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第二章 空の青と真紅の神官 1

「今日も沢山の王女様への贈り物が届きましたわ」

 ソファにもたれ、お茶のお代わりを待つ王女に、侍女の一人が言った。

 その後ろには、何人もの侍女が手に贈り物を抱えて並んでいる。

「東の国の素晴らしい織物。金の腕輪。宝石の指輪。真珠の首飾り。どれも素敵なものですわ、王女様」

「隣の国の貴族たちが今日も、王女様お目通りを願って大勢来ていますわ」

 と侍女は、一生懸命王女の気持ちを引こうとするのだが、当の王女は少しも興味を示さない。

 毎日毎日これでは、見るのすら嫌になる、と王女はそっぽを向いた。

「部屋が狭くなる。さっさと宝物殿へ持っていってくれ」

「で、でも……」

 侍女たちはお互いに顔を見合せ、ため息をついた。

 王女の心を射止めた者が、この国の王となる。

 しかも王女は国一番の美女。男が寄ってくるのも無理はない。

 だが王女は、宝石にも、どんなに素晴らしい男にも興味を示さないし、見向きもしないのだ。

 これでは国の将来が心配だ。

 侍女たちは、すごすごと贈り物を持って、部屋を出ていった。

「王女様。たまには、その……こういうことにも興味をお持ちになったらいかがです? 王女様にならさぞ、あの素晴らしい贈り物が似合いましたでしょうに……」

 古参の侍女が、王女のカップにお茶を注ぎながら、説教口調で言う。

 王女は少々憮然な面持ちでカップを受け取ると、

「そんなに着飾りたければ、そなたがすればよい。何か気に入ったものがあったら、好きに持っていっていいぞ? ……そうだ。私に会いにやってくる男の中にもけっこうまともなのがいるから、コナをかけておいたらどうだ? 彼らも望みのないものより、身近なものを選ぶと思うがな」

