僕は人気の生主
僕は朽木友也。ネットで生放送をしている、生主ってやつだ。
僕の放送は一回30分の放送で100~200人はやってくる、まあそこそこ人気の生主って事になるかな。
きっかけは母がまず生放送を始めた事だ。僕のいない間に僕の部屋を撮って『ニートのお部屋』として晒していたんだ。
全くもって最低な母だけど、広告収入としてお小遣いをもらったし、視聴者が今度は僕に放送して欲しいと頼んだ事がキッカケで次からは僕が放送する事になったのだ。
視聴者からのアイデアで「ニートが社会復帰するまでの道程」というタイトルにしたらそれが大当たりで、それから来場者がうなぎ登りに増えていった。
「ともくん、生放送の調子はどう?」
母が入ってきた。一応僕の出世の立役者だから感謝しとかないとな。
「うん、バッチリ」
「今日はどんな放送?教えてよ」
「教えるけど見るなよ。コンビニで買ってきた食べ物を批評するんだ」
「あら、そんなので人が来るの?」
「まあね、それよりこれから放送あるから出てってよ」
「はいはい」
母が出て行った事を確認して僕は準備に取り掛かる。
カメラを整え、顔をマスクとサングラスで隠して、完璧。食べる時はマスクを外すけどまあ大丈夫だろう。プライバシーが全てだからこの辺りに手抜かりがあってはいけない。
さあ予約していた時刻が来た。放送開始だ。
わこつ~
今日は顔出しすると聞いて
アッチョンプリケ
色々なコメントが流れてくる。僕はコンビニで買ってきた色々な珍しい商品を床に並べた。
まずは食事。なめこ汁とカツ丼だ。
「よし、今日はなめこ汁でキめよう(キリッ」
精一杯テンションを上げてなめこ汁を食べる。
「うーん、あさげよりはアッサリしていて悪くないな。これはカツ丼に合うんじゃないかな」
「カツ丼は何というか米が薄っすら敷き詰められているだけで、何が『丼』なのか意味不明。うわぁ、騙されたわー。見た目で分かるけど騙されたわー」
食事が終わればお菓子コーナー。メロンコーラと堅すぎチップスを取り出す。
「うーん、このわざとらしいメロン味!」
「うわかたっ!このチップス、カッチカチやぞ!」
随所にネタを仕込んで笑いを稼ぐのも重要だ。
30分間、懸命に食事を楽しみ、放送終了。今日も来場者が100人を越えてなかなか盛り上がる放送だった。
明日は面接ネタの為に、応募した会社に面接に行く日だからそろそろ準備しないとな。人気生主はマジ辛いわー。
*
「お母さん、どうですか息子さんの調子は」
「ええ、もう。おかげさまですっかり元気になりまして」
応接間で友也の母と男が話している。
「バイトの面接にもよく行ってるんですよ」
「ええ、私たちが見る限りでも彼は社会に適応する力をメキメキ付けていますよ」
「でもどうしてあんなに来場者が来るのか、それだけが不思議で…」
「そろそろお話してもいい頃でしょうね」
男はタバコを取り出すと、少しニヤついた表情で話し始めた。
「実は我々の運営しているライフチューブはですね。一般公開をしておりません」
「えっ、それはどういう…」
「つまり検索に引っかからないわけですから、一般の人間は一人もいないという事ですよ。他の放送者も全て私達のお客さん、つまりニートか引き篭もり、不登校の生徒なんです」
「それじゃ来場者は…」
「あれは全て嘘の数字です。BOTが稼いでいるのですよ」
「ボット?」
「はい、簡単に言うと機械ですね。機械があたかも来場したように来場者数をカウントさせて、特定のコメントを残すのです。それだけでは不自然なのでうちのスタッフも手動で書き込みをしていますがね」
「そんな!それじゃあの子は…」
男は困ったように、少し間を置いた。
「…残念ながら、一般の人間は誰一人見ていない放送に精を出しているという事になりますな」
「そんなのあんまりじゃありませんか!」
「いいですか。それもこれも友也君を更生させる為の布石なんです。まず奥さんに放送を頼んで、それを息子さんが引き継ぐようにしたのも、全てが布石です」
男はタバコの火を消し、本腰を入れて話し始めた。
「生放送というものの本質はテレビと同じ事を、規模を縮小してより身近に、素人達でやろうという事なのです。しかしいきなり矢面に立てば、非難を受けるのは必至です。ですので友也君のように傷つきやすい人間はまず批判の一切出ない状況でノビノビやらせてあげる事が社会復帰に効果的なのです」
「しかし社会では…」
「もちろん、実際の社会では非難される事もあります。しかしそれは就職さえすれば誰もが実感するようになるのですよ。同時にいくら人気の生主であっても、社会における自分の実際の立ち位置も知る事にもなります」
「確かにそうですが、そんなに上手く行くか…」
「その点は私達はプロですからおまかせ下さい。書き込んでいるのは全てカウンセラーのプロです」
『プロ』という言葉を聞いて少しだけホッとした表情をする友也の母。
「でもいつかは放送をやめる時が来て、その時にやっぱりショックを受けるのではありませんか?あの子は強情だから、それを知ったら怒り狂うと思います」
「放送をやめさせるまでが私たちのプログラムに組み込まれています。生放送というのは生主が作り上げているとお思いかもしれませんが、実際は違います。多数の視聴者が放送を作り上げているのですから、どれだけ強情な人間でも問題ありません」
「と言いますと?」
「生主がどう振る舞うかは、もっと大きな力を持った多数の意見次第だという事です。生主を王様にするのもピエロにするのも視聴者なんですよ」
「そういうものでしょうか」
「生主は視聴者を想像する事しかできません。たった10人でも視聴者から批判を受けるという事は、自己を否定され、放送終了の危機を呼ぶわけですから、生主は避けたいわけです。その時点でもう主導権は我々の方にあるのです」
男はニヤリと笑った。
「大丈夫です。我々に任せて下さい」
*
私はその男との会話が終わってから、息子の部屋を覗いた。
息子はカメラに向かって何か熱心に話していた。
私はこんな茶番はもう終わりにして、早く息子が独り立ちして欲しいとただ祈るばかりだった。