表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
せんごく女子高生  作者: 松原正一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/68

第61話「赤備えの規律――井伊直政、“守るために燃える者”」

雪は昼には止んだ。

だが校内の空気は、止まらなかった。


体育館の騒ぎは「事故」として処理された。

“刃物を持っていた生徒がいた”という事実は、どこかで薄められ、

“和久京香が挑発した”という嘘だけが濃く残った。


それが榊原の速度。

酒井の盤。

忠勝の正しさ。

そして――井伊の規律が、それらを一つの列に整列させる。


朝の校門。

生徒指導の先生の横に、赤い腕章の男が立っていた。

病院で見た赤腕章と同じ種類の“赤”。

だが今日は違う。赤が“制服化”している。


「本日より校内の安全確保のため、外部協力が入ります」


外部協力。

言葉が優しいほど、命令へ変わる。


京香は、体温計を挟まずに家を出た。

数字を見る勇気がなかった。

数字は逃げない。自分が逃げる。


それでも、指先の遅延は隠せない。

靴紐を結ぶのに、一拍遅れる。

朝の一拍の遅れは、戦場では致命傷だ。


(ユッキー)


(……お前は遅れている。だが、遅れている者ほど“見える”ものもある)


遅れている者ほど見える。

看護の現場で、呼吸が遅い人ほど、微かな変化が見える。

京香の夢が、ここでも武器になる。


昇降口で靴を履き替えるとき、赤腕章が近づいた。

目がまっすぐすぎる。

忠勝の“圧倒的な個”とは別種の直線。

これは“規律”の直線だ。


「和久京香」


呼び捨てではないのに、名を呼ばれるだけで首筋が冷える。

名を知っているということは、名簿の向こうに“管理”がいる。


男は名乗った。


「井伊直政」


その瞬間、胸の奥が沈んだ。

赤備え。

家康のために命や思想を捨ててもついていく者。

あなたが“現代の学校”に立ってはいけない。


(……井伊か)


ユッキーの声が、怒りではなく、痛みになる。

因縁の種類が違う。

戦場の因縁ではない。

“命を捨てる覚悟”の因縁だ。


井伊は言った。


「昨夜の騒ぎは、秩序の裂け目だ。

裂け目は、塞ぐ。塞がねば燃える。

燃える前に、従わせる」


燃える前に従わせる。

正しさが、火消しの顔で人を縛る。


京香は喉が乾いた。

でも、声を出す。

声を出せるうちは、まだ自分がいる。


「従わせるって……。みんな、怖かったんです。

怖いって言える場所が必要で――」


「怖いと言うな」


井伊の声は低く、優しい。

優しいのに、刃だ。


「怖いと言えば、怖さは伝播する。

恐怖が伝播すれば、秩序は燃える。

だから、怖いは封じる」


封じる。

封印の言葉を、敵が先に使う。

これが天海の構文。


京香の指先が冷える。

魂が冷える。

“怖い”を封じられたら、京香の物語は死ぬ。


(ユッキー……)


(言え。怖いと言え。

怖いと言える者だけが、恐怖を制する)


京香は、胸の痛みごと吐いた。


「……私は怖い」


井伊の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。

規律の男が、揺れる。

揺れる理由は“弱さ”じゃない。

彼の中にも、怖いがある。


「なぜ怖い」


問いが、攻撃ではない。

純粋だ。

忠勝の問いに似ている。

この四天王たちは、“悪”ではない。

だから厄介で、だから救いたい。


京香は言った。


「あなたの秩序は、人を人のまま守らないからです。

守るために、心を薄くする。

それは医療じゃない。統治です」


井伊は笑わない。

ただ、赤腕章の指で自分の胸を軽く叩いた。


「俺は、家康のために燃える。

燃えることが、守ることだと信じている。

お前の優しさは、燃えないのか」


燃えないのか。

その一言は、京香の胸に刺さった。


燃える優しさ。

自己犠牲。

月香の負け筋。

京香の未来に重ねられる危険。


京香は震えたまま、言った。


「燃えます。

でも、私の燃え方は“他人を焼く火”じゃなくて、

“息ができる灯り”にしたい」


井伊が息を止めた。

ほんの一拍。

規律の男に一拍の停止が生まれる。


その停止が、勝利だった。


井伊は言った。


「……お前の火は、厄介だ。

だが、嫌いではない」


敵が、敵のまま好意を覗かせる。

それが最も危険な温度だ。


去り際、井伊は小さく告げた。


「今夜。校内で“安全訓練”がある。

訓練は、実戦になる。

守りたいなら、来い」


脅しではない。招待だ。

招待ほど断りにくいものはない。


京香は、足元の雪の名残を見て呟いた。


「ユッキー。学校が……戦場の形を覚え始めてる」


(覚えさせているのは、天海だ)


天海。

史実と一致しない余白。

その余白が、現代の制度へ“影”を伸ばしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