表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
せんごく女子高生  作者: 松原正一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/68

中編「天海の余白、四天王の結末、そして“封印”の方法」

火は小さい。

小さいほど厄介だ。

小さい火は“早く消せる”と人を油断させる。

油断が、統治の勝利になる。


校舎裏の倉庫。

掃除道具。消火器。モップ。

女子トイレ事件のときと同じように、現代の道具が戦場の道具になる。


そこに、井伊直政が立っていた。

赤腕章が増えている。

増えすぎて、もう“赤”が制服だ。


井伊は、消火器を手にしている。

消すためではない。

噴射の白い煙で視界を奪い、列を動かすため。

火を消す道具を、火のために使う。

救いの道具を、統治に使う。


「井伊さん」京香は距離を取って言った。

「燃やさないで。ここ、学校だよ。日常だよ」


井伊の目が薄くなる。

薄くなる目の奥で、怖いが暴れる。

怖いを封じようとして、燃える。


「日常は、弱い」

井伊の声は優しい。

優しいまま、人を焼く声。


「弱いものは燃える。燃える前に統一する。

統一のために燃える。

俺は家康のために燃える――それが救いだ」


“救い”を名乗る火。

天海の声が重なる。


『よい。井伊直政。

燃える覚悟こそが秩序だ』


天海の声は、どこからでも聞こえる。

姿がない。

だからこそ“制度”そのものに見える。


京香は、消火器を見た。

そして、看護師志望の自分の手順を思い出す。


――火を消す前に、呼吸を守る。

――呼吸を守る前に、パニックを止める。


京香は、スマホでスピーカーをオンにした。

母との通話を切らない。

母の声を“現実の大人”としてこの場に置く。


『京香、落ち着いて。

火元はどこ? 煙は? 人は何人?』


母の声は、命を救う声だ。

統治の声とは違う。

命令じゃない。問診だ。


京香は答える。


「火元は倉庫の奥。煙は薄い。人は……井伊さんが一人」


『一人なら、まず距離を取って。

次に、消火器を使える位置へ。

でも近づかないで。呼吸、守って』


“守って”。

守るという言葉が、京香の胸で温かくなる。

守るは支配じゃない。

守るは確認だ。

手順だ。


京香は、白杖を床に滑らせ、井伊と自分の間に線を引いた。


「井伊さん。怖いって言って」


井伊の眉が微かに動く。

規律の男が、言葉を失いかける。

その瞬間が勝負。


「……言うな」

井伊は苦しそうに言った。

「怖いと言えば、列が崩れる」


「崩れていい」京香は言った。

「崩れた列のほうが、人は助かる」


井伊の手が震える。

消火器のノズルが揺れる。


その揺れに、別の声が刺さった。

榊原康政。


「直政。揺れるな。揺れは排除される」


榊原が現れた。

言葉が速い。

目が整いすぎている。

だがその整いの中に、微かな焦りがある。


警察のサイレンが近づいていた。

“盤面”が崩れ始めている。


酒井忠次も背後にいる。

そして忠勝――廊下の向こうに立っている。

忠勝は動かない。

検査の男は、最後まで“見る”だけで戦う。


京香は、四天王が揃ったことを理解した。

ここが最後の実戦。

四天王それぞれの結末。

歴史的負け筋の再演。


榊原が言う。


「京香。君の録音、君の通報、君の“怖い”――

全部がノイズだ。ノイズは速度で潰す」


榊原がスマホを取り出し、画面を見せた。

学校の匿名アカウント、拡散の洪水。

“火災は京香のせい”

“反秩序のテロ”

言葉の火が先に燃える。


京香は胃が冷える。

でも、目を逸らさない。


「それ、嘘だよ」


「嘘は事実になる」榊原は淡々と言った。

「速度が勝つ。事実は遅い。遅いものは負ける」


その瞬間、ユッキーの声が、京香の胸の奥で低く笑った。


(榊原は“言葉の槍”だ。

だが槍は――柄を押さえられれば止まる)


京香は息を吐き、言った。


「榊原さん。あなた、速い。

でも速いほど、“見落とす”」


榊原の瞳が細くなる。


「何を」


京香はスマホを掲げた。

録音中の画面。

通報の履歴。

母との通話。

クラウドに飛ばしたデータ。


「私は、速さでは勝てない。

だから手順で勝つ。

医療って、そうだから」


榊原が初めて、無表情になった。

速さの男が“手順”を嫌う。

手順は速度を殺す。

統治の速度を遅くする。


酒井が静かに言う。


「ならば、手順の“根”を折る。

君が信じる大人を折る。

教師を折る。親を折る。

制度が折れれば君も折れる」


その言葉が、京香の胸骨の裏を殴った。

母の夜勤。

教師の一瞬の“信じる”。

それらが折られたら、京香の世界は崩れる。


だが京香は、崩れない。

崩れない代わりに、泣いた。

泣きながら言った。


「折らないで。

折るなら――私を折って」


言った瞬間、自分で怖くなった。

それは月香の負け筋。

自己犠牲。燃える優しさ。


ユッキーが、すぐに止めた。


(言うな。

お前は燃えるな。

燃えれば、天海が勝つ)


