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ちなみに2007年頃に考えていた続編構想が「なろう」に保存されていました。

久しぶりに会う親友みたいな照れくささがありました。

(ちなみに2007年といえば、まだ執筆中段階でした。しかし執筆中から告知していましたように、最初からラストを決めて書いていましたゆえに、続編も同じような感じで想像可能だったわけです)


ここは12月に本編が公開されたら、消えるスペースですが、

それまでの間、少し改稿しながら披露しておきますね。

一気に公開すればいいのですが、なにせプロットなので、省略が多く、補足しないと見られたものではないので、少しずつ。


なお、2014年段階の私が考えるに、この続編の展開はあんまりないな、と思っています。

ですので予告しているオマケ続編とはあまり関係ありません。。。



 * * *


20XX年。


将は死んだ。享年96歳。


畑仕事をしている最中に倒れて、そのまま心臓は止まった。


地に伏している将の体とは反対に将の魂は空へと昇っていた。


のぼってのぼってのぼりつめて。


17才の姿に戻った将はいつのまにか長い階段をのぼっていた。


何を目指しているのだろう、自分でもわからない。だが、とにかく必死でのぼっていた。


のぼりつめた果てを目指して。


「まあ、少し休め」


突然、呼び止められて将は振り返る。


そこには自分とそっくりの青年が立っていた。同じくらいの年齢だ。


風変りな服装をしている、と思ったが、具体的にはわからない。……わからなくなっていた。


肉体と一緒に、将は知識のほとんどを置いてきていたのだ。


そしてその顔には、見覚えがある気がしたが、それも思い出せない。


「お前が探しているのは彼女だろう、ワシに話してみろ」


若いくせに奇妙な言葉づかいをする。将は怪訝な顔をしてその青年を見つめた。


「ワシもついこないだ来たばかりなのだが、まだ探しておる。


探し疲れてここに座っておったのだが……退屈しのぎに、お前の話をしろ。


彼女とあれからどうなったのか、話せ」


つまりこの、若いくせに年寄りのような言葉を話す青年は将のことを知っているのだ。


あれから。


それだけは覚えている。


現実の脳がなくなっても、心がある限り忘れない、将が将である限り忘れない。


将は石段に座ると、話し始めた――。




あれから1年後。


病巣の肥大が認められた聡は、ホスピスに入院していた。


将は……すべての職を辞して聡に付き添っていた。


聡はそれをたしなめたが、将は「直るまで絶対に離れない」と頑張った。


表向きは、ちょうど政治的な難問に突き当たったときであり、それで将は総辞職するという体裁を取った。


しかし将の実力でそれが乗り切れないはずはなく、世間からは「謎の総辞職」と騒がれ、一部には無責任だ、という声もあり聡はそれに心を痛めた。


聡のホスピスに詰めていることも世間に知れていた。


しかし、聡と将に隠された秘密までは誰も明らかにできなかった。


将が主張する


「自分を悪の道から拾い上げてくれた先生を看病して何が悪い」


という理由を、誰もが信じていた。それだけの信頼を世間との間に将は築いていたのだ。


妻の香奈も同じように説明していたというのもある。


聡はそんな将を心配しながらも、穏やかな時間を噛みしめていた。




聡の病状が今のように悪化する前、荒江高校の同窓会があった。


そのときの話を二人はしばしばした。


井口がとうとうお爺ちゃんになったこと。


松岡が意外にもアレルギー体質を克服し、今はマッチョになってマラソンが趣味なこと。


カイトはゲーム会社でディレクターをやっててまだ独身なこと。


ユウタは離婚歴のあるリーマンで奥さんの連れ子を含めて5人の子持ちなこと。


チャミ・カリナ・ユキコはみんな子持ちだということ。


みな子は同窓会に来れなかったが、兵藤によれば、なんでも関西の新聞社でデスクを勤めてるらしい。


独身のキャリアウーマンで見た目若くて、全然変わらないらしい。



その会には……まだ総理在職中だった将が参加したものだから、皆はとても驚いていた。


しかし実は、その同窓会自体、将が兵藤に頼んで開催させたものだ。


それでも忙しい将は少しの時間しかいられなかったけれど、将と聡はそこで再びあいまみえることになった。


あれが、元気な聡をみた最後だったと思う。




いま、聡は目に見えて日に日に痩せていく。


表情は穏やかだけれど、まもなく彼女はいなくなる。


それを思うだけで……将は胸がかきむしられるようだった。


思いたくもない。だけど否応なく時は確実に迫りきている……。



ついに将は、香奈と別れて聡と結婚したいと言い出した。


