟くと、マントをひるがえし、城の中へと消えました。

「見たか。隊長のイドラが城へ逃げ込んだぞ。奴ら、もう術がないんだぜ」

 ジャッツがそう言い、ニール警部補が警官隊に命じます。

「さあ、一斉攻撃だ!かかれー!」

 狙撃隊は、命令を受けて、一斉に銃を撃ち始めました。隊長を失ったゴムルたちは、その攻撃に押され、次々と城の中へと、身を隠しました。




 十二、城の中へ 


 サザムが言います。

「いよいよ、われらが突撃する時が来た」

 みんな、そう言われて、ハヤテとイサムに乗り込みました。

「みんな、覚悟はいいな。目指すは玉座の間。わかっておろうな」

 サザムがそう言うと、ミースもレスリーもジャッツも頷きました。

「ガルゴ警部とニール警部補、突撃します。援護を頼みますぞ」

「成功を祈っております。ゴムルたちは、お任せください」

 ガルゴ警部とニール警部補は敬礼をしました。

 ニール警部補が警官隊に、向かって叫びます。

「突撃だ!隊のまん中を開けろ、道を開けるんだ」

 ミースは、レスリーとハヤテに言います。

「行くよレスリー。さあ、ハヤテ走るんだ」

 ジャッツとサザムが乗ったイサムが走り出しました。そして、ハヤテが続きます。

 二頭の馬は、警官隊のまん中を突っ切り、城へとまっしぐらに走ります。そして、城の前の階段を一気に登り切ると、鉄で補強され頑丈に作られた城の木の扉を、後ろ足で立ち上がり、前足で激しく蹴りました。そして、扉は破られ、イサムとハヤテは城の中に駆け込みました。

「玉座の間。一階の一番奥を目指すのじゃ」

 サザムの声が、響きます。

 城の一階は、二階まで吹き抜けた天井の高い大きな広間で、床も壁も石造りです。そして、三階を支える二本の列柱が城の奥まで、整然と並び、その間をイサムとハヤテが駆け抜けます。

 外壁の二階あたりの高さには、バルコニーのような廊下が張り出し、その上に窓が等間隔に並び、窓からの光が広間を照らしています。そして、その廊下に銃を持った、ゴムルたちが左右に数人ずつ居て、狙撃し出しました。

「急げ、銃の玉が当たらんようにな」

 サザムが、声を張り上げます。

 レスリーは、弓を取り、ゴムルに向かって矢を放ちます。当たらずともゴムルを威嚇するには充分です。

 すると、突然、柱の影から、ゴムルが飛び出し、槍で突いてきました。ミースはそれを自分の槍で払い、ジャッツは、剣で払います。

 そして、二頭は、なんとかゴムルの攻撃をしのいで、長い広間を駆け抜け、玉座の間の大きな扉の前で止まりました。

 玉座の間の扉は、幅が三メートル程で高さは五メートルもあり、鉄で補強された、いかにも頑丈そうな扉で、ぴたりと閉じられていました。

 ミースたちは、みんな馬から降りて、後ろを振り返りました。数人のゴムルたちが、槍をかざして追ってきます。

「ミース。まず、こいつらが相手だ」

 とジャッツは言って、剣を持って身構えました。

「よし!来い」

 ミースも、槍を構えます。レスリーは、早くも弓で矢を放ち、ゴムルの一人が肩を撃ち抜かれて倒れました。しかし、他のゴムルたちは、ひるまずに追いつきました。接近戦です。

 次々と繰り出されるゴムルの槍をミースもレスリーも巧みにかわします。訓練の成果がここで発揮されました。ミースは、レスリーをかばって前に出て、ゴムルの槍をかわし、逆に槍で、ゴムルの足を突きました。