 などと、一国の王女らしからぬ事を言った。

「まぁ、王女様……」

 古参の侍女は絶句した。

 その周りにいる若い侍女たちも、バツの悪そうに苦笑している。

「気にするな。冗談だ」

「もう……」

 絶句から立ち直り、ため息まじりにそう言った侍女だったが、ふと、表情を変えて、

「それはそうと、王女様。大神官様が、来月の戴冠式を最後に、大神官の位を譲って隠居するというのは、本当ですか?」

「……ああ。あの老人がいないと、淋しくなる」

 王女はそっと目を伏せた。

「でも、王女様。次の大神官になる方は、若くてとても美しい方ですわよ」

「ええ。私も見ました。この間、大神官様の後ろにいた方が、その方でしょう?」

 若い侍女たちの口々の台詞に、王女はドキンとした。

 ついこの間、大神官はあの若い神官を連れて、この王宮にやってきたのだ。

 大神官は意味ありげに王女と彼を交互に見つめていたが、王女が彼の元へ毎晩のように通っていることは、おくびにも出さなかった。

 そしてそれは、若い神官の方も同じだ。

「大神官様がお止めになってしまうのは、心細いことですければ、私、あの方が大神官になるのは、とてもよいことだと思いますわ」

「この城に来ることが、多くなりますものね」

 皆、あの神官に魅せられてしまったようだ。

 うっとりと夢見るような表情になる。

 もちろん、あの神官が、女性に愛想よくするわけではない。

 城の女性陣が熱い視線の送っても、彼は表情も変えず無視するだけだ。だがそれが、かえって乙女心を刺激するらしい。

「私、あの方に正面から見つめられたら、きっと気絶してしまうわ」

「あら、私なんて、声をかけてもらったら、もう死んでもいいわ」

「あなたなんかに、声かけにわけないでしょう」

「いずれにせよ、王女様がうらやましい。だって、あの方と話は出来るし。それに、あの方のそばにいてつりあうくらいの美しさを持っているのは、王女様だけ……」

「あの方ほど、美しい男性はおりませんわ。礼儀正しくて、信頼できそうで。そうは思いません? 王女様」

「そうだな……」

 王女は苦笑しながら答えた。

 幼なじみの恋人のことは、黙っていたほうがよさそうだ。自殺でもされたらかなわないし、その恋人のところへ押しかけていかれでもしたら、相手が気の毒だ。

 それに……それに、本当に恋人がいるのかもよくわからない。

 あの時会った銀の位の神官は、王女憎さにでたらめを言ったのかもしれないのだ。

 本当は、直接本人に聞けばいいのだが、祈りを聞くとすぐ帰ってしまうので、そういう個人的な話をする機会がない。

 それに自分が毎晩あの神官の所へ行くのは、祈りを聞くのが目的であって、彼自身ではない。

 少しは興味があるが、聞いてどうするわけでもないし……。

 そんな事を騒ぐ侍女たちを尻目に考えていると、一人の侍女が顔を輝かせながら、部屋に入ってきて言った。

「王女様。大神官様とそのお連れが王女様にお目通りを願っておりますが」

 とたん、王女以外の侍女達が浮足立つ。

「きっとあのエディアール様も一緒よ」

「王女様に顔見せに大神官様がお連れしたに違いないわっ」

 ざわめく侍女たちを尻目に、王女はゆっくりと立ち上がると、部屋をでる。

 侍女達も主人について、ぞろぞろと部屋を出た。

 応接間につくと、大神官と若い神官が、王女に深く礼をする。

 王女の後ろでは、王女付きの侍女たちらしくおとなしく黙っているが、誰もが若い次期大神官を見つめていた。

「王女様にはご機嫌麗しく……」

 大神官が、この状況に今にも吹き出しそうになりなから、王女の傍にきて言った。

「あまり麗しくもないな」

 苦笑しながら言うと、王女は侍女達に下がるよう合図した。

 王女の命令で、しかたなしに侍女たちは部屋から出ていく。

 最後の一人が居なくなると、おもむろに大神官が笑いだした。

「すごい騒ぎですなぁ」

「ああ。おかげで騒がしくていかん。今度からは私の方が神殿の方へ出向いた方がいいみたいだな」

「それでは、今度はこちらの方が騒がしくなってしまうでしょう。国一番の美女をお迎えするのですからなぁ」

「どっちにしろ、うるさいわけか」

「さようですな」

「ま、しばらくすれば、みな慣れて静かになろう」

 王女は肩をすくめると、中央の豪華な椅子に坐った。

 若い神官の視線をくすぐったく思いながら、けれどなるべく意識しないように、大神官の顔を見る。

 何の用だ?

