第34話「判定の刃――受験という“同列の戦争”」
模試の返却は、昼休みのホームルームで行われた。
紙は薄いのに、持った瞬間から腕が重い。
E判定のときと同じ。
数字は胸骨の裏にくる。
担任が淡々と言う。
「志望校、見直しも考えていい。受験は戦略だ」
戦略。
榊原の言葉と同じ形。
正しさで整える言葉は、どちらの側にもある。
京香は封筒を開けた。
判定は——D。
上がった。
たった一段。
でも、これは戦果だ。
世界の戦いと同列に置ける、小さくて確かな勝利。
(……やった)
胸の奥がわずかに揺れる。
(良い)
ユッキーの声が短い。
褒めるのが下手で、だから本当だと分かる。
その瞬間、教室の後ろで誰かが拍手した気がした。
拍手は正しさの音。
正しさは、勝利を利用する。
掲示板に新しい紙が貼られる。
『和久さん、努力は素晴らしい』
『正しい努力は、正しい秩序へ』
『正しい側に』
同じ言葉。
守りと縛りが同じ紙。
愛美が小声で言った。
「……京香、なんか怖いよ。褒められてるのに」
京香は頷いた。
褒められるとき、人は囲われる。
放課後、進路指導室。
担任と進路担当の先生が座っていた。
話は現実的だ。
“可能性”。“合格率”。“併願”。
医療でも同じ。数字が命を左右する。
先生が言う。
「看護師になりたい理由、もう一度言える?」
京香は息を吸った。
ここで言葉が薄ければ、夢が揺らぐ。
夢が揺らげば、榊原の“統治”が勝つ。
京香は、母の夜勤を思い出した。
救急のサイレン。
帰宅した母の指先の冷え。
白衣の匂い。
「人が倒れる夜に、仕事が終わらない世界があるって知ってるからです。……それを、支えたい。怖くても、逃げたくない」
言ってしまってから、気づく。
これは怪異にも同じだ。
怖くても逃げたくない。
夢と世界が同列の戦争になる瞬間。
先生が頷いた。
「いい志望理由だ。君は強い」
強い。
その言葉が、忠勝の“強い優しさ”と重なる。
強さが優しさを検査する。
優しさが強さを壊す。
二つの思想が、京香の中でぶつかり続ける。
帰り道、空が暗い。
指先が冷える。
体温が落ちる。
代償が、現実の数字としてついてくる。
京香は体温計を挟んだ。35.7。
紙に書く。
『体温−0.2』
『指先×(遅延)』
『味覚△』
『夢:侵入』
『現実:統治』
そして最後に、赤ペンで書いた。
『でも、判定は上げる』
胸の奥が、静かに言った。
(……無理はするな)
「無理じゃない。戦うだけ」
(戦うなら……せめて、嘘はつくな)
月香の紙と同じ言葉。
嘘は命を奪う。
京香は小さく笑った。
「ねえユッキー。あなた、私に似てきた」
(……何)
「口うるさいとこ」
沈黙。
でも、逃げない沈黙。
それが少しだけ、恋に似た。