「ギャー!」

 ゴムルは倒れ、引き下がりました。

 ジャッツは、剣で槍を切り落とし、ゴムルの肩を突き刺します。レスリーは、後ろに下がって矢を放ち、別のゴムルの腕を射抜きました。

「くそっ!覚えてやがれ。このお返しは、必ずしてやるからな」

 と言い残し、ゴムルたちは、逃げ出しました。

「よし。ミース、レスリー、よくやった。完璧だ」

 ジャッツは、息を切らせながら、言いました。

「いよいよじゃな。この玉座の間に霊視出来ぬ謎の人物がおる。馬たちに扉を蹴破らせよう」

 サザムが、鋭い目をして言いました。

 ミースとジャッツは、ハヤテとイサムを扉に尻を向けて立たせ、叫びました。

「さあ!蹴れ!」

 ハヤテとイサムは、同時に後ろ足をはね上げ、扉を激しく蹴りました。バキ、バキ!という音がしました。中のかんぬきが折れたようです。

「よし!開けるぞ」

 ジャッツミースは、扉を押しました。ギギーッという音とともに、大きな扉がゆっくりと開きました。




 十三、玉座の間の戦い 


 玉座の間の中は、薄暗く、目が慣れるまで、何も見えませんでしたが、次第に中の様子が見えてきました。

 広い部屋の奥に一段高い所がありました。そこは、シルクのスクリーンが垂れ、隠されていますが、中のたいまつの火に照らされ、椅子とそれに座った人影が映し出されています。

「あれが玉座じゃ。そして、謎の人物が座っておる」

 サザムがそう言い、みんなが慎重に部屋に足を踏み入れた時です。柱の影から、突然、何者かが現れ、ジャッツに切りかかりました。ジャッツは、とっさに飛びのきましたが、頬に切り傷を負いました。その男は、イドラでした。イドラがサーベルを手に、マントをひるがえし、立っていました。

「よくぞ、ここまで来たな。しかし、ここがおまえたちの死に場所になるのだ」

 そう言うと、イドラは、ジャッツに切りかかり、ジャッツは、それを剣で受け止めました。イドラは、次々とサーベルを繰り出します。それを、ジャッツは、見事にかわしますが、防戦一方です。ミースが槍を構えて飛び出すと、ジャッツが叫びます。

「手を出すな、ミース。こいつは、俺がやる!」

 ジャッツは剣を左手に持ち替えました。そして、イドラが振り下ろすサーベルを左手の剣で受け止めると、右手でイドラの脇腹に、渾身の力を込めたパンチを入れました。

「ドスッ!」

 とにぶい音がしました。

「ウッ!」

 と、うめいたイドラは、二、三歩後ろに下がり、左の脇腹を押さえています。プロのボクサーの素手のパンチをまともに受けたのです。肋骨がおれたようです。

「くそっ!」

 イドラは、気丈にも右手に持ったサーベルを振り回します。しかし、ジャッツは巧みに身をかわし、反撃の機会を待ちます。イドラの動きが鈍くなって来ました。チャンスと見たジャッツは、両手で剣を持ち、イドラが振り下ろしたサーベルをかわし、上から思い切り剣を叩きつけました。

「ガシャン!」

 という音とともに、サーベルは床に落ちました。ジャッツは、すかさず剣の腹で、イドラの側頭を打ちました。

「ウウッ!」

 とうめくと、イドラはよろけ、よろよろと玉座に向かいました。

「申し訳ありません。ダスラー様・・・」

 と言うと、スクリーンの手前で、ばったりと倒れました。気を失ったようです。

 ジャッツが、

「フーッ」

 と息をついた時です。突然、大きな扉がバタリと閉まりました。

「ハッハッハッハ」

 と不気味な笑い声が、部屋中に響きました。玉座の主の笑い声です。

「これで、おまえたちはここから出られぬ。自ら、カシムの短剣をを持って来るとはな。ご苦労なことよのう。残念ながら、おまえたちは、カシムの剣の力の恐ろしさを思い知って死んで行くのだ」

 低い声で、男はそう言うと、男の影の短剣を持った手が、振り下ろされました。

「ウワッー!」

「キャアー!」

 ミースたち、四人は突然、足が宙に浮き、猛烈な勢いで吹き飛び、後ろの壁に叩きつけられました。凄まじいエネルギーの衝撃波でした。皆は、叩きつけられた壁から、ずるずると床に落ちました。あまりの衝撃で、みんな一瞬、気を失ったようです。

