第49話「忠勝の検査――“救えない形”を押しつける強さ」
翌朝、全校集会が組まれた。
理由は「昨夜の不穏」。
名目は「安全」。
安全は統治の入口。
壇上に立つのは本多忠勝。
スーツの上に鎧の気配。
目が真っ直ぐすぎて、嘘が入る余地がない。
忠勝はマイクを持たずに言った。
声は大きくない。
それでも体育館が震える。
強さの声だ。
「昨日、校内で刃物騒ぎがあった」
ざわめき。
ざわめきは恐怖。恐怖は従順に変わる。
忠勝は続ける。
「恐怖を治すには秩序が要る。
秩序を守るには、従うべきだ」
従うべき。
忠勝の言葉は榊原の命令と違う。
“純粋な正義”の形をしている。
だから怖い。
忠勝の目が客席を掃き、京香で止まった。
昨日の事件の中心。模範拒否。反秩序。
「君。和久京香。前へ」
体育館が息を止める。
前へ出るのは晒し上げ。
晒し上げは統治の儀式。
京香の指先が冷えた。遅れる。
体温が落ちる。
でも、足は動く。
足が動くのは、夢が動いている証拠。
壇上の前。忠勝の前。
忠勝は京香を見下ろさない。見上げもしない。
同じ高さで見る。
同じ高さが、“公平”に見える。
公平が暴力になる瞬間がある。
忠勝が言う。
「君は優しい。
優しさは弱者を救う。
だが、優しさが秩序を壊すなら、それは悪だ」
京香は息を整えた。
正しさが違うだけで、忠勝は悪ではない。
だからこそ、対話が必要だ。
「私は秩序を壊したいんじゃない。
人を“正しさ”で殴りたくない」
忠勝の眉が僅かに動く。
評価。検査が始まる。
「ならば検査する。
救える者と救えぬ者がいる。
君は、救えぬ者をどうする」
救えぬ者。
“救えない形”がここに来た。
忠勝が手を挙げると、体育館の扉が開いた。
昨日カッターを握った男子が入ってくる。
保健室で処置された腕。包帯。
目が怯えている。
怯えは罪じゃない。
忠勝が言った。
「この者は、反秩序だ。
秩序を守るなら、切り捨てるべきだ。
君はどうする」
切り捨て。
酒井の合理と同じ問い。
だが忠勝の問いは、感情を使う。
“弱者を守る”という正義で、人を切る。
京香の喉が痛む。
看護師志望の倫理が、目の前で裂かれる。
(ユッキー……)
(……忠勝は強い。強い者ほど、優しさを試す)
京香は男子を見た。
男子は、泣きそうな目で京香を見た。
“助けて”の目だ。
医療現場で何度も見る目。
京香は、忠勝へ言った。
「切り捨てません。
この子は反秩序じゃない。侵食された被害者です」
体育館がざわつく。
被害者という言葉は、秩序の物語を壊す。
忠勝は静かに言う。
「被害者なら、再び刃を持つ。
そのとき、誰が責任を取る」
責任。
酒井の刃が、忠勝の口から出る。
統治は役割を交換できる。
四天王は“同じ敵”ではないが、同じ思想を共有する瞬間がある。
京香は、昨日の録音を思い出した。
証拠はある。
でも今ここで出すと、男子が晒される。
晒しは男子を殺す。
京香は、別の戦い方を選ぶ。
受験生の戦い方。
“言葉を選ぶ”戦い。
「責任は、私が取ります」
体育館が止まる。
止まるのは驚き。
驚きは拍手に変わりやすい。
京香は続けた。
「ただし、私一人では無理です。
学校も責任を取ってください。
侵食を“本人の罪”にしない。
支援を作ってください」
忠勝の目が細くなる。
怒りではない。
“強い優しさ”の検査で、京香が折れないことを確認する目。
忠勝は一歩近づき、低く言った。
「君は、命を差し出す覚悟があるか」
その言葉で、京香の背筋が凍る。
憑依の代償。不可逆。
月香の犠牲。
“植物人間のようになる地獄”。魂が輪廻に縛られる地獄。
京香は、答えない。
答えられない。
答えた瞬間、物語が決まってしまうから。
京香は“迷う”ことが人間を守ると、月香に教わった。
京香は、震える声で言った。
「覚悟は、まだ分かりません。
でも、逃げない。
逃げないで迷います。迷いながら止めます」
忠勝が、笑った。
戦士の笑い。清々しいのに怖い。
「……良い。迷える者は、まだ人だ」
忠勝は男子に向き直り、言った。
「お前も、まだ人だ。
だが次に刃を持てば、俺が止める。強さで止める」
強さで止める。
忠勝の救いは“終わらせる”に近い。
ユッキーの救いと似ている。
京香の救いとは違う。
違いが、ここからの戦争を濃くする。
体育館を出るとき、京香の体温がもう一段落ちた気がした。
指先が遅い。
でも、胸の奥が少しだけ温かい。
迷いを許されたから。
迷いを許す世界が、まだ残っているから。