京香は息を飲む。

そして、改めて言い直した。


「違う。

私を折らないで、じゃない。

“誰も折らせない”」


忠勝が、そこで初めて一歩踏み出した。

床が鳴る。

圧倒的な個の足音。


「――よい」

忠勝は言った。

「その言葉が、お前の強さだ。

だが強さは、形にせねば守れぬ。

形にせよ。今ここで」


形。

封印の形。

現代の終わらせ方。


京香は、白杖を握り直し、倉庫の壁に貼られた避難経路図を見た。

赤い矢印。

出口。

非常階段。

防火扉。

学校という制度が持つ“守るための設計”。


京香は気づいた。


封印とは、霊を閉じ込める呪いじゃない。

“経路”を作り、侵食が通れないようにすること。

現代の封印は、制度の中にある。


京香は走った。

防火扉を閉める。

通気口のシャッターを下ろす。

消火器で火を止める。

それは消防の手順。

つまり、命を守るための封印。


井伊直政の赤が、白い消火剤の中で揺れる。

火が弱まり、隊列が崩れ始める。

赤備えの負け筋が再演される。


井伊が膝をつき、吐くように言った。


「……怖い」


その一言で、赤腕章たちの目が戻る。

薄い目が戻る。

怖いと言える世界が、侵食を剥がす。


榊原が唇を噛んだ。

速さが負ける。

手順に負ける。

現代の封印に負ける。


酒井が、静かに撤退の気配を見せた。

盤面の男は、盤面が割れるときだけ退く。


そして、天海の声が、初めて“感情”を滲ませた。


『――愚かだ』


優しさが消え、冷たい怒りになる。


『自由にすれば、また争う。

私は見た。

室町の混乱も、戦国の屍も、昭和の雪も――

人は自由にすれば、必ず血を流す』


京香の胸が痛む。

天海の恐怖が本物だと分かるから。


「……だから統治?」京香は問う。


『だから統治だ。

強い者が導く。

徳川が導く。

——いや、徳川“でなくてもよい”。

秩序さえ完成すれば』


その一言で、世界の背骨が寒くなる。

天海は徳川の味方ではない。

思想の味方だ。

史実の枠に収まらない余白が、ここで最大化する。


忠勝が、ゆっくり天井を見上げた。


「天海。

お前は“統治”を求めるが、

統治のために弱者を削れば、統治は救いではなくなる」


忠勝は正しい。

正しすぎる。

だからこそ、敵として美しい。


榊原が言う。


「忠勝。正しさは速度に負ける。

正しさは遅い。

遅いものは、淘汰される」


酒井が続ける。


「京香。君は今、制度を使って封じた。

だが制度は、人が信じて初めて機能する。

人は、信じない。

それが統治の根だ」


井伊が震える声で言った。


「俺は……守りたいだけだ。

燃えなければ守れぬと思った。

だが……怖いと言えるなら、燃えなくていいのか」


京香は、息を吸った。

答える。

答えは、最後のために残してきたもの。


「燃えなくていい。

守るって、燃えることじゃない。

守るって、戻れる場所を残すこと」


そのとき、警察のサイレンが校門に届いた。

大人が来る。現実が来る。

それは京香の勝ち筋だった。


だが天海の声が、最後の命令を放つ。


『ならば、最後の封印を見せよ。

真田幸村。

お前の役目は、ここで終わる』


“真田幸村”という名が、京香の胸を貫いた。

ユッキーが、戦場の顔を取り戻しそうになる。


京香は、胸の奥へ強く言った。


(出ない。出るなら、私が許すときだけ)


ユッキーの気配が、深く息をした。

それは、受け入れの息だった。


(……京香。

ここで俺が出れば、天海は“暴力”として確定し、お前は危険思想として殺される。

お前の封印は制度だ。

俺の封印は――俺自身だ)


自分自身を封印する。

それは、消える選択。


京香の喉が詰まる。

でも、目を逸らさない。

逸らしたら、最後が嘘になる。


「ユッキー……最後、私が選ぶって言ったよね」


(ああ)


京香は、涙を拭わないまま、言った。


「じゃあ――ユッキー、今はまだ出ない。

代わりに、“話して”。

私の声で。

あなたの言葉を、私の口で言わせて」


憑依ではない。

支配ではない。

“同居”の言葉。


ユッキーの気配が、静かに頷いた気がした。


(承知)


京香は、天井へ向けて言った。

声は京香のまま、言葉はユッキーの熱を帯びた。


「天海。あなたは秩序を救いと言う。

でも秩序は、怖いと言える場所を奪ってはいけない。

奪えば、救いじゃない。統治だ。

統治は、最後に必ず“血”を呼ぶ」


天海の沈黙が落ちた。

沈黙が、怒りの前兆になる。


『……お前は、誰だ』


京香は答えた。


「ただの受験生。

看護師になりたい。

だから、ここで終わらせる。

“戻れる日常”を残すために」


沈黙。

そして、天海の声が、ほんの少しだけ笑った。


『ならば見せよ。

戻れる日常で、霊を封じる術を』


挑発。

最後の扉。


京香は白杖を床に置き、六文銭の円を思い浮かべた。

六つの円。

渡し賃。

死の象徴ではなく――役目の完了。


京香は、封印の“最後の形”を選ぶ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