第30話「四天王の輪郭――忠勝の“強さ”が優しさを試す」
月曜の朝。
京香は制服の襟を整え、鏡の前で深呼吸をした。今日は英語の小テストがある。小テストの点が未来に繋がるなら、守る価値がある。
学校に着くと、空気がざわついていた。噂が“空気”に昇格している。
体育館で全校集会。外部講師が来るらしい。
壇上に上がったのは、がっしりした男だった。スーツなのに鎧の気配がある。姿勢が崩れない。目が真っ直ぐすぎる。
男が言った。
「本多忠勝」
名乗りが、歴史の名で落ちる。四天王。義に厚く、強さは第一。
背中が冷たくなる。榊原の整然とは違う。忠勝は圧倒的な“個”だ。器ではない。強さそのもの。
(ユッキー……)
(……忠勝)
胸の奥が硬くなる。戦場の硬さ。
忠勝はマイクを握ったまま穏やかに語り始めた。
「秩序は、弱者を守る。——弱者は、守られるべきだ」
優しい言葉。だが続きが命令形になる予感がした。
「だから、弱者は従うべきだ」
会場が静かに頷く。頷きは拍手と同じだ。頷かない者が異物になる。
京香は立ち上がりそうになって、踏みとどまった。
ここで立てば日常が壊れる。けれど黙れば心が壊れる。
忠勝の目が客席をゆっくり掃き、京香で止まった。
「君。……顔色が悪い」
会場がざわつく。弱者の印がついた。
「守られているのに、なぜ抗う?」
攻撃ではない。純粋な疑問。だから怖い。
忠勝は悪ではない。正しさが違う形をしているだけだ。
京香は立ち上がらない。代わりに声だけを出す。
震える声でもいい。思想を殺さないために。
「守られるだけなら、私は看護師になれません」
会場が静まる。
「私は守る側に行きたい。——だから、従うだけの弱者にはなりたくない」
忠勝の目がわずかに細くなる。怒りではない。評価の目。
「……強い優しさだな」
心臓が跳ねた。天海が恐れる“強い優しさ”。
忠勝はまっすぐ言った。
「ならば試そう。君の優しさが、本当に強いのか」
空気が白くなる。統治の白。刃が冴える白。
胸の奥が一歩前に出ようとする気配。
京香は強く言った。
(出ない。私が選ぶ)
忠勝が笑った。音にならない笑いではない。戦士の笑い。清々しいのに怖い笑い。
集会が終わり、京香は廊下で足を止めた。
指先が冷えている。遅い。代償が近い。
それでも小さく呟く。
「……受験も戦い。世界も戦い。両方やる」
胸の奥が低く答えた。
(……見事だ、京香)
その言葉で心拍が一瞬だけ整う。
近さが救いになる。
その事実が、次の戦いをより残酷にする予感がした。




