表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
せんごく女子高生  作者: 松原正一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/68

第25話「 “正しい側”の暴力――そして次の扉」

月曜。京香は朝、英語長文を一題やった。

正解率は低い。けれど、やったという事実が京香を守る。

夢に従うという選択を、毎日更新する。


学校の廊下。窓の外は曇り。雪の匂いはない。

それでも空気が薄く冷たい。


掲示板の前に人が集まっている。

誰かが紙を貼ったらしい。


『秩序を乱す者を許すな』

『反対者=敵』


字が上手い。印刷ではなく手書き。

手書きのほうが怖い。誰かが“自発的に”染まっている証拠だから。


愛美が京香を見て、怯えたように言った。


「京香……名前、出てた」


紙の端に、小さく書いてある。


『京香=フォーラムで逆らった』


事実じゃない。

でも言葉が事実になる。


放課後、校門の外にSHINTOUのスーツがいた。

笑顔でチラシを配り、学生に声をかける。


「不安はありませんか? 私たちはあなたの味方です」


声が優しい。

優しいほど、命令へ変わる予感がする。


通り過ぎようとした瞬間、スーツの男が一歩近づいた。

周囲には聞こえない声量で言う。


「京香さん。あなたは正しい側に立てます」


名前を知っている。監視。組織。


胸の奥が鋭くなる。


(近い)


男は続ける。


「あなたの優しさは素晴らしい。だから、秩序のために使うべきです」


優しさを道具化する言葉。

腹の底が冷たくなる。


男の声が、柔らかいまま命令形に変わった。


「——従いなさい」


視界の端に僧衣の影が重なる。天海の気配。優しい命令。


男の目が一瞬だけ薄くなった。

器の目。操られているのに正しい顔をしている。


京香は走らない。逃げると追われる。

一歩だけ前に出る。医療現場でパニックの人に近づくときの、あの一歩。


「私は従いません」


男が驚いたように笑う。音にならない笑いが滲む。


「あなたも、そうなる。正しい側へ」


京香は呼吸を整え、言った。


「正しい側、って言葉が一番怖い」


笑顔が少しだけ崩れた。

その崩れの向こうに、西尾の気配が一瞬だけ覗く。笑いが音にならない。白い刃が冴える。


——西尾はまだいる。根が残っている。


京香は胸の奥へ小さく言った。


(貸して。……一瞬)


(……承知)


重心が落ちる。姿勢が変わる。

でも声は京香のまま。奪わない。貸すだけ。


京香は男の手首を掴まない。掴めば暴力になる。

代わりに傘を地面へ置いた。男と自分の間に線を引く。境界線。


「これ以上近づかないで」


男の足が止まる。

止まった瞬間、目が一瞬だけ戻った。正気。


「……え、俺……何して……」


京香は短く言う。


「大丈夫。深呼吸して。今、あなたはあなたの身体に戻ってる」


男が息を吸う。ほんの一秒。

その一秒が命を救うことがある。


だが背後で、拍手が聞こえた。

誰も拍手していないのに。正しさの音。


男の目が再び薄くなる。天海の声が重なる。


『従え。あなたのためだ』


京香は歯を食いしばる。

救えない瞬間がある。

それでも——止める。


京香は叫ばない。叫べば日常が壊れる。

代わりにスマホを取り出し、録音ボタンを押した。

言葉の暴力に、言葉で抗う。


男は踵を返し、群れへ戻っていった。

笑顔に戻り、チラシを配り続ける。正しい顔のまま。


京香はその場に立ち尽くし、指先の冷えを感じた。

体温がもう一段落ちた気がする。


(代償だ)


胸の奥が苦い声で言った。


(……近づいている)


京香は引き出しに入れた月香の紙を思い出す。

嘘をつくな。兆候は記録しろ。


メモを更新する。


『体温−0.6/指先×/夢:危険/侵食:現実へ』


最後に一行、書いた。


『次の扉:学校』


日常の中心が戦場になる。


「ユッキー。次は、学校で戦う」


(……うむ)


「でも私は、夢も捨てない」


冷えと温かさが同居する。

その矛盾が、京香の物語だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