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第一章 夜の宝石の王女 3

 祭りが始まった。

 銀でできたヴァルメーダ神の像の前に、国王代理である王女と大神官が並び、その後ろを大臣やその子息、要職についている者が、扇形に並んでいた。

 そして、その扇を、神殿に仕える神官たちがぐるりと取り囲んでいる。

 王女と神殿の前には、この年取れた供物がずらりと捧げられていた。

 隣の大神官が朗らかな通る声で、高らかに主神ヴァルメーダを讃える歌を唱えているのを、王女は目を伏せたままで聞いた。

 祈りとは、人によってこんなにも変わるものなのだろうか。

 ……いや、魔詩(呪力を持った歌)である以上、その祈り自体か何かしらの魔力を持っている。

 当然、それは歌い手によって、左右され、当人の力量にもよって、歌が違うものなっていくものだとは、理屈とはしては、王女にだって判る。

 けれど、古えの、古代語が生きていた時代ならともかく、祈りを魔詩として扱える人間か、はたしていようか。

 本来は神語であったはずの魔詩は、今はただの神に捧げる祈りでしかない。

 なのに……。

 老神官の祈りは、ただの言葉の羅列にしか聞こえないのに、どうして、あの時のあの若い神官の祈りは、生きているように感じられたのだろう。

 王女は、横目でちらりと回りを見回し、像の近く、王女の周りを囲む神官たちの中に、あの若者の姿をみつけた。

 彼は相変わらずの無表情さで、神の像を見つめていた。

 王女は改めて気づいた。

 他の者にくらべ、どこか超然的な雰囲気を持つ、彼。

 神殿の中の神官たちが彼を遠巻きにしている理由が、何となく判る。

 普通の人より敏感な神官たちは、あの若者が何か違うということに、気づいているのだろう。無愛想だからとか、無口だからとかいうのが理由ではない。

 祈りが、彼のだけ特別に聞こえるのは、つまりは、それが彼の祈りだからだ。

 彼の口から出ている歌だからだ。

 言い換えれば、彼でないと駄目だということだ。

 何とやっかいな――だが、次期大神官ならば、これ以後聞く機会もあるだろう。

 王女は知らず知らず微笑み、それに気づいて赤くなった。

 私は変だ。

 あの日、あの神官に出会い、彼の祈りを聞いた時から――何かが自分の中で変化してしまった。


 ――祈りが終わった。

 それと同時に、外でパンパンと、花火の打ち上げられた音が、神殿に響きわたった。

 この合図と同時に、国中で祭りが始まるのだ。

 神に供物を捧げ、歌い踊り、飲んだり食べたりして、そして語り合う。

 若い者は恋人と愛を語り、結婚を誓い合ったり――精霊祭の間に将来を誓い合った恋人たちは、ヴァルメーダの加護を受け、幸せになるという言い伝えがあるのだ。

 この日だは、老人も子供も一緒になって、大いに楽しみ合うのだった。


「始まりましたな」

 神殿から退出しながら、大神官は王女につぶやいた。

 王女は軽いため息をつきながら、

「そうだな」

 と答える。

 この日ばかりは、王女であることが恨めしい。

 国中の者たちが祭りに繰り出すのに――貴族でさえもだ――王女は祭りを城から眺めるだけで、参加したことがないのだった。

 祝わないわけではないのだが、下々と交わるのはよくないという風習が、王家の、特に女性にあったのだ。

 おかげで、王女は生まれてこのかた、祭りに出たことがない。

 侍女や兵士が祭りに繰り出すのを、毎年、城から見送るだけだった。

 朝からそわそわしている侍女をうらやましく、でも少しもそんなことはおくびに出さず、王女は多くの護衛と共に町中を城へと向かって動いた。

 国中、祭りに浮かれて熱気があった。

 通りに店は立ち並び、人々で賑わっている。

 街のいたる所に、木の、あるいは青銅や銀のヴァルメーダ神の像が飾られ、広場では等身大の神像の周りに人々が集まって、飲み、踊り、そして笑いあっていた。

