表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
せんごく女子高生  作者: 松原正一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/68

第60話「雪の再演――2.26が“現在進行形”になる朝」

その朝、天気予報は外れた。

雪が降った。

東京の雪は、理由なく降ることがある。

でも今日は理由がある匂いがした。


学校の掲示板に、紙が貼られている。


『秩序のための集会』

『迷うな』

『従え』


文字が上手い。印刷ではない。

手書き。

手書きは怖い。

自発的な薄さの証拠。


体育館へ向かう途中、京香は足が重い。

体温が低いせいだけじゃない。

雪が“夢”を引っ張っている。


(ユッキー……)


(……来る。

これは2.26の“輪郭”ではない。

輪郭が、現実に触れる)


体育館の扉を開けた瞬間、白が深くなる。

雪の白。病院の白。制度の白。

全部が重なる。


壇上に立つのは、候補者でも警察でもない。

忠勝。

鎧の気配のまま、現代のマイクを握る。


「弱者を守る。

守られる側は従う。

それが秩序だ」


正しさが純度100%になると、反論は悪になる。

忠勝の強さは、善意のまま人を押し潰せる強さ。

これが“強さ=優しさの検査”の最終形だ。


忠勝が客席を見て、京香で止まる。


「君は守る側に行きたいと言ったな」


京香は立ち上がらない。

でも声を出す。

声を出すのは、日常を守るための最低限の抵抗。


「守る側に行きたい。

でも、従わせて守るのは違います」


忠勝の目が細くなる。怒りではない。評価。


「ならば、守れ」


忠勝が合図をすると、体育館の出口が閉まる。

鍵の音。

制度の音。


次の瞬間、薄い目の生徒が十人以上、同時に動いた。

日用品の刃。カッター。コンパス。ハサミ。

“学校”がそのまま武器庫になる。


数。

忠勝が言った“数に負ける”の再演。

そして、2.26の再演。

軍靴ではなく、学生靴で。


京香の身体が冷える。

視界の端が雪になる。

月香の匂いが混じる。


――これは、私が止めた夜。

――止めたが、封じきれなかった夜。


月香の介入しない介入が、痛みとして来る。

言葉ではなく、身体。


京香は震えたまま、言った。


「……怖い」


怖いと言える。

だからまだ戻れる。


(ユッキー、貸して。奪わないで)


(承知)


京香の重心が落ち、白杖が手に入る。

槍ではない。杖。

守るための棒。


京香は床に六文銭の円を“描くように”白杖を回した。

円が境界線になる。

境界線の内側でしか動かない。

動けば削れる。

削れても、今は選ぶ。


一人目が突っ込む。

京香は白杖を床に滑らせ、足の進路を塞ぐ。

転ばせない。止める。

止めた瞬間に、相手の刃の軌道が消える。


二人目、三人目。

京香は白杖を“叩かない”。

相手の手首を壊さない。

代わりに、刃が当たる場所を消していく。

医療の手順みたいに。


だが数が増える。

忠勝の検査は、ここで本気になる。

守る対象を増やし、救えない瞬間を作りに来る。


体育館の隅で、愛美が尻もちをついた。

刃を持った生徒が近づく。

京香の胸が裂ける。


救えない瞬間。

ここで誰かが傷つけば、京香の夢は一生汚れる。


京香は決めた。

決めた瞬間、体温がさらに落ちる。

選ぶほど削れる。


京香は愛美の前に立たない。

愛美の“横”に入る。

盾ではなく伴走。

そして白杖を床に置き、境界線を作る。


「ここから先、来ないで」


その声で、刃を持った生徒の目が一瞬戻った。

戻る。

戻るのは短い。

短いから、京香は“手順”で畳みかける。


「怖いって言っていい。

今、あなたはあなたに戻れる」


言葉が、侵食に対抗する薬になる。

薬は効くのに、すぐ切れる。

だから繰り返す。

繰り返すほど削れる。

それでも繰り返す。


忠勝が、初めて眉を動かした。

驚き。

そして、わずかな敬意。


「……強い優しさだ」


誉め言葉が、刃になる。

次の検査が始まる合図。


忠勝が言う。


「ならば――最後まで守れ。

君自身の魂が冷えるその瞬間まで」


その瞬間、天海の声が体育館全体に重なる。

誰の口も動いていないのに。


『従え。あなたのためだ』


優しい命令。

史実と一致しない余白の声。

余白の声は、現代の“スピーカー”に憑依して響く。


京香の視界が真っ白になる。

雪の野が、体育館と重なる。


ユッキーの声が、必死に引き戻す。


(京香! 目を閉じるな!

閉じたら――2.26へ連れていかれる!)


連れていかれる。

過去へではない。

“失敗の記憶”へ。


京香は、最後の力で言った。


「私は……従わない。

怖いけど、怖いまま守る。

守るために、私の夢を捨てない」


その言葉が、体育館の空気を一秒だけ止めた。

止めた。

止めることが勝利。


遠くでサイレンが鳴る。

誰かが通報した。

社会がまだ、生きている。


白が薄れ、現実が戻る。

でも、京香の指先は確実に冷たい。

体温は、35.5。

“戻った”のではなく、“進んだ”。


京香は机に戻るように、英単語帳を握りしめた。

受験の武器。

日常の武器。


胸の奥でユッキーが、震える声で言った。


(……俺は、また天秤にかけることになる。

世界と、お前を)


京香は小さく答えた。


「天秤にかけないで。

“両方守る手順”を、一緒に探そう」


その一言で、ユッキーの沈黙が少し柔らかくなる。

恋ではない。

でも、心が開きかける温度が確かにある。


雪は降り続けた。

雪は、過去と現在を繋ぐ。

2.26は、もう“過去”ではない。

京香の身体の中で、現在進行形になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