香奈と別れて聡と結婚すると言い出した将に、聡はさすがに止めようとするが、将の意志は固かった。


まもなくこの世からいなくなる聡に、将の妻として、一緒の墓に入ってほしい――。


口には出さなかったけれど、そんな思いからだった。


将は聡のために、家族も何もかも手放すつもりだった。


自分を信じている妻、そして愛する息子たちのことを思うと、心は痛んだが、今は聡が大事だと思った。


聡の短い余生のために、自分の人生をささげる覚悟だった。


将から離婚を切り出された香奈は、冷静に受け入れた。


「……私、覚えているわ。あなたが若い頃いってた人のためなのね」


気丈に香奈は答えた。


しかし、誰も見ていないところで、悲しみ嘆いていた。


……聡はどうせすぐに死ぬだろう。死んだらきっとあの人は息子たちの元に戻ってくる――。


そんな風に聡が早く死んでしまうことを暗に望んでしまう自分を醜いと香奈は思い悩む。


悩み、一人忍び泣く香奈の姿を、息子の海が見ていた。


香奈から離婚の承諾を得た将は、正式に聡に求婚する。


聡はとまどう。


「将……、離婚なんて。お子さんたちが傷つくわ」


将は、それにはとりあわなかった。聡は悩んだ。


いまさらそんなことはいけないと思う反面、もうすぐ自分はいなくなる。


残された短い時間を将の気持ちにこたえたいという思いと……。




桜もだいぶ開いた晴れた朝、将は、聡の病室で


「今日は、指輪を注文してくる」


と、宣言する。


「将……」


聡は、横たわったまま弱弱しく将を呼んだ。


「もう一度、考え直して……」


「何度も考えた末の結論だよ」


桜が見たいからと、あけた窓から入った春の日差し。


ここのところ小康状態だが、聡の状態ははかなすぎると思った。


「ねえ、お願い……」


「だから、もう決めたの」


聡はそんな将の瞳をみつめていたが、ふっと微笑んだ。


「違うの」


聡は将に向かって手を伸ばした。


それは『抱き起こして』というサインだった。


将は「ああ」と手を貸す。


将に抱き起こされた聡は、桜を眺めて


「きれいね」


と感嘆する。


「……将、覚えてる?」


「何を?」


「ひーじーさん……巌おじいさまの骨を埋めた桜の木」


遠い夏の日が将の脳裏によみがえる。


巌の白い骨を、巌の好きだった先生の墓がある寺の、桜の大木の下に聡と一緒に埋めにいった。


埋もれていた記憶だが、いったん取り出せばあのときの土の匂いまで鮮やかなままだ。


「将、あれから行ってみた?」


「いや……」


聡と離れてから、そのことを思い出すこともなかった、というより意図的に思い出さないようにしていた。


本当は、巌の命日に墓参りに行くたびに、聡のことと一緒に、必ず脳裏に蘇りそうになるのを、理性で食い止めていたのだけれど。


「一緒に花見に行こうっていってたけど行けなかったね」


将は、はっとした。


たった今、聡の骨を桜の木の下に埋める、白日夢を見た気がした。


「何いってんだ。これからいくらでも一緒に行ける」


どんな顔をしていいかわからなかった将は、とりあえず怒ってみせた。


「ねえ、将」


聡は、そんな将に少し可笑しそうなそぶりを見せながら、呼びかけた。


「……今日は一緒にいてくれない? ここでお花見しようよ……」


こんなことを聡が自分から言うのは再会してからは初めてかもしれない。


将は、東京行きをやめて、一緒にいてやりたい気がしたが、すでにチケットを買ってしまっていた。


「すぐ戻るよ」


「すぐに?」


「うん。できるだけ早く帰るよ。明日、ゆっくり花見しよう」


「……そう」


まだ朝だから、空気は冷たい。


将は聡の体にさわったらいけないと窓を閉めると、聡を再び横たえて出かけようとした。


聡はベッドから


「……またね」


と微笑むと小さく手を振った。




うとうとと眠る聡は将の夢を見た。


若い頃の将の夢。幸せな夢。


ふと目覚めた聡は、夢の続きを見ているのかと思った。


それほど将にそっくりな少年が、聡のベッドの脇に立って、聡を見下ろしていたからだった。



母の香奈が誰にも見られないように泣いている原因は父の将であると、もう14歳になる海にはわかっていた。


子供たちには気づかれるまいと香奈は気丈にふるまったが海には将が家族を見捨てようとしていることをうすうす感づいていた。


父の将には母以外に忘れられない誰かがいる。


その誰かに会うために、恩師の看護を口実にして家をあけている。


その恩師の聡なら……もしかして父の相手を知っているかもしれない。


聡が相手の名前を知らなくても手がかりがつかめるかもしれない。


海が聡の病室を訪ねたのは、本来はそんな理由だった。


もし聡が父の愛人を知っていたとして。


自分はその女に会いにいくべきなのか。


また父の積年の愛人に会ってどうするのだ、という思いもある。