 人々は王女の姿を見つけると、話をやめ、恭しく頭を下げた。

 王女にかなう美の持ち主が、はたして存在しようか。

 白い肌に神秘的な黒い瞳。

 つややかな黒髪が、王女の来ている明るい紫のドレスの肩にふわりとかかり、輝くばかりの美貌を縁取っている。

 気品にあふれ、手に触れることすら恐れ多い高貴さを身に纏い、優雅な足取りで王女は人々の間を進んだ。

 途中、民の幾人かが勇気をふるい、手一杯の花束を王女に差し出すと、彼女は快くそれを受け取り、微笑み、祝福のキスさえ送った。

 王女は美しかったが、冷たい美しさではなかった。

 気性をそのまま表したように熱く、その瞳は賢そうな光を放ち、全身が生気に溢れた、輝くばかりの美貌だった。

 真紅の帯を纏った若い神官が、ぞっとするような冷たささえ覚える美貌だったのに対し、王女のそれは正反対の美しさだった。


 王女は城に帰ると、出窓のクッションに身を横たえた。

 瞼の裏に、あの若い神官の姿が浮かび、次いで祈りも聞こえてくるようだった。

 今日聞いた、大神官とは全く違った祈り。

 懐かしくて、やさしくて、心が騒ぐ。

 あの静かな、しみとおるような祈りが、あの怜悧な神官の口から生まれたなどとは、とても信じられない。

 けれど、彼の祈りではないと駄目だということも確かで――ああ、そんな事はいいのだ。祈りに顔や人格は関係ない。

 問題なのは―――。

 不意に王女は、祈りが聞きたくなった。大神官のではない。あの美貌の神官の祈りが。

 ……いっそ、呼び出そうか……。

 王女が真剣にそう思った時、背後から遠慮がちな声が、彼女を呼んだ。

 振り返ると、王女の侍女達が頬を染め、バツの悪そうな顔をして立っていた。

「あ、あの……王女様。じ、実はですね……」

 とぎれどぎれに言いにくそうにつぶやく侍女達の顔を見て、王女は微笑んだ。理由はすぐ判った。

「行ってくるがよい。私は大丈夫だから。……祭りに行きたいのだろう?」

 侍女たちは驚いて、顔を見合せ、そして喜んだ。

「ええ。そんなんですっ。王女様」

「ありがとうございます」

 頬を染めて、喜び合う。

 自分と同じ年や、やや年上の侍女たちを、王女はうらやましげに見つめた。

「……王女様はお出かけになりませんの?」

 侍女の一人が、不思議そうに、王女に尋ねてくる。

 彼女は一番年下で、王女付きの召使になったばかりだったので、王女が今まで一度も祭りに出たことがないのを知らなかったのだった。

「いや、私は……」

 王女が苦笑まじりに言うと、侍女たちは気まずそうに顔を見合わせた。

 口には出さないが、王女が祭りに行きたいと思っているのを、彼女たちは知っていたのだ。

 一番年上の侍女が、突然息ごんで言った。

「そうだわ。王女様も私たちと一緒に祭りに行きましょう!」

「え?」

 王女と、その他の侍女たちは、ぎょっとして発言者を見た。

「王女様だから祭りに行っちゃいけないなんて、絶対変です。そんな決まりありませんものっ。王女様だからこそ、きちんと参加しなければいけないんです。私はそう思います」

「い、いや、しかし……」

「暗くなってくれば、大丈夫です。あるのは火だけですもの」

 別の一人が言う。

「そうですわ。フードを深く被っていけば、誰も王女様だとは気づきませんわ」

「それに、街の娘たちが着るような服をつけて」

「言葉遣いに気を付けて」

 侍女たちは皆で、頷きあって、王女に言った。

「「誰も判りはしませんわ。祭りに行きましょう、王女様」」

 周りを囲まれ、口々にそう言われると、さすがの王女も心が揺れた。

 王女としての、次期国王としての意識と自覚と自制心が、この祭りの夜には発動しなかったようだ。

 行きたいという誘惑に駆られ、侍女たちの言葉に励まされ、王女は、祭りに行くことにしてしまったのだった。

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