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第三章 海辺の国の女王 6

「やれやれ、すっかり寒くなりましたなぁ」

 神殿の中庭のテーブルを囲んで、空をふと見上げながら老神官は言った。

「そなたは年を取っているからな。せいぜい気をつけろ」

 王女は憎まれ口をたたく。

 久々に昼間の神殿を訪れ、元大神官と現大神官と三人、優雅にお茶をいただいている時のことである。

「女王様こそ、夜のお忍びで風邪をめしませぬよう、お気をつけあそばせ」

 老神官も負けてない。そんな二人を尻目に、歴代のうち最年少で大神官の地位にのぼった若者は、何事もないように、カップに口を付けている。

 はたからみれば、眼福といえる光景ではあった。

 だが、交わされている会話は麗しいものではない。

 品のよい老人と絶世の美男美女の居る中庭には、遠慮したのか怖じ気づいたのか、誰も近づいてこないので、彼らの会話に妙さには気づくものはいなかったが。

「そういえば、大神官殿の片腕のパリスは、長期の休暇を取っているとか……」

 老神官は、ふと話を無口な若い神官の方へ向ける。

 カチリと小さな音をたててカップを置くと、エディアールは相変わらずの無表情で答えた。

「ええ。レイナンデーに行ってます。つい昨日、手紙が来ました」

「で、いつごろサリアと帰ってくると?」

 と尋ねたのは王女。

「サリアの両親に了解は得たのですが、しばらくそちらの方に滞在すると書いてありましたから、帰ってくるのは……しかもサリアを連れてくるのはもっと後になるでしょう。いろいろと準備もあるようですし」

「式はこちらで挙げるのか?」

「その予定のようです。その時は私に祭祀をやらせるとも言ってました」

「……私もその時は参加できるか? もちろん、身分がバレないよう、変装していくが……」

「できるのではありませんか?」

 答えたのは、若い神官ではなく老神官。

 彼は王女が毎夜どこへ通っているのか知っている。だからこそ、王女もエディアールとその話題を話せるのだ。

「バリスは殆ど天涯孤独だから、式の参加者は基本的にはそのサリアとかいう娘子の親戚縁者でしょう。まあ、神官仲間はどうか判りませんか、それらの者はそうたいして女王様の顔をご存知ではありますまいて」

「そうか。パリスの知り合いだという触れ込みで行けばよいのだな」

「それはまずいと思います」

 淡々と答えたのは、若い大神官。

「周りがみな男なのに、貴女一人が女性とくれば、妙な勘繰りされることでしょう。こちらで知り合ったサリアの友達とするのが妥当です」

「……そのとおりだな。事実、そうなのだから」

 この若い大神官は世間に興味がないくせに、妙なところで人心に聡いところがある。

 他にも他人に全く関心がないのに、そのくせよく観察しているところがあり、どこか矛盾を感じさせるのだ。

 もしかしたら、その矛盾こそがエディアールという人間を形作っているのかもしれない。王女はふとそんな風に思った。


 パリスとサリアの話題はそこで一段落し、あたりは心地よい沈黙に包まれた。

 しばらくお茶をすすってのんびりしていると、不意に思い出したように老神官がにやっと笑って言った。

「そう。結婚で思い出しましたが、女王様のその問題の方はどうなっておりますか? まだ求婚者たちは諦めませぬか?」

 王女はぴくりと目を細めた。

「半分は諦めたようだ。ようやく下火になって今は落ちついている」

「一番熱心だった方は?」

「……ヘルウェールの馬鹿のことか?」

 女王は不機嫌そうに言った。ふんっと鼻を笑う。

「しばらく来ないな。……ふん、一生城に来なければよいのだ。顔どころかあやつの名を聞くだけで気分が悪くなる」

 不機嫌を露にして、王女はお茶をぐびっと飲んだ。

 その王女らしからぬ反応を見て、老神官は首をひねり、若い神官は顔をそのままで目線だけ王女の方へとやった。彼がすぐに元に戻したので、王女はそれに気づかなかった。


 王女があの晩思った通りに、二人は何事ないように振る舞っている。

 もはやあの夜のことは消えてしまったかのように、王女もいつものようお忍びに現れたし、神官の方も相変わらず淡々と祈りを述べていた。

 ……しかし、王女は、あの晩以降、彼の祈りのわずかな変化に気づいていた。

 いや、エディアール自身も気づいているのだろう。

 変わらず優しくて、懐かしくて、静かな不思議な感覚の祈りではあったが、その旋律はより力に溢れ、王女の心を包んでくれるようだった。

 深みが増した、とでも言おうか。

 ……それは、祈り手自身の心の現れでもあった。



 時と同じように、誰の心も、静かに静かに、そして少しづつ変化がおとずれてきている。

 その静かに流れる時の中で、王女の身体にも、ある変化が起こっていた。

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