 男の笑い声だけが、響きます。

「ハッハッハッハ。たわいもない。もう、おしまいかな」

 先に起き出したのは、ジャッツとミースです。二人とも首を振って、よろけながら、レスリーとサザムを揺すります。

「大丈夫?レスリー」

「大丈夫ですか?サザムさん」

 二人もやっと目を開けました。

「なにをしやがったんだ。この野郎!」

 ジャッツが、玉座めがけて走り、ミースも続きました。男の短剣が再び、振り下ろされました。すると、またもジャッツとミースが後ろに吹き飛ばされて転がり、壁に当たって止まりました。

「ハッハッハ。何度やっても同じことだ」

 ジャッツとミースは、うめきながら立ち上がりました。

「ほほう。まだ反撃するつもりかな。無駄なことだ。このカシムの剣の力には、誰もかなわぬ」

 うめきながら、サザムが言いました。

「本当にそうかな?」

 サザムは、革袋の中から、短い木の杖を取り出して、さっと振りました。すると、玉座の前のシルクのスクリーンが、バサッと床に落ちました。玉座に座った男の姿が現れました。

 男は、白くて鼻の高い仮面を被っていて、顔はわかりませんが、短剣を右手に握っています。

「ハッハッハ。サザム。子供だましのような術で、私の顔が見たかったのかな。残念だったな」

 サザムは、立ち上がって言います。

「ダスラーとやら。おぬしは、なぜもう一本の短剣を欲しがったのかな?」

 男は答えます。

「馬鹿なことを。短剣が二本になれば、力は倍になる。当然のことだ」

 今度は、サザムが笑います。

「ハッハッハ。そんなことだろうと思ったわ。愚かなダスラー。いや、ガガールと言った方がよいかな?」

 ガガールと聞いて、男は怒りに震えています。

 サザムが横を向いて、レスリーに言いました。

「レスリー。短剣を抜くんじゃ。そして、こう言うのじゃ『邪悪な力は許さぬ』とな」

 レスリーは頷き、短剣を出し、鞘から抜くと、両手で天にかざしました。同時に、ダスラーは、短剣を振り上げました。レスリーは、叫びます。

「邪悪な力は許さぬ!」

 ダスラーも短剣を振り下ろしました。しかし、一瞬早くレスリーの短剣が閃光を放ちました。そして、ダスラーの短剣からは、さっきのようなエネルギーの衝撃波は出なかったのです。

「これは、いったいどうしたことだ」

 ダスラーは、何度も剣を振り下ろしましたが、なにも起こりません。

「おのれ、サザムめ。何をした?」

 サザムは、落ち着いて言います。

「ダスラー、いやガガール。カシムの剣は、男の剣、すなわち『力』の剣と、女の剣、すなわち『愛』の剣の二本で一体なのじゃ。おまえが手に入れたのは『力』の剣。そして、剣はお互いを強くひきつけあうのじゃ。おまえも『力』の剣が『愛』の剣を求める強い意志に知らぬまに、動かされておったのじゃ。残念じゃが、『力』の剣は、『愛』の剣と合体して『愛の力』となるのが定め。邪悪な者には、もう使えぬのじゃ。おあいにくさまだったな」

 ダスラーは、怒り狂いました。

「おのれ、サザムめ。これでも喰らえ!」

 ダスラーが口を大きく開くと、火の玉が、サザムに向かって飛んで来ました。

 サザムは、杖をひと振りしました。すると、火の玉は、火の粉となって消えました。

 ダスラーは、怒りをあらわにし、

「これでは、どうだ!」

 と、口から針のような者を次々と浴びせ掛けました。しかし、サザムが杖を立て、呪文を唱えると、針は全て杖に刺さり、そして、消えました。

 サザムが言いました。

「ガガール。子供だましは止めろ。カシムの剣の力が無くては、おまえは、わしを倒すことはできぬ」

 ダスラーは、怒りに震えています。

 ジャッツがサザムに問いかけます。

「ガガールとは、誰のことですか?ダスラーの別名ですか?」

 サザムは、答えます。

「いや、違う。ダスラーに乗り移って、コントロールしている邪悪な仙人じゃ」

 ジャッツもミースもレスリーも頷いて納得しました。

「ガガール。どうした。降参かな?」

 すると、ダスラーは、予期せぬ行動に出ました。すばやく、玉座の間の段を飛び降り、あっと言う間に、ミースに体当たりすると、レスリーの後ろに廻り込み、手にしていたカシムの短剣をレスリーの首に押し当てたのです。

