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兄はホラー映画がお好き

作者: 藤本乗降

 その秘策を教わったとき、僕はとある大学の一回生で、兄は社会人二年目のサラリーマンだった。兄は関西弁と鹿児島弁の混ざったイントネーションで

「乗降、彼女をつくりたいっていうか、童貞捨てたいって言ったな。ちょっとスマホ出して。なんだお前アイフォンじゃないのかよ。あー大丈夫、出会い系とかじゃないから」

 兄の言う「彼女とか別にいいからとにかく女性と出会う安全な秘策」とはmixi(SNSのひとつ)であり、頼んでもいないのに女性との出会い方を一から教授してくれた。僕はコウという名で旅行と映画が趣味のフレンドリーな好青年となり、近場の適当なグループに参加して会話をしていけば飲み会カラオケ出会いその他が自然にやってくるのだという。手始めにプロフィール画面へ嘘の情報を打ち込んでいくと、ある項目で指が止まってしまった。好きな映画について書く箇所だった。しばし逡巡し「SF」と入力した瞬間、背後から激が飛んできた。「SFはモテない」とバッサリ。

 僕は兄に言われるがまま「SAWなどのホラー系」と書き換えた。コウはもはや、僕の分身というよりは兄の分身だった。僕はもう童貞がどうとかいうことはどうでもよくなってしまい、ただネット上に出現した僕っぽい名前を持つ兄っぽい嗜好の彼を、これからいったいどう操っていけばよいのか分からず途方に暮れた。

 二年経った今、スマホ画面に映るコウの名を見て、こいつはいったいどうして数ある映画から『SAW』を選んだのかと考えた。当然、兄の趣味だからだ。では何故兄はその映画が好きなのだろう?

 よく考えてみれば、僕は兄と映画を観たことが少ない。小学生のときにドラえもんを家族で観に行ったのが最後だろう。それからはテレビのロードショーやDVDさえ二人で観たことはないのだから、いつどこで兄が『SAW』を観て、それが彼の映画経験の中でどれだけ重要だったかなんて知る由もない。

 生まれてから十三年間も同じ家で暮らした兄のことを、僕は全然知らないのだ。そしてそれが悲しいとも思わない。ただ、今こうしている間もネットの海を漂っているコウを、僕はいつでも消すことができるのに、mixiもいつだってアンインストールできるのに、何故僕はスマホの貴重なメモリーを使わないアプリに明け渡しているのだろう。

 先日母と『雨に唄えば』を観た。母は途中で寝てしまった。前の冬に父と『フォレストガンプ』を観た。どちらもDVDを借りて、兄が使わないからと送ってきたテレビで観た。兄はこのテレビで『SAW』を観たのだろうか。このテレビで、誰と何回映画を観たのだろう。

 今春、新しく入った大学の入学式に出るため兄のアパートに泊まった際、唐突に訊かれた。

「乗降。なんか面白い漫画かなんか知らない?」

 どうせ僕の好みを挙げたところで兄が気に入らないのは経験上あきらかだった。兄はホラーが好き。それでも僕は日本一有名なSF作品の名を挙げることにした。

「ドラえもん」


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