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26, 回り始める歯車

「全く横暴だと思いませんか先輩! 高校生になってまで宿題宿題って、あたしももう子どもじゃないんですから。あー、あの教師の髪の毛何かの因果で禿げないですかねぇ、思いっきり笑ってやるのに」

 

 あれからもう一ヶ月の時が流れようとしていた。灰田は相変わらず何かとちょっかいを出してくるものの、特別おかしな出来事があったわけでもなく、私はこうして白椿さんと放課後の談笑を楽しむだけの坦々とした毎日を送っている。白椿さんは現在実質上一人暮らしとなったわけだが、私が週に何度か訪問して食事などをともにしている。彼女のことであるから、犯罪に巻き込まれたとしてもどうにか出来そうではあるが、今まで関ってきたのだからついでにと私もそのライフを楽しませてもらっている。黒住はあのあとから消息を絶ったと思っていたのも束の間、数日前の私が馬鹿らしく思えるほどに何事もなく姿を現した。彼曰く、一度は放浪も考えたらしいが、結局ある理由があって戻ってきたらしい。ある理由というのは何だか分からないが、どちらにせよ私には関係の無さそうなことだった。


「というわけでマック行きましょう先輩」

「……どういうわけで?」

「いや、立ち話もなんですしね」

「でもあそこ、黒住が良く利用してるから危ないわよ?」

「あー……やっぱそこらのファミレスに」


 と、言葉を濁したとき、後ろから声がした。


「なかなかに酷いな白椿。コーヒーの一杯くらいなら奢ってやったというのに」

「うわっ!! いきなり出てこないで下さいよ! つーかなんでこんなとこにいるんですか」

「気まぐれだ。無論、この言葉に嘘は無いが、主に悪意で出来ている」

「……なんか怪しいっすね」

「クイズだと思え」

「ていうか、黒住の名前を捨てたのに、まだその口癖みたいなのは使ってるんですか」


 その問いに黒住は少しだけ表情を濁した。何かものうつげ感じである。


「……癖になった」

「――は?」


 思わず私も黒住を見た。


「なに、五年も六年も自分を偽っていれば、自然と身に染み付いてしまうものだ。『自己破壊』がもたらしたものは少なく無かったということだ」

「ふぅん。まああたしも『因果です』っていう口癖直ったかと聞かれたらそれは悩みますけどね」


 つい一ヶ月前までは考えられないような談笑の光景だった。まず白椿さんと黒住が進んで会話を成立させていること自体珍しい。あの日以来、白椿さんはどことなく丸くなったところがある。といっても人間性とかそういう問題ではなく、単純に黒住という人間に対しての話であるが。

 しばらくそのまま歩いていると、ちょうど大通りに入る角に差し掛かったところで白椿さんのスカートのポケットから振動音がした。話し込んでいた黒住がそれに気付いて言う。


「おい、鳴ってるぞ」

「はいはいわぁってますよ。……もしもしー?」


 一度立ち止まって電話に耳を傾け始める。内容からして何か目上の人と会話しているようだ、語尾が不自然に敬語になっていた。その光景を見て私は思わず笑みを漏らした。以前まで一人で生きていけると信じていた彼女がこうして誰かと会話をしているのを見るのはまさに変わった証拠を見せ付けられているのだ。私は黒住に寄っていて話しかける。


「ねぇ、彼女変わったわよね」

 

 すると黒住も感慨深そうに答えた。


「そうだな。正直に言えば、俺は奴の親を殺したことを多少後悔している。というのも、それで奴が塞ぎこんでしまったら逆効果だからな」

「そうね。……ぶり返すようで悪いけど、あの日のことを少しだけ聞いて良いかしら?」

「構わん」

「……成田空港での一件、まあどうやって秘密裏に処理したかは聞かないわ。そうしてもらったほうが私も有利に働くし。問題は、『白椿の呪い』についてよ」


 黒住もその言葉には反応を見せ、ゆっくりとこちらに顔を向けた。真面目に話を聞いてくれるようだ。


「科学者思考……ってわけじゃないんだけど、私も呪いとか神とかはあまり信じない主義なのよ。いえ、その存在自体は多少認めても良いけれど、それが世界に影響を及ぼす存在かと問われればの話ね。それで、あの日白椿さんのお父さんの方は謎の死を遂げてる。まさか、あのまま呪いで片付けるつもりじゃないでしょう?」

「ふん、そんなこと考えなくても良いだろう。奴らの被害妄想であり、完全なる自害だ」

「いいえ違うわ。あれは自殺なんかじゃなかった」

「言い分を聞こう」


 私は頭の中の光景を整理しながら自分の推論を披露し始める。


「まず、自殺に使われたのは間違いなく拳銃。それは確かよ。けれどあの場は自殺現場にしてはあまりにおかしかった。そのためには根拠が少し足りないのだけど、一つ可能性を挙げるなら『拳銃は二丁じゃなかった』。これは、まったく自信が無いわ」

「俺の持っていたものと、夫が持っていたものと、もう一つあると?」

「そう。何故ならあの時は放心していたから全く気付かなかったけど、彼女のお父さんは拳銃なんて持ってなかった。あったのは血の水たまりだけよ」

「それは貴様が単純に見落としただけではないのか」

「そうね、そうかもしれない。実際言ってしまえば、私がこう思っている原因はある一つの結果が付きまとってる。逆算思考ね。私は白椿さんのお父さんを殺したのは、彼の妻じゃないかと思ってる」