「さあ、娘は捕まえた。皆、下がれ、さもないと短剣で娘の首をかき切るぞ!」

「しまった!くそっ!」

 ジャッツが、声を上げましたが、どうすることもできません。みんなは、部屋の入口の扉まで下がりました。

「ハッハッハ。サザムよ。不意をつかれたな。娘はこっちのものだ。娘に、カシムの剣の力を取り戻す言葉を言わせろ!」

 サザムは、答えます。

「それはできぬ。愛の剣は、そのものが愛だ。それを解く言葉などはない」

 ダスラーは、怒ります。

「なんだと、嘘を言うな。娘を殺すぞ。わしは、本気だ!」

 サザムは言います。

「嘘ではない。今、愛の剣と力の剣が一体となった。愛の力となったのだ。その剣で、善人のレスリーを傷つけることはできぬ」

 それを聞いたミースは、すばやく動きました。ハヤテに飛び乗り、ダスラーとレスリーに向かって走り、その前で、手綱を思い切り引きました。

「ヒヒーン」

 ハヤテは後ろ足でたち、前足を大きく振り上げました。短剣を持ったダスラーの手は、サザムの言った通り動かすことが出来ず、ダスラーは、一瞬ひるみました。

 ミースは叫びます。

「レスリー、逃げろ!」

 レスリーは、とっさにダスラーの腹に肘打ちを喰らわせ、みんなの方に逃げました。ミースは、チャンスを逃さず、ダスラーの肩を槍で叩きつけました。

「ウウッ!」

 槍は、ダスラーの右肩を強くうち、ダスラーは、カシムの剣を落としました。そして、ハヤテがその短剣を前足で後ろに蹴りました。床を滑る剣をジャッツが足で止めて、拾い上げました。

「でかしたぞ。ミースにハヤテ!」

 ジャッツが叫びます。

 しかし、ミースは攻撃の手を休めません。ハヤテから、すばやく飛び降りると、ダスラーに飛びかかりました。そして、激しい揉み合いとなりました。その時、ダスラーの白い仮面がはずれ、床に落ちました。