 言葉には出さずに視線にこめた。

 老神官はその視線をやんわりかわすように微笑むと、

「王女様の美しいお顔を拝見させていただきにまいりましたのじゃ。この爺がボケてしまっても、王女様のそのお顔を忘れないでいるために……」

「それだけ口が達者なら、しばらく耄碌することはあるまい。……で、本当のところは?」

 大神官が会いにきてくれたのはうれしい。本当の祖父のような気がして、心が休まる。

 即位の準備で城中は騒然としているし、その中心である王女の周りは興奮と緊張だらけだ。

 それなのに各国の使者や、いまいましい求婚者への謁見と、心の休まる暇なんてない。

 だからこそ、毎晩のように若い神官の所へと通ってしまうのだが、それを外しても、この老人と語らうのは、なによりも楽しい。

 王女の気持ちをわかってくれるから、ついこちらも素直に話してしまうのだ。

 ぐちも聞いてくれる。悩みに答えてくれる。

 友達もいない、心を割って話せる者もいない王女には、全く有り難い人物なのだ。

 ただ、王女のことをわかりすぎて、多少いらぬことをするきらいがある。

 この意味のない訪問がそうだ。

 即位の儀の打合せではない。まだ早すぎる。おまけに、人ではなくて――-

 これがやっかいなのだ。

 どうやら、この人のいい大神官は、王女と金髪の若い神官を逢わせるためにここに来ているらしいのだ。

 王女が若い神官と顔見知りであることを、大神官は知っている。

 精霊祭の前、それについて大変な誤解をしたことも……。

 別にそれはかまわない。

 だが、毎晩のように会いに行っている王女には、ひどくバツが悪いのだ。

 かといって、そのことを言うのは、死んでも嫌だ。

 王女は内心ため息をついた。

「なにやら浮かぬ顔ですな」

 誰のせいだ、誰の。

 とトボけたことを言う老人に、王女は言ってやりたかったが、深く理由を問われても困るので、あわてて誤魔化すことにした。

「そうか? そうなわけではないのだが……」

「いえいえ。この爺にはわかります。とは言っても浮かれろという方が無理ですな。一国の王になるのは大変なことですし。かといっても、誰も代わることはできないのですからなぁ」

 どうやら大神官は、王女の元気の無さを即位のためと勘違いしたらしい。

「これも運命だ」

 当の王女はあっさりと言った。

「王女様ならさぞ立派な女王になられましょう。私は年を取りすぎております故、何の役にもたちませぬが、ま、その分、このエディアール殿が女王様のご期待に添うようにしますでしょう」

 と、初めて真紅の神官の名が出て、王女はどきんとした。

 さっきからどうも居心地の悪さを感じてしまうのは、その当人がじっと王女を見つめているからなのだ。

 もちろん、含みのある視線ではなかったけれど。

 王女はしかたなしに若い神官を見た。

 そして少し固い声で、

「期待している」

 とだけ言った。

 若い神官は表情を動かさないまま、目を伏せる。

「はい」

 その様子も返事も、少しも楽しそうではない。

 むしろ、何となく面倒臭そうに感じられた。

 大神官の地位につけることを、名誉あることだとは考えていないことは確かのようだ。

 なりたくてなったのではなくて、指名されて――それはおそらく、隣にいる大神官だろうと思われる――しかたなしにやる、といった様子だ。

 冷やかな表情。動かない感情。

 手の内を相手に全く見せないあたり、政治家むきのようにも思えるが、如何せん、野心や欲がなさすぎる。俗的ではない。

 だが、大神官の位には、むしろうってつけのようにも思えた。

 宗教と権力が結びつくとろくなことにはならない。

 この国の大神官の役割とは、格別に政治的なものではなく、あくまで王の相談役、補佐役なのだ。

 そういった意味からいえば、他の誰よりもこの若い神官は信頼できそうである。

「そういえば、そなた、両親はいるのか? どこの出身だ?」

 ふと気づいて、王女は尋ねた。

 夜会話をすることはほとんどなかったので、突然聞いてみたくなったのだ。

 そして、大神官がいるのはやや気になるが、なしくずしに幼なじみの恋人の事も聞いてみよう、と思った。

「出身は東部のレイナンデーです。両親は、母は数年前に亡くなりまして、今は父か一人です」

 レイナンデーはこの国で二番目の大きな街だ。ここと同じ海岸沿いにあり、漁業のさかんな豊かな街である。

 確かそこの総督には、王女のはとこがついているはずであった。

「その父親は、そなたがいない今、一人で暮らしているのか?」

「はい。魚の仕入れ業をしております。……私は、その職業に適していないものですから……」

 それはそうだろう。 王女は内心思った。

 漁師でも仕入れ業でも、何でも、神官以外は似合いそうにない。

「なぜ、神官になったのだ?」

「人とは違った力を持っておりましたので、そこしか行くべき道がなかったからです」

 あっさりと彼は言った。

 若い神官の隣で、老神官が苦笑している。

 思わず王女の口に笑みが浮かんだ。

「そうか……」

 つぶやいて、くすくす笑う。おかしくてたまらなかった。

「すまない。あまりにらしい答えなんで……」

 言いながらも、おかしくて笑ってしまう。

 その間でさえ、彼の表情は変わらない。

 この男が、乱れるということは、おそらく一生あるまいよ。王女は確信した。

 こういう男が王として生まれていたら、さぞかしおもしろかったろうに。

 そうでなかったことを、残念に思うべきか、国にとってよかったと思うべきか。


 これから近い将来、起こるであろう事件を、夢にも思わず王女は朗らかに笑いながら、そんな事を思ったのだった。


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