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せんごく女子高生  作者: 松原正一


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35/68

第35話「“実戦”の続き――忠勝が槍を置き、榊原が笑う」

土曜の朝。

京香は参考書を開き、英語長文を一題。

昨日の自分に負けないための最小の勝利を積み上げる。

その積み上げが、統治に対する抵抗でもある。


昼前、スマホに通知が来た。

学校の匿名アカウント。

動画リンク。


『正しい努力のための講座(校内限定)』


映像には、体育館。

壇上に忠勝が立っている。

——いや、忠勝ではない。

忠勝の“姿”を借りた何か。

演出が過ぎる。映像が綺麗すぎる。


コメントが流れる。


『忠勝様かっこいい』

『強い人に従うのが正しい』

『弱者は守られるべき』


京香は胃が冷たくなる。

これは榊原の仕事だ。

言葉の速さで世論を加速し、学校内の“正しさ”を更新していく。


ユッキーが低く言う。


(榊原……)


「動画で統治するの……?」


(戦場では旗だ。現代では動画だ)


忠勝の“強さ=優しさの検査”が、実戦から世論へ拡張される。

検査が制度になる。

制度が校則になる。

校則が、人を薄くする。


京香は動画を止めた。

止めても、侵食は止まらない。

止めるためには、“現場”で止めるしかない。


その夜、学校の北棟。

また白い廊下。

白すぎる白。


扉の前に、榊原が立っていた。

整然とした笑み。


「来たか、京香」


「あなたが……呼んだの?」


榊原は否定しない。


「呼ぶのは言葉だ。君の中の“守りたい”が、君をここへ連れてくる」


言葉が速い。

反論する前に、次の刃が来る。


「君は、優しさの検査に合格した。だから次は——優しさの“利用”を見せる」


扉が開く。

中にいるのは、昨日の男子生徒ではない。

別の生徒。複数。

薄い目。器の目。

だが、完全な器ではない。半端に本人が残っている。

救える。救えると思わせる。

救えない地獄。


榊原が囁く。


「君が助ければ、君は英雄だ。英雄は統治しやすい。君が助けなければ、君は悪だ。悪は排除しやすい」


どちらでも、統治は進む。

美しい罠。


京香は息を吸い、吐いた。

叫ばない。

日常を壊しすぎない。

でも、止める。


京香は床に傘を置く。境界線。

そして、スマホの録音を回す。

言葉の暴力に、証拠で抗う。


「私、英雄になりたくない。看護師になりたいだけ」


榊原が初めて、微かな驚きを見せた。

その驚きは“魅了”に近い。

理解できる相手に出会ったときの、戦略家の目。


「……ならば、君は最も厄介だ」


榊原が指を鳴らす。

器の生徒たちが一斉に動く。

走る。囲む。

刃はない。

でも数が刃だ。


ユッキーが、胸の奥で一歩前に出ようとする。


(京香——)


(出ない。私が選ぶ)


京香は足を引き、腰を落とし、傘を滑らせる。

転ばせない。止める。

止めるだけで、戦闘は映像になる。


一人の足を止め、次の進路を塞ぎ、壁を使って距離を作る。

モップはない。

でも廊下には掲示板がある。

板の前に立てば、相手は“正しさ”の紙を踏む。

踏ませれば、揺れる。


京香は声を出す。短く、医療の声で。


「息をして。自分の身体に戻って。今、あなたはあなた」


器の一人の目が揺れる。

揺れた瞬間、榊原の笑みが深まった。


「ほら。君の優しさは秩序を壊す」


その言葉の向こうで、別の重さが立った。


忠勝が廊下の奥に立っている。

今度は“本人”だ。

鎧の気配が、偽物と違う。


忠勝は槍を持っていない。

それが怖い。

素手の強さは、逃げ道がない。


忠勝が言った。


「榊原。これ以上は“検査”ではない。制度になる。制度は血を吸う」


榊原は笑った。


「制度は血を吸う。だから秩序は続く。——忠勝、お前は優しすぎる」


忠勝が一歩踏み出す。

その一歩は、戦場の終わりの音。


榊原は、京香のほうを見た。


「君に選ばせてやる。京香。君の戦争は二つだ。

受験か。世界か。——同列だと言ったな」


榊原は言葉を速くしない。

あえて遅くする。

遅い言葉は、逃げられない。


「同列なら、どちらも落とせる。落としたとき、人は最も従順になる」


京香は息を吸った。

体温が落ちている。指先が遅い。

でも、判定は上がった。

夢はまだ生きている。


「……落とさない」


榊原の目が細くなる。

忠勝が静かに頷く。


その瞬間、廊下の白が、ほんの少しだけ“普通の白”に戻った。

正しさの膜が一枚剥がれる感覚。


榊原は踵を返し、去り際に言った。


「君は厄介だ。だから面白い。——次は、君の“志望理由”を奪いに行く」


京香の胸が冷える。

志望理由。

夢の核。

そこを狙うのが、榊原の戦い方。


忠勝が京香に言った。


「戦は槍だけではない。言葉が速い。——だが、君は遅くても折れぬ」


京香は答えた。


「折れません。……でも、削れてます」


忠勝は一瞬だけ目を伏せた。

慈悲ではない。事実を受け取る目。


「代償の数値を、記録しろ。戦場では、数字が命を救う」


医療と同じだ。

数字が命を救う。


胸の奥でユッキーが静かに言った。


(……京香、よくやった)


「……うん。ユッキーも」


言った瞬間、自分の声が少し柔らかくなったことに気づく。

怖いのに、近い。

近さが救いになる。

救いが代償になる。


京香は、白い廊下を見上げた。

学校という戦場は、もう始まっている。

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