「キャーッ!」

 突然、レスリーが叫びました。両手で、口を押さえています。そして、震える声で、思いがけぬことを言いました。

「兄さん。兄さんだわ!」




 十四、戦いの終結 


 レスリーの言葉に、みんな戸惑いました。

「兄さんだって?いったいなんのことだ。レスリー」

 ジャッツが問いただします。

 レスリーは、まだ震える声のまま、言いました。

「ダスラーが・・・その男の人は、私の兄さんなの。一年前に、山に入ったまま、行方不明になっていた、私の実の兄なの・・・」

 その時、ミースに胸ぐらをつかまれていた、ダスラーの背中から、黒い煤の様なものが出て、天井の暗闇に消えるのを、サザムは見逃しませんでした。

 ジャッツは、ダスラーに走り寄りました。

「なんだ、こいつ。力が抜けてるぞ」

 ジャッツは、ミースに力を貸し、二人でダスラーを両側からはがいじめにしました。そして、ジャッツが叫びます。

「レスリー。よく、こいつの顔を見ろ!」

 レスリーは、駆けより、まじまじとダスラーの顔を見ました。ダスラーは、目を閉じて、気を失っているようです。

 レスリーが、きっぱり言いました。

「間違いありません。この人は、私の実の兄です」

 レスリーは、ダスラーの肩を揺すり、呼びかけます。

「兄さん、私よ、レスリーよ。お願い、目を開けて!」

 サザムが、レスリーの肩に手を置いて、言いました。

「レスリー。気持ちはわかるが、今は無駄じゃ。今まで、この男は、ガガールに乗っ取られておったのじゃ。奴は、さっき、この男から離れたがな。当分目覚めまいて」

 そして、ミースとジャッツに向かって言いました。

「この男は、もう意識が無い。部屋の隅にでも寝かせて置きなさい」

 ミースとジャッツは、男を連れて行くと、慎重に床に寝かせました。

 そして、サザムが、上に向かって、声を張り上げました。

「ガガール。ダスラーから出たのはお見通しじゃ。どこに隠れておる。卑怯者め。出て来い!」

 すると、天井の暗闇から、低いしわがれた声がしました。

「くそっ!サザムめ。なにもかも、ぶち壊しおって」

 サザムが言います。

「もうおまえの負けじゃ。いさぎよく、降りて来い!」

 ガガールは、怒りで震える声で言いました。

「なにが、降りて来いだ。何様のつもりだ。サザムめ。これでも喰らえ!」

 すると、天井から、なにやら黒い煙の様なものが、降りて来て、床に当たると四方に散りました。サザムが呟きます。

「うぬ。これは、邪気か?」

 それは、みるみるうちに、部屋中に広がりました。みんなは、咳き込みだしました。

「邪気には術は効かぬからな。レスリー、こっちへ」

 レスリーは頷いて、サザムの横に立ちました。

「レスリー。二つのカシムの短剣を、天にかざし、『カシムの剣よ。けがれを払い給え』と言うのじゃ」

 そう言われたレスリーは、ジャッツから、『力』の短剣を受け取ると、二本の短剣を持った両手を天にかざすと、声を張り上げました。

「カシムの剣よ。けがれを払い給え!」

 すると、二本の短剣は、凄まじい閃光を放ちました。そして、黒い煙、邪気は一瞬にして消え去りました。

 ガガールの声が響きます。

「サザムめ。覚えておれ!」

「ガガール。逃げるつもりだな、そうはさせぬぞ!」

 サザムは、革袋の中から、口が狭く、首の長い、一輪挿しのような鉄の瓶を取り出すと、床に置き、自分はその前にあぐらをかいて、座りました。

 その時、天井の暗闇から、一羽の黒いカラスが舞い降り、部屋を一周し、窓へと向かいました。

「これは、いかん!」

 と、サザムは、すばやく呪文を唱え、懐から、ハンカチほどの大きさの白い紙を取り出し、空中へ投げました。すると、その紙は白いカラスとなり、一直線に飛び、窓に向かう黒いカラスに体当たりしました。

 二羽のカラスは、激しく空中で、ぶつかり合います。サザムは、瓶の前で、目を閉じ、呪文を唱え続けています。

 そのうち、二羽は、もつれ合いながら、床に落ちました。その時です。

「えーい!」

 とサザムが、大きなかけ声を発しました。

すると、もつれ合っていたカラスは、白と黒の粉になって消え、その粉はサザムに向かって飛んできて、吸い込まれるようにして、瓶の口から中に入りました。サザムは、すばやく、瓶に蓋をして、懐から出した、呪文を書いた紙で、蓋に封をしました。

「これでよし。ガガールの奴め。ついに捕えたぞ!」

 サザムは、額の汗を拭い「フーッ」と息をつきました。そして、みんなの方を向いて言いました。

「戦いは、終った。勝利の神は、我らに微笑んだ。みんな本当に、よく頑張った。見事じゃった」

 みんなは、その場に、へなへなと座り込みました。

「フーッ」

 みんな、安堵の息をついています。ミースとジャッツは、大の字になって、寝ころびました。

 しばらくして、ジャッツがサザムに、訊きました。

「ガガールは、なぜ、わざわざ、レスリーの兄さんに乗り移ったのでしょう?」

「それは、カシムの剣は、王家の血を継ぐ者でないと、使いこなせないことを知っておったのじゃろう。奴もある程度は、霊視ができるのでな」

 サザムは、みんなに声を掛けます。

「さあ、みんな。立てるかな」

「よっこらしょっと」

 ジャッツが、立ち上がると、ミースとレスリーもよろけながら、立ち上がりました。

「さあ、ミース。レスリーの兄さんをかつごうか」

 ジャッツは、そう言うと、ミースと二人で、レスリーの兄を支えて、立ち上がらせましたが、まだ、意識はないようです。

 重い扉を開け、みんなは、疲れが出たのか、無言で、城の長い広間を歩きます。ハヤテとイサムは、元気そうです。すると、玄関の方から、黒毛と栗毛の馬が走ってきました。ガルゴ警部とニール警部補です。