あの父がすべてを投げ打つというのだから自分ごときが何かをしても、いまさら何も変えられないのだ、とも思う。


だが……あの元気で明るくて強くて能天気な母がしのび泣いている姿。


そして、父が大好きな弟の了のことを考えると海は無駄だとわかっていても、動かざるを得なかった。



聡のホスピスは、父の情報から容易に知れた。


眠っている聡を見て……海は、この「恩師」が父親の恋人なのだとすぐにわかった。


単なる直感で、何も証拠があるわけではない。


この病室に入るときも……将の息子だとわかって、看護師は容易に海を聡の病室に入れてくれた。


「あいにくお父さんはお留守でね~。古城先生、鷹枝さんの息子さんが来たってわかったらびっくりしますよ。教え子のお子さんですもの、きっと喜ばれますよ」


そんな風に「恩師と生徒」として、対外的に公明正大に周囲にふるまっていることがわかったにもかかわらず、そこに横たわる女は、間違いなく父の恋人である。


そう確信した海は息を呑んで、女をよく観察しようとした、その刹那。


女は目を覚ました。


確信は、証拠を得てしまった。


目を覚ました女は、海を見て「しょう」とつぶやいたのだ。


それは音声にならなかったが、海には、はっきりとわかった。



「海……くん?」


はっきりと目覚めた聡はすぐに、目の前に立って自分を見下ろす少年が将の息子の海だと気づいた。


写真を見せてもらったこともあるし、なにより将自身が「息子は自分にそっくりだ」といっていたのだ。


名前を呼ばれた海はぺこりと頭を下げた。


ここに横たわるやせ細った女が、父の愛人だと直感したからといって何から切り出せばいいのかわからない。


「ごめんなさいね、お父さんはあいにく、今日は東京にいってるのよ」


思わず手助けしたくなるような、いや、もういいから、といいたくなるような大儀さで布団から身を起こしながら謝る。


海が、父に会いに来たと思っているらしい。


「本当に、鷹枝君にそっくりね」


悪びれもなく、というより懐かしそうに海の顔を見つめている。


優しげな顔に海の喉に言葉がつまる。でも、勇気を出す。


「あ、あの!」


傍らの引き出しに、もらいもののお菓子でもなかったかと体をよじらせようとしていた聡は、海の硬質な声に振り返る。


「父を」


瞳を見開いた聡に、ひといきに訴える。


「返してほしいんです」


もう、後戻りはできない。


「父が帰らなくて母は相当参ってます。弟もまだ小さくて、父が必要なんです。だから、お願いします。父を僕たち家族のところに返してください!」


父の愛人に会ったら、本当は罵倒してもいいくらいだ、と思っていたのに。


気がついたら頭を下げていた。


父の恩師でありながら、愛人。


世間的に見てもさげずむべき女なのに、海は自然に「お願いをする」という態度に出ていた。




「顔を上げて、海くん」


頭を下げたままの海に、低めだけど温かみのある声がかけられた。


「お父さんのこと、ごめんなさいね」


顔をあげた海は、女の瞳に引き寄せられた。


その瞳は悲しげながら、落ち着いていた。


「でもね……、お父さん、もうすぐ海くんたちのところに帰るから」


しっかりした口調で、女は断言した。


「必ず帰ってくるから、信じてあげて」


海は困惑した。


この女が、父の愛人だというのはもくろみ違いだったのだろうか。


思わず、口をはさむ。


「それって、いったい」


「鷹枝君……お父さんは付き添う人が誰もいない私を心配して、ずっとついていてくれたんだけど、でももうすぐね、私も治るから……本当にごめんなさいね」


それは世間に知られているとおりの情報だった。


両親もなく、ひとり娘は売れっ子女優で忙しい聡を、かつて自分を立ち直らせてくれた恩義ゆえに、将が身を削って看病しているという――。


海は聡の顔をもう一度見た。嘘をついている顔ではないと思った。


微笑を浮かべた顔は、弱弱しいながらも、治りがけといえなくもない。



「……海くんは、お父さんが大好きなのね」


海は目を見開いた。


父のことを好き、と素直に表明できる年ごろではない海は、何か反論しようとした。だが続いた言葉に何もかも引っ込んでしまった。


「今日、だからお父さんを迎えにきたのでしょう?」


言葉の代わりに、思わず目に熱いものが溜まりそうになるのをこらえながら海はうなづいた。


今日。……それは父、将の誕生日。




「お母さんと、弟さんをしっかり守ってあげてね」


父の恩師は、病室を辞していく海に最後にそういった。




再び、ひとりになった聡は、ガラス窓越しに桜を見上げた。


吸い込まれるように突き抜ける青い空に、花びらが輝いているようだった。


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