 黒住が黙る。


「教えて欲しいことがあるの。もしも拳銃が二丁であったならば、貴方はその拳銃を『どちらに持たせていたの?』」

「…………」

「女性っていうのは男性と比べて中毒性のあるもの、宗教的なものに対して多少熱狂的、いえヒステリックって言ったほうがいいのかしら。そういうものがあると思うのよ。だから貴方は元からこの結末を予想して、妻のほうに銃弾の入った拳銃を持たせていた……というのは過剰な演出の見すぎかしらね。お母さんが娘に『固定観念』という『呪い』を植えつけるための過剰演出、そう考えればすべての事象に納得が行くわ」


 少しの間沈黙が流れた。黒住はゆっくりと吐息を吐いて胸ポケットから見慣れたミラーサングラスをかけた。夕日がまぶしい時間に入っていた。

 黒住は今まで溜めたものを吐き出すようにして話し始める。


「つじつま合わせ……にしては異常な根拠と信頼性のある推理だ。そして問いに答えるならば、貴様の推理は大正解、ということになる。拳銃は二丁だったが、……まあ誘導尋問に乗せられたといったところか」

「……やっぱり」

「だが、一つだけ違えている点がある」

「それは……?」

「俺がこの劇を調整したわけではないということだ。俺は二人ともを射殺するつもりだった。だが、一人は勝手に死んだ。ただそれだけの話だ。女のほうに銃を持たせたのは男に持たせるよりも勝機が高いと見たからに過ぎない。これは言えば、単なる因果応報だっただけの話だ」

「因果、応報」


 言葉にしてみれば、実に納得の行く結論だ。目には目を、歯に歯を。人を殺せば、人に殺される。なんという綺麗な回り方をした歯車だろうと私は思った。

 人生は歯車に例えられることが多い。運命の輪、輪廻転生、人との関係、因果応報、何もかもが繋がって一つになっているという例え。自分という世界舞台にして様々な登場人物が自己主張し、他人を認め、そうして造られる本当の自分。


(なら、私は一体どの世界の歯車に巻き込まれているの……?)


 それは勿論白椿菊乃の世界であり、黒住儀軋の世界であるし、学校のクラスメイトの一人一人の世界に私は歯車の一つとして組み込まれていることだろう。だが、それだけではまとめられない何かがあることも確かだった。

 自分という歯車が必要とされている世界がどこかにある。そんな気がするのだ。それが最近までは白椿さんかと思っていたが、どうやら先日の件でそれは思い過ごしだと知った。だとするならば……。


「そういえば」


 思考を中断させるように黒住が声を上げる。


「最近誘拐事件が多くなっている。それも全国規模という稀のパターンだ。東京都でも何件か起きているが、何よりも北海道から沖縄、それどころか話によれば中国やハワイのほうでも起きているらしい。誘拐というよりも身内では神隠し、なんていうまた根拠も無い現象が挙げられてるくらいだ。貴様らも若い女性なのだから、気をつけたほうがいい」

「全国っていうか世界規模じゃないそれ……」

「何、偶然というものは重なるものだ。ここに規則性を求めるのは砂漠の砂からものを探すのと同様、五里霧中も良いところだ」

「そりゃね。全世界に渡って誘拐事件起こして何しようっていうのよ。革命でも起こすつもりかしら」

「さあな。まだ身代金要求などの事件にはなっていないらしいが、時間の問題だろう」

「ま、忠告感謝するわ」


 ちょうどこちらの話が終わったところで、白椿さんも電話を切った。途中から怒声が聞こえてきたような気がしたが、案の定重い空気を背負ってこちらに来た。


「バイトのシフト無理矢理入れられました……。今日は先輩と沢山遊ぶ予定だったのにぃ!」

「無理矢理って……断れなかったの?」

「はい……なんかバイトの子が二人くらい無断欠席してるらしくて、人手が足りないらしいんです」

「最悪ねそれは。んまあ、承諾しちゃったなら早く行きなさい。次その無断欠席した子に仕事押し付ければ良いわ」

「りょーかいしました。んじゃ、また明日会いましょう!」


 風が通り過ぎるように素早く白椿さんは走り去っていた。相変わらずの構成材料十割が元気な子である。見ていて微笑ましい以外の何ものでもない。

 

 ――さて。


「用件を言いなさい。黒住」


既に陽は落ちている。しかし、黒住のミラーサングラスには暁光が微かに光り、それを反射していた。彼は何を言い出すのだろうか。


「『気まぐれだ。無論、この言葉に嘘は無いが、主に悪意で出来ている』ね。結局、つけてたんでしょう?」

「……聡明すぎる人間は正直好かない。貴様のような人間は推理小説には存在してはいけないと思うのだが」

「良いじゃない別に。ここはリアルよ。それに私はあんな天才探偵じゃないんだから」

「ただの……優等生か。良いだろう、要件を伝える」


 自己破壊。

 自己殺害。

 自己崩壊。

 セルフディストラクション。

 そして彼は言った。


「俺とともに、この世界を壊して欲しい」


 

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