 ガルゴ警部が、サザムに問いかけます。

「サザム殿。どうなりました?ゴムルのボスは?」

 サザムは答えます。

「イドラなら、玉座の間で、気を失っております。そして、影のボスの人質になっていた男は助け出しましたわ」

 そして、レスリーの兄を指さしました。

「ともかく、凄まじい戦いじゃった。みんなよく戦ってくれた。そして、ゴムルの真のボスは、この中に封じ込めたから、もう心配なしじゃ」

 と言って、鉄瓶を振りました。

 ガルゴ警部とニール警部補は首を傾げます。 サザムは続けました。

「詳しい話は、また警察署長の前で話そう。それより、ゴムルの手下たちは、どうなったかな?」

 ガルゴ警部が答えます。

「ハッ。全員、逮捕しました。サザム殿のお力が無ければ、術にほんろうされていたところです。ご助力、感謝します」

「それは、なによりじゃ。これで、全て解決じゃ」

 サザムは、みんなの方を見ていいました。

「みんな聞いたか?ゴムルも全員逮捕じゃ」

「やったー!」

 みんな歓声を上げました。

 サザムが言いました。

「ニール警部補。すまぬが、この人質となっていた男をおぬしの馬に乗せてくれぬかな」

 ニール警部補は、敬礼して言いました。

「かしこまりました」

 そして、レスリーの兄を馬に乗せました。

「では、帰るとするかのう」

 みんなは、ハヤテとイサムに乗り、城を出ました。警官たちが、歓声を上げて、出迎えてくれました。ゴムルたちは、全員手錠を掛けられ、うなだれています。

 ガルゴ警部が警官隊に向かって声を張ります。

「皆、聞け。ゴムルのボス、イドラも逮捕した。これで、全て解決した。皆、よく戦った。さあ、山を下りよう!」

 警官たちは、直立不動で敬礼しました。

 そして、みんなは無事、山を下りたのです。




 十五、無事に帰宅して 


 そして、サザム他三人とレスリーの兄は、ジャッツの家に帰りました。

 テディムおばさんが出迎えます。

「みんな、どうだった?」

 みんなは、Vサインを出し、レスリーは、テディムおばさんに抱きつきました。

「おばさん、すごく怖かったわ。でも、一年前に行方不明にになった兄さんが見つかったの」

「ご苦労さまだったわね。それで、兄さんがいたって、どういうことかしら?まあ、詳しいことは後で伺うわ。取りあえず、みんな上がってちょうだい」

 ミースとジャッツが、レスリーの兄を両側から支えています。

「まあ、この人が、レスリーのお兄さんなの。気を失っているのかしら」

 テディムおばさんは、心配そうに言いました。

「ええ、まだ目を覚まさないんです」

 ミースも心配げに言いました。

「さあ、みんな。家に上がろうぜ」

 ジャッツの言葉で、みんなは、家に上がりました。そして、レスリーの兄を寝かせました。

 ミースは、心配そうに兄の横についています。

「わしが、目覚めさせよう」

 サザムが、レスリーの肩を叩きました。そして、革袋の中から小さな袋に入った、紫色の豆を取り出し、両手で挟むと呪文を唱えました。そして、レスリーの兄の口を開け、豆を放り込むと口を閉じ、飲み込ませました。みんなは、黙って見守っています。レスリーが、おそるおそる兄に声を掛けました。

「兄さん、起きて。お願い」

 レスリーは、手を合わせて祈りました。すると、兄は、ゆっくりと目を開けました。そして、しばらく宙を見つめていましたが、首を動かし、レスリーの方を見ました。そして、ゆっくりと口を開きました。

