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23, 親子と夫婦

 すべての人間がその存在に首をかしげ、唇を噛んでいた。白椿菊乃はその中で威風堂々と親の前まで歩み寄ってきた。そして黒住を一瞥する。その視線に威圧を感じた黒住は小さく舌打ちし、白椿夫妻を取り押さえていた男たちを撤去させ、三人から距離を取った。ここからは自分の出番ではないと悟った。

 菊乃はそれを確認すると両親に向かって静かに頭を下げた。


「お久しぶりです。お母さん、お父さん」


 それを聞いて夫妻は面を食らった。


「お前、その呼び名は――」

「黙ってください」


 菊乃は凛としていた。もはやここに怖れるものなど何も無いというように、誰の言葉行動にも微動だにしなかった。その眼は自分の愛すべき憎き両親に常に向けて、ただつらつらと言葉を並べるように語る。


「あたしたちは、結局何がしたかったんでしょうかね。他人の命を奪って、それで自己満足して、実はだからといって何も無いことを悟っていて、それでも止めずに人を殺して。それで、結局何を得たんでしょうかね?」

 

 菊乃は自分のすべてに疑問を持っていた。何故自分がここにいるのか、何故自分がこのようなことをしなければならないのか、理不尽の中に立ち尽くして、何も出来ずにもがいていた自分は何だったのか。それは、たった一つの堤防で抑えられていただけだった。

 文献を読んだ。真実が砂のように転がっていた。それでも彼女は両親を信じ続けた。それは、それでも彼らは家族であって、自分に正しい道を示してくれるものだと信じて、運命に身を任せていたからだ。しかし、彼女にとっての堤防は昨晩の血みどろの彼らの姿で、崩れさった理想に現実が押し込み、あっという間に彼女の心は荒んだ。

 一番信頼できる、たった一人の友人の元に駆けつけた。彼女は、とても優しく、そしていつでも真実だけを見て伝えてくれる人だった。菊乃はそんな彼女に泣きついて、胸のうちを語った。それが、最後だった。


「昨日の夜、何があったんですか?」


 突き放す口調で菊乃は目の前の男女に声をかけた。もはや彼女の中で、二人はだたの男と女でしかなかった。


「お前なら理解してくれるだろう。白椿のしきたりだ。呪いを解くために、私たちの味方を作るために、沢山の人を浄化してきたのだ」

「そうよ菊乃。昨日は貴方にも見せようと思ったのだけど、ごめんなさいね。どこかに行ってみたみたいだから……それを怒ってるなら」

「黙れって言ってんだろが!!」


 瞬間だった。菊乃の声が荒くなった。


「御託をぐだぐだぐだぐだ言いやがってさぁ、あたしはそんなの聞きたいって言ってるんじゃないって知ってんだろ? あたしはね、怒ってるんじゃないんですよ。泣いてるんですよ。自分の、じ、自分の両親が、帰ってきたら、血みどろですよ?」


 声に嗚咽が混じり始めて止まらなくなる。けれども、決して涙は流さず、表情は怒りに震えたままだ。


「想像出来ますか、ね? ああ、貴方たちは見てるんですよね、先代の人のに……ぅっ……。でも、でもですね、あたしは普通の女の子なんですよ? じ、自分で言うのもなんですけど、これでも、親のことは慕って……っ」


 黒住が後ろからもう良い、と菊乃の肩を叩く。慈愛に満ちたものだった。菊乃はギリッと音が鳴るほどに歯を食いしばり、両親に背を向けた。酷く孤独な背中だと黒住はそれを見て思う。嗚咽に震える肩は、それに泣く子どものようだった。その後も支離滅裂な言葉で誰を攻めるわけでもなく、ぽろぽろと涙を零す代わりに両親に向かって何かをぶつけていた。不満にも聞こえるし、文句にも聞こえる。だが、黒住にはそれが泣き言にしか聞こえない。目の前にいる当の両親は、その必死の訴えを聞いてもいなかったからだ。

 歯が音を立てたのは黒住のほうだった。家族というものから長らく離れていた彼にとってもこの光景は理解しがたいものだった。子が訴え、親は自分のことで精一杯でそれを聞きもしない。酷いのは、世界のシステムだけではなかったようだ。白椿夫妻自体が狂っていた。


「何を……しているんだ。貴様らは」


 声を怒りの中から絞り出す。その声に夫妻は顔を始めて上げた。


「貴様らの娘が、こうしてここに来て、貴様らに言いたいことがあると言っているのだぞ? それを何故聞かない、何故受け止めようとしない?」

「な、私たちは聞いているぞ」

「ほざくな。脱出経路を調べていたのだろう? 眼が泳ぎまくりだ。じっとしていれば逃がすから、今は彼女の言葉を聞け」

「くっ……。黒住の言うことなど信じれるわけが無いだろう」


 黒住は一度ため息し、言った。


「なら今一度言おう。俺の発言に嘘は無いが、主に悪意で出来ている」

「……本当だな?」

「ああ」

「……良いだろう。どれ、菊乃、話してみなさい」


 そう夫の方が菊乃に言う。が、彼女は全く振り向くそぶりを見せずにうなだれている。


「へへっ」


 その彼女から自嘲するような声がした。事実笑っているのだろう、肩がかすかに上下していた。

 

「分かってましたよそんなこと。そうですか、あたしの言葉はもう、こんな黒いおじさんを介してでしか聞こえなくなっちゃったんですか。なんていうか、あんたたちがあたしの言葉を聞かなかったことよりも黒住がそういうこと言うほうが以外に思えてくるくらいしっくりきましたよホント。病気なんですよね、この世界もあたしも、あんたたちも。どこもかしこも腐ってるんですよ。――家庭なんて、とっくに崩壊してたんですよね」


 分かりきっていたことだった。たった一つの繋がり、それは夫婦というものだった。つまり、親子ではなかったということだ。白椿菊乃が感じていたかすかな最後の繋がりは、単なる勘違いだったのだ。それがどうしてか今の彼女には酷く滑稽な過去に思え、思わず笑みを漏らしていた。結局自分は突き放され、突き放していただけで、何とも繋がっていなかったのだと分かってしまった。

 因果の鎖は、運命に巻きついていただけだった。


「恥ずかしいとは思わないのか?」


 黒住の口が開いた。


「貴様らの家族が崩壊しているのを娘に指摘され、腐っていると言われ、病気なのではないかと疑われ、親としての威厳は無いのか?」


 白椿夫妻は顔を伏せた。多少の酌量の余地はあるだろうと、黒住も見計らっていた。

 ――が、それも単なる希望で終わった。


「私は、私たちは呪いから解放されなければならないの」


 妻が重々しい表情で語る。


「白椿は呪いをかけられているから、一代一代をかけて段々とその呪いを浄化して、普通の人間になるのが私たちの願い。それを止められることは、娘であろうと許されるべきことではないわ」

「それが被害妄想だと……」

「黒住さん」


 菊乃が黒住を遮る。その瞳には既に諦観の色だけが浮かび上がっている。

 何を見ているのだろうか。菊乃の視線はどこか彼方へ、そしてつぶやいた。


「――『因果応報』、じゃないでしょうかね」

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