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せんごく女子高生  作者: 松原正一


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33/68

第33話「榊原の加速――“言葉が先に刺す”校内世論戦」

翌朝、校内の空気が変わっていた。

掲示板の紙が剥がれていたはずなのに、別の紙が貼られている。

剥がれても増える。

——世論は水だ。塞いでも別の穴から流れる。


今度の紙は、字が上手い。

文面が“優しい”。


『不安な人へ。安心の相談窓口』

『あなたのための秩序』

『和久さんを責めないで。守りましょう』


守りましょう。

その一行が最も怖い。

守るという名で、囲う。

囲うという名で、閉じる。


愛美が小声で言った。


「……京香、昨日のこと、誰かが“美談”にしてる」


「美談……?」


「『危険な男子を救った』って。……でも、救ったからこそ“危険人物と関わる”って言う人もいる」


どっちに転んでも、京香は言葉の渦に沈む。

救っても叩かれる。救わなくても叩かれる。


(統治だ)


ユッキーの声。


(恐怖じゃなく、正しさで縛る)


そのとき、廊下の端から拍手が聞こえた。

誰も拍手していないのに。

拍手の“リズム”が、昨日より速い。


階段の踊り場に、榊原康政がいた。

制服姿。

笑みは整然としている。

目は薄くない。むしろ満ちている。意思で満ちている。


榊原が言った。


「昨日は見事だった、京香さん」


声が速い。

言葉が槍のように一直線に刺さるのに、柔らかい。


「人は助けられると、助けた人を“正しい”と呼ぶ。正しい者は目立つ。目立つ者は統治しやすい」


京香は息を吸う。


「……あなたは、世論を操ってる」


榊原は微笑み、否定しない。


「操るのではない。整える。秩序とは整えることだ」


榊原は廊下の掲示板を顎で示した。


「君を守る紙。君を縛る紙。——同じ紙だ。君の優しさは、紙になる」


紙になる。

医療のカルテも紙だ。

命を守る紙。

それが、命を縛る紙にもなる。


榊原の言葉は速い。

反論する前に、次の刃が来る。


「君は看護師志望だろう? 守る側になりたい。——なら、守られる側の“従う”も理解できるはずだ」


京香は黙りそうになって、黙らなかった。

黙れば、その沈黙が“同意”になる。


「理解できる。でも、従わせるのは違う」


榊原の笑みが深まる。


「違いは何だ。君が守る患者を、君は指示する。君は従わせる」


——鋭い。

医療倫理の隙間を刺してくる。

敵が魅力的であるというのは、こういうことだ。

悪ではなく、正しさの形が違う。


京香は、息を吐いて答えた。


「私は“選べるようにする”。あなたは“選ばせない”」


榊原の目が一瞬だけ細くなる。

怒りじゃない。愉悦だ。

議論が成立する相手を見つけた者の愉悦。


「ならば、君の選択を試す。今日の午後、模試の返却だろう」


京香の血が冷える。


「……なんで知ってるの」


榊原は肩をすくめた。


「君が受験生だからだ。君の戦場は、こちらも利用できる」


言葉が速い。

槍より速い。

槍なら避けられる。

言葉は避けられない。

耳に入った瞬間に、身体が反応する。


榊原は去り際に言った。


「君が志望校に落ちれば、君の優しさは折れる。折れた優しさは、従う優しさになる。——それが秩序だ」


廊下の空気が、少しだけ白くなる。

統治の白。


京香は唇を噛んだ。

受験が象徴負けしそうになる。

でも——受験は逃げ場じゃない。

受験こそ京香の戦争だ。

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