「レスリーか・・・。ここはどこだ?」

 レスリーの目が輝き、そして、涙でにじみました。

「兄さん、気がついたのね。よかった。安心して、ここは、兄さんを助けてくれた、お友だちのお家よ」

「ああ、そうか。友だちの家か・・・」

 レスリーは、涙声で言いました。

「それより、兄さん。登山のついでに山菜を採って来るって、家を出たまま、一年も経つのよ。警察にも捜索してもらったのよ。一年もどうしていたの?」

 レスリーの兄は、宙を見つめたまま答えます。

「ああ、あの日、俺は列車に乗って、終点で降りた。そして、山に登って、山菜を採っていた。すると、霧が出てきて、尚も行くと、見知らぬ古城に辿りついた。そして、壁の穴から光っているものを見つけた。手に取ると、それは、家にある短剣とそっくり同じものだった。短剣を鞘から抜くと、何かエネルギーの様なものが流れ込んできた。すると、突然、後ろから頭を殴られた。後は覚えていない。レスリー、今、一年と言ったな。あれから、一年も経つのか・・・」

 兄の目から、一筋の涙が頬を伝いました。レスリーは、兄に抱きつき、大声で泣きました。

「兄さん。どれだけ心配したか。私、一人で寂しくて、寂しくて・・・。でも、生きててくれて、よかった。もう、どこにも行かないでね」

 兄は、レスリーの頭を優しく抱いて、言いました。

「レスリー、苦労をかけたな。寂しい思いをさせてごめんな。許しておくれ。しかし、一年も俺はどうしていたんだろう・・・」

 サザムが話しかけました。

「レスリーの兄さんとやら。名前は覚えているかな?」

「ホルンと言います」

 サザムが説明します。

「では、ホルン。そなたは、ガガールという邪悪な仙人に、一年間、意識を乗っ取られておったのじゃ。その城に行ったのも、おそらくガガールのテレパシーで呼び寄せられたと考えられる。そして、意識のなかった一年間に、そなたは、ゴムルという強盗集団の影のボスとなり、カシムの剣の力で、ゴムルを操っていたのじゃよ」

「カシムの剣・・・それは?」

 ホルンが問いかけましたが、サザムが止めました。

「詳しいことは、回復してからじゃ。今は、まだ意識がもうろうとしておるじゃろう。そのまま、横になって休みなさい」

 テディムおばさんが、言いました。

「さあ、みんな、お風呂に入って着替えなさい。今日はお祝いよ。御馳走をたっぷりと作りましょうね。私が腕によりをかけますからね」

 御馳走と聞いてジャッツは、急に張り切りました。

「母さん、レスリーをうちの風呂に入れてやってくれ。俺とサザムさんは、ミースの家の風呂を借りるから」

 みんなは、立ち上がりました。


 夕食になりました。長いテーブルの上には、御馳走が並び、テディムおばさんに呼ばれて、みんなは食卓につきました。ホルンも、もうすっかり目覚めています。

 サザムが立ち上がって、言いました。

「今日は、皆、本当に勇敢に戦った。正直、わしは、そなたたちが、ここまで戦えるとは思っておらなかった。実にお見事じゃったよ。では、テディムおばさんの御馳走をいただこう」

