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0, 血溜まりの狂気

結構グロテスクな表現を扱っております。苦手な方はご遠慮ください。

ホラーっぽいですが、そういった内容は含まれておりません。あくまでそういう作品ですので。


理論や持論、一般論などあまりライトではない文章構成となっておりますので、そこのところご注意ください。とは言え、何故か掛け合いも入れる。それが蜻蛉クオリティ。

 狂気と狂喜は何が違うのだろう。

 時々私はそんなことを思うことがある。辞書で調べてみれば、「狂気」とは気が狂っていること。また、異常をきたした精神状態のことを言うらしく、「狂喜」とは異常なまでに喜ぶことだと言う。

 でも、狂喜とは狂うと言う言葉が使われているように、やはりどこか普遍的でない部分が存在するのだろうと思う。そしてそれは狂気ではないのだろうかと。

 目の前の光景を私は狂気と呼ぶのか、狂喜と呼ぶのか判断に困る。目を眼球が飛び出すんじゃないかという勢いで見開きながら、嗚咽交じりの悲鳴と咆哮を撒き散らす女の子。悲鳴、と言うには少し相違が発生するかもしれない。

 彼女の表情は狂喜に歪み、それを見ている私の目には狂気に写る。

 三原色のマゼンタなんて比にならないほど赤く、ブラックなんて知れた名前で表現するには勿体無いほどのどす黒さが視界を支配し、それでも尚血なまぐさい臭いは私の嗅覚では感知できない。あれを血だと言い切るには幾分証拠が無いが、今まで生きてきた人生経験の中で判断するには十分な光景だった。

 女の子は『何か』を引き裂き、捻り潰し、原型すら留めぬほどに真っ赤に染め上げる。臓器は剥き出しにならないし、肉という肉がちぎれる音もしないし、喰われる何かの悲鳴が聞こえる訳でもない。

 けれども女の子はそれを殺し、殺し、コロス。

 そして笑う。笑ふ。ワラウ。


「あははははははははははははははは!!!」


 鮮血の空間に響き渡る甲高い笑い声。耳奥にだけ反響して、私の意識がもがれそうになる。体中を引っ掻き回されるような感覚が襲い、音のツメが私の肌に突き立てられたことに気付く。

 ……痛い。……痛い。……痛い。

 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!!!

 引っ張り出されたのは『何か』のものではなく、私の臓器、肉、悲鳴。体内で逃れることなく木霊する女の子の声は、私を殺していく。

 激しい耳鳴りと、胃が大波のようにうねりを上げる感覚。眼球の奥が酷く乾き、頭蓋骨の中身が振動する。その怒涛の殺意に耐え切れるわけも無く、私は膝を付いて流したくも無い涙を地に落とす。波紋が残り、自分が座っていた場所が水たまりだと知る。

 これは一体どういうことだろうか。

 人殺しの現場を目撃した不幸な人間?

 仲が良かった友人が死んだ瞬間に居合わせた人間?

 この世のものとは思えない化け物との遭遇?

 そんなファンタジックな言葉で片付けられるのならそうして欲しい。

 これは『狂気を喰らった可愛い子の本性』か。ギャップが激しいからこその恐怖。女の子の長い髪はきっと血のせいでボロボロになってしまうことだろう。けれども気にしている様子は皆無に等しく、その血を天の恵みとでも言うように満遍なく浴びているようにも見えた。


 ――ふと、女の子の声がピタッと止まった。


 苦痛から解放された私は、汗だくになりながらも女の子を見る。

 女の子も私を見た。潰れた眼球をぐるりと向けて、不敵な笑みを漏らしながら。


「あなたはこんなに殺して、どうしたいの?」


 恐れを隠すために並べた言葉はこれだった。女の子は先ほどの凶行とは打って変わって、落ち着いた声で答えた。


「ねぇ、私はこんなに殺して、どうしたいの?」


 泣いていた。こぼれた涙も限りなく紅い。場違いじゃないのかと、私は咄嗟に怒りたくなったが、そのあどけない表情に言葉を飲み込んだ。

 それは答えじゃなかった。それは私に対する問い。

 どうしようもなく分からない自分への問い。答えるのは私。問うたのは私。

 寂寞せきばくとした相手の気持ちに私は戸惑う。どうしてそんな無機質で、悲しそうな瞳をするのかと。あんなに殺しておいての慟哭どうこくは、卑怯じゃないのかと。

 まるで子供のようだった。血の水たまりに身を浸しているのは物心つかない子供。

 だから迷い人に尋ねるように、私は聞いた。


「あなたはだあれ?」


 すると、彼女は泣き止んで、笑って答えた。

 不気味に口元を吊り上げて、まるで狂った口裂け女のように。


「知らない」


 突き刺さったのは、言葉だっただろうか。ツンッとした痛みが胸の辺りに走ったかと思えば、そこには彼女の白い手が。きめ細かい肌を持った綺麗な腕は、私の中に食い込んで中身を引きずり出そうとしていた。

 脊髄を持っていかれた。

 五臓六腑を持っていかれた。

 体内を這うように蠢く彼女の手は、そのうち私の脳を持っていった。

 不思議と痛みは無かった。あるのは血が駆け巡る熱だろうか。

 どくん、どくんと脈打つ私の全てはグロテスクで、見ていて吐き気を催すものだったが、もう吐くための器官すら存在せず、かと言って息が漏れるための肺もなく、血を流すための心臓すらない。

 けれども血溜まりは一つ増えて、彼女の身体を汚していく。また一人、彼女はその手で殺したのだ。血塗れの掌には私のモノが。

 朦朧とする意識の中、私は彼女の顔を見た。整った顔立ちで、きっと男子生徒にもてはやされたに違いない。傷ついた黒髪は、きっと愛しい人に撫でられるためにあったに違いない。

 笑う彼女を目の前にして、急激に眠気が襲ってきた。

 崩れ落ちる身体の感覚と、崩れ落ちた意識のタイミングは一緒だった。


 ――私は殺された。


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