第二章 空の青と真紅の神官 3
やばいかな?
思わずマントに手をのばした時、垂れ幕がばさりと勢いよく開いた。
入ってきたのは、薔薇色の頬をした、王女と同じ年くらいの若い女だった。
あの男はいない。
男が連れ込んだ遊女だろうかと思ったが、服は質素なもので至ってシンプルだ。
その手の女性ではないらしい。
女は神官を見、次いで王女を見て、ハッと息を飲んだ。
入った瞬間は明るかった顔が、さっと青ざめ、頬はぴくぴくと引きつっている。
目の大きな、かわいらしい女性だった。
「……エディ」
王女を意識しながら、女は若い神官に呼びかけた。
「サリア。どうしてここへ?」
びっくりした様子もあまりなく、冷静な声と顔で彼は入ってきた女性に言う。
どうやら神官の知り合いらしい。
王女は悟った。
この娘が、あの男の言っていた神官の幼なじみなのだ―――。
娘は喘ぐように言った。
「あたし……どうしても、エディに会いたくて、父さんに頼んで来させてもらったの。都は伯父さんの家があるから……一月後の王女様の戴冠式まで滞在させてもらおうと思ってきたのよ? エディってば五年前ここに入ったきり、一度も帰ってきてくれないし、手紙もくれないんですもの……あたしが逢いにくるしかないじゃない? こんな夜に訪ねるのは悪いと思ったのだけど、入口で会った、ええっと、パリスさんっていう神官の方が、あなたは夜いつもここで籠もっているって言うから……」
ちらりと、娘――サリア――は、王女を見た。
その目の奥には疑惑と嫉妬がちらついていた。
まずい時に来てしまったな……。
バツの悪い思いをしながら、サリアににこりと笑いかける。
国一番の美女に微笑みかけられたら、たとえ女性といえどもうっとりとしてしまうであろう。
案の定、サリアはポッと頬を赤く染めた。
「え、えっと、あの……こちらの人は?」
神官が口を開く前に、王女が素早く口を挟んだ。
「アルヴァーナ。ただの聴衆よ。……貴女は?」
「あ……サリア。このエディアールの幼なじみ、です、けど……」
「よろしくね、サリアさん。あ、言っておきますけど、私はただ次期大神官の祈りを伝授させてもらおうと思って聞きにきているだけですから」
なるべく丁寧で、やわらかな口調でいった。
妙に勘繰られても困るし、かといっていつものような少々傲慢な言葉遣いをしたら、心証を悪くしてしまうかもしれなかったからだ。
「次期……大神官?」
サリアは首を傾げて、神官を見た。
どうやら、大神官の就くことを、知らせていなかったらしい。
「エディ……大神官になるの?」
「ああ」
「まぁ……」
サリアは絶句してしまったようだった。
そして嬉しいような、誇らしいような、悲しいような、怒ったような、複雑な顔になり、
「そんな大事な事、どうして知らせてくれなかったの……?」
「知らせる必要もなかったから。それに、なってから知らせても、何も不都合ないでしょう?」
冷たい、とさえ言える言葉だった。
とてもじゃないが、愛しい女性に言う事ではない。
決まりの悪い思いをしながら王女は、席を立つ機会を失って、二人の会話に耳を傾けた。
「そんな……そんなことなら……、就任の時には、村一同で都にくるわよ? おじさまだって、どんなに喜ばれるか……」
「現在の大神官殿の役職を継ぎ、祭時には女王様と共に先頭に立つだけですよ」
「だって……だって……大神官といったら、女王様のご相談役じゃないのっ。それだけでも……すごいことだわっ。女王様を助けて……国を治めるのでしょうっ?」
目に涙を浮かべ、サリアはムキになって言った。
自分が言った事への反応がないので、半ばヤケになっているようだ。
けれども、女王様女王様と連呼するところに、彼女自身のこだわりがその辺にあるのでは、などと王女はつい勘繰ってしまう。
無理はない。
本人にあまり自覚はないが、王女はこの国で一番の美貌の持ち主だという噂である。
その王女といつも顔をつきあわす役だといえば、こだわってしまうのはしかたのないことだ。
話題が自分の方へ移ってきたので、王女はますますきまり悪げになってしまった。
「国を治めるのは女王様と大臣方で、私はただの相談役にすぎない。……それに」
と、若い神官は王女をちらりと見て、そこで初めて微かに笑った。
「王女様は、私如きの助けなど必要となさらないでしょう。強い方ですから」
「え?」
サリアは驚いて王女を見た。
「……まさか……王女……様?」
サリアが目を見開いてまじまじと見つめたものだから、王女は苦笑しながら――そして内心はこいつめと神官を恨みながら、うなずいた。
とたん、サリアの顔が真っ赤になった。
「あ、あたしったら、王女様に対して失礼な事…」
「気にするな」
立ち上がりながら、にこっとやさしく微笑みかける。
「普通の姫は、今頃は城の寝台の中だからな。ま、私は少々破天荒なところがあるから、こうしてお忍びもしてしまうが……」
「少々ですか?」
変わらず無表情のまま言う神官に、王女はにらみつける真似をして、
「そなたは口が悪いな。女が逃げるぞ?」
「かまいません。結婚する気はありませんから」
ヒクッ。サリアの表情が固くなった。
王女は彼女に悪いことをしたと思ったが、それは王女の介入する問題ではない。
二人で解決するべきことだ。
マントを肩に放ると、神官が言った。
「お帰りですか?」
「ああ。久しぶりに会ったのなら、つもる話もあろう? 今日のところはこれで退散することにする。馬に蹴られたくはないからな」
「別に」
と、彼の返事は消極的否定なのだが、表情にも声にも何ら感情が見当たらない。
王女は心底、サリアが気の毒になってしまった。
「あ、あの……王女様?」
「うん?」
「毎夜、ここに来て祈りを聞いていくのですか?」
「え? あ、ああ。まぁ」
何ら恥じることはないのだが、つい後ろめたい気分になってしまう。
いくらこの国の主でも、男女が二人きりで夜を過ごしているとあっては、いい気持ちがするはずがない。
「あの……それでしたら、明日から、私もご一緒させてよろしいですか? 村に帰るまででいいんですけど……」
縋るように王女を見上げる。
意識的にか無意識にかはわからないが、サリアは釘をさしたいらしい。
心の中で苦笑しながら、王女は答えた。
「ああ。もちろん、かまわない」