「いただきまーす!」

 みんな声を揃え、勢いよく言うと、御馳走を頬張りました。

 レスリーが、隣に座ったミースに話しかけます。

「今日、私が、ダスラーに捕まった時、助けてくれて、ありがとう。ミースは勇敢ね。そして、かっこよかったわよ」

「いやあ、どういたしまして。レスリーを守れてよかったよ。約束だったから。でも、本当を言うと、夢中だったから、よく覚えていないんだ」

 ミースは、頬を赤らめました。

 ホルンが、レスリーに話しかけます。

「レスリー。さっきのサザムさんの話の続きだが、詳しく話してくれないか」

 レスリーは頷き、兄に事の次第を話しだしました。

 ジャッツは、母親のテディムおばさんに、みんなの戦いぶりを面白おかしく、話していましたが、サザムに向かって言いました。

「サザムさん。それはそうと、護符と勾玉は必要なかったですね」

 サザムは、言い返しました。

「何を馬鹿言っとるんじゃ。護符と勾玉が無かったら、玉座の間に着く前に、皆、ゴムルの銃で撃たれておるわい」

 ジャッツは、答えます。

「あっ。そうか。玉が当たらなかったのは、ゴムルの腕が悪いからじゃなかったのか」

 サザムは、あきれたように言いました。

「あたりまえじゃ。水晶の玉に、銃で撃たれて倒れる姿が映ったので、護符と勾玉を作って、渡したのじゃ。わしは、すべてお見通しじゃよ」

「これは、失礼。おみそれしました」

 ジャッツは、酒が入って、陽気に頭を下げました。

 ミースは、サザムに訊ねました。

「ガガールのことは、前から知っていたのですか?」

 サザムは答えます。

「むろんじゃ。奴は、修行時代から邪悪な男で、仙人になった時から、いつかは、倒さねばならんと思っておったのじゃ。そして、今度のことも、わしは初めから、奴が裏におると、にらんでおったのじゃ」

 レスリーも、サザムに質問します。

「このカシムの二本の短剣は、どうすれば、よいのでしょうか?」

 サザムは答えます。

「その短剣は、二本揃えば、愛の力となる。王家の血を継ぐ、ホルンとレスリーが持っていれば、この国中に愛の力が波及し、国中が平和に治まることになる。家の中の最も安全な場所に、二本揃えて、しまっておくのがよいじゃろう」

 こうして、みんなは、話が尽きぬまま、夜が更けて行きました。




 十六、再び、観光馬車で 


 一カ月近くが経ちました。今年は、遅い桜が咲いています。

 ミースは、いつものように、馭者台に乗って、朝から駅前に観光馬車を止めていました。いつもと違うのは、馬車の中に、ジャッツとテディムおばさんが乗っていることです。

「ハヤテ、もうすぐ列車が着くからな。もう、ちょっと待っていような」

 ミースは、ハヤテに話しかけます。

 しばらく待っていると、駅に列車が入って来ました。列車が止まると、改札口を出て、レスリーと、ホルンが走ってきました。

「おはよう、ミース。今日は、お世話になります」

 と、ホルンは言って、馬車に乗り込みました。レスリーは、馬車には乗らず、馭者台に乗ってきました。

「おはよう、ミース」

「おはよう、レスリー。馬車に乗ればいいのに」

 ミースが言うと、レスリーは、楽しそうに答えます。

「私、ミースの横がいいの。兄が帰って、今はすごく助かってることや、他にもお話がいっぱいあるから、聞いてほしいの」

 ミースは、少し頬を赤らめました。

「じゃあ、レスリー、そろそろ行こうか。ハヤテ、出発!」

「ミース、どこに行くの?」

 レスリーが訊ねます。

「まず、サザムさんの家に行って、サザムさんを拾ってから、とっておきの観光地を巡り、桜が一番きれいな、見晴らしのいい高原があるから、そこに行って、お花見をしながら、テディムおばさんのお弁当を食べることしようかなって、思ってるんだ。レスリーは、どう思う?」

 レスリーは、にっこりと笑って、答えました。

「まあ、素敵、楽しみだわ。それで行きましょう」

 話しているうちに、もう一本杉に着きました。サザムが、道まで来て、杖をついて待っています。

「おはようございます。サザムさん」

「おはよう。ミースにレスリー。いい天気じゃな。今日は、誘ってくれてありがとう。お世話になるよ」

 サザムは、そう言って、馬車に乗り込みました。

 その時、心地よい風が吹いて、沿道の桜の木の花びらが舞って、レスリーとミースに降りかかりました。

「まあ、きれい。素敵だわ」

「ああ、きれいだね。気持ちいいね」

 レスリーとミースは、そう言って、二人で顔を見合わせて、にっこりと微笑み合いました。

「カシムの剣」最後までお読みいただき、ありがとうございました。

絵本・童話・児童文学・小説と55作程書きためています。順次、投稿いたしますので、お読みいただければ幸いです。

昨年、小説「左手の疎画」が全国出版され、作家デビューしました。

「カシムの剣」とは全く違った小説ですが「いつのまにか引き込まれ、不思議と心に残る二つの物語」と好評です。

ネット購入、書店の取り寄せもできます。ぜひご一読下さい。